「――悠。ミーティングだろ?」
「うん。ミーティング……」
「これは、ちょっと違うのでは?」
「――そんなことないよ……」
いやしかし。
俺の目と悠の目が
今にも
くっつきそうなのだが?
―――――
ほんの少し前、
そう、夕方――、
ミーティングを告げる悠に
俺は手を差し出した。
しばし、
ふたり、
見つめ合う。

グウゥゥ……
間抜けな音が
俺たちの間をすり抜けて
店内に響く。
たまらず吹き出す。
「悠、まずは夜ご飯だろ。
その後に“ミーティング”な?」
クスクスと込み上げる。
「――悪い。
学校からずっと走ってきたから、
エネルギー切れだわ。」
悠が立ち上がり、
パンパンと太もも辺りを払う。
「ハハッ……お前変わってないな。」
「何が?」
「腹減ると
急にスンッとなるところ。」
「え、俺、そんなん?」
「うん。そんなん。」
リビング。
今朝のことが
もっと前のことのように
感じる。
不思議な感覚だ。
ドサッ!
バサッ!
悠がリュックを下ろし、
ポロシャツを脱ぐ。
「暑っ!汗だく!
俺、サッとシャワー浴びてくる。
出たら、飯作るわ。」
「俺が作ってようか?」
「んー。いや、俺作るわ。
なぜか今日そういう気分。」
「ハハッ、気分って。
じゃぁ、よろしく。」
「おう。適当に待ってて。」
パタン。
サーッ……
――……
トクン。
ん?なに。
トクンってなに。
「はぁぁ……もう。
シャワー浴びてるだけじゃん……」
ソファに
ドサッと腰を下ろし、
――脱力。
ぼーっとドアを眺める。
あのドアから、
もうすぐ
湿気を帯びた悠が入ってくる。
首にタオルかけて、
だらっと腰でズボン履いて、
Tシャツのボタンも全開で、
悠の香りをまとって――
そして、
俺の顔を見て
こう言うんだ。
「慎、どうした、ぼーっとして。」
そう、
グッとくるその声でさ。
ん?その声?
じぃ……
目の前には
俺の目を覗き込む悠の顔。
「わぁっ!!」
「ぅわっ!
なんだよ、急に。」
俺の声に悠も驚く。
「いや、別に、なんも。
何でもない……かな。うん。」
「変な奴。
お前も浴びてくれば?
その間に作っとくから。」
俺が返事する前に
悠は手を洗い、支度を始めた。
カチャカチャ。
調理器具ひとつ出すのも、
無駄のない動き。
さすが、手際いいな。
「――じゃ、シャワーしてくるわ。」
「おう。」
悠がニコッと笑う。
なんっか……
なんか、
なんか……なんだ。
なんつーか。
やりにくい……
本当は俺、
浴槽に浸かる派。
寝る前派。
なのに、
俺は今、
素直にシャワーの前に居る。
「まぁ、いいんだけど。」
勢いよく蛇口を捻る。
ザーッ!!
これはこれで気持ちいい。
ホクホクと出ていくと、
リビングはすっかり
グルメな香りに包まれている。
そんなに
お腹が減ってたわけじゃない。
だけど、
俺の腹が
早速、騒がしい。
なんだかなぁーー。
そんな気持ちで
時は流れる。
悠の夜ご飯は
めちゃくちゃ、美味かった。
俺には、
あんな短時間では
無理だ。
この店やるために、
たくさん勉強して
資格取ったんだろうな。
なんだかな……。
さっきから
“なんだかな”しか出てこん。
それも、
なんだかな。
―――――
寝室で
俺は悶々と座っている。
だって、
頭の中で、
悠との夜ご飯シーンばかり
リピートするんだ。
ドアの向こうからは
鼻歌混じりで
洗い物の音がする。
洗おうと思ったのに。
なんだよ、
至れり尽くせりってか。
俺にも
何かさせてくれ。
絆されるじゃん……。
困るわぁ……。
俺、今日、
もうちょっとピリッと
決めるつもりだったのに。
夕方、
抱きつかれてから
調子が狂って
――今に至る。
挙句、
胃袋ガッチリ捕まれて、
その後ゆっくりしときなって
労われて、
ちょこんと
此処に座ってる。
なんて――
チョロい男なんだ。
さっきだって……
――……
「あ、ケチャップついてんぞ。」
悠の指先が
俺の口元を拭う。
お前、まさか、
その指を
ペロッとしたりしないだろうな?
ペロッ。

