私はトイレの個室に入り、便器の蓋を閉めて座る。古藤さんから渡されたスマホを見ると、空き教室の映像が映っていた。
すぐに私の姿をした古藤さんが映りこんだ。そして、隠しカメラを覗き込み、手を振った。こんな時に余裕だなと、その無邪気さに思わず笑みがこぼれた。
しばらくすると、足立さんの姿が見えた。何か喋っている。音までは撮れていないので、なんて言っているか分からない。どうやら怒っているようだ。古藤さんに向かって、唾を飛ばしながら何かを言っている。
足立さんは、好きな男子に呼び出されたと思っている。告白されるかも、なんて淡い期待を持って向かったら、そこには自分がいじめている相手。そりゃあ怒るだろう。見るからに、暴言を吐いているようだ。
古藤さんは、ここからどのように持っていくのだろうか。今のところ、一方的に怒鳴られている。
すると、古藤さんが口を開いた。
そう言って、足立さんは古藤さんを突き飛ばした。
「ああっ!」
私は思わず声を上げ、スマホにグッと顔を近付けた。
古藤さんは床に倒れこむ。頭を抑えている。どうやら後ろに置いてあった机の角で頭を打ったようだ。
今すぐにでも駆けつけたかったが、古藤さんの言いつけ通り我慢する。今私が入って行っても、計画が水の泡になるだけだ。
酷いことになりませんように。自分のために古藤さんがやってくれているのに、そんな甘いことを願いながら画面を見る。
足立さんは、古藤さんの胸ぐらを掴む。鬼の形相を浮かべ、声を荒らげているようだった。古藤さんは一体何を言ったのだろう。
これが足立さんの本性だ。いくら先生に信頼されていても、SNSで人気を集めても、裏がこれならいつかはボロが出る。人をいじめる人には、制裁を加えなければ。
足立さんは逆上し、ついに古藤さんの右頬を殴った。
決定的な暴力の瞬間だ。証拠を得たはずなのに、私は苦しくて仕方がなかった。
やがて、足立さんは去っていった。残されたのはぐったりと横たわる古藤さん。私は急いでトイレを出て空き教室に向かう。
「古藤さん!」
私は駆け寄った。彼女は痛みに顔を歪めながら語る。
「足立さんの本性を、足立さんの好きな人に話したって言ったら、この通り。実際は話してないんだけどね。簡単に信じちゃって、暴力まで振るってくれた。とんだ恋愛脳だよ」
古藤さんは嘲るように言った。
「先生に言ったら、もっと酷い目に合わせてやるって言われちゃった」
古藤さんの顔が、元の顔に戻っていく。白い肌は傷だらけ。彼女は口の端から流れる血を拭った。
「まあ、そんなこと言ってられるのは、今のうちだけなのにね」
そんなことより、私は古藤さんが心配だった。
どうしてこんなにボロボロなのに、平気そうにしているのだろう。
「古藤さん……早く傷の手当をしなきゃ……」
私は泣きそうだった。彼女は私のために傷だらけになった。どうしてそこまで他人のためにできるのか。
私は足立さんを懲らしめたかった。平気で人をいじめる人が許せなかったから、痛い目を見せたかった。でも、悪者を懲らしめるために、誰かが傷つくのは嫌だった。こんなの、私の望む正義じゃない。少年漫画の主人公は、仲間を傷つけはしない。
「水無月さん、ほら見て」
名前を呼ばれ、涙目で古藤さんを見る。すると、不思議なことが起こっていた。
古藤さんの傷がみるみるうちに塞がっていく。まるで早送りされているように、通常だとありえないスピードで癒えていっているのだ。
先程から信じられないことばかりで目眩がした。
「私には、もう一つ特別な力があってね」
古藤さんは優しい口調で言った。
「普通の人より、傷の治りが早いんだ。だから、水無月さんが気に負う必要はないよ。私は私の持ちうる能力を、最大限に人のために使っているだけ。すべては、血を貰うためにね」
分からない。私の理解できる範疇を超えている。
「……古藤さんは、一体何者なの?」
恐る恐る尋ねると、彼女は眉尻を下げ、悲しそうに笑った。
「吸血鬼だよ。人の血を飲まないと生きていけない、哀れな生き物」
そして、彼女は立ち上がった。
「さあ、行こうか。私たちには、まだやるべきことが残っているよ」
「……うん、そうだね」
