次の日、私はいつも通り学校へ行く。
私のこれまでの学校生活と言えば、特に目立つわけでもなく、陰に隠れるわけでもなく、ごく普通であった。特に仲良い人はと尋ねられたら、即答はできないが、クラスの人とは分け隔てなく関わっていた。人と話すのは苦手ではないが、つるむのは好きではない。ほどよい距離感がちょうど良かった。だからだろう。私がいじめられるようになってから、誰も私に話しかけてこなくなった。
ただ、平穏に過ごせたらそれでよかったのに。なぜ私はあの時、あの子を庇ってしまったのだろう。
教室に一歩入ると、空気が一瞬で変わる。みんなの教室であるはずなのに、私だけが歓迎されていない。重たくて、冷たい。居心地が悪くて、反吐が出そう。少し前までは、こうじゃなかったのに。
いじめられていることは、クラス全員が薄らと分かっている。だけど、誰も何も言わない。こういうときだけ、人は揃いもそろって視界が悪くなる。不思議なものだ。
前に笹野さんがいじめられていたときだって、誰もが見て見ぬ振りをした。そんな空気とか、同調圧力に従うのが馬鹿らしかった。それに、足立さんの、全部自分の思い通りになると思っている節もむかついた。だから、彼女が作りあげた空気を、壊してやりたくなったのだ。
自分の席着く。一番後ろの席だ。
運の悪いことに、私の前の席に、足立さんの仲間がいるので、プリントを前からを回す時にわざと私に回さないなんてことはざらにある。おかげで、期限までに絶対に提出しなければならない提出物の存在を知らなくて、先生に怒られたことがある。その様子を見て、足立さんたちは陰でコソコソ笑っていた。
他にも、机の中に教科書の代わりにゴミが詰められていたり、体操着を隠されていたり、陰湿な嫌がらせばかりされる。私のありもしない悪口を流して、私を孤立させる。決して目立つような派手なことはしないから、たちが悪い。証拠がないから、先生に言ってもしょうがない。私の味方になってくれる人がいない限り、足立さんのいじめは証明できない。
朝のチャイムが鳴って、ホームルームが始まる。担任の先生は、中年の男の先生で、覇気がなくボソボソと喋る。あんな感じでも奥さんと子どもがいるのが不思議だ。鈍感そうだからクラスでいじめが起きていることにも気づいていないだろうし、いじめられていると言ったところで、何かしてくれそうな感じではない。
授業が始まって、ぼんやりと話を聞いていると、隣の席の男子が折りたたまりた小さな紙を差し出してきた。彼は、迷惑だから早く受け取ってくれというように、眉間にシワを寄せていた。どうやら、先生の目を盗んで教室内で紙が回されているようだった。
開いてみると、そこにはびっしりと私の悪口が書かれていた。気分が悪くて、すぐに私はその紙をクシャクシャに握りつぶした。
顔を上げ、周りを見ると、足立さんとその友達が、こちらを見ながら顔を見合せてクスクスと笑っていた。
馬鹿みたい。まるで小学生だ。いや、小学生でもこんなことはしない。
ふと、少し離れた斜め前の方の席に座る笹野さんがこちらを見た。目が合ったが、彼女は気まずそうにすぐに目を逸らした。
私はため息をついた。笹野さんも、少し前までは同じような目に合っていたんだと考えたら、気の毒に思えた。
昼休み、私は屋上で一人、購買で買ったパンにかぶりついていた。誰もいない静かなこの場所が、唯一の憩いの場だった。一日の中で、唯一ホッとできる時間。
曇り空の下、私は柵に寄りかかり、遠くを見つめる。
ここから飛び降りたら、楽になるんだろうなと思うけど、足立さんのせいで死ぬって考えたら嫌だった。生きることを諦めるにはまだ早い。
でも、私が死んだは足立さんはどう思うだろう。罪悪感に押しつぶされるだろうか。それなら本望だ。だが、案外彼女のような人は、いじめたという事実を若気の至りとし、なんの制裁も受けずに勝手に時効とするだろう。何事も無かったかのように普通に学校卒業して、仕事して、結婚して、子ども産んで、平然と幸せな生活を送るかもしれない。
人権を侵害してるくせに、自分だけ幸せになろうだなんて、許せない。どうにかして、足立さんを痛い目に合わせたい。そして言ってやるのだ。あなたはいじめる相手を間違えた、と。
