暁月夜の吸血鬼

「一つだけ注意。私と協力関係にあることは、他の人に言ってはダメだよ。接触はこの屋上でだけ。それ以外の場所では他人のように振舞ってね」

 古藤さんは釘を刺した。

「それは、いじめられている私と一緒にいるのが恥ずかしいから?」

 私はわざと意地悪な質問をした。古藤さんは、そんなこと絶対思っているはずがないのに、聞いてしまった。

「もちろん、違うよ」

 彼女はフッと微笑んだ。

「私と君が急に仲良くしだしたら、足立さんたちは不審に思うでしょ? それに、別行動の方が、私も秘密裏に行動できるから、色々と都合がいいんだよ」
「ふーん」

 思わず表情が緩んだ。
 古藤さんは、私のことをちゃんと見てくれる。私がいじめられているからって、避けたりしない。周りの空気や同調圧力に流されず、自分を貫いている。まさに、私の理想だった。

「それで、算段は何かあるの?」

 私は尋ねた。古藤さんは、どうやって足立さんを懲らしめるのだろう。もうすでに、何か手があるのだろうか。

「うん。昨日寝らずに考えたよ」
「ほんとに?」

 私は驚く。

「寝てないのは噓」
「何よ」

 さらりと噓をつく彼女に、私は目を細めた。だが、優等生の古藤さんも冗談とか言うんだなと、少し安心した。

「足立さんには、SNSに千人以上のフォロワーがいる」
「SNS……」

 私は呟いた。昨日見た、足立さんの自撮りだらけのアカウントを思い出す。古藤さんも、その存在を知っているようだ。

「そんな影響力のある彼女がいじめをしていることをネットで拡散すれば、少しは話題にはなるでしょう。少なくとも、彼女の大事な大事なフォロワーからは批判を受けることになる」

 SNS第一の彼女にとって、それは最も効果的な制裁だ。

「そのためには、いじめの証拠が必要になる。話を聞く限り、足立さんの嫌がらせは、陰湿なものばかりのようだね」
「そうね」

 私は頷いた。悪口を紙に書いたり、私を無視する空気を作ったり、そういった心理的なものの証拠を得るのは難しい。直接的にやってこないのが、逆に煩わしく思った。
 正直なんとでも言えるから、足立さんにこういうことをされましたと言っても、はぐらかされるか、良くても厳重注意で終わりそうだ。それに、告げ口したとバレたら、いじめがエスカレートしかねない。

「SNSで拡散する上で、最も効果的なもの。視覚的に、手っ取り早く批判されるもの」

 私はゴクリと唾を飲み込んだ。古藤さんは人差し指を立てて言った。 

「暴力よ」

 私は目を見開いて、慌てて否定した。

「で、でも私、一度も殴られり蹴られたりしたことはないよ?」
「どうにかして、暴力を振るうように促すのよ。彼女みたいなタイプは、挑発でもすれば、すぐにカッとなって手を出すでしょう。その瞬間を映像に収めるんだよ」

 古藤さんは、平然とすごいことを考える。確かに、その映像が取れたら一発だ。暴力を振るう足立さんの姿が映っていればま、言い訳の仕様がない。
 しかし、そう上手くいくだろうか。暴力、ということは、私も少なからず殴られる覚悟をしなければならない。

「安心して。水無月さんのことは傷つけさせないか」
「え、そんなのどうやって……」
「策があるの。でもそれは、あとのお楽しみ」

 古藤さんは、表情はあまり変わらないが、どこかワクワクしているような雰囲気を醸し出していた。つくづく、不思議な人だなと思った。

「早速、計画を練って準備をするから。来週には決行できるんじゃないかな。それまでは、申し訳ないけど辛抱してちょうだい」
「うん、わかった」

 私は頷いた。
 心臓がドキドキする。こんなにもトントン拍子で事が進むなんて。上手くいくのかは分からないが、私はこの先の学校生活に希望を持つことができた。
 これ以上私の立場が悪くなることはない。だから、やれることなら何でもやってやろうと思った。一人ならできないことでも、古藤さんとならできる気がした。

「ねえ、一つ聞いてもいい?」

 私は切り出した。

「何?」 
「どうして、そこまでして私を助けてくれるの?」

 何の接点もない、何の義理もない私を、古藤さんがそこまでして助けてくれる理由だけが分からなかった。だから、それだけは知っておきたかった。

「うーん」

 古藤さんは悩んだ。

「生きるため、かな」
「生きるため?」

 私には理解の及ばない答えが返ってきて、首を傾げる。

「そう。人助けをしないと、私は生きていけない性分なんだよ。人助けが生きがいというか、モットーというか。困っている人や、苦しんでいる人がいたら助けたくなるんだ」

 あまりにも真面目に語るので、私は思わず吹き出した。

「何それ」
「おかしいでしょ?」
「うん、おかしい」 
「でもほんとなんだよ」

 そんな人もいるんだな、と感心した。みんなが古藤さんみたいな性分になれば、争いは無くなるのにな、と思った。

「血さえ貰えたら、私はどんなことだってするよ」

 そう言って、彼女はいたずらっぽく微笑んだ。

「血って何に使うの?」
「それは内緒だよ。昨日も言ったでしょ」
「ええー? なんか怪しい」
「大丈夫。悪用はしないから」

 そういう問題ではない。が、何にせよ血なら喜んで差し出すつもりだ。私の息苦しい学校生活が変わるなら、少量の血なんて安いものだ。

「古藤さん、案外吸血鬼だったりして」

 私はからかってみた。血が欲しいだなんて、まるで漫画に出てくる吸血鬼のようだ。

「さあ、どうかしら」

 古藤さんは肩をすくめる。どうしてもはぐらかされて、答えては貰えなかった。

「全部が終われば、教えてあげるよ」
「ほんとに?」
「うん。だから、なんとしてでも作戦を成功させるよ」

 頼もしい言い方だった。
 真っ暗闇に包まれていた心の中に、日が差した気分だった。味方がいる。それだけで、私は救われた。
 いじめられても、私は大丈夫だと自分に言い聞かせてきた。あんな奴らに負けたくないから、何とか踏ん張って、クラスで私だけを除け者にする空気にも耐えてきた。だけど、心はどんどん疲弊していくばかり。この日常が普通だと思い込んでも、やはり傷つくものは傷つく。集団行動は嫌いだけど、周りからどんどん人が離れていくのは苦しい。平然を装っているけれど、私も結局は弱い生き物なのだ。
 だから、古藤さんという存在が嬉しかった。初めて私のことをちゃんと見て、話を聞いてくれる人に出会えたのだから。

「古藤さん、ありがとう」

 結果はどうなってもいい。今はただ、私を助けようとしてくれている彼女に、心の底からお礼が言いたくなった。