極うま魔獣肉に魅了されたおっさん冒険者は辺境の町で訳あり美少女エルフと癒し食堂を始めたようです

「――ここだな」

 十分後、俺はエリザに教えられた建物の前に立っていた。元々は宿屋を営んでいた建物と聞いていたので食堂をやるには大き過ぎるかと思っていたが、外観を見るかぎりはそれほど大きくは見えない。

「そういえばドアの鍵は門兵が預かっていると言っていたな」

 俺は地図と一緒に受け取った書類を手に北門へと向かい、門前に立つ男性に声をかけた。

「ギルドで建物の斡旋を受けた者だが、ここに鍵を預けていると聞いている。これが証明書になるからドアの鍵を開けてくれないか?」

「ん? ああ、物件の鍵か……ってなんだお前、あの物件を借りるつもりなのか!?」

「そのつもりで見学に来たんだが、なにか問題でもあるのか?」

「その様子だと何も聞かされていないようだな。まあいい、こいつがドアの鍵だ。借りるつもりならそのままギルドに鍵を持って行けば契約書を書いてくれるだろう」

 男は何かを知っているような素ぶりをするが、詳しい話をするつもりはないらしい。

「わかった。確認をさせてもらう」

 俺は男から鍵を受け取るとドアの鍵穴に鍵を差し込む。ゆっくりと回すとかちゃりと開く音が聞こえた。

「ここが新しい住処にゃ?」

「さあな。まだ決めたわけじゃない」

 俺がドアを開けるとホイップが足元をすり抜けて先に中に入る。続けて俺も中の確認をするために足を踏み入れた。そこは食堂のようでいくつかのテーブルと椅子がそのまま残されており、掃除をすればすぐに使えそうだった。

「満席で十数人程度だな。一人で回すには少しばかり多いかもしれないがな」

 そう感じながら俺は厨房の様子も確認することにした。食堂のすぐ隣にあり、厨房から食堂の様子がよく見える。部屋の壁にはのぞき窓もついており、ここから料理を提供することが出来そうだった。

「この形は便利だ。各席に運ぶのが難しければここまで料理を取りに来てもらうことにすればいい。金も先払いなら食い逃げの心配もないしな。広さも文句なしだ」

「なにか食いものはないのかにゃ?」

 どうもホイップは腹が減っているらしく、しきりに俺に飯を要求してくる。

「ほら、これでも食って大人しくしておけ」

 俺は収納袋から乾し魚を取り出してホイップに渡すと二階の部屋を確認するために階段を上る。二階は全て客室となっているようで宿屋であったことが一目でわかる作りとなっていた。

「客室は全部で六室か。まあ、宿泊はするつもりがないから二階は必要なさそうだな」

 そうつぶやきながら俺は部屋の窓にかかるカーテンを開いて驚きの声をあげた。

「――こいつは酷いな」

 そこから見える景色は酷く荒らされた畑だったのだ。雑草が生い茂っている合間にあちらこちらが掘り起こされており、大きく窪んだ穴には泥水が溜まっているのが見える。

「北地区は害獣や魔獣が入り込むことがあると言っていたが、建物のすぐそばまで現れるのか」

 俺はカーテンを閉めると一度話を聞くために先ほどの門兵に会いに行った。

「少し聞きたいのだが、あの建物の裏にある荒地はどこの所有地なんだ?」

「ああ、気が付いたのか。あの地はその建物の持ち主が食堂で使うために野菜を育てようと畑をやっていたんだ。だが、見ての通りどこからか入り込んだ害獣に荒らされてしまった。持ち主も柵を作ったりと対策をしたようだが結果は見てのとおりだ」

「つまり、あの土地は建物についてくるということだな?」

「まあ、そういうことだ。あの建物を借りるのなら、あの荒地も管理をする契約となるはずだ。俺たちも警備はしているが、どこから魔獣が侵入しているか捉えていない。悪く思わないでくれ」

