「やっぱりイケメンなんだよなぁ、折原くん」
来る途中に買ってきたという雑誌を繰りながら、栞が感嘆の息を漏らす。真知ちゃんでもいれば相手をしてくれたのだろうが、サークルボックスにいたのは俺と庄司だけだった。庄司が聞き役を買って出ているが、終わらないマシンガントークに、相槌のやる気は失われつつある。そのあいだにも話は進み、雑誌の内容から所属しているチームの公開練習を見に行っているというものに変わっていた。
「はいはい、そうですね、イケメンですね。というか、なに。おまえ、そんなに何回も練習見に行ってんの?」
「うん。時間もあるし、この一ヶ月くらいはほぼ週一かな」
「週一?」
信じられないとばかりに庄司の声のトーンが跳ね上がる。俺もそれほど通い詰めているとは知らなかった。見るともなしに見ていた携帯から視線を上げると、栞が「え? 駄目?」と大きな瞳を瞬かせた。
「いや、べつに、駄目ってわけでもないけど」
「でも、多くね? さすがに」
「そうかなぁ。けっこうそういう子も多いみたいだよ? それに頻繁に顔を出すからこそ向こうも覚えてくれるっていうか」
「覚えてくれる?」
「そう、名前とか。あたしの顔と名前も一致させてくれたみたいで。ちゃんと名前で呼んでくれるし。そういうところが本当にイケメンだよね」
ホストかよとぼやいた庄司の声の苛つきに気がつかないまま、栞は続ける。
「あの笑顔でまた来てくださいねって言われたら、そりゃ通っちゃうでしょ」
鼻歌まじりに栞は雑誌を捲っている。
「というか、おまえさ」
「ん? なに?」
「それだけ通って、名前覚えてもらって。その次はどうしたいわけ?」
「どうしたいって……」
栞が首を傾げる。
「いろいろおしゃべりできたらうれしくない? なんていうか、ちょっと特別感が上がるっていうか」
「特別感」
庄司が鼻で笑う。続きそうな言葉の予想がついて、とめるべきかと悩んでいるうちに、庄司が言った。
「その特別感って、そうやってきゃぴきゃぴ好きですーってアピールしてたら、付き合ってまではもらえなくても、一回くらいはヤッてもらえるかも、とか。そういうあれ?」
うわと聞いていただけの俺も思ったが、直に言われた栞の変貌もなかなかだった。張り付いていた笑顔が一瞬で消えて真顔になる。
「へぇ、つまり、庄司はあたしのこと、そういう軽い女だって思ってるってこと?」
「いや、だって、そう思うだろ。プロ選手だろうがなんだろうが男なんだし。しかも俺らとたいして年も変わんねぇんだろ」
「最悪」
沈黙のあとで栞が冷たく吐き捨てた。庄司の性格を鑑みれば、苛立って当て擦りをしただけだろうということはわかる。
だからといって、庇ってやる気にはなれなかったが。
「もう本当に最悪なんだけど。馬鹿じゃないの? ちゃんと頭冷やして、今の自分の発言しっかり考えてよね。そうじゃないと知らないから」
大きな音を立てて、栞が立ち上がった。そして、そのまま鞄を肩にひっかけると、一度も振り返ることなく去っていく。
その華奢な背中が完全に見えなくなったところで、庄司が大仰な溜息を吐いて机に突っ伏した。机の上にはこれ見よがしに雑誌が放置されている。
「おまえが悪いだろ、どう考えても」
「佐野に言われなくてもわかってるよ、わかってます。あー、もう、なに言ってんだ、俺」
「おまえ、栞にだけはそうだよな」
そう。誰に対しても愛想がよくて、気遣いもできて。見た目もいわゆる女受けのいいスポーツマンタイプで、実際にそれなり以上に女の子からモテているくせに、本命にだけはうまく接することができないらしい。
以前、ふたりで飲んだときに零していた愚痴から察するに、四人で過ごす空気が楽過ぎて関係を変える気になれない、ということらしいが。
