『それでは、もう一度ご覧いただきましょう。先日A代表のデビュー戦で魅せてくれました、弱冠二十才の新星、折原選手の逆転弾のシーンです』
大学サークルの飲み会からの帰る途中に、偶然通りかかった大手電気屋の店頭だった。耳に飛び込んできた名前に、足が止まる。
吸い寄せられるように見上げた先には、巨大なスクリーンに映るかつての後輩の姿があった。
ゴールを決めた直後の映像なのだろう。日本代表の青いユニフォームを身にまとった折原が、チームメイトにもみくちゃにされながら笑っていた。
「あ、折原くんだ」
「かっこいいよね、あたしファンなんだ」
すぐそばで始まった会話に、一緒に歩いていた友人の存在を思い出す。
この笑顔がかわいいんだよね。中高生だったころに何度も聞いた感嘆と同じそれに苦笑が零れた。
「ファンって。芸能人なわけじゃねぇだろ」
続いた呆れを隠さない反応に、不満の声が上がる。画面ではスロー再生が始まっていた。初夏の生暖かい夜風が頬をなぶる。
「庄司、知らないの? 折原くんってすっごく人気あるんだよ。かっこいいから」
「いや、知ってるし。たしかに顔もかっこいいけどさ、サッカー選手だろ。プレー褒めてやれよ。というか、栞はちゃんとルールわかってたっけ?」
「なにそれ。わかってるに決まってるじゃん。フットサルサークルのマネージャーだよ、あたし」
「ほぼ飲みサーだけどな。なぁ、佐野。……佐野?」
凝視していたスクリーンから、はっとして意識を戻す。不思議そうに見つめてくる六つの瞳に、現実に足が着いた。庄司と栞と真知ちゃん。大学に入学して二年と少し。行動をともにしていることの多い友人たちだった。
「あー……、悪い。聞いてなかった」
「ちょっと聞いてってば。佐野、あたしちゃんとマネージャーやってるよね?」
適当に問いかけに頷くと、満足そうに「そうだよね」と栞が笑う。ミーハーで気分屋なところもあるが、いつも明るい栞はムードメーカーだ。
「このあいだ真知とクラブチームの練習も見に行ったんだけどさ。今度は庄司と佐野も一緒に行こうよ」
「試合なら見に行ってもいいけど、練習はいいわ。おまえみたいな女子がわらわら群がってるんだろ」
「けっこうおもしろかったよ。たしかにファンの子が多かったけど、折原くん、ちゃんとみんなの相手してくれたし。それだけで行くかいもあるでしょ」
「なおさらいいわ、それ。俺らが行っても楽しくねぇだろ」
「えー、佐野も? いや?」
好意で誘ってくれているのはわかるが、行きたくはない。苦笑いで首を振ると、栞の声が拗ねる。
「ふたりとも付き合い悪いなぁ。楽しいのに」
「いいじゃん、栞。またふたりで行こうよ」
見かねたのか、真知ちゃんが代替え案を出してほほえむ。気遣われていると感じたが、甘えさせてもらうことにした。
高校サッカーが好きで、サッカー部のマネージャーをしていたという彼女は、選手だった当時の俺のことを覚えていたそうだ。親しくなってから告げられたときは驚いた。けれど、あまり言わないでほしいと頼めば、深入りすることなく了承してくれた。
その頭には有名な後輩の存在が浮かんでいたのかもしれない。現に、こうして栞が折原の名前を出しても、俺の出身校のことを口にすることはない。
「ありがと、真知。じゃあまた一緒に行こうね」
「そうしよ、あたしも楽しみ」
「あたしも! あ、そうだ。次の店、どこにする?」
「先に帰るわ、悪い」
二次会の店を選び始めた栞たちに、そう告げる。同じように立ち止まっていた通行人たちのざわめきに、懐かしい声が混ざった。インタビューに応じる、はきはきとした明るい声。
「もう帰っちゃうの? 明日も休みなのに」
「明日、朝から用事あるんだよ」
用事なんてなにもなかったが、そういうことにした。いつまで引きずっているのかと自分に呆れたが、あの映像を目にしたあとだと悪酔いしてしまいそうだった。
引き留めたがる栞に、次は最後まで付き合うと約束して、輪から外れた。駅に向かって進むうちに、興奮も歓声もなにもかもが遠のいていく。無音になっていく夜のなかで、ふいに自分の声がよみがえった。
――だから言っただろう。
そうだ。だから、言っただろう。思い浮かんだのは、高校一年生の折原の顔だった。さきほど見てしまった映像よりも幾分か幼い顔。もう、三年も前の話だ。
でも、あんたがいないじゃないですかと。佐野先輩がいないのはいやだと。なにかを堪えて無理やりに絞り出したような声。その声が、三年経った今でも、こうして思い出される瞬間がある。
そのたびに大丈夫だと言い聞かせてやり過ごしていた。誰に対してなのかもわからないまま、心を静めるように。画面越しに見た今の折原なのか、自分のなかに残る高校生の折原なのか。それとも、自分自身に対してなのか。もはや自分でもわからないままに繰り返す。
――なぁ、大丈夫だっただろう?
