学校から少し離れた公園へ行き、ブランコに腰をかける。道中、私は一言も喋らなかった。頭の中が整理できなくて、何から聞いて良いのか分からなかった。
西に沈む夕日が、世界をオレンジ色に染める。
六時の鐘が鳴って、子どもたちは家路へとつき、静寂が訪れた。
「何から話すべきなんだろうね」
静寂を破ったのは、古藤さんの方だった。
「私は吸血鬼一族の末裔でね。変身能力と治癒能力が使える代わりに、人間の血を飲まなければ死んでしまう。だから私は血を求めているんだ」
冗談で言ったことが本当だった。
「ごめんね。先に言っておけば良かったね。でも、私を吸血鬼だと知ったらみんな怖がってしまうから、なるべく言わないようにしてたんだ」
古藤さんは空を見上げた。
「でもね、言っても言わなくても、結局忘れてしまうから、関係ないんだ」
「忘れてしまう?」
私は聞き返した。
「そう。私が血を吸ったら、その人から私の記憶は消えてしまうから」
「え……?」
ということは、古藤さんに血をあげたら、私は彼女のことを忘れてしまうのだ。そんなの嫌だ。せっかく出会えたのに。忘れてしまうなんて、虚しい。
「誰でも彼でも血を吸ったところで、その人は結局私のことを忘れてしまうから、急に襲っても問題はない。でも私は、そんな怪物にはなりたくない。あくまでも私は血を頂く側だから、ちゃんと許可をもらって、血を貰う代わりに、人助けをしているんだ」
古藤さんは言っていた。生きるために人助けをしている、と。それは、その言葉ままの意味だった。
「結局は自己満なんだけどね。私が罪悪感を感じたくないから、そうやってるだけ」
彼女は自嘲するように言った。
勝手に血を吸うことだってできるのに、わざわざ人助けをするのは、彼女の優しさだ。たとえその優しさが偽善でも、彼女に救われた人はこれまでにたくさんいるのだろう。
でも、当の本人は古藤さんに助けて貰ったことを忘れてしまう。彼女への恩も、救われたときの安心感も、言葉も、全部。忘れられるのに、それでもなお彼女は人助けをする。
「ねえ、古藤さんは、寂しくないの? そういう、生き方というか……親しくなっても、忘れられてしまうんでしょ?」
尋ねると、彼女は考えた。
「うーん、そりゃ寂しいよ。でもね、ずっとこうして生きてきたら、意外と慣れちゃうもんなんだよね」
それを慣れで片付けてしまっていいのか。私には分からなかった。
「私ね、本当は笹野さんが閉じ込められていたとき、助けようとしたんだよ」
「そうなの?」
私は驚いた。
「でも、君に先を越されてしまった。あの時から、私は水無月さんのこと、気にかけてたんだ」
だから私の名前を知っていたのかと納得した。
「私はかっこいいって思ったよ。あの時の君を。空気に抗うのは、とても勇気のいること。誰にでもできることじゃない」
その言葉を聞いて、私は目を見開いた。
古藤さんは、ちゃんと私のことを見てくれていた。私の正義を、肯定してくれた。それが、嬉しかった。
「さあ、血を吸う前に、やるべきことが残ってる。足立さんの動画を、SNSにあげなきゃ」
そうだった、と思い出す。私はスマホを取り出し先ほどの録画した映像を流した。しっかりと、足立さんが私に扮した古藤さんが殴られている場面が映っていた。これを、ネットの海に放流するのだ。
「自分の顔、隠さなくていいの?」
古藤さんが心配そうに尋ねた。この動画には、足立さん同様私の顔もしっかりと写っている。
「うん、いいの。じゃないと、フェアじゃないから」
勝手に隠し撮りをして、動画をあげるのだから。私だけ安全なところにいるなんて不公平なことはしたくない。それは、私の正義が許さなかった。
