光の中は、陽だまりのようにあたたかい。
「支都禰」
呼ぶ声に、支都禰はゆっくりとまぶたを上げる。
視界いっぱいに金の光が揺れ、その向こうに、先ほど触れた狐面が見える。その面をつけ、立っているのは……。
「母さん……?」
輝く亜麻色の髪に、意志の強そうな黄金の瞳。幼い記憶と色はちがうが、その顔立ちは間違いなく、母の玉藻だった。
支都禰はふらふらと立ち上がり、玉藻に飛びついた。
「……っ、う、ぁあ……」
母の胸に額を押しつけたとたん嗚咽がもれ、子どものように泣きじゃくった。母の手が背中をやさしく、ゆっくり撫でてくれた。
「心配かけて悪かった。よく、がんばったな」
「母さんも……ずっとひとりで闘わせて、ごめんね」
支都禰の言葉に、玉藻は静かに首を振った。
「いや、私が甘かったんだ。ひとりでなんとかできるなんて驕りが、皆を危険に晒してしまった。政元のことも……私の責任だ」
「母さん……」
「継信と支都禰にも、つらい思いをさせてしまった。謝っても許してもらえることじゃないが」
「ううん」
支都禰は自分の手のひらを見た。がさついて、傷があって。けれど愛おしい、自分だけの手。この人生でなければ、出会えなかったもの。
「苦しいこともあったけど、おかげで掴めたものがたくさんある。私、強くなれたよ。だから母さん……ありがとう」
「……本当に、強くなったな。支都禰」
「母さんの足元にもおよばないけど」
見つめ合ってほほ笑む。すると玉藻が急に表情を改めた。
「支都禰。私たちには、まだやることがある。一緒にこの神木を救ってくれ」
支都禰の前で一歩下がり、ゆっくりとひざをつく。
「……母さん」
玉藻がなにをしようとしているのか、支都禰は気がついた。母が纏う気配が濃く強くなっていく。玉藻は背筋を伸ばし、支都禰をまっすぐ見上げた。
「力を貸してくれ。我が娘よ」
風が吹き、二人を包む。そこを中心として光の渦が巻き起こった。
支都禰は目を閉じ、細く長く、息を吐いた。まぶたを上げ、玉藻の面へと手を伸ばす。
「うん。行こう、母さん」
面に触れた瞬間、指先から光が弾ける。二人の力が溶け合うように絡み合い、頭上に大きな金色の花が咲いた。まばゆい光が支都禰の視界を埋め尽くしていく。
光に溶ける直前、母のやさしい声が聞こえた。
「——また、あとでな」
◆
神木の上に、光の花が咲き乱れる。桜吹雪のように花びらが舞い、触れたところから怨念がはがれていった。光が収まると、神木が元の姿を現し、森に緑が戻り始めた。
光のつぼみがゆっくりと花開き、そこから支都禰が落ちていく。
「——支都禰!」
ふわりと身体が浮き、宇羅に抱き上げられていた。支都禰の腕には、玉藻の面がしっかりと抱かれている。
「……宇羅さん?」
「よかった……」
宇羅は顔をくしゃりと歪ませ、強く抱きしめられた。合わせた額から、震えが伝わる。その震えが支都禰の意識を呼び戻した。腕を上げて、愛しい人の頬へ手を添える。
「宇羅さん、信じてくれてありがとう」
その言葉に宇羅の瞳が大きく揺れた。ぎゅっと目を閉じ、もう一度抱きしめられた。
「……立てる?」
「はい」
宇羅は支都禰をそっと地面に下ろし、片腕で抱き寄せたまま、神木へ向き合った。
根元に残った怨念の残滓が、まだじわりとうごめいている。宇羅は片腕で支都禰を支え、もう片方の手をかかげる。二人のまわりに炎が立ち上がり、静かにゆらめいた。
