ケガをして引退したはずの僕を元ライバルはまだ諦めてくれない

 新シーズンに入り初めての記録会。
 そしてマネージャーとして初めての大会だ。
 競技場に一歩足を踏み入れ身震いする。

 立場が変わっても、ここは神聖な場所だと実感する。

 由良さんと手分けして、各競技の記録を取っていく。
 新2年生の1年間の成長をいち早く把握して、秋以降の新体制のデータに落とし込みたい。

 記録会だから順位はでないけど、どこの学校よりも好成績を目指す。
 頑張れ、みんな。

 そして最終種目の男子4X100mリレー。
 去年のインターハイ出場も加味されてか、最終レースで、うちの学校が出走する。

 もちろん、土屋がアンカー。

 やっぱり土屋を超える人材はいなかったんだ。
 自称、元ライバルの僕からしたら鼻高々だ。

 次々にスタートを繰り返す競技場内。
 ピストルの音と歓声が絶え間なく続く。
 騒めく観客席の中央、ゴールラインが真下に見える席に座った。
 見下ろすと、トラック外に黄色と黒のユニフォームに身を包んだ4人が現れた。

 土屋とその横で軽く体を揺すりながら話す市村。
 刹那ぎゅっと胸が軋む。

 あの場所は僕だったのに。

 息が止まる。
 浅い呼吸に目を閉じた。

 わあ――――――!!

 大歓声で観客席が揺れた。
 目を開くと、第1レース出走チームの抜くか抜かれるかの大攻防が繰り広げられている。
 大接戦でのゴールに息をのんだ。
 土屋たちを見ると、待機場所で勝敗の行方に固唾をのんで突っ立っている。

 この緊張感、たまらないな。

 結果のアナウンスにまた、会場が揺れた。
 0.02秒差だ。

 やっぱ楽しい。
 そう。
 それが自分じゃなくても、だ。 

 大きく息を吸い込み、ドキドキしてまた4人を見た。
 出走に向けて肩を叩き合い、それぞれのスタート地点に散らばる4人を見送る。

 「がんばれ」

 思わず手を握った。
 土屋が第4コーナーに向かって走っていく。

 どんなレースを見せてくれる?

 第2、第3レースとスタートしていく中、じわじわと緊張が増していく。
 そして、とうとう最終レース。

 また呼吸が浅くなる。
 自分が出走するときみたいな緊張が押し寄せる。
 身を乗り出して土屋を見た。

 トラック内に頭を下げ足を踏み入れる。
 足裏で距離を測りマークした。
 軽く走り、そしてスピードを上げる。

 何度も、何度も。

 一時も目が離せない。
 スタート地点では、市村がスタートの確認をするたび、スターティングブロックの微調整を繰り返している。
 選手の時は、自分のことで精いっぱいだったけど、こうして見渡すとそれぞれが最善を作り出そうとする姿にわくわくする。

 出走メンバーのアナウンスが流れた。

 「第5レーン」

 うちの学校だ。
 市村がバトンを振り上げ、頭を下げた。
 第2走者の2年生が第3走者の2年生に、その2年生がアンカーの土屋に両手を振ってコンタクトをとる。

 「on your Mark」

 市村が軽くジャンプしてスターティングブロックに足をかけた。

 静まり返る場内。

 「set」

 ピストルが鳴り響く。
 大歓声の波が押し寄せる。
 市村がフライングギリギリのベストタイミングで飛び出した。
 6レーンの選手にどんどん近づく。
 2走者がスタートを切った。
 追いつくことを信じて全力で加速する。
 完璧にバトンが渡された。

 バックストレート。
 7レーンと8レーンの選手に並ぼうとする中、3走者が走り出した。

 「すごい……」

 テイクオーバーゾーンに16人の選手が入り乱れる。
 その中から、黄色と黒のユニフォームが飛び出した。

 「トップだ!」

 最終コーナーの途中、走者が一列に揃いだす。
 アンカーの土屋が動いた。

 「土屋!!!」

 歓声に負けない大声を張り上げる。
 きれいにバトンが渡り僕はグッと拳を握りしめた。

 伸びやかに真っ直ぐ立ち上がる上体。
 素早く蹴り出す強脚。
 力強く鋭く素早く腕を振り切り、ぐんぐんと2位との差を広げていく。

 「やば。かっこよすぎだろ」

 100mのホームストレートを疾走する土屋に目を奪われる。
 あっという間に目の前のゴールラインに土屋の肢体が飛び込んだ。

 悲鳴のような歓声の中、スポーツタイマーに「41.31」と表示された。

 「初戦でこのタイムかよ――!」

 一気に脱力し、どっと疲れが押し寄せてくる。
 見てただけなのに、走り切った後の爽快感に似た感覚が心に満ちていく。

 震えながら、土屋の姿を必死に目で追った。
 トラックの各コーナーから選手たちが土屋に走り寄りとびかかる。
 喜びに溢れながらトラックに頭を下げ、また小さくガッツポーズをしている。

 「土屋!!」

 たまらず観客席を駆け下り、土屋に声をかけた。
 見上げた土屋と目が合う。
 力強くその拳を僕に向かって突き出した。
 震える拳で応えると、土屋が見たことのない満面の笑顔を向けた。

 なんだこの気持ち、どう表現したらいい?
 たとえようのない震えに、しばらく動けなかった。