「俺ら、なーんも変わってないな。」
そう言って
天井を仰ぐ俺の唇に、
柔らかな熱が触れた。
さっきよりも
少し深く。
スッ……熱が離れる。

「変わってなくねーよ!」
照れくさそうに
慎は布団に潜った。
慎――お前は凄いな。
気づいてるか?
いつだって
大事な一歩はお前からだ。
一歩ってさ、
すんげえ勇気いるんだぞ。
布団の膨らみを眺める。
瞼が重くなってくる。
指折り、
楽しみにしてた今日が
あっという間に、
終わる。
「おやすみ――……」
―――――
パチ……
ぼんやりと天井が見える。
確かめるように
横目で隣を見る。
「……ぅわ……!!」
パッと口を抑える。
思いのほか、
慎の寝顔が近くて驚いた。
寝息と共に
ふわっ、
ふわっ、
と頬が温かくなる。
そろっ……
指先を慎に近づける。
チョン。
頬に触れる。
「……ん。」
慎が小さく声を立てる。
キュゥ……
胸がおかしい。
ガサッ!
寝返りを打って背を向ける。
「なんだなんだ……
この、訳の分からん感じは。」
掴んでいた布団に潜る。
そろっと顔を出す。
むず痒くなるけど
もっかい慎の顔が見たい……
ゆっくりと振り返る。
バチッ……
慎と目が合う。
「ぅわっ!」
そして――叫ぶ。
俺、何やってんだ?
「悠、何してんだ?」
あ。はい。
それ、俺も今思ってたことです。
「いや、なんか、
何かと噛み締めてるっていうか、
なんていうか……うん。
あ。おはよう。」
クッと慎が笑う。
「おはよう、悠。」
ガバッ!
起き上がり、
布団を掴んで顔を埋める。
「悪い!俺、朝っぱらから変!」
「え?」
「もういい!一回、吐き出す!
幸せなんだよ!なんか!」
顔が上げられない。
多分、火が出ている。
ボォッ!って。
ギシッ……
ベッドが少し沈む。
起き上がった慎が
俺に腕を回す。
「へへっ。俺もだよ。」
そのまま、
ゆらゆらと
優しく揺さぶる。
――これは。
危ない。
慎の手を包むように掴み、
俺の身体から離す。
「慎、とりあえずベッドから出よう。」
声をかけ、
先にベッドから降りる。
慎が
不思議そうに
俺を見ている。
頭を掻く。
「顔洗ってくる!」
踵を返す。
ゴンッ!
「!!」
目の前に星が飛ぶ。
すぐ後ろに慎の気配。
「っあ!近づくなって。」
後退りをする。
「でも、これ……」
「え。」
「はい、メガネ。」
手のひらにポンと置かれる。
「……おお、コイツを忘れてた。」
慎が小さくため息をつく。
「お前さ、ちょっと落ち着けよ。」
「はい……。」
足早に洗面所へ向かう。
あぁ、俺はまた――。
ザーッ!!
バシャッ!バシャッ!
冷たい水で顔を洗う。
「ふぅ……」
少し頭が冷えた。
こんなんで俺、大丈夫だろうか。
なんなんだ。
ホント。
「――さて、と。
朝飯でも作るか。」
パンパン!と
両頬を叩く。
――ガチャ。
リビングのドアを開ける。
慎が、
朝ごはんらしきものを
用意している。
お皿には
菓子パンが積まれている。
「これは――!」
「俺特製、朝メシ!」
ドヤ顔をされたが……。
「サラダも食え!」
ササッとミニサラダを用意して
菓子パンの横に添える。
「おぉー!」
慎の目がキラキラと
菓子パン、俺、菓子パン、俺、
って忙しく光っている。
俺の、
さっきまでの緊張は
どこへ行ったのか――
慎は大学へ。
俺は面倒だが高校へ。
昼下がりの
カフェメニューの下準備をして
外へ出る。
カラン……
それぞれの一日が
今日も変わらず、待っている。
―――――
帰りのHRが終わると
俺はいつも駆け足だ。
こんな風に走れるなんて
思ってなかった。
タッタッと地面を蹴る。
その音が
いつも俺の心を元気にする。
だが、今日はそうでもない。
「兄ちゃん、
いつもこんな急いでんの?」
俺と併走するコイツ。
――弟、恒。
「カフェタイムなんだよ!」
面倒だが答えてやる。
息切らす俺に
恒が言う。
「担いでやろうか?