宇羅が掲げた手に、支都禰の手が重なる。それに応えるように、宇羅は支都禰の肩にまわした手に力を込めた。宇羅の瞳に炎が宿り、支都禰の瞳が輝く。周囲に黄金の炎が広がった。
「鎮まれ」
一瞬の静寂のあと。風が吹き、炎の花吹雪が一気に神木へと降り注いだ。炎が編まれ、闇が光の泡となり、天にのぼって消えていった。
◆
神木が祓われたことで、各地の怨泥がいっせいに消えていく。
「……消え、た?」
目の前で崩れ去った闇を前に、妖たちから少しずつ声が出る。
「終わったのか……!」
「やった、若様!!」
歓声が上がる。ひざをついて息を吐く者、仲間と抱き合う者、涙する者。皆思い思いに勝利の余韻に浸った。
「やったやった! 若様と支都禰様が勝ったよダッチー!!」
道成寺は飛び跳ねるように喜び、安達原に抱きつこうとする。それを押し戻す安達原の目尻には、涙が光っていた。
(本当に、よかった……)
紅葉は肩の力を抜き、気遣う配下を下がらせ、遠い空を見上げた。太陽がのぼり始めている。
「……お疲れ様、朱天。みんな」
村の阿久良も、元の姿に戻った狐火たちによる歓喜の舞にもみくちゃにされながら、はーっ、と大きく息をついた。主たちの勝利を確信して、力が抜ける。
(——戻ろう)
手を掲げ、太陽を掴む。組紐の結び目が揺れた。
姫乃は小面を持ち上げ、静かにつぶやく。
「やったのね」
面をひと撫でし、友の勝利を祝福した。顔を上げ、黒い笑みを浮かべて振り返る。
「さて、と」
そこには、家臣を置いてまっさきに逃げようとしていた両親が、縄で縛り上げられていた。姫乃の顔を見て、両親がひぃっ、と情けない声を出して震え上がる。姫乃の扇子が、ちりんと鳴った。
「ほらほら。喜ぶのもいいけど、治療させてくださいね!」
澄子は勝利に沸く負傷者の手当てに追われながらも、ふと手を止めて窓を見た。もう空は明るい。朝がやってきた。
阿久良の手首からのぞいた赤を思い出し、小さくつぶやいた。
「……きっと、大丈夫だよね」
鬼灯條家の屋敷では、央丹が寝転がっていた。
「はー疲れた!」
額の汗を拭い、傍らに立つ家臣におどけて笑った。
「頭も身体も使ったし、僕、甘いもの食べたいなあ」
「は、ただいま!」
(あれま、冗談なんだけど……。ま、いっか)
素直に走り去っていく親切な家臣へ手を振り、晴れ渡った空を見上げる。今朝の空は、やけに綺麗に見えた。
「兄上、義姉上。……やったね」
押さえつけられた司箭院が、朱天を見上げてせせら笑った。
「これで終わるわけがない。……私のような考えの者はまだいるぞ」
急に話しかけられた朱天は目をぱちくりさせ、ふっと表情をゆるませた。
「……そうかもねえ」
その軽さに、司箭院は眉をひそめる。
「まあでも、大丈夫でしょ」
朱天は司箭院の背中にひじをついて、にかっと笑った。
◆
支都禰は宇羅と神木の前に並び立ち、横たわる初子に向かって手を合わせた。周囲に雪起の姿はない。
(雪起は……)
初子の近くにきらりと光る雪起の髪飾りを見つけ、支都禰はそっと拾い上げた。
「……雪起」
髪留めを両手で包む。雪起がどうなったのかは分からない。なんにせよ、雪起とはもう、二度と会えない気がした。
(どうか雪起も……再生の道を歩めますように)
山頂の森に、神聖な空気が戻っていく。彩りが戻り、日の出が健やかに木々を照らした。ところどころに残る雪の白が、光を受けてきらりと輝く。つめたい朝風の中に、澄んだ香りが混じる。遠くで鳥たちの鳴く声がした。
森は息を吹き返し、朝を迎えた。闘いが、ようやく終わった。
