ケガをして引退したはずの僕を元ライバルはまだ諦めてくれない

 短距離のオフシーズンの日曜日、部活は休みだ。
 心底ほっとする。

 土屋に引き留められるまでは、部活を辞める気持ちは半分もなかった。
 なのに辞めると決めた今、どうしてこんなに清々してるんだろう。

——天邪鬼だな。

 頭の片隅で囁く声がした気がした。

——辞めたくないくせに。

「もう!」

 両手で頬をぺしぺしと叩く。
 むくりと本音が顔を覗かせ、胸をかき乱してくる。

「辞めるって!」

 声に出してみたけれど、同時に競技場の歓声が脳裏に響き渡る。

 あぁ――……

 堪らず目を瞑るとあの日の光景が広がった。


 初夏のインターハイブロック地区予選。
 3年生最後のインハイを賭けて、2年生の僕と土屋はリレメンで大きなプレッシャーを肩にトラックに立っていた。

 最終日最終種目、男子4X100mリレー決勝。

 僕は2走で土屋は3走。スターターの先輩から最高の形でバトンを受け取り、トップでバックストレートを駆け抜ける。
 土屋がスタートを切ったのを確認。第3コーナー手前でスピードに乗った土屋にバトンを差し出した瞬間。

「――っ!」

 左太ももに激痛が走った。
 痛みと混乱する思考の中、もつれそうになる脚を必死に前に踏み出し、思わず叫んだ。

「土屋!」

 振り返り減速する土屋にバトンが渡った直後、僕はその場に雪崩込み声を張り上げた。

「走れ!」

 不安げにも、僕の声に背を向けた土屋の姿に短く息をついた。
 脱力したと同時に激痛が全身を襲う。

「――つ!」

 僕の記憶はそれで途切れた。


 歯をかみしめてゆっくり目を開く。
 あの瞬間の歓声を浴びる高揚感と激痛の恐怖が、一気に胸に押し寄せる。
 息苦しさから、はぁっと息を吐き捨てた。
 一瞬気持ちに隙間ができたけど、すぐに濁りで埋まってしまう。

「もう! どうしろっていうんだよ!」

 自問した脳裏に土屋が現れた。

「だから、お前じゃないって……」

 頭をかき乱してみたけど、「考えてくれた?」と脳内土屋が問いかけてくる。

「あのさぁ……」

 僕は天を仰いだ。
 お前が望むのはマネージャーの僕なんだろ?
 走れない、それならって思ったのか?
 それがお前の優しさなのか?

 僕は本当は走りたいんだよ。

 残るなら選手として残りたいんだ。
 でもさ……
 走れない僕がいたって邪魔だろ?
 腫れ物に触るみたいに思われるなんて嫌だよ。

「辞めてやるよ」
 
 窓の外に青空が広がっている。
 ——青いな……

「……寝よ」

 いろいろ考えてたらなんだかアホらしくなった。
 考えたってこの状況は変わらないんだから、僕は贅沢な昼寝を堪能することにした。