新しくアカウントを作って、投稿画面に動画を添付する。いじめ、暴力、高校生等のハッシュタグを付け、足立さんのアカウントのユーザー名を貼り付ける。
準備ができた。投稿ボタンを押してしまえば、もう後戻りはできない。
私はためらった。本当にこんなことをしていいのだろうか、という疑問が、今になってよぎる。
「私がやろうか?」
古藤さんはそう言ってくれたが、私は首を振った。
「大丈夫。自分でやる」
けじめは、自分でつける。私が終わらせるのだ。
大きく深呼吸をした後、私は投稿ボタンを押した。
動画は、瞬く間に拡散されていく。いいねの数がどんどん増えていく。私はスマホをしまった。あとは、流れに身を任せるだけだ。どんな結末を迎えても、私は受け入れる。
「古藤さん」
私は呼びかけた。
「私はあの時、笹野さんを庇ったこと、後悔してない」
今ならそうはっきりと言える。あの時の選択を、間違いにしたくない。すごく清々しい気分だった。ようやく私は答えを出すことができた気がした。
「それなら良かった」
古藤さんは、柔らかく微笑んだ。
「さあ、いいよ。血を吸って」
私は制服の襟を引っ張り、首筋を差し出す。血をあげることで古藤さんの命を繋げると思ったら、誇らしかった。
「私、古藤さんに出会えて良かった。古藤さんが手を差し伸べてくれて、この世界もまだまだ捨てたもんじゃないって思った」
目の奥がジーンとした。古藤さんにとっては、私は血を貰うために助けた人のうちの一人にすぎないだろう。だけど、私の人生の中で彼女に出会えたことはきっと意味があるはずだ。
こぼれそうな涙を堪え、私は伝える。
「だから、ありがとう」
別れが寂しいのは今だけだ。どうせ忘れてしまうのだから。そう自分に言い聞かせる。
だが、なぜだか涙が溢れてきた。
「ありがとう、水無月さん」
古藤さんは、私の耳元でささやいた。
そして、首筋に痛みが走る。私は思わず吐息を漏らした。
血を吸われていく感覚。不思議だった。
やがて、私は意識を失った。
西に沈む夕日が、世界をオレンジ色に染める。
六時の鐘が鳴って、子どもたちは家路へとつき、静寂が訪れた。
「何から話すべきなんだろうね」
静寂を破ったのは、古藤さんの方だった。
「私は吸血鬼一族の末裔でね。変身能力と治癒能力が使える代わりに、人間の血を飲まなければ死んでしまう。だから私は血を求めているんだ」
冗談で言ったことが本当だった。
「ごめんね。先に言っておけば良かったね。でも、私を吸血鬼だと知ったらみんな怖がってしまうから、なるべく言わないようにしてたんだ」
古藤さんは空を見上げた。
「でもね、言っても言わなくても、結局忘れてしまうから、関係ないんだ」
「忘れてしまう?」
私は聞き返した。
「そう。私が血を吸ったら、その人から私の記憶は消えてしまうから」
「え……?」
ということは、古藤さんに血をあげたら、私は彼女のことを忘れてしまうのだ。そんなの嫌だ。せっかく出会えたのに。忘れてしまうなんて、虚しい。
「誰でも彼でも血を吸ったところで、その人は結局私のことを忘れてしまうから、急に襲っても問題はない。でも私は、そんな怪物にはなりたくない。あくまでも私は血を頂く側だから、ちゃんと許可をもらって、血を貰う代わりに、人助けをしているんだ」
古藤さんは言っていた。生きるために人助けをしている、と。それは、その言葉ままの意味だった。
「結局は自己満なんだけどね。私が罪悪感を感じたくないから、そうやってるだけ」
彼女は自嘲するように言った。
勝手に血を吸うことだってできるのに、わざわざ人助けをするのは、彼女の優しさだ。たとえその優しさが偽善でも、彼女に救われた人はこれまでにたくさんいるのだろう。
