ケガをして引退したはずの僕を元ライバルはまだ諦めてくれない

1週間後
 みんなが帰った部室。
 ひとり日誌を書き終えて立ち上がると、ドアのすりガラスに人影が見えた。
 近づいてドアを開けたら土屋が立っていた。

「なにしてんの?」
「終わった?」
「ああ」

 気にせず机に戻り、帰り支度を始める。
 土屋も無言で部室に入ってきた。

「なにか忘れ物?」
「いや」

 土屋らしくなくそわそわとしたかと思うと、口を結んで息を吸い込んだ。
 そう、意を決したって感じ。

「水城」
「ん?」
「勉強しない?」
「へ? 今から?」
「今から」
「そうだな……」

 実は2週間後のブロック地区予選の翌日から期末テスト。
 スポーツ特待生とはいえ、免除とかあるわけなくて。大会のときとか、競技場に教科書や問題集を持って行ってやってたな。

「いいよ。ここでする?」
「ああ」

 着替えをするだけの部室に机はないから、がっつりできないんだけど。
 それでもそっと微笑んだ土屋と長椅子に腰掛けてカバンを開く。

「県大会の動画ありがとな」

 大会から帰った翌日、出場した部員全員に動画を送った。
 記録動画だけど、記念になるってみんな喜んでくれた。

「ああ。写真もあるけどいる?」
「ほしいかも」

 スマホを開いて画像を探す。

「えっと、これと……これ、とこれと……」

 横で土屋がスマホを覗き込む。

「ねえ」
「ん?」
「これ、全部俺?」
「あ――」

 油断した。
 最近、フォルダに土屋の写真が多いなって自覚してたけど、本人に指摘されるとか。
 ハァ――っと少し長めのため息をついて頭を抱えた。

「ごめん、削除するわ」
「どうして?」
「気持ち悪いだろ?」
「いや……」

 そう言って土屋もスマホを取り出しロック画面を見せてきた。
 学校のグラウンドの画像。
 この前の味気ないデフォルトの画像よりはマシだけど、なんでグラウンド?
 でもよく見ると人が小さくそこにいる。

「これ……僕?」

 土屋は素早くスマホを引っ込めてポケットに入れた。

「勉強しよう」

 何事もなかったかのように、土屋は科学の教科書を取り出した。

「え、いやいや。ちょっと、あれ、僕?」

 覗き込んだ土屋がうっすらと赤らむ。

「勉強」

 絞り出した声に、それ以上追求するのをやめた。

「そ、だな」

 土屋の反応に、手元が狂って教科書を落としてしまった。
 すぐに土屋が拾い上げ、僕の膝に戻してくれて――教科書を持っていた土屋の指がゆっくりゆっくり離れていく。
 短く息を吸い込む気配がする。
 
「……」
 
 なにか言いたげなのが伝わってきて、土屋を少し覗き込んだ。

「土屋?」
「……」

 軽く視線を避けられから、土屋の目の前で手を振ってみた。

「おーい、どうした?」

 すると、突然手を握られ、震えながら指を絡めてきた。

「え、あ?」
「……ご、ごめん」
「お、おい——土屋!」
「ごめん、はなしたくない」

 え、話したくない?
 いや、手!

「ほんと、ごめん」

 強く絡んだ指に戸惑い手を引っ込めようとしたけど、それ以上に握り返された。

「このままで——」

 掠れた声で哀しげに訴える。
 そして指先が土屋の唇に触れた。
 そう。
 ほんとに掠るくらいに。

 ああ、離したくないってことか……

 僕は妙に落ち着いて僅かに震えている土屋を見つめた。

 落ち着いて?
 いや、全然そんなことない!

 けど、僕もこの時間を手放したくないって思ってる。
 それがどういうことなのか——

 ……そ、そういうことなのか?

 で、そのあとなにを勉強したのか覚えてない。
 「ああ……追試……」って思ったことは確かなんだけど。