俺たちは、
一生分に値するほどの
《《恋人の》》キスをした。
塞き止められていた水が
乾いた川に
どっと流れ込むように、
お互いを潤し、
ゆったりと
胸の奥を満たした。
俺たちの、
少し照れくさい
青い関係が、
熱を渡し合いながら
同じ温度で上昇した。
合図をしたわけじゃない。
すうっと離れ、
抱き合ったまま
ふたり、ベッドに倒れ込む。
――とさっ……。
瞳を揺らしながら
どれほど見つめ合っていただろう。
まばたきが、
大きくゆっくりになっていく。
それでも目線は
照準を合わせるように
また絡み合う。
眠りに落ちるその瞬間まで
お互いを
自分の瞳の中に――……
捕まえて……
おきたい――……
――……
―――――
――朝。
まぶた越しに
明るい光を感じる。
そんな中、
俺の身体が揺れている。
なんだ?地震か?
目を開けると、
布団から目だけ覗かせた慎が
大きく身体を揺らしている。
「ブハッ!!……ククククッ!!」
慎が被ってる布団が
ベッドごとゆさゆさと揺れる。
「朝からご機嫌だな。
――地震かと思ったわ。」
声をかけるや否や
慎がまた大きく吹き出す。
朝から何笑ってんだコイツは。
低血圧の俺には
全く面白くもない。
つられて笑うこともない。
「うわ~……朝の悠って塩だなぁ。
俺の、コレ見たら
お前も絶対吹き出す!」
慎がイタズラに笑いながら、
バッ!と
布団から顔全部を出した。
「ばぁ!!」
「――!?
お前っ、それ、ブハーッ!!」
まんまと吹き出す俺。
なんてこった。
慎の唇がタラコになっている。
てことは……。
バサッ!!
パタパタッ!!
布団から飛び出し
鏡へ走る。
「うわっ!なんだこりゃ!
ブハッ!アハハハ!!」
俺も見事なタラコである。
鏡に慎が映り込む。
俺の隣に立ち、
タラコ同士を並べる。
腕を組み、感慨深く頷く。
「ほー、こんなことなるんだな。」
「言ってる場合か。
どうすんだよ、今日。」
「どうするも何も……
どうしようもなくね?」
「はぁ……
――これは想定外だったな。」
「まぁ、な、そりゃな……。
触れるだけじゃ飽き足らず
あんだけ吸っ……」
スパーン!!
慎の後頭部に一撃。
「言葉にするな。卑猥だ。」
「いてぇ……。恋人に酷くね?
俺ら、甘い朝のはずじゃん?」
「……恋人。」
いつもと響きが違う。
視界の端、
慎の腕に目がいく。
この腕が……
俺の事抱きしめてたんだよな。
この手のひらが、
この指先が、
全部が
俺に熱く触れてた。
……と思う。
多分、そうだった。
急に不安になる俺。
だって……
なんか……
うまくいきすぎて怖いんだ。
もしかしたら
長い夢でも
見てるんじゃないかって。
目覚めたら
病室の天井が見えるとか……?
ツンッ。
慎が指先で
俺の脇腹をつつく。
「夢オチにするなよ?」
鏡越しにニヤッと笑う。
「え。」
――なんで分かったんだ!?
「なんで分かったんだ。
とか、思ってんだろ。」
「ぅわ!!怖っ!!
やめろ、俺の心を読むな!」
「読んでねーわ!
まったくもう……
俺ら、出会って
どんだけになると思ってんだよ。
お前が時々、
“こじらせロマンチスト”になるのも
分かってるっつーの。」
慎はそう言うと、
俺の肩に手を回し、
ガシッと
力強く組んだ。
「こじらせロマンチストって。
クスッ……
酷いネーミングだな。」
俺も慎の肩に手を回した。
鏡の下の
充電してるスマホに
手を伸ばし、
すっ……と、鏡の中の
俺たちに向かって構える。
カシャッ。
「何の記念だよ!」
慎が笑う。
画像を確認する。
俺と慎が
肩を組んで
笑い合ってる。
「うん。待ち受けにする。」
トトッ。
画面をタップして
慎に見せる。
慎の目が
パッと明るく輝く。
「わ!俺にも送って!
俺も待ち受けにしたい!」
「高いぞ?」
「金取るな!」
頭を寄せあって
クスクスと笑い合う。
ああ……
やっぱりこれは夢なんじゃ?
って、
こじらせロマンチストは
思ってしまうわけで。
スマホを見る度に
“夢じゃないぞ”って
画面にいる慎が
教えてくれるんだろうな。
「さて、朝飯買ってくるわ。
パンでいい?
それともおにぎりか?」
「パンで!!」
さすが菓子パン男。
即答だ。
――……
…………――――
「ただいま。」
朝飯を買いに行ってた悠が
戻ってきた。
「ん、これ。」
手のひらに
ポン。
――あ。
リップクリーム
と、
マスク……だ。
悠を見上げる。
「もし使うなら、と。」
目線はあっちに逃げながら
既に自分は
マスクを付けている。
「サンキュ。使うよ。」
不器用に見えて
気が利く、
こじらせロマンチスト。
油断ならねぇ。
この優しさは
俺だけにしてくれ。
――なんて思っちゃう俺。
ニヤつくのを
早速、マスクで隠す。
マスク、
お前ってデキる奴。
この日、俺たちは
それぞれの場所で
マスクで過ごした。
すぐ側に
お互いがいるようで、
一日中くすぐったかった。
そんな感情も
マスクはちゃんと隠してくれた。
友達には
アレルギーって言った。
悠は、学校で何て言った?