広げられたままの雑誌からの視線が、なんだか居た堪れない。閉じて、庄司の前に置く。
「それはそうとしても、言い過ぎ」
「いや、でも、さぁ」
「そもそもとして、チャラチャラしたやつらと一緒にすんなよ。折原はプロだろ。ファンサービスとしての交流はしても、手ぇ出すとかはありえないだろ」
言い切った瞬間に、庄司が訝しげに顔を上げた。苛立ちが滲み出ていたかもしれないと気づいて、付け加える。
「まぁ、一般論だけど」
今は知らない。知るよしもない。けれど、俺が知っている高校生の折原はそうだった。当時からすでに折原は人気があって、サッカー部が練習をしているグラウンドのフェンスには、いつも女子が張り付いていた。
それでも俺は、折原が誰かの相手をしているところを見たことは一度もない。こんなに見られてると俺らが珍獣みたいですねと笑っていた記憶はあるが、それだけだ。ほかの先輩からもったいないと嘆かれても、俺はサッカーをしているほうがずっと楽しいと言って憚らなかった。そういうやつだった。
余計なことばかり思い出してしまった。思考を切り替えて、立ち上がる。
「栞にフォローは入れとくから。おまえは栞が言ったとおりに頭冷やしとけよ。それで、ちゃんと次に会ったときに謝れよ」
庄司に拝まれながらボックスを出る。探すまでもなく、ボックス棟を出てすぐのところのベンチに栞は座っていた。
「栞」
呼びかけに、不機嫌そうな面が上がる。
「雑誌、庄司に預けといたけど」
「……」
「それでよかったか?」
「べつに」
不貞腐れた調子で応じてから、吹っ切ったように栞が肩をすくめた。
「いいの! というか、あれでも読んで、優しいイケメンになれっていう嫌味だから」
読んだだけでなれるとは思えなかったが、言葉にはしなかった。そもそも、あの雑誌が原因な気がしないでもないが。
「庄司、怒ってんの?」
「怒ってはないけど、頭抱えてる」
事実を告げると、栞が笑った。
「佐野も、ああいうふうに思う?」
「思わねぇよ」
栞をそういうふうに見ていないからか、相手が折原だからそんなことはないと思っているのか。そのどちらかはわからないままに否定する。
「大丈夫。あいつが悪い」
「よかった。実はちょっとだけ言い過ぎたかなとも思ったんだけどさ、でもやっぱり庄司が悪いよね。悪いというか失礼だよね。あたしにも、折原くんにも」
「だな」
「でも、ああやって嫉妬するってことは、あたしのこと好きなのかな。それはそれでうれしかったりもするんだけど」
恋する乙女モードに切り替わったらしく、新たなマシンガントークが始まった。真知ちゃんいわく、栞は栞で庄司のことが好きらしいが、自分から関係を壊すつもりはないらしい。余計なことして馬に蹴られたくはないよねとのスタンスも一致しているので、俺も真知ちゃんもこれといってなにかをするつもりはない。その調子で栞の話を聞き流していると、語尾が急に跳ね上がった。
「ちょっと! 聞いてる?」
「聞いてる、聞いてる」
「だったらよかった。じゃあ、さっそく行こっか」
「……え?」
「今からだったらギリだけど間に合うし。今日も公開練習の日なんだよね。佐野、このあと講義入ってなかったよね、たしか」
話は決まったと栞が勢いよく立ち上がる。
「いや、たしかに必修はないけど。というか、ごめん。なんの話?」
「もー、やっぱり聞いてなかったんじゃん!」
頬を膨らませた栞が、腕をひっぱる。適当に返事をしていた自覚はあるが、嫌な予感しかしない。
「とりあえず歩きながら話そうか。次の電車に乗らないと、練習の終わりに間に合わなさそうだから」
「……練習って、その、公開練習? 栞が週一で通ってるっていう」