「支都禰」
呼ぶ声に、支都禰はゆっくりとまぶたを上げる。
視界いっぱいに金の光が揺れ、その向こうに、先ほど触れた狐面が見える。その面をつけ、立っているのは……。
「母さん……?」
輝く亜麻色の髪に、意志の強そうな黄金の瞳。幼い記憶と色はちがうが、その顔立ちは間違いなく、母の玉藻だった。
支都禰はふらふらと立ち上がり、玉藻に飛びついた。
「……っ、う、ぁあ……」
母の胸に額を押しつけたとたん嗚咽がもれ、子どものように泣きじゃくった。母の手が背中をやさしく、ゆっくり撫でてくれた。
「心配かけて悪かった。よく、がんばったな」
「母さんも……ずっとひとりで闘わせて、ごめんね」
支都禰の言葉に、玉藻は静かに首を振った。
「いや、私が甘かったんだ。ひとりでなんとかできるなんて驕りが、皆を危険に晒してしまった。政元のことも……私の責任だ」
「母さん……」
「継信と支都禰にも、つらい思いをさせてしまった。謝っても許してもらえることじゃないが」
「ううん」
支都禰は自分の手のひらを見た。がさついて、傷があって。けれど愛おしい、自分だけの手。この人生でなければ、出会えなかったもの。
「苦しいこともあったけど、おかげで掴めたものがたくさんある。私、強くなれたよ。だから母さん……ありがとう」
「……本当に、強くなったな。支都禰」
「母さんの足元にもおよばないけど」
見つめ合ってほほ笑む。すると玉藻が急に表情を改めた。
「支都禰。私たちには、まだやることがある。一緒にこの神木を救ってくれ」
支都禰の前で一歩下がり、ゆっくりとひざをつく。
「……母さん」
玉藻がなにをしようとしているのか、支都禰は気がついた。母が纏う気配が濃く強くなっていく。玉藻は背筋を伸ばし、支都禰をまっすぐ見上げた。
「力を貸してくれ。我が娘よ」
風が吹き、二人を包む。そこを中心として光の渦が巻き起こった。
支都禰は目を閉じ、細く長く、息を吐いた。まぶたを上げ、玉藻の面へと手を伸ばす。
「うん。行こう、母さん」
面に触れた瞬間、指先から光が弾ける。二人の力が溶け合うように絡み合い、頭上に大きな金色の花が咲いた。まばゆい光が支都禰の視界を埋め尽くしていく。
光に溶ける直前、母のやさしい声が聞こえた。
「——また、あとでな」
◆
神木の上に、光の花が咲き乱れる。桜吹雪のように花びらが舞い、触れたところから怨念がはがれていった。光が収まると、神木が元の姿を現し、森に緑が戻り始めた。
光のつぼみがゆっくりと花開き、そこから支都禰が落ちていく。
「——支都禰!」
ふわりと身体が浮き、宇羅に抱き上げられていた。支都禰の腕には、玉藻の面がしっかりと抱かれている。
「……宇羅さん?」
「よかった……」
宇羅は顔をくしゃりと歪ませ、強く抱きしめられた。合わせた額から、震えが伝わる。その震えが支都禰の意識を呼び戻した。腕を上げて、愛しい人の頬へ手を添える。
「宇羅さん、信じてくれてありがとう」
その言葉に宇羅の瞳が大きく揺れた。ぎゅっと目を閉じ、もう一度抱きしめられた。
「……立てる?」
「はい」
宇羅は支都禰をそっと地面に下ろし、片腕で抱き寄せたまま、神木へ向き合った。
根元に残った怨念の残滓が、まだじわりとうごめいている。宇羅は片腕で支都禰を支え、もう片方の手をかかげる。二人のまわりに炎が立ち上がり、静かにゆらめいた。