 男はそう言って苦笑いを見せながらも俺に質問をしてきた。

「それで、あの建物を借りて宿でも始めるつもりなのか?」

「いや、少し変わった食堂をやるつもりだ」

「ほう。冒険者かと思っていたが、料理人だったのか?」

「いや冒険者ではあるのだが、俺もいい歳だからもともと好きだった料理を仕事にしてみたいと思ってな」

「変わった奴だ。だが、ここに食堂が開くのはありがたい。言ったようにこの辺りは害獣や魔獣のせいで商売をするのにリスクが高い。だから俺たちも気軽に飯を食うところが無くて困っていたんだ。ああ、俺の名はカールで見てのとおりこの北門の門兵をしている。もし、本当に食堂を開店したら絶対に食いに行くぞ」

 きっと本音なのだろう。頭を掻きながら男が名を名乗ると笑みを見せたのだった。



 ――からんからん

 その後、職業ギルドに戻った俺はエリザの立つ窓口へと向かい物件を契約すると伝えた。

「いかがでしたか? あのサイズの建物でこの家賃は他の地区ではありえないくらいお安いですよ」

 笑顔で契約書を差し出してくるエリザだったが、俺はサインをする前に彼女に裏の土地について問いかけた。

「そういえば二階の窓から外を見た時に大そう荒れた土地が見えたんだが、あれは誰の土地なんだ? 建物の隣にあれだけ荒れた土地があるのは良くないから地権者に一言いってやろうと思うんだが……」

 実際はカールから聞いていたので知っていたが、契約前にこのことを知らせずにやり過ごすつもりなら、ちょっと言わせてもらう必要があるだろう。

「あ、裏の畑ですね? 当然、今回の物件賃貸に含まれていますのでご自由に使われて結構ですよ」

 おおっ、さらりと流してきたぞ。

「裏に畑があると説明してもらった記憶はないのだが?」

「いえいえ、宿に畑が併設しているのは当たり前ですよね? あ、もしかしてご存じなかったですか? それは大変失礼しました」

 エリザはそう言って頭をさげて謝罪の言葉を述べる。これは本気かそれとも演技なのか?

「い、いや。今まで宿を利用したことは何度もあるが、必ず裏手に畑が隣接しているとは知らなかったぞ」

「まあ、それが普通の反応だと思います。ですが、宿の食堂で使う野菜を育てて少しでも食材経費を抑えようとするのは、どの店でもやっていることですからね」

 どうやら認めるつもりはなさそうだ。まあいい、今は荒れているが畑は欲しかったから綺麗に整備して使ってやろう。

「せっかくの畑だ。存分に利用させてもらうさ」

「はい。では、こちらが契約書となります。貸主はギルドとなっていますので家賃はギルドに口座を作っていただき、毎月引き落とさせていただきますね」

 エリザは笑みを浮かべながら書類を処理していく。いろいろと言いたいこともあるが、とりあえず俺の店を借りることが出来たのだ。それに文句を言っても仕方ない。

「――これで契約は完了です。本日より引っ越しをされて結構ですが、お店を開店する時は三日前までにギルドの商業課まで連絡をください。それか、私のところでも大丈夫ですので忘れずにお願いしますね」

 エリザはそう言って微笑むと俺に正式な鍵を手渡してくれたのだった。

「――よう。無事に契約できたようだな」

 俺が借りた建物の前に来たとき、カールが俺の姿を見て声をかけてきた。

「まあな。カールの言っていたとおり、裏の畑もどきはこの物件についていたよ。まあ、俺も畑は欲しかったからそれは問題ないんだが、あの荒れようだからな。明日から開店準備をしながらきれいにしていくつもりだ」

「そうか。大変だろうが頑張るんだな」

 カールはそう言うと仕事に戻って行く。それを見送った俺は鍵を開けて扉を開けると中からホイップが飛び出してきた。

「ばかもの! 我を忘れて閉じ込めるとは何事だ! 戻ってこないかと思って焦ったではないか!」

 ホイップに言われて俺は思わず苦笑いをする。そういえばホイップに飯を与えた後、裏の畑を見て慌てて出たからすっかり忘れていたのだ。

「すまん。すまん。ちょっと問題があって忘れていただけだ。なに、一日二日程度飯を抜いても死にはしないさ」

 おれが笑いながらホイップにそう言うと「契約違反である」と言いながらしばらくクレームを言い続けたが、俺の「飯を抜くぞ」の一言で大人しくなったのだった。