極うま魔獣肉に魅了されたおっさん冒険者は辺境の町で訳あり美少女エルフと癒し食堂を始めたようです

 ――ドサリ

 深い森の中に何かが倒れる音が響き渡る。

「ふう。思ったよりも手を焼かせてくれやがったな」

 一人の男が声を上げて息を吐きながら倒した獣の顔を見ると赤い目が見えた。

「ちっ、コイツも魔素に犯されてやがる。いったいどうなっていやがるんだ」

 思わず口から出る愚痴に合わせるかのように腹から生命維持の警告音が鳴り響く。

 ――ぐうっ

「くそっ、獣の集団に襲われて離脱したはいいが持っていた食料は途中で落として全滅してやがるし、コイツらを倒して食料にしてやろうにも魔素に犯された魔獣ばかりときやがる。十五歳から冒険者として活動を始めて十年、これまで順調にきていたというのに初めてのピンチが兵糧攻めとは……」

 冒険者としてギルドに登録する際に教えられる常識の一つに『魔獣』の存在がある。空気中にある魔素を多く体内に溜め込んでしまった獣が突然変異を起こしてしまう現象。通称――魔獣と呼ばれる存在だ。その肉は普通の肉よりもどす黒く染まり、冒険者の間では悪魔の肉と呼ばれ忌み恐れられていた。

「悪魔の肉か……」

 過去にその肉を食った者はその毒で死んだとも言われているが、ギルドが不用意に食べないようにと警告の意味で流した噂とも言われていた。

「もう限界だ。飯を食わなけりゃあ体力も回復しないから死んじまう」

 男の体力は既に限界にきており、空腹で思考も落ちてきているのが自分でも感じていた。

「一か八か食ってやるか?」

 たった今、倒した魔獣に目を向けてそう呟く。非常に危険な賭けだが、食料の確保に目途がつかない状況では他に選択肢はない。男は迷いながらもナイフを取り出して倒した獣の解体を始める。皮を切り裂いて肉の色を確認すると噂どおりに赤黒い肉が目に飛び込んできた。

「空腹で倒れてやられるくらいなら、毒でも食らって倒れたほうが数倍マシだ」

 男は逃げる際に偶然持ち出せた小ぶりのフライパンを石で組んだ簡易のかまどの上に置き、集めた木を下に突っ込むと魔法を唱えた。

「着火」

 ――ボッ

 指定された場所から炎があがり、木々を燃やしていく。置いたフライパンは熱を持ちカンカンと水分が飛ぶ音がした。

「さて、始めるか――」

 ジュー

 適度に切り出した肉をフライパンの上に投下すると、急速に水分が蒸発するかのように置かれた肉が悲鳴をあげる。

「味付けは――塩だけでいくか」

 パラパラと塩を振りかけながらじっくりと両面を焼いていく。赤黒かった生肉が茶色く変化し、うまそうな匂いが辺りに充満した。

「これが最後の晩餐となるか。それとも生きて王都に戻れるか……。勝負だ」

 俺は焼けて良い匂いを出す魔獣の肉に決死の覚悟で噛りついた。

「こ、これは……。なんてうまさだ! これが毒とは到底信じられないぞ!」

 もしかしたら遅行性の毒かもしれないが、今は空腹を満たす為に次々と口に運び腹を満たしていく欲求が勝って、毒かもしれないという恐怖は全く湧いてこなかった。

「――ふう、満腹だ。ようやく生き返った気分だ」

 男は腹一杯に魔獣の肉を胃に収めるとその場に寝転び、あろうことか魔獣の住む森の中でそのまま眠ってしまったのだった。

 ――ぴちょん

 男は顔にかかる水の感覚に目を覚ます。驚くことにあれだけ頻繁に襲われていたはずの魔獣は寝ていた男を襲うことはなく辺りは静かな朝を迎えていた。

「俺は眠っていたのか? よく襲われずに生きていたものだ」

 男はむくりと起き上がると身体に違和感を覚えて腕を見た。

「傷が消えている? 眠ったせいか体力も完全に回復しているし、あれだけあった痛みも全て消えているだと?」

 男は自分の身体に起きた不思議な現象を冷静に分析した結果。思い当たることはただ一つ『魔獣の肉を食らったこと』だった。

 無事に王都へ戻った男の日常は様変わりしていく。今まで以上にギルドで討伐依頼を見つけると率先して引き受け、何十頭もの害獣を討伐しては魔獣化した獣はいないか探し続けた。そして魔獣に出くわすとギルドには報告をせずに自ら解体をして食らいながら自分の身体を実験台として魔獣肉の可能性を研究していったのだ。