でも、当の本人は古藤さんに助けて貰ったことを忘れてしまう。彼女への恩も、救われたときの安心感も、言葉も、全部。忘れられるのに、それでもなお彼女は人助けをする。
「ねえ、古藤さんは、寂しくないの? そういう、生き方というか……親しくなっても、忘れられてしまうんでしょ?」
尋ねると、彼女は考えた。
「うーん、そりゃ寂しいよ。でもね、ずっとこうして生きてきたら、意外と慣れちゃうもんなんだよね」
それを慣れで片付けてしまっていいのか。私には分からなかった。
「私ね、本当は笹野さんが閉じ込められていたとき、助けようとしたんだよ」
「そうなの?」
私は驚いた。
「でも、君に先を越されてしまった。あの時から、私は水無月さんのこと、気にかけてたんだ」
だから私の名前を知っていたのかと納得した。
「私はかっこいいって思ったよ。あの時の君を。空気に抗うのは、とても勇気のいること。誰にでもできることじゃない」
その言葉を聞いて、私は目を見開いた。
古藤さんは、ちゃんと私のことを見てくれていた。私の正義を、肯定してくれた。それが、嬉しかった。
「さあ、血を吸う前に、やるべきことが残ってる。足立さんの動画を、SNSにあげなきゃ」
そうだった、と思い出す。私はスマホを取り出し先ほどの録画した映像を流した。しっかりと、足立さんが私に扮した古藤さんが殴られている場面が映っていた。これを、ネットの海に放流するのだ。
「自分の顔、隠さなくていいの?」
古藤さんが心配そうに尋ねた。この動画には、足立さん同様私の顔もしっかりと写っている。
「うん、いいの。じゃないと、フェアじゃないから」
勝手に隠し撮りをして、動画をあげるのだから。私だけ安全なところにいるなんて不公平なことはしたくない。それは、私の正義が許さなかった。
新しくアカウントを作って、投稿画面に動画を添付する。いじめ、暴力、高校生等のハッシュタグを付け、足立さんのアカウントのユーザー名を貼り付ける。
準備ができた。投稿ボタンを押してしまえば、もう後戻りはできない。
私はためらった。本当にこんなことをしていいのだろうか、という疑問が、今になってよぎる。
「私がやろうか?」
古藤さんはそう言ってくれたが、私は首を振った。
「大丈夫。自分でやる」
けじめは、自分でつける。私が終わらせるのだ。
大きく深呼吸をした後、私は投稿ボタンを押した。
動画は、瞬く間に拡散されていく。いいねの数がどんどん増えていく。私はスマホをしまった。あとは、流れに身を任せるだけだ。どんな結末を迎えても、私は受け入れる。
「古藤さん」
私は呼びかけた。
「私はあの時、笹野さんを庇ったこと、後悔してない」
今ならそうはっきりと言える。あの時の選択を、間違いにしたくない。すごく清々しい気分だった。ようやく私は答えを出すことができた気がした。
「それなら良かった」
古藤さんは、柔らかく微笑んだ。
「さあ、いいよ。血を吸って」
私は制服の襟を引っ張り、首筋を差し出す。血をあげることで古藤さんの命を繋げると思ったら、誇らしかった。
「私、古藤さんに出会えて良かった。古藤さんが手を差し伸べてくれて、この世界もまだまだ捨てたもんじゃないって思った」
目の奥がジーンとした。古藤さんにとっては、私は血を貰うために助けた人のうちの一人にすぎないだろう。だけど、私の人生の中で彼女に出会えたことはきっと意味があるはずだ。
こぼれそうな涙を堪え、私は伝える。
「だから、ありがとう」
別れが寂しいのは今だけだ。どうせ忘れてしまうのだから。そう自分に言い聞かせる。
だが、なぜだか涙が溢れてきた。
「ありがとう、水無月さん」
古藤さんは、私の耳元でささやいた。
そして、首筋に痛みが走る。私は思わず吐息を漏らした。
血を吸われていく感覚。不思議だった。
やがて、私は意識を失った。