宇羅が掲げた手に、支都禰の手が重なる。それに応えるように、宇羅は支都禰の肩にまわした手に力を込めた。宇羅の瞳に炎が宿り、支都禰の瞳が輝く。周囲に黄金の炎が広がった。
「鎮まれ」
一瞬の静寂のあと。風が吹き、炎の花吹雪が一気に神木へと降り注いだ。炎が編まれ、闇が光の泡となり、天にのぼって消えていった。
◆
神木が祓われたことで、各地の怨泥がいっせいに消えていく。
「……消え、た?」
目の前で崩れ去った闇を前に、妖たちから少しずつ声が出る。
「終わったのか……!」
「やった、若様!!」
歓声が上がる。ひざをついて息を吐く者、仲間と抱き合う者、涙する者。皆思い思いに勝利の余韻に浸った。
「やったやった! 若様と支都禰様が勝ったよダッチー!!」
道成寺は飛び跳ねるように喜び、安達原に抱きつこうとする。それを押し戻す安達原の目尻には、涙が光っていた。
(本当に、よかった……)
紅葉は肩の力を抜き、気遣う配下を下がらせ、遠い空を見上げた。太陽がのぼり始めている。
「……お疲れ様、朱天。みんな」
村の阿久良も、元の姿に戻った狐火たちによる歓喜の舞にもみくちゃにされながら、はーっ、と大きく息をついた。主たちの勝利を確信して、力が抜ける。
(——戻ろう)
手を掲げ、太陽を掴む。組紐の結び目が揺れた。
姫乃は小面を持ち上げ、静かにつぶやく。
「やったのね」
面をひと撫でし、友の勝利を祝福した。顔を上げ、黒い笑みを浮かべて振り返る。
「さて、と」
そこには、家臣を置いてまっさきに逃げようとしていた両親が、縄で縛り上げられていた。姫乃の顔を見て、両親がひぃっ、と情けない声を出して震え上がる。姫乃の扇子が、ちりんと鳴った。
「ほらほら。喜ぶのもいいけど、治療させてくださいね!」
澄子は勝利に沸く負傷者の手当てに追われながらも、ふと手を止めて窓を見た。もう空は明るい。朝がやってきた。
阿久良の手首からのぞいた赤を思い出し、小さくつぶやいた。
「……きっと、大丈夫だよね」
鬼灯條家の屋敷では、央丹が寝転がっていた。
「はー疲れた!」
額の汗を拭い、傍らに立つ家臣におどけて笑った。
「頭も身体も使ったし、僕、甘いもの食べたいなあ」
「は、ただいま!」
(あれま、冗談なんだけど……。ま、いっか)
素直に走り去っていく親切な家臣へ手を振り、晴れ渡った空を見上げる。今朝の空は、やけに綺麗に見えた。
「兄上、義姉上。……やったね」
押さえつけられた司箭院が、朱天を見上げてせせら笑った。
「これで終わるわけがない。……私のような考えの者はまだいるぞ」
急に話しかけられた朱天は目をぱちくりさせ、ふっと表情をゆるませた。
「……そうかもねえ」
その軽さに、司箭院は眉をひそめる。
「まあでも、大丈夫でしょ」
朱天は司箭院の背中にひじをついて、にかっと笑った。
◆
支都禰は宇羅と神木の前に並び立ち、横たわる初子に向かって手を合わせた。周囲に雪起の姿はない。
(雪起は……)
初子の近くにきらりと光る雪起の髪飾りを見つけ、支都禰はそっと拾い上げた。
「……雪起」
髪留めを両手で包む。雪起がどうなったのかは分からない。なんにせよ、雪起とはもう、二度と会えない気がした。
(どうか雪起も……再生の道を歩めますように)
山頂の森に、神聖な空気が戻っていく。彩りが戻り、日の出が健やかに木々を照らした。ところどころに残る雪の白が、光を受けてきらりと輝く。つめたい朝風の中に、澄んだ香りが混じる。遠くで鳥たちの鳴く声がした。
森は息を吹き返し、朝を迎えた。闘いが、ようやく終わった。