折原の所属しているクラブの。嫌そうな声をものともせず、栞はぐんぐんと進んでいく。
「そうそう。やましいことなんてあるわけないのに、そういうふうに勘繰られるのも腹立つじゃん。あたし、これからも通うのやめるつもりないし。でも、行くなら気持ちよく行きたいし」
「いや、べつに、おまえら付き合ってるわけじゃないんだから、好きにしたら……」
「なにか言った?」
眉を吊り上げられて、首を横に振る。勝てる気もしない。
「だから、とにかく、佐野はついてきてくれたらいいの」
「なんで俺だよ。庄司を連れてったら一発だろ」
「絶対にいや。あいつが謝るまであたしは折れません。それで、謝ってきたときに、ずらっと証拠並べて笑ってやるの」
「……」
「あ、なに、その顔。いいじゃん、ちょっとくらい付き合ってくれても。佐野だって、サッカー好きでしょ? 絶対に見たら楽しいし、勉強にもなるよ。そのついでに、あたしたちが話してるところを見てくれたらな、と」
それで、なにもあるわけがないって庄司に言ってやってほしいの。うきうきとした顔を隠さない栞から、そっと視線を外す。
――好きだから、いやなんだよ。
言えるわけのない本音を呑み込んで、了承する。頼みを断るだけの正当な理由も思いつかなかった。
「やった、ありがとう!」
ぱっと輝いた顔に、最後の抵抗で釘を刺す。
「俺は遠目から見るだけだからな」
「え? 一緒に近くで見ないの?」
「俺がとなりにいたら、普段の様子はわからないだろ。だから」
「それもそっか」
苦しい言い訳だったが、栞は「じゃあ、それでよろしく」と納得した顔で笑う。ほんの少し罪悪感が湧いたが、それ以上にほっとした。かたくなに拒絶して不審に思われたくはなかった。
脳裏に浮かんだのは、街頭で見たスクリーンのなかの折原でも、さきほど栞が広げていた紙面上の折原でもない。もっと昔に捨てたはずの記憶のなかの後輩の笑顔だった。
来る途中に買ってきたという雑誌を繰りながら、栞が感嘆の息を漏らす。真知ちゃんでもいれば相手をしてくれたのだろうが、サークルボックスにいたのは俺と庄司だけだった。庄司が聞き役を買って出ているが、終わらないマシンガントークに、相槌のやる気は失われつつある。そのあいだにも話は進み、雑誌の内容から所属しているチームの公開練習を見に行っているというものに変わっていた。
「はいはい、そうですね、イケメンですね。というか、なに。おまえ、そんなに何回も練習見に行ってんの?」
「うん。時間もあるし、この一ヶ月くらいはほぼ週一かな」
「週一?」
信じられないとばかりに庄司の声のトーンが跳ね上がる。俺もそれほど通い詰めているとは知らなかった。見るともなしに見ていた携帯から視線を上げると、栞が「え? 駄目?」と大きな瞳を瞬かせた。
「いや、べつに、駄目ってわけでもないけど」
「でも、多くね? さすがに」
「そうかなぁ。けっこうそういう子も多いみたいだよ? それに頻繁に顔を出すからこそ向こうも覚えてくれるっていうか」
「覚えてくれる?」
「そう、名前とか。あたしの顔と名前も一致させてくれたみたいで。ちゃんと名前で呼んでくれるし。そういうところが本当にイケメンだよね」
ホストかよとぼやいた庄司の声の苛つきに気がつかないまま、栞は続ける。
「あの笑顔でまた来てくださいねって言われたら、そりゃ通っちゃうでしょ」
鼻歌まじりに栞は雑誌を捲っている。
「というか、おまえさ」
「ん? なに?」
「それだけ通って、名前覚えてもらって。その次はどうしたいわけ?」
「どうしたいって……」
栞が首を傾げる。
「いろいろおしゃべりできたらうれしくない? なんていうか、ちょっと特別感が上がるっていうか」
「特別感」
