ケガをして引退したはずの僕を元ライバルはまだ諦めてくれない

 スマホの画面に映るクラウチングスタートから勢いよく飛び出した体が、前傾から徐々に起き上がっていく。
 スピードが最高潮に達したときの垂直にまっすぐな姿は、僕の知ってる土屋の中でもダントツに美しい。
 高い位置で留まる腰。繰り出される脚は、幅広いストライドで地面を蹴り上げる。

「かっこいいな」

 思わず声が漏れた。

 やばい。今の声入ったかも。

 いつの間にか土屋に目を奪われて、録画をしてることを忘れていた。
 慌ててスマホを構え直して、画面を覗く。
 走者が全員走り切ったのを確認して録画を止めると、撮ったばかりの動画をすぐさま再生した。

「水城」

 聞きなれた声に顔を上げるたら、さっきまで美しく走っていた土屋がすぐそばに駆け寄ってきていた。

「どうだった?」
「うん、いい感じ。フォームもバッチリだよ」

 手元のスマホをのぞき込もうとする土屋の汗のにおいに、落ち着きをなくしてしまう。思わずのけぞり、動画再生中のスマホを土屋に押し付けた。

――かっこいいな

 間抜けなスマホの中の僕がつぶやく。

 このタイミングで!?

 跳ね上がる鼓動にスマホが手から滑り落ちた。

「なにやってんだよ」

 スマホを拾い上げる土屋のつむじを見て、日焼けしてる、とどうでもいいことが頭をよぎる。

「あとでDMに送っておいて」

 スマホを渡す土屋の指先が僕の手を撫でた気がした。

 どんだけ過敏になってんだ。

「おう……」

 こんなに浮かれてるのは、たぶんうららかな春のせいだ。