極うま魔獣肉に魅了されたおっさん冒険者は辺境の町で訳あり美少女エルフと癒し食堂を始めたようです

 次の日も店は予想を上回る繁盛を見せていた。どうやら初日に来てくれた人が口コミを広げてくれたようで疲労回復に良いとされる料理が一番人気になっていた。

「――グラードおじさん。ひとつ聞いてもいい?」

 昼の部を終えてから遅い昼食を食べているとアーネットが俺に問いかけてきた。

「どうした? なにか気になることでもあったのか?」

 昼の部で残った材料を使って作ったまかないを口に運びながら俺はアーネットの問いに返事をする。

「昨日の夜に出した『疲労回復に良いスープ』ってどうしてそんな名前にしたの?」

「ああ、商品名のことか。いや、俺も初めはもっとちゃんとした名前をつけるつもりだったんだ。例えば『魔猪の角煮スープ』とか。食材の名前をつかった方が良いとも思っていたんだが……」

「なのにどうして?」

「魔獣の名前を出しても知らない客も多いだろうし、どの料理が何に効くのかが分かれば注文しやすいかと思ってそうなったんだ」

 俺の答えにアーネットは苦笑いを見せて俺に意見をする。

「なら、聞くけど。『疲労回復に良いスープ』ってひとつしかないの? 他にも『夜によく眠れる炒め物』とかお客さんからしたら一体なんの食材を使っているのだろう? ってなると思うの」

 アーネットは目の前の料理をフォークでくるくると掻き混ぜながら話を続ける。

「グラードおじさんの言い分もわかるけど、やっぱり料理は食材が分かってこそイメージが湧くものだと思うの。どうしても効能に目を向けて欲しかったら区分けをしておけばいいと思う」

「区分わけ?」

「うん。例えば『疲労回復に向いている料理』ていう区分を作って、それぞれの料理名を載せておけばすぐに分かるでしょ? 今日は疲れたから疲労回復にいい料理の中から選ぼうかってなると思うの」

 ぐわぁ。こんな小さな子供に経営のノウハウを指摘されてしまった。しかし、アーネットの言っていることは間違ってはいない。今は料理の種類が少ないから問題ないが、多くなると何がなんだか分からなくなるのは明白だ。これは早急にルールを決めないといけないだろう。

「なるほど、参考にさせてもらうよ。アーネットはよく考えているな」

 俺がそう言うとアーネットはにこりと笑い、残りの食事に手をつけたのだった。

「――ところで、このスープってどうやって作るのですか?」

「なんだ、興味があるのか?」

「魔獣の肉をベースにしているのは分かるんだけど、仕込みはグラードおじさんが夜のうちにやっているから一度ちゃんと知りたいなって思って……」

「そうだな。まだアーネットが作るには難しいかもしれんが、作り方を見ておくのは良いかもしれん。この後、一緒に作ってみるか?」

「いいのですか? 私がいたら邪魔になるとかないですか?」

「火にさえ気を付けてくれれば大丈夫だ。それに、俺にもしもの時があった場合に代わりに作れる者が居たら助かるからな」

 俺はまかない飯を食べ終わると食器を片づけてからアーネットを厨房へと呼ぶ。

「少しだけ時間があるから特別に解体から教えてやろう」

 俺はそうアーネットに告げると魔法袋から小ぶりの角魔兎を取り出した。

「前から気になっていたのですが、その袋は魔道具なんですか?」

「ああ。これは魔法袋という魔道具で中に空間魔法が施されているものだ。中の空間は作られた素材によって変わるが、一般的なもので数メートル四方くらい。大きなものだと家一軒くらい入るものもあるそうだ」

「おじさんの袋はどのくらい?」

「これか? そうだな、城がすっぽり入るくらいかな?」

「なに、それ。城は家よりも大きいからそれが本当ならば国宝どころじゃないでしょ?」

「ははは、確かに。ただ、城がすっぽりは冗談だが本当に俺自身もよくわかっていないんだよ。こいつは冒険者として各地の遺跡に潜っていた時代に見つけたもので、町で買ったものじゃないからな」

 俺はそう言いながら追加の情報を教えてやる。

「それで、この中に収納したものは時間的劣化が起こらないといった利点がある。つまり、いつまでも食材が腐らないってことだ。これは凄く助かることだ。これだけの利点がある収納袋だが、ひとつだけ欠点がある。それは生き物が入れられないことだ」