食べながら考えた。助けるっていうけれど、古藤さんは一体どのように助けてくれるのだろう。見たところ、いじめっ子に真正面から立ち向かえるタイプではないような気がする。気品があって、おしとやか。どちらかと言えば、争いは好まなさそうに見える。が、人は見かけによらない。
「こんにちは、水無月さん」
後ろから急に声をかけられて、心臓が飛び出そうだった。振り向くと、そこには古藤さんが立っていた。屋上には人がほとんど来ないから、驚いた。
「調子はいかが?」
古藤さんは私の隣に並んだ。
「最悪だよ」
私は答えた。
「天気も悪いから余計にね」
「あら、私は曇りの方が好きだよ。曇天であればあるほどいい。なんてったって過ごしやすいもの。照りつける太陽ほど、煩わしいものはないからね」
古藤さんはそう言った。曇りが好きだなんて、珍しいなと思った。確かに、曇りは涼しいし日焼けもしないから過ごしやすくはある。しかし、私は心地よい風が吹き抜ける晴れ渡った空が一番好きだ。
「それで、昨日の話だけど」
古藤さんは切り出した。
「君はどうしていじめられるようになったの?」
尋ねられ、私はその経緯を語った。クラスでいじめられていた笹野さんを庇って、物申したら、私が標的になった。単純な話だ。これまでどんな目にあってきたか、私は愚痴った。
「話はわかったわ」
古藤さんは真剣に話を聞いてくれた。初めて誰かにちゃんと話すことができたので、少しだけ心が軽くなった。
そして、彼女は再び尋ねた。
「君はどうしたい?」
少し考えた。次の言葉を口にしたら、もう後には戻れない。そんな気がした。だから、慎重に考えて、覚悟を決めて、心の底から思うことを口にした。
「足立さんを懲らしめたい」
すると古藤さんは、口角をあげた。
「わかった」
その表情に、私はゾクッとした。なんだろう。助けてくれるはずなのに、味方になってくれるはずなのに、彼女から狂気じみたものを感じた。
「私に任せて」
生ぬるい風が、彼女の長い黒髪を靡かせた。
私のこれまでの学校生活と言えば、特に目立つわけでもなく、陰に隠れるわけでもなく、ごく普通であった。特に仲良い人はと尋ねられたら、即答はできないが、クラスの人とは分け隔てなく関わっていた。人と話すのは苦手ではないが、つるむのは好きではない。ほどよい距離感がちょうど良かった。だからだろう。私がいじめられるようになってから、誰も私に話しかけてこなくなった。
ただ、平穏に過ごせたらそれでよかったのに。なぜ私はあの時、あの子を庇ってしまったのだろう。
教室に一歩入ると、空気が一瞬で変わる。みんなの教室であるはずなのに、私だけが歓迎されていない。重たくて、冷たい。居心地が悪くて、反吐が出そう。少し前までは、こうじゃなかったのに。
いじめられていることは、クラス全員が薄らと分かっている。だけど、誰も何も言わない。こういうときだけ、人は揃いもそろって視界が悪くなる。不思議なものだ。
前に笹野さんがいじめられていたときだって、誰もが見て見ぬ振りをした。そんな空気とか、同調圧力に従うのが馬鹿らしかった。それに、足立さんの、全部自分の思い通りになると思っている節もむかついた。だから、彼女が作りあげた空気を、壊してやりたくなったのだ。
自分の席着く。一番後ろの席だ。
運の悪いことに、私の前の席に、足立さんの仲間がいるので、プリントを前からを回す時にわざと私に回さないなんてことはざらにある。おかげで、期限までに絶対に提出しなければならない提出物の存在を知らなくて、先生に怒られたことがある。その様子を見て、足立さんたちは陰でコソコソ笑っていた。
他にも、机の中に教科書の代わりにゴミが詰められていたり、体操着を隠されていたり、陰湿な嫌がらせばかりされる。私のありもしない悪口を流して、私を孤立させる。決して目立つような派手なことはしないから、たちが悪い。証拠がないから、先生に言ってもしょうがない。私の味方になってくれる人がいない限り、足立さんのいじめは証明できない。