クラスメイトはごまかせても、
多分、
恒はごまかせないよな。

からかわれて
険しい顔してる姿が
目に浮かぶ。
今頃あいつはどうしてる、
とか
今まで、考えたことなかったな。
俺の初めての感情は
やっぱり
いつも、悠が運んでくるんだ。
――……
―――――
夕方。
俺たちはいつも通り、
珈琲館の中で
慌ただしく働いている。
俺と悠、
声を掛け合いながら。
幸い、タラコは
見て分からない程度にはなった。
ふぅ……。
すれ違い様に
悠が耳打ちをした。
「今日、早く店閉めるから。」
「えっ。」
振り返るも
悠はカウンターへ向かい、
温めていたカップに
コーヒーを注ぎ始めた。
肩を竦め、声をかける。
「マスター、了解です。」
悠は、
頷きながら微笑んだ。
約束通り、
空が濃く色付く頃には
店を閉める準備に入った。
テーブルやチェアを
丁寧に拭き、
備品の補充をする。
黙々と。
俺も悠も
なぜだか一言も話さない。
この静けさの意味。
分かってるだけに
余計に話しかけられない。
タイミングが分からず
店内清掃の
2周目に入ってしまった。
――えっと……どうしようかな。
「まぁ、いっか。」
キュッキュッと
無心に磨いていく。
その手を
悠の手が止めた。
顔を上げる。
「どんだけ磨いてんだよ。」
悠が眉を下げ、
苦笑いしている。
――あ。今すぐ抱きしめたい。
その気持ちを誤魔化すように
笑い飛ばす。
「滑っちゃうくらいに?」
「……バカだな。」
頬に悠の温度が触れる。
「ダメだよ、悠……」
「ダメ?」
「俺、止めらんないから。」
悠がゆっくりと
俺の目を覗き込む。
「そう仕向けてるんだけど。」
ぐっ……
俺の後頭部を引き寄せ
額と額をくっつける。
「ダメだった?」
ずるいな、こんなの。
ダメなわけないじゃんか。
「すごくダメ。“アレ”だから。」
「“アレ”にしようと思ってるから
……ダメじゃないよ。」
うわわわ……
これはもう、
――“アレ”だな……
「慎、あっち行こっか……」
「うん……
でも、シャワー浴びたい。」
「そうだな。先に行っておいで。」
ふたり、額をつけながら話す。
――浴室。
蛇口を捻る。
頭からシャワーを浴びる。
鏡に映る自分と
目が合う。
「ハハッ……なんて顔だよ。」
惚けた自分の顔。
俺、こんな顔で
悠と話してたんだな。
まったくもって
だらしない顔だわ。
「よし。行こっ。」
リビングに戻ると、
悠が入れ替わるように
シャワーを浴びに行った。
ソファに腰を下ろし
ドアを眺める。
ここに越してきた日、
同じように
こうして座っていたっけ。
シャワーから戻る悠に
ドキドキとしていた自分。
今も変わらない。
「全然、成長してないな。」
クッと笑う。
カタッ……
ドアから悠が入ってくる。
あの日と違うのは、
悠が
上の服着てなくて、
素肌に
タオルを引っ掛けてるところ。
あと、メガネ……
かけてない。
目が合ったまま、
近づいてくる。
ゆっくりと、立ち上がる。
俺の呼吸が
もう、熱くなってる。
熱く、浅く、早い。
ゴソッ……
Tシャツを脱ぐ。
悠が俺を抱きしめる。
チャリ……ッ
IDタグが鳴る。
重なった俺たちの心臓。
感じたことの無い“熱”――
その熱さは、
焦がれて焦がれて
冷めることがない“熱”だ。
俺の首に温度を落としながら
悠が囁く。
「いい……のかな。」
「……何をいまさら。」
「こっからどうする?」
「ベッドでしょ……。
キングサイズはそのためでしょ?」
「……バレたか。」
「バレバレだ。」
抱きしめ合ったまま、
絡み合ったまま、
悠が
寝室のドアを開ける。
お互いの顔を確認する。
それぞれの瞳に、映ってる自分。
その奥に、
あの頃のお前が微笑んで
腕を広げている。
うん。わかった。
今すぐ
抱きしめるよ。
だから、
もう泣いちゃダメだ――
パタン。

俺は寝室のドアを閉めた。
〜完結〜
ここまでお付き合いくださり、
ありがとうございます。
この作品は、
途中で2章に分けましたが、
分けずに一作品で行く予定でした。
5万字以上書いてみよう、と
初めてのチャレンジ。
なかなか苦戦しましたが、
楽しく書けました。
どこからか見つけくださった
皆さんを励みに書いておりました。
ありがとうございます。
心より感謝致します。
―WhoCROW― R8.7.1


