第五話
タイトル 火龍と水龍
〇 龍咲家 雪音の部屋(雪音の夢)
真っ暗な空間を歩いている雪音。
雪音M「笛の音が聴こえる」
雪音母の声「白天の笛と地割れの笛」
雪音に伸ばされる手を握り返す雪音。
雪音母「しかるべき時にしかるべき方のために。そのために、笛吹きは天と地の声を聴き、その音色に命を吹きこまなくてはならない」
目を開ける雪音。
布団の上にいる。
〇 同 居間
扉を開けて、入ってくる蒼馬。
征史郎が食卓の上の食事をうまそうに食べている。
食卓に新たな食事を運んでくる雪音。
征史郎「よお」
蒼馬「……お前は、この家の食料を食いつくす気か?」
征史郎「今度、美味いマムシを差し入れしてやる」
雪音「お酒に漬けちゃうと、私が食べられなくなるので生きたままがいいです」
征史郎「やっぱり、蛇は串焼きが一番だよな」
蒼馬「違う、丸焼きだ!蛇は丸のまま食うのが一番、うまいんだ」
征史郎「ゲテモノ趣味の旦那を持つと大変だねえ、こいつが嫌になったら、いつでもオレに乗り換えなよ」
蒼馬「うるさい!お前、もう帰れ!」
× × ×
お茶と大きな饅頭が乗った食卓。
雪音「蒼馬さま、甘いものが苦手だって知らなくて」
征史郎「いいのいいの、ガキの頃からあいつの好きなものはオレが嫌いなもので、オレが嫌いなものがあいつ好きなものだから」
雪音「征史郎がいると、蒼馬さまが明るくなられるような気がします」
征史郎「いやいや、あいつは誰に対しても、堅物真面目くんだよ」
雪音「本当に、蒼馬さま、いつ息抜きしてるのかなってくらい真面目で」
征史郎「……」
〇道 (夜)
歩いている蒼馬と征史郎。
征史郎「あれから、夜は交代で見回りしているが、音沙汰はないな」
蒼馬「仕込むのに時間がかかるのかもしれない。火虫と蝙蝠もそうだった……ただ」
征史郎「(考え込む表情)」
蒼馬「火虫と蝙蝠も、何かの前振りの準備だったとしたら……」
征史郎「もうすでに、この近くにもぐりこんでいる可能性も―」
蒼馬「近くにはいない。少なくとも、七月町にはいない」
征史郎「なぜそう断言できる?」
蒼馬「そいつは、『火蟲』の呪い持ちだ。オレと同じだ。『火蟲』は仲間同士で呼び合う特徴がある。それは宿主同士でもそうらしい。蝙蝠の時に確信した。あの時に感じた体の内側からじりじり焼ける感覚が今はない……今のところは、な」
征史郎「今は潜伏期間というわけか」
蒼馬「利用しない手はないな」
征史郎「雪音ちゃんは、あれから、どうだ?」
〇 (回想)龍咲家 居間
食卓を取り囲んでいる雪音、蒼馬、征史郎。
雪音「少し、思い出してきたかもしれません」
征史郎「蒼馬の影響か?」
(雪音のイメージ)
蒼馬の笛の音に音を合わせる雪音。
× × ×
雪音「そう、かもしれません」
蒼馬「……思い出すことは、辛くはないのか?」
雪音「大丈夫です。この前、夢に見たのは、母から聞かされた、一族の掟のような」
蒼馬「掟?」
雪音「『白天の笛と地割れの笛を守護せり』その掟が、わが一族が放浪して、石笛を吹くさだめだと」
蒼馬「実在するのか、そんな笛?」
雪音「分かりません、大地を潤し、恵みをもたらす石笛とその地の破滅をもたらす石笛です。その笛を守り、次の世代に継承せよ、と。けれど、その笛はどこにあるのか分からない。一族は土地土地を流れて、ずっと探し続けていると―」
征史郎「大地に恵みをもたらす笛を守るのは分かるが、なぜ、破滅をもたらす地割れの笛を守る必要がある?」
雪音「分かりません」
蒼馬「そういうものかもしれないな。継承していく一族の掟など、その時々に生きる者の意思などに構うことなく次世代に渡されていくものだ」
雪音「……」
蒼馬「忘れるなよ、守るべきはお前の意思のほうだ。古の人間が勝手に決めた掟などに、縛られる道理などない」
雪音「けれど……」
蒼馬「お前は他者に心を遣り過ぎる。どんなに自分の心がすり切れようが、おかまいましに」
雪音「……」
蒼馬「見ているこっちが痛くなる」
× × ×
〇 同 玄関前
帰りしたくの征史郎。見送りに出ている雪音。
征史郎「あいつさ、自分が大事にしてる奴にはそう言ってやれるのにな。どうして自分自身にはそう、言えないかねえ」
雪音「すり切れてしまわれるのは、蒼馬さまの方です」
(回想終わり)
〇元の道
歩いている蒼馬と征史郎。