俺、全然いけるよ?」
「うるっさい!」
いつもは軽やかな足音が
今日はドスドスとしている。
早い話、
とても嫌なんだ。
コイツと一緒なのが。
「なんでお前を
連れて帰らなきゃならんの!?」
「仕方ねーじゃん。
鍵忘れたんだもんよ。
母さん帰ってくるまで
家には入れないし。」
「わかってるけど!
めんどくせぇわ!」
「慎さんに会えるといいな。」
恒がふふっと笑う。
「きっしょ!
ニヤニヤしてんじゃねーよ。」
「嫉妬深い男は嫌われるぞ。
ただでさえ
ジメッとしてるのに。」
恒の言葉が、
ちょっと刺さる。
――ジメッとしてるのに。
うっ……ダメージ大。
「あー、うるさいうるさい。
お前、二度と俺に
ジメッとしてるって言うな!」
「ジメジメ!ジメジメ!」
掛け声のように連呼する恒。
とりあえず、はたきたい。
「賑やかだなぁ。」
珈琲館近くの
路地にさしかかったところで
後ろから聞き慣れた声。
振り返ると、
慎がクスクスと
笑って立っていた。
「あ、慎っ!」
「慎さーんっ!」
ギュッ!
俺よりも早く
恒が慎に抱きついた。
発狂しそうになる。
「恒、離れろ!
その汚い手を離せ!」
恒が慎の影に隠れる。
「さっきからずっと、
俺に
意地悪ばっかり言うんです。」
しょぼん。
「ほら、中入ろう?
悠、いい歳して
弟に意地悪言うのやめなよ。」

慎越しに
口パクで“ざまぁ”と言っている。
慎がポケットから鍵を出し
扉を開ける。
「――あれ?
慎さんも鍵持ってるの?」
あ。やべっ!
慌てて間に入ろうとする。
「これは、その……」
だが、
慎がサラッと。
「うん。鍵持ってるよ。
一緒に住んでるからね。」
鍵を指でつまんで
プラプラさせた。
恒が言葉を失っている。
邪気のない微笑みが
とても残酷だ。
ああ、我が弟よ。
可哀想に。
「さぁ、入ろう。
俺たちの家にどうぞ。」
優しい兄ちゃんの俺は、
ニッコリ笑顔を
恒にプレゼントした。
―――――
「あの……悠?俺は?」
俺は今、
とても困っている。
「慎は入口に居てくれたらいいよ。」
「いや、でも――。」
「そこも大事な仕事だからね。」
悠がニコッと笑う。
いやしかし、
すごく
仕事が穏やかで申し訳ない。
“彼”に比べてみたら――。
「オラ!恒!
これ持ってって!」
「はいっ!」
「次、これとこれ!洗浄っ!」
「あ、はいっ!」
「ラッピング早く!」
「ヒィー!」
――弟には鬼だな。こえぇ……
悠が豆を取りに行った隙に、
恒の元へ小走りする。
「これ、俺やるから!
今のうちに水飲んできな!」
「慎さぁ~ん……」
「いいから!早く!」
溜まっている仕事を
フルスピードで片付けていく。
チラッ。
時計を見る。
そろそろ悠戻ってくるな……
「恒くん!チェンジ!」
「はいっ!」
ササッとまた入口に戻る。
素知らぬ顔で立つ。
戻ってきた悠が
訝しげに恒の手元を見ている。
――バレたか?
心臓がドキドキする。
いや、待て。
なんで俺が
ドキドキしなきゃならん?
なんか腹立ってきた。
チラッと悠を見る。
悠がニコッと笑う。
眉間を寄せ、
目で威嚇する。
――お前いい加減にしろよ?
何も分かってない悠。
目をパチクリさせて
戸惑っている。
ふん……
後でゆっくりと
お灸をすえてやんよ。