「でも、魔獣の死体は入ってますよね?」

「ああ、正確には生きたままの生物は入れられないということだ。つまり、死んだ魔獣などは対象外ということだな」

 俺は説明を終えると取り出した角魔兎をまな板の上に置いた。血ぬきは済んでいるが、皮はまだ着いたままだ。

「今からこの魔獣の皮を剥いで解体をするが、目の前で解体しても大丈夫か?」

「はい。少し怖いけれど、どうやっているのか知りたいですし、私も出来るようになりたいです」

「わかったが、無理はするなよ。もし、気分が悪くなったらすぐに離れても良いからな」

 俺はアーネットにそう伝えると手にした角魔兎の腹に包丁を刺し込んだ。

「――ここをこうすれば綺麗に皮が剥げるんだ」

 まだ小さい女の子に教えるような内容ではないと思ったが、本人の要望でもあるしやるからにはきちんとした方法を教えてやりたい。俺は慣れた手つきで皮を剥ぎ、ものの三十分ほどで全ての皮を取り除くことが出来ていた。

「この皮はまた別のことに使えるから綺麗に洗って取っておくんだ」

 次に肉だけになった角魔兎を前に俺はアーネットに肉のことを話し始める。

「全ての魔獣に共通することだが、総じて肉の色は普通の獣に比べて赤黒い。これは俺の見解だが、魔素を多く含んでいるからそう見えるのだと思っている」

 俺は肉の塊を部位ごとに適度な大きさで切り分けながら骨の外し方まで全てをアーネットに見せた。

「解体処理はこんなものだ。どうだ? 気分が悪くなったりしていないか?」

 初めて見る解体作業にアーネットの心配をするが、予想に反して彼女はしっかりとした目で俺の手つきを観察していたようだった。

「――さて、これで肉の準備が出来たから後は野菜と調味料があればスープは作れる」

 肉のついたまな板を洗い流しながら俺は別に買っておいた野菜をいくつか取り出して鍋のそばに置いていく。鍋に水を張る前に今さばいたばかりの角魔兎の肉を一口大に切ったものを放り込み魔導コンロに火をつける。熱せられた鍋の底に肉の脂身の部分が溶け出してパチンと音を立て始めた。

「今のうちに野菜を切っておくぞ」

 俺は準備した数種類の野菜をざく切りにして肉が半分焼けたタイミングで鍋に放り込んだ。ジューと厨房にいい音が響くのを聞きながら俺は魔法で準備した水を鍋に注ぎ込んだ。

「水は井戸の水でも構わないが何度か試した結果、魔法で精製した水で作ったほうが回復効果も高いことが分かった。それからはずっとこの作り方にしているんだ」

 俺は水が沸騰するまでゆっくりと鍋をかき混ぜながらアーネットにある質問をする。

「魔獣が体内に魔素を抱えていることは知られているが、なぜその肉を食ったら俺たちは元気になるのか分かるか?」

「え? 私たちも体内に魔素を持っているから? かな」

「そうだ。もちろん、魔獣のように体内で魔素が結晶化するほどに濃くはないが体内を巡る血液や手足を動かす筋肉にも魔素は含まれている。だから、魔獣の肉を食うと微量の魔素が体内に入り身体の機能が向上するって理屈だ」

「その理屈だと摂り過ぎも良くないのでは?」

「それが面白いところでな。俺は自分の身体を使って二十年間もほとんど毎日、魔獣の肉を食らってきた。だが、健康になるばかりで悪影響は何もなかったんだ」

 他にもいろいろと分かったことはあるが、今は話すことではないので俺はそこで話を切り上げた。

「――よし。このくらい煮込んでおけば良いだろう。後は調味料で味を整えたら完成だ。味を確かめてみるか?」

「いいの?」

「もちろん、味を確認するまでが調理だ。そのために傍らで見学をさせたのだからな」

 俺は出来たてのスープを味見用の小さい皿に入れてアーネットに渡した。

「いつもどおりに美味しいです」

「だろ? さあ、夜の部もお客を楽しませるとしよう」

 そう言って俺は満面の笑みを彼女に見せたのだった。