おまえは俺がいなくても、今、なんの不足も感じていないだろう?
大学サークルの飲み会からの帰る途中に、偶然通りかかった大手電気屋の店頭だった。耳に飛び込んできた名前に、足が止まる。
吸い寄せられるように見上げた先には、巨大なスクリーンに映るかつての後輩の姿があった。
ゴールを決めた直後の映像なのだろう。日本代表の青いユニフォームを身にまとった折原が、チームメイトにもみくちゃにされながら笑っていた。
「あ、折原くんだ」
「かっこいいよね、あたしファンなんだ」
すぐそばで始まった会話に、一緒に歩いていた友人の存在を思い出す。
この笑顔がかわいいんだよね。中高生だったころに何度も聞いた感嘆と同じそれに苦笑が零れた。
「ファンって。芸能人なわけじゃねぇだろ」
続いた呆れを隠さない反応に、不満の声が上がる。画面ではスロー再生が始まっていた。初夏の生暖かい夜風が頬をなぶる。
「庄司、知らないの? 折原くんってすっごく人気あるんだよ。かっこいいから」
「いや、知ってるし。たしかに顔もかっこいいけどさ、サッカー選手だろ。プレー褒めてやれよ。というか、栞はちゃんとルールわかってたっけ?」
「なにそれ。わかってるに決まってるじゃん。フットサルサークルのマネージャーだよ、あたし」
「ほぼ飲みサーだけどな。なぁ、佐野。……佐野?」
凝視していたスクリーンから、はっとして意識を戻す。不思議そうに見つめてくる六つの瞳に、現実に足が着いた。庄司と栞と真知ちゃん。大学に入学して二年と少し。行動をともにしていることの多い友人たちだった。
「あー……、悪い。聞いてなかった」
「ちょっと聞いてってば。佐野、あたしちゃんとマネージャーやってるよね?」
適当に問いかけに頷くと、満足そうに「そうだよね」と栞が笑う。ミーハーで気分屋なところもあるが、いつも明るい栞はムードメーカーだ。
「このあいだ真知とクラブチームの練習も見に行ったんだけどさ。今度は庄司と佐野も一緒に行こうよ」
「試合なら見に行ってもいいけど、練習はいいわ。おまえみたいな女子がわらわら群がってるんだろ」
「けっこうおもしろかったよ。たしかにファンの子が多かったけど、折原くん、ちゃんとみんなの相手してくれたし。それだけで行くかいもあるでしょ」
「なおさらいいわ、それ。俺らが行っても楽しくねぇだろ」
「えー、佐野も? いや?」
好意で誘ってくれているのはわかるが、行きたくはない。苦笑いで首を振ると、栞の声が拗ねる。
「ふたりとも付き合い悪いなぁ。楽しいのに」
「いいじゃん、栞。またふたりで行こうよ」
見かねたのか、真知ちゃんが代替え案を出してほほえむ。気遣われていると感じたが、甘えさせてもらうことにした。
高校サッカーが好きで、サッカー部のマネージャーをしていたという彼女は、選手だった当時の俺のことを覚えていたそうだ。親しくなってから告げられたときは驚いた。けれど、あまり言わないでほしいと頼めば、深入りすることなく了承してくれた。
その頭には有名な後輩の存在が浮かんでいたのかもしれない。現に、こうして栞が折原の名前を出しても、俺の出身校のことを口にすることはない。
「ありがと、真知。じゃあまた一緒に行こうね」
「そうしよ、あたしも楽しみ」
「あたしも! あ、そうだ。次の店、どこにする?」
「先に帰るわ、悪い」
二次会の店を選び始めた栞たちに、そう告げる。同じように立ち止まっていた通行人たちのざわめきに、懐かしい声が混ざった。インタビューに応じる、はきはきとした明るい声。
「もう帰っちゃうの? 明日も休みなのに」
「明日、朝から用事あるんだよ」
用事なんてなにもなかったが、そういうことにした。いつまで引きずっているのかと自分に呆れたが、あの映像を目にしたあとだと悪酔いしてしまいそうだった。
引き留めたがる栞に、次は最後まで付き合うと約束して、輪から外れた。駅に向かって進むうちに、興奮も歓声もなにもかもが遠のいていく。無音になっていく夜のなかで、ふいに自分の声がよみがえった。
――だから言っただろう。
そうだ。だから、言っただろう。思い浮かんだのは、高校一年生の折原の顔だった。さきほど見てしまった映像よりも幾分か幼い顔。もう、三年も前の話だ。
でも、あんたがいないじゃないですかと。佐野先輩がいないのはいやだと。なにかを堪えて無理やりに絞り出したような声。その声が、三年経った今でも、こうして思い出される瞬間がある。
そのたびに大丈夫だと言い聞かせてやり過ごしていた。誰に対してなのかもわからないまま、心を静めるように。画面越しに見た今の折原なのか、自分のなかに残る高校生の折原なのか。それとも、自分自身に対してなのか。もはや自分でもわからないままに繰り返す。
――なぁ、大丈夫だっただろう?
おまえは俺がいなくても、今、なんの不足も感じていないだろう?