庄司が鼻で笑う。続きそうな言葉の予想がついて、とめるべきかと悩んでいるうちに、庄司が言った。
「その特別感って、そうやってきゃぴきゃぴ好きですーってアピールしてたら、付き合ってまではもらえなくても、一回くらいはヤッてもらえるかも、とか。そういうあれ?」
うわと聞いていただけの俺も思ったが、直に言われた栞の変貌もなかなかだった。張り付いていた笑顔が一瞬で消えて真顔になる。
「へぇ、つまり、庄司はあたしのこと、そういう軽い女だって思ってるってこと?」
「いや、だって、そう思うだろ。プロ選手だろうがなんだろうが男なんだし。しかも俺らとたいして年も変わんねぇんだろ」
「最悪」
沈黙のあとで栞が冷たく吐き捨てた。庄司の性格を鑑みれば、苛立って当て擦りをしただけだろうということはわかる。
だからといって、庇ってやる気にはなれなかったが。
「もう本当に最悪なんだけど。馬鹿じゃないの? ちゃんと頭冷やして、今の自分の発言しっかり考えてよね。そうじゃないと知らないから」
大きな音を立てて、栞が立ち上がった。そして、そのまま鞄を肩にひっかけると、一度も振り返ることなく去っていく。
その華奢な背中が完全に見えなくなったところで、庄司が大仰な溜息を吐いて机に突っ伏した。机の上にはこれ見よがしに雑誌が放置されている。
「おまえが悪いだろ、どう考えても」
「佐野に言われなくてもわかってるよ、わかってます。あー、もう、なに言ってんだ、俺」
「おまえ、栞にだけはそうだよな」
そう。誰に対しても愛想がよくて、気遣いもできて。見た目もいわゆる女受けのいいスポーツマンタイプで、実際にそれなり以上に女の子からモテているくせに、本命にだけはうまく接することができないらしい。
以前、ふたりで飲んだときに零していた愚痴から察するに、四人で過ごす空気が楽過ぎて関係を変える気になれない、ということらしいが。
広げられたままの雑誌からの視線が、なんだか居た堪れない。閉じて、庄司の前に置く。
「それはそうとしても、言い過ぎ」
「いや、でも、さぁ」
「そもそもとして、チャラチャラしたやつらと一緒にすんなよ。折原はプロだろ。ファンサービスとしての交流はしても、手ぇ出すとかはありえないだろ」
言い切った瞬間に、庄司が訝しげに顔を上げた。苛立ちが滲み出ていたかもしれないと気づいて、付け加える。
「まぁ、一般論だけど」
今は知らない。知るよしもない。けれど、俺が知っている高校生の折原はそうだった。当時からすでに折原は人気があって、サッカー部が練習をしているグラウンドのフェンスには、いつも女子が張り付いていた。
それでも俺は、折原が誰かの相手をしているところを見たことは一度もない。こんなに見られてると俺らが珍獣みたいですねと笑っていた記憶はあるが、それだけだ。ほかの先輩からもったいないと嘆かれても、俺はサッカーをしているほうがずっと楽しいと言って憚らなかった。そういうやつだった。
余計なことばかり思い出してしまった。思考を切り替えて、立ち上がる。
「栞にフォローは入れとくから。おまえは栞が言ったとおりに頭冷やしとけよ。それで、ちゃんと次に会ったときに謝れよ」
庄司に拝まれながらボックスを出る。探すまでもなく、ボックス棟を出てすぐのところのベンチに栞は座っていた。
「栞」
呼びかけに、不機嫌そうな面が上がる。
「雑誌、庄司に預けといたけど」
「……」
「それでよかったか?」
「べつに」
不貞腐れた調子で応じてから、吹っ切ったように栞が肩をすくめた。
「いいの! というか、あれでも読んで、優しいイケメンになれっていう嫌味だから」
読んだだけでなれるとは思えなかったが、言葉にはしなかった。そもそも、あの雑誌が原因な気がしないでもないが。
「庄司、怒ってんの?」
