「あ、佐野。ひさしぶり!」
その言葉のとおり、サークルボックスに顔を出したのはひさしぶりだった。庄司とふたりで雑誌をのぞき込んでいた栞の顔が、ぱっと上がる。やっとのことで付き合い始めたばかりなのに、距離感は今までと変わらない。そのことに、なんとなくほっとする。
いちゃつく友人に囲まれるのが居た堪れないということもあるが、それだけではない。変わらない日常のなかにいたかった。
「なに見てんの?」
いつもだったら気にもしなかっただろう雑誌の内容を尋ねたのは、さりげなく庄司が遠ざけようとしたからだった。ろくなものでないことは理解できても、好奇心まで消えるわけではない。
「あ、これ? ねぇ、佐野、知ってた? 折原くんさ」
「栞」
咎める庄司の声に、栞が「あ」と口元を手で覆った。これ、言っちゃ駄目だったのと視線が告げている。引けなくなって、ことさら軽い調子で続ける。
「なに? あいつ、今度はどんな記事になってんの?」
妙な気を回してもらう必要はないと体現しただけだ。ためらいのあとで、栞が雑誌を持ち上げた。
「これなんだけど……」
「たいしたもんじゃなかったけどな。ほら、あの子目立つから。いいネタになるんだろ」
「知ってる」
それこそ、昔からそうだった。あいつがいつそんなこと言ったよと。否定してやりたくなるような噂が校内に蔓延していた。本人は、有名税ってやつですね、なんてのんきに笑っていたけれど。
「だからってわけじゃないけど、べつになんとも思わねぇから。せいぜい次に会ったときの話のネタになるくらい」
だから、頼むから変な気を使わないでほしいと思ってしまう。今の自分たちの関係を知られているのではないかと邪推してしまいそうになる。
「折原くん、かっこいいもん。たしかにしかたないところはあるかもね。かわいそうだけど」
取りなすように笑って、栞がページを繰る。
「今回は女子アナなんだって。しかもけっこう年上の。ほら、これこれ」
今回は、ってなんだよと思いながら、示された紙面に視線を落とす。白黒刷りの写真に写る片割れは、たしかに折原だった。どこかの店を出る瞬間をとらえたらしいそれは、密会と煽られてもしかたのないものにも見える。切り取られた部分の外側に同行していた人間がいるのかもしれないし、いないのかもしれない。この紙面だけでは判断のしようがないことだ。
「でも言われてみると、折原くんって年上の女の人が好きそうな感じもするよね。かわいがられそうだし」
この人、美人だもんね。栞の華奢な指先が紙面をなぞる。
「まぁな」
そっけない相槌もいつものことだと思ったのか、気にした様子もなく栞が言う。
「佐野にも甘えてる感じだったもんね。末っ子キャラ?」
「どうだろうな。あいつ、たしか下に弟か妹いたぞ」
「え、嘘。意外!」
空気を読まずに甘えるようなこともしないしな、とは内心でだけ付け加える。天真爛漫なようで、誰よりも気を使っていたのは、あいつだった。それが傍からはわかりづらいというだけで。
「お兄ちゃんだったのかぁ。わかんないもんだね。ところでこっちは実際どうなんだろ、付き合ってんのかな?」
「栞、週刊誌ネタは八割が嘘なの。騙されんなって。なぁ?」
気遣われている居た堪れなさに、「さぁな」と投げやりに応じて、紙面から視線を外す。
付き合ってはいないだろうと知っている。その女子アナが、折原に気があるのかは知らないし、折原がどう対処するつもりなのかも知らない。
わかることがあるとすれば、ひとつだけだ。
「まぁ、似合うんじゃねぇの。べつに」
少なくとも、となりに俺が立っているよりは。見目のいい女と並んでいるほうが。
折原くんに聞いてみてよ。他意なく笑う栞と、諫めている庄司とを一瞥して、これが普通なんだろうなと思った。
普通で、誰からも受け入れられて、眉をひそめられない関係。俺と折原とでは、こうはいかない。当たり前のことをいまさらになって再認識した気分だった。似合わないし、肯定的にとらえられることはない。
ずっと自分を戒めていたつもりだったのに、結局のところで俺は見ないふりをしていたのかもしれない。
折原のとなりに立っていても違和感のない女。その女とのツーショット。作為的なものなのかどうかは知らない。ただ、目にしてしまった写真は予想外に胃の縁を焼いた。