「――ようやく確信が持てる情報が集まった。やはり、魔獣の肉は毒なんかじゃなかった」

 その執念は凄まじく、気が付けば男が初めて魔獣の肉を食らってから二十年の月日が経っていたのだった。



「――ブラックベアーの討伐依頼達成お疲れ様です」

 俺が討伐証明部位と依頼書を王都の職業ギルド冒険課の窓口に提示すると顔なじみの若い受付嬢が笑顔で迎えてくれる。

「やっぱりこの依頼はグラードさんにお願いして正解でしたね。ブラックベアーの討伐依頼なんて引き受けてくれる人は滅多にいませんからね」

 そう言って嬉しそうに笑う受付嬢に俺は優しく笑みを返す。少しばかり調子に乗ることもあるが基本的によく気の利く女性だ。

「こちらが今回の報酬です。終わってすぐで申し訳ありませんが、別の討伐依頼があるのですが……」

 彼女は今回の報酬額が入った袋をカウンターに置くと同時に次の依頼書を提示してきた。

「――討伐ランクCならば若いやつらにも経験を積ませてやった方がいい。俺もいい歳だ、そろそろ世代交代をする準備を考えている」

 俺は彼女の提示した依頼書をそっと戻すと、そう言って笑みを見せた。

「グラードさんって何歳(いくつ)でしたか? まだ、若いように見えますけど」

「ははは。こんなおっさんを捕まえて若いとはいい冗談だ。これでも冒険者登録をして三十年だ、討伐依頼を中心に引き受けていたせいでランクはAまで上がらせてもらったが、そろそろ降りる時期になる。俺がいつ引退してもいいように若い奴らを育ててやってくれ」

「――そんなこと言わないでくださいよ。グラードさんが引退したらとっても困るんですから」

 彼女はそう言って頬を膨らませるが、魔獣を探すために王都の周辺にある森にいる害獣たちはほぼ狩り尽くされていた。まだ、こうして時々だが出没する害獣に対応せざるを得ないが、俺が不要になる日もそう遠くないだろう。

「それよりも、店の経営方法を学べるところはないか? 俺もこの歳だ、冒険者を引退した時には商売でも始めようと考えているんだが」

「そうですね。商売に関することならば向かいの商業課で聞くのが一番だと思います。でも、私はまだグラードさんには冒険者を辞めて欲しくないです」

「今すぐとは言わないが、俺にも準備が必要なんだ。どうしても若い奴らで手に負えなかったら言ってくれ。話を聞くことは約束する」

「わかりました。約束ですよ」

 彼女はそう言って俺を見送ってくれたのだった。

「――少し良いだろうか?」

 俺は商業課の窓口で受付嬢に声をかけた。

「はい。どのようなご用件でしょうか?」

「いままで冒険者として活動してきたが、そろそろ引退を考えている。その際に商売を始めたいと考えているんだが、経営に関する知識が足りていないと思っている。どこか良い店を紹介してくれないか?」

「経営が学べるお店ですか……。少々難しいですが、調べてみますね。業種は何がよろしいですか?」

「そうだな。料理関係だと助かる」

「料理ですか? 失礼ですが、料理はお出来になるのでしょうか?」

「まあな。冒険者を長くやっていると自炊なんて当たり前だ。依頼先で自炊出来ないとずっと保存食ばかり食うはめになるからな」

「なるほど、それは失礼しました。少々お待ちください」

 彼女はそう言って棚のファイルを探し始める。希望するものがなかなか見つからないのか思ったよりも時間がかかった。無理であれば別の方法を考えようと思っていた矢先、彼女は一つのファイルを持って来てくれた。

「大変お待たせしました。王都の東区にある『サファリア』というお店が人員を募集しています。大きな規模のお店なので個人経営を目指すグラードさんが欲しい知識を勉強するには不向きかもしれませんが、一度面接に行かれてはいかがでしょうか?」

 彼女はそう言いながらお店の情報とギルドからの書類を俺の前に差し出してくる。

「わかった。行ってみるよ」

 俺の言葉に受付嬢は深くお辞儀をすると笑みを浮かべながら見送ってくれたのだった。