「怒ってはないけど、頭抱えてる」
事実を告げると、栞が笑った。
「佐野も、ああいうふうに思う?」
「思わねぇよ」
栞をそういうふうに見ていないからか、相手が折原だからそんなことはないと思っているのか。そのどちらかはわからないままに否定する。
「大丈夫。あいつが悪い」
「よかった。実はちょっとだけ言い過ぎたかなとも思ったんだけどさ、でもやっぱり庄司が悪いよね。悪いというか失礼だよね。あたしにも、折原くんにも」
「だな」
「でも、ああやって嫉妬するってことは、あたしのこと好きなのかな。それはそれでうれしかったりもするんだけど」
恋する乙女モードに切り替わったらしく、新たなマシンガントークが始まった。真知ちゃんいわく、栞は栞で庄司のことが好きらしいが、自分から関係を壊すつもりはないらしい。余計なことして馬に蹴られたくはないよねとのスタンスも一致しているので、俺も真知ちゃんもこれといってなにかをするつもりはない。その調子で栞の話を聞き流していると、語尾が急に跳ね上がった。
「ちょっと! 聞いてる?」
「聞いてる、聞いてる」
「だったらよかった。じゃあ、さっそく行こっか」
「……え?」
「今からだったらギリだけど間に合うし。今日も公開練習の日なんだよね。佐野、このあと講義入ってなかったよね、たしか」
話は決まったと栞が勢いよく立ち上がる。
「いや、たしかに必修はないけど。というか、ごめん。なんの話?」
「もー、やっぱり聞いてなかったんじゃん!」
頬を膨らませた栞が、腕をひっぱる。適当に返事をしていた自覚はあるが、嫌な予感しかしない。
「とりあえず歩きながら話そうか。次の電車に乗らないと、練習の終わりに間に合わなさそうだから」
「……練習って、その、公開練習? 栞が週一で通ってるっていう」
折原の所属しているクラブの。嫌そうな声をものともせず、栞はぐんぐんと進んでいく。
「そうそう。やましいことなんてあるわけないのに、そういうふうに勘繰られるのも腹立つじゃん。あたし、これからも通うのやめるつもりないし。でも、行くなら気持ちよく行きたいし」
「いや、べつに、おまえら付き合ってるわけじゃないんだから、好きにしたら……」
「なにか言った?」
眉を吊り上げられて、首を横に振る。勝てる気もしない。
「だから、とにかく、佐野はついてきてくれたらいいの」
「なんで俺だよ。庄司を連れてったら一発だろ」
「絶対にいや。あいつが謝るまであたしは折れません。それで、謝ってきたときに、ずらっと証拠並べて笑ってやるの」
「……」
「あ、なに、その顔。いいじゃん、ちょっとくらい付き合ってくれても。佐野だって、サッカー好きでしょ? 絶対に見たら楽しいし、勉強にもなるよ。そのついでに、あたしたちが話してるところを見てくれたらな、と」
それで、なにもあるわけがないって庄司に言ってやってほしいの。うきうきとした顔を隠さない栞から、そっと視線を外す。
――好きだから、いやなんだよ。
言えるわけのない本音を呑み込んで、了承する。頼みを断るだけの正当な理由も思いつかなかった。
「やった、ありがとう!」
ぱっと輝いた顔に、最後の抵抗で釘を刺す。
「俺は遠目から見るだけだからな」
「え? 一緒に近くで見ないの?」
「俺がとなりにいたら、普段の様子はわからないだろ。だから」
「それもそっか」
苦しい言い訳だったが、栞は「じゃあ、それでよろしく」と納得した顔で笑う。ほんの少し罪悪感が湧いたが、それ以上にほっとした。かたくなに拒絶して不審に思われたくはなかった。
脳裏に浮かんだのは、街頭で見たスクリーンのなかの折原でも、さきほど栞が広げていた紙面上の折原でもない。もっと昔に捨てたはずの記憶のなかの後輩の笑顔だった。