朝のチャイムが鳴って、ホームルームが始まる。担任の先生は、中年の男の先生で、覇気がなくボソボソと喋る。あんな感じでも奥さんと子どもがいるのが不思議だ。鈍感そうだからクラスでいじめが起きていることにも気づいていないだろうし、いじめられていると言ったところで、何かしてくれそうな感じではない。
授業が始まって、ぼんやりと話を聞いていると、隣の席の男子が折りたたまりた小さな紙を差し出してきた。彼は、迷惑だから早く受け取ってくれというように、眉間にシワを寄せていた。どうやら、先生の目を盗んで教室内で紙が回されているようだった。
開いてみると、そこにはびっしりと私の悪口が書かれていた。気分が悪くて、すぐに私はその紙をクシャクシャに握りつぶした。
顔を上げ、周りを見ると、足立さんとその友達が、こちらを見ながら顔を見合せてクスクスと笑っていた。
馬鹿みたい。まるで小学生だ。いや、小学生でもこんなことはしない。
ふと、少し離れた斜め前の方の席に座る笹野さんがこちらを見た。目が合ったが、彼女は気まずそうにすぐに目を逸らした。
私はため息をついた。笹野さんも、少し前までは同じような目に合っていたんだと考えたら、気の毒に思えた。
昼休み、私は屋上で一人、購買で買ったパンにかぶりついていた。誰もいない静かなこの場所が、唯一の憩いの場だった。一日の中で、唯一ホッとできる時間。
曇り空の下、私は柵に寄りかかり、遠くを見つめる。
ここから飛び降りたら、楽になるんだろうなと思うけど、足立さんのせいで死ぬって考えたら嫌だった。生きることを諦めるにはまだ早い。
でも、私が死んだは足立さんはどう思うだろう。罪悪感に押しつぶされるだろうか。それなら本望だ。だが、案外彼女のような人は、いじめたという事実を若気の至りとし、なんの制裁も受けずに勝手に時効とするだろう。何事も無かったかのように普通に学校卒業して、仕事して、結婚して、子ども産んで、平然と幸せな生活を送るかもしれない。
人権を侵害してるくせに、自分だけ幸せになろうだなんて、許せない。どうにかして、足立さんを痛い目に合わせたい。そして言ってやるのだ。あなたはいじめる相手を間違えた、と。
食べながら考えた。助けるっていうけれど、古藤さんは一体どのように助けてくれるのだろう。見たところ、いじめっ子に真正面から立ち向かえるタイプではないような気がする。気品があって、おしとやか。どちらかと言えば、争いは好まなさそうに見える。が、人は見かけによらない。
「こんにちは、水無月さん」
後ろから急に声をかけられて、心臓が飛び出そうだった。振り向くと、そこには古藤さんが立っていた。屋上には人がほとんど来ないから、驚いた。
「調子はいかが?」
古藤さんは私の隣に並んだ。
「最悪だよ」
私は答えた。
「天気も悪いから余計にね」
「あら、私は曇りの方が好きだよ。曇天であればあるほどいい。なんてったって過ごしやすいもの。照りつける太陽ほど、煩わしいものはないからね」
古藤さんはそう言った。曇りが好きだなんて、珍しいなと思った。確かに、曇りは涼しいし日焼けもしないから過ごしやすくはある。しかし、私は心地よい風が吹き抜ける晴れ渡った空が一番好きだ。
「それで、昨日の話だけど」
古藤さんは切り出した。
「君はどうしていじめられるようになったの?」
尋ねられ、私はその経緯を語った。クラスでいじめられていた笹野さんを庇って、物申したら、私が標的になった。単純な話だ。これまでどんな目にあってきたか、私は愚痴った。
「話はわかったわ」
古藤さんは真剣に話を聞いてくれた。初めて誰かにちゃんと話すことができたので、少しだけ心が軽くなった。
そして、彼女は再び尋ねた。
「君はどうしたい?」
少し考えた。次の言葉を口にしたら、もう後には戻れない。そんな気がした。だから、慎重に考えて、覚悟を決めて、心の底から思うことを口にした。
「足立さんを懲らしめたい」
すると古藤さんは、口角をあげた。
「わかった」
その表情に、私はゾクッとした。なんだろう。助けてくれるはずなのに、味方になってくれるはずなのに、彼女から狂気じみたものを感じた。
「私に任せて」
生ぬるい風が、彼女の長い黒髪を靡かせた。