うわーーーー!
した!
ペロッてした!
ラブストーリーでも読んだのか?
予想通りのこと
するんじゃねーよ。
自分の口元を
手で擦りながら、
俺の目も、
心も、
あっちこっち忙しい。
「ん?どうした。」
悠が、
首を傾げる。
「別に。
これ、美味いなって。」
ふいっと目を逸らす――
――……
で、だ。
ここで目を逸らしたのは
俺の、痛恨のミスだ。
ここはもっと、
普通にするべきだった。
悶々として仕方ない。
「はぁーーーー、疲れた……。」
ドサッ。
ベッドに
背中から倒れる。
腕を広げ、
意味もなくパタパタと
ベッドの上で音を立てる。
あ。これいいわ。
ちょっと気が紛れるやつ。
パタパタ、
パタパタ、
パタパタ……
キシッ……
俺の近くが少し沈む。
微かに身体が揺れる。
――あ。
俺、一瞬ウトウトしてた。
沈んだ方から、
ふわっと
悠の香りがする。
誘われるように
顔を向ける。
「悠……。」
悠が、
ん?と、
眉だけで返事する。
「悪い、俺、一瞬寝てた。
洗い物までサンキューな。」
「腹、いっぱいになったか?」
「お前がな。」
どちらからともなく
笑い合う。
「それで、なんだ?
ミーティングって言ってたの。」
「うん――、それなんだけど。」
悠の指が
俺の前髪を優しく弄ぶ。
さわさわ……
くすぐったい。
でも、
なんか、
気持ちいい。
―――――
前髪の向こう、
慎の目が
ゆっくりとまばたきをする。
俺の指先が触れる度に
うっとりと、
ゆっくりと。
その指で
慎の目尻を撫でる。
スリッ……
少し戸惑ったような
驚いたような、
でも、
期待してるような――
慎の目が、
その指をチラッと見る。
ゴソ……ッ
ほんの少し、慎に近寄る。
一段、
ふたりの間の
温度が上がる。
慎の口が開く。
掠れた優しい声が
俺に落ちてくる。
「――悠。ミーティングだろ?」
「うん。ミーティング……」
「これは、ちょっと違うのでは?」
「そんなことないよ……」
慎は、怒るだろうか。
“もう我慢できない”なんて言ったら。
昨日のこと、
まだ話せてないのに。
それよりも、
早く、
慎に触れたい、って。
こんな俺に、
お前は、怒るのかな?
慎の目元が
ふっと笑う。
「俺、穴があいちゃうじゃん。」
「え?」
「そんなに熱く見られたら、
穴が空いちゃうだろ、俺に。」
カアァッ……
一気に顔が熱くなる。
「お前っ……
今、それ言うの反則!」
「何がどう反則なんだよ。」
「何がどうでもだ!」
「ふーん。
――よいしょ、と。」
ピタッ。
俺の胸に
慎が手のひらを置く。
「なにしてんだ?」
「ドッドッドッドッ……て、
――暴れてるね。
ここに、
ドラムでもあるの?」
「うん――あるよ。」
その手を掴む。
スルッと
指と指を絡ませる。
ギュウ……
強く握りしめる。
「慎、ちょっと、いいかな?」
「なに?」
「少しだけ、
――触っていいかな。」
「うん、いいよ。」
ギシッ……
身体を起こし、
慎の肩に
指先で触れる。
トッ……
「温かい……」
「うん。」
「ちょっと汗かいてるね……」
「うん。」
ためらいながら、
その指で
慎の頬に触れる。
「柔らかいな……」
「悠の指、震えてるよ?」
「うん。
俺、
すごく、緊張してる。」
「俺もだ。一緒だな。」
いつもそうだ。
俺がこうして不安になると、
“一緒だな”
“同じだな”
“俺もそう”
って、俺と並んでくれるんだ。
俺、お前が
めちゃくちゃ大事だ――
「昨日は、ごめん。」
言葉が溢れては
慎へと、落ちていく。
「恒に嫌がらせするために、
慎を使ってごめん。
関係ない、
なんて言って、ごめん。
言った言葉は消せないけど、
それでも――ごめん。」
「うん。
俺も、強く言ってごめんな。」
「勝手かもしれないけど、
また、
喧嘩になるかもだけど、
言ってくれる、お前がいいんだ。」
「俺も、面倒臭いお前がいい。」
そう言って
慎がふっと笑う。
その笑顔を
俺に焼き付けたい。
だけど……
俺の中には、焼き付けられない。
顔を認識できないことが
とても悔しい――
だから、
「もう……少しだけ。」
そっと、
頬にキスをする。

今この瞬間の、
慎の温かさと柔らかさ、
肌に残る熱、
香り、
その声、
全てを、
五感で覚えたくて――。