その言葉のとおり、サークルボックスに顔を出したのはひさしぶりだった。庄司とふたりで雑誌をのぞき込んでいた栞の顔が、ぱっと上がる。やっとのことで付き合い始めたばかりなのに、距離感は今までと変わらない。そのことに、なんとなくほっとする。
いちゃつく友人に囲まれるのが居た堪れないということもあるが、それだけではない。変わらない日常のなかにいたかった。
「なに見てんの?」
いつもだったら気にもしなかっただろう雑誌の内容を尋ねたのは、さりげなく庄司が遠ざけようとしたからだった。ろくなものでないことは理解できても、好奇心まで消えるわけではない。
「あ、これ? ねぇ、佐野、知ってた? 折原くんさ」
「栞」
咎める庄司の声に、栞が「あ」と口元を手で覆った。これ、言っちゃ駄目だったのと視線が告げている。引けなくなって、ことさら軽い調子で続ける。
「なに? あいつ、今度はどんな記事になってんの?」
妙な気を回してもらう必要はないと体現しただけだ。ためらいのあとで、栞が雑誌を持ち上げた。
「これなんだけど……」
「たいしたもんじゃなかったけどな。ほら、あの子目立つから。いいネタになるんだろ」
「知ってる」
それこそ、昔からそうだった。あいつがいつそんなこと言ったよと。否定してやりたくなるような噂が校内に蔓延していた。本人は、有名税ってやつですね、なんてのんきに笑っていたけれど。
「だからってわけじゃないけど、べつになんとも思わねぇから。せいぜい次に会ったときの話のネタになるくらい」
だから、頼むから変な気を使わないでほしいと思ってしまう。今の自分たちの関係を知られているのではないかと邪推してしまいそうになる。
「折原くん、かっこいいもん。たしかにしかたないところはあるかもね。かわいそうだけど」
取りなすように笑って、栞がページを繰る。
「今回は女子アナなんだって。しかもけっこう年上の。ほら、これこれ」
今回は、ってなんだよと思いながら、示された紙面に視線を落とす。白黒刷りの写真に写る片割れは、たしかに折原だった。どこかの店を出る瞬間をとらえたらしいそれは、密会と煽られてもしかたのないものにも見える。切り取られた部分の外側に同行していた人間がいるのかもしれないし、いないのかもしれない。この紙面だけでは判断のしようがないことだ。
「でも言われてみると、折原くんって年上の女の人が好きそうな感じもするよね。かわいがられそうだし」
この人、美人だもんね。栞の華奢な指先が紙面をなぞる。
「まぁな」
そっけない相槌もいつものことだと思ったのか、気にした様子もなく栞が言う。
「佐野にも甘えてる感じだったもんね。末っ子キャラ?」
「どうだろうな。あいつ、たしか下に弟か妹いたぞ」
「え、嘘。意外!」
空気を読まずに甘えるようなこともしないしな、とは内心でだけ付け加える。天真爛漫なようで、誰よりも気を使っていたのは、あいつだった。それが傍からはわかりづらいというだけで。
「お兄ちゃんだったのかぁ。わかんないもんだね。ところでこっちは実際どうなんだろ、付き合ってんのかな?」
「栞、週刊誌ネタは八割が嘘なの。騙されんなって。なぁ?」
気遣われている居た堪れなさに、「さぁな」と投げやりに応じて、紙面から視線を外す。
付き合ってはいないだろうと知っている。その女子アナが、折原に気があるのかは知らないし、折原がどう対処するつもりなのかも知らない。
わかることがあるとすれば、ひとつだけだ。
「まぁ、似合うんじゃねぇの。べつに」
少なくとも、となりに俺が立っているよりは。見目のいい女と並んでいるほうが。
折原くんに聞いてみてよ。他意なく笑う栞と、諫めている庄司とを一瞥して、これが普通なんだろうなと思った。
普通で、誰からも受け入れられて、眉をひそめられない関係。俺と折原とでは、こうはいかない。当たり前のことをいまさらになって再認識した気分だった。似合わないし、肯定的にとらえられることはない。
ずっと自分を戒めていたつもりだったのに、結局のところで俺は見ないふりをしていたのかもしれない。
折原のとなりに立っていても違和感のない女。その女とのツーショット。作為的なものなのかどうかは知らない。ただ、目にしてしまった写真は予想外に胃の縁を焼いた。