私たちは交換していた制服を元に戻し、二人で校舎を後にした。
すぐに私の姿をした古藤さんが映りこんだ。そして、隠しカメラを覗き込み、手を振った。こんな時に余裕だなと、その無邪気さに思わず笑みがこぼれた。
しばらくすると、足立さんの姿が見えた。何か喋っている。音までは撮れていないので、なんて言っているか分からない。どうやら怒っているようだ。古藤さんに向かって、唾を飛ばしながら何かを言っている。
足立さんは、好きな男子に呼び出されたと思っている。告白されるかも、なんて淡い期待を持って向かったら、そこには自分がいじめている相手。そりゃあ怒るだろう。見るからに、暴言を吐いているようだ。
古藤さんは、ここからどのように持っていくのだろうか。今のところ、一方的に怒鳴られている。
すると、古藤さんが口を開いた。
そう言って、足立さんは古藤さんを突き飛ばした。
「ああっ!」
私は思わず声を上げ、スマホにグッと顔を近付けた。
古藤さんは床に倒れこむ。頭を抑えている。どうやら後ろに置いてあった机の角で頭を打ったようだ。
今すぐにでも駆けつけたかったが、古藤さんの言いつけ通り我慢する。今私が入って行っても、計画が水の泡になるだけだ。
酷いことになりませんように。自分のために古藤さんがやってくれているのに、そんな甘いことを願いながら画面を見る。
足立さんは、古藤さんの胸ぐらを掴む。鬼の形相を浮かべ、声を荒らげているようだった。古藤さんは一体何を言ったのだろう。
これが足立さんの本性だ。いくら先生に信頼されていても、SNSで人気を集めても、裏がこれならいつかはボロが出る。人をいじめる人には、制裁を加えなければ。
足立さんは逆上し、ついに古藤さんの右頬を殴った。
決定的な暴力の瞬間だ。証拠を得たはずなのに、私は苦しくて仕方がなかった。
やがて、足立さんは去っていった。残されたのはぐったりと横たわる古藤さん。私は急いでトイレを出て空き教室に向かう。
「古藤さん!」
私は駆け寄った。彼女は痛みに顔を歪めながら語る。
「足立さんの本性を、足立さんの好きな人に話したって言ったら、この通り。実際は話してないんだけどね。簡単に信じちゃって、暴力まで振るってくれた。とんだ恋愛脳だよ」
古藤さんは嘲るように言った。
「先生に言ったら、もっと酷い目に合わせてやるって言われちゃった」
古藤さんの顔が、元の顔に戻っていく。白い肌は傷だらけ。彼女は口の端から流れる血を拭った。
「まあ、そんなこと言ってられるのは、今のうちだけなのにね」
そんなことより、私は古藤さんが心配だった。
どうしてこんなにボロボロなのに、平気そうにしているのだろう。
「古藤さん……早く傷の手当をしなきゃ……」
私は泣きそうだった。彼女は私のために傷だらけになった。どうしてそこまで他人のためにできるのか。
私は足立さんを懲らしめたかった。平気で人をいじめる人が許せなかったから、痛い目を見せたかった。でも、悪者を懲らしめるために、誰かが傷つくのは嫌だった。こんなの、私の望む正義じゃない。少年漫画の主人公は、仲間を傷つけはしない。
「水無月さん、ほら見て」
名前を呼ばれ、涙目で古藤さんを見る。すると、不思議なことが起こっていた。
古藤さんの傷がみるみるうちに塞がっていく。まるで早送りされているように、通常だとありえないスピードで癒えていっているのだ。
先程から信じられないことばかりで目眩がした。
「私には、もう一つ特別な力があってね」
古藤さんは優しい口調で言った。
「普通の人より、傷の治りが早いんだ。だから、水無月さんが気に負う必要はないよ。私は私の持ちうる能力を、最大限に人のために使っているだけ。すべては、血を貰うためにね」
分からない。私の理解できる範疇を超えている。
「……古藤さんは、一体何者なの?」
恐る恐る尋ねると、彼女は眉尻を下げ、悲しそうに笑った。
「吸血鬼だよ。人の血を飲まないと生きていけない、哀れな生き物」
そして、彼女は立ち上がった。
「さあ、行こうか。私たちには、まだやるべきことが残っているよ」
「……うん、そうだね」
私たちは交換していた制服を元に戻し、二人で校舎を後にした。