征史郎「お前ら互いが相手の気持ちを慮りすぎじゃないのか?」
蒼馬「……」
征史郎「素直な気持ちをぶつけあえたら、見えてくる関係性もあるかもしれないぜ」
〇 龍咲家 庭(夜)
庭を見つめて、耳をすます雪音。
雪音「蒼馬さま、こんなに遅くまで、どこで何をしているの?」
〇 道(日替わり 夜)
歩いている征史郎。
征史郎「さっきから、何、してるんだ?」
物陰から、雪音が出てくる。
雪音「蒼馬さまをつけてたら、まかれたもので」
征史郎「君ねえ……蒼馬は君を危険な目にあわせたくないんだよ。分かってやってよ」
雪音「分かってます……でも、私、知ってるんです。蒼馬さまと征史郎さんが、毎晩夜通し七月町の見回りをしていること……昼間はずっと調べものをしているのに……いつか倒れてしまいます。私にも何か、協力させてください」
征史郎「腹が据わってるね」
雪音の顔をまじまじと見つめる征史郎。
征史郎「ついておいで」
〇 七月町 郊外の森
辺りを見渡す雪音。あるものをすっと指さす征史郎。
その指の先には、龍の形をした氷像。
雪音「この氷像は?」
征史郎「蒼馬の式神たち、の分身だ」
雪音「ええ!」
征史郎「毎晩、蒼馬が仕掛けて、準備しておいた。蒼馬の式神の分身をつくりだし、七月町を円形に取り囲むように配置した。そして、この氷像は『火』の能力者が『火』を発動した瞬間に溶けだす」
どろりと半身が溶けた蒼馬の式神の氷像。
征史郎「分身の様子は、同時に蒼馬が察知できる。そして、その場所に第二の罠を発動させる」
半身が溶けた氷像から、氷の粒子が飛び出し、黒い人影の下半身を一気に凍らせる。
征史郎「分身の氷像が溶けると、氷の粒子が飛散する、その粒子はその場所で一番、熱を持っているものに集結する」
雪音「それじゃあ」
征史郎「闇の火を凌駕する『水神』。あいつがその力の可能性を信じ、磨き上げ続けてきた」
雪音「(強く頷く)」
征史郎「あいつの覚悟が、こんなクソ野郎の薄汚い火などに負けるわけがない」
〇七月町 郊外の雑木林
蒼馬が立っている。
蒼馬「あんたのやり口を真似させてもらったよ」
全身を布に覆われている男。下半身が地面に氷結し、身動きがとれなくなっている。
蒼馬「悪意の呪いを一身に受ける気持ちが少しは分かったか」
布に隠れている男の目が憎々し気に光る。
蒼馬「兄さんの使っていた印を残せば、犯人だと勘違いしてくれるとでも思ったか?」
蒼馬の元に駆け寄る雪音と征史郎。
蒼馬「なあ、昭正叔父さん」
蒼馬、男の全身を覆っていた布を取り去る。
布の下から、龍咲昭正(34)の姿が現れる。
昭正の体の半分以上が赤黒い火傷に覆われている。
思わず戦慄する雪音。
蒼馬「その火傷跡、『火蟲』か?ずいぶん古そうだ。オレは短期間でおさらばできたが、あんたはずいぶんと長い間、そいつらとお友達だったわけだ」
雪音「蒼馬さま、あまり挑発しないでください」
蒼馬「あんたが本当にお友達になりたかったのは、『火愧』だろう?」
昭正「……」
蒼馬「八年前、あんたは『火愧』の召喚の儀式に失敗した……代わりに『火愧』の子の『火蟲』が大量発生し、自身の身を焼かれ、屋敷も火に包まれた。そんなところか?」
昭正「オレの体は、『火蟲』に浸食されている。八年も化け物に体を浸食される気持ちが分かるか?全部、龍咲の家のせいだ」
蒼馬「その化け物を召喚しようとした張本人が浸食されるのは当然だろう、なのに……りくに聞いたよ。半年ほど前に、全身を布で覆った男が奉公先に客として現れたそうだ」
昭正「(薄く笑う)」
蒼馬「りくにお前の『火蟲』をうつしたな?」
雪音「!」
蒼馬の声「火蟲は一度でも火蟲がとりついた体の肉が大好物になる。奴らは、オレに喜んで寄生してきたぞ」
昭正「八年だ……じわじわと時間をかけて内側から焼かれていく苦しみなど、お前には分かるまい。せっかくあの娘にうつしたのに……浸食は止まったが、焼け焦げた皮膚の苦痛も弱りきった体も元に戻らない」
蒼馬の声「火蟲が離れ、宿主でなくなれば、火傷跡は、新しければ膏薬を繰り返し塗れば、ほぼ元の状態に戻れる。古ければそれも難しいが」
雪音「自業自得でしょう。それを何の罪もないりくや蒼馬さまになすりつけようだなんて―」
蒼馬「なぜ、あんな古の化け物などが必要だった。あんたは、龍咲の家で揺るぎない地位を築いていたはずだ」
昭正「揺るぎない?笑わせる。ああ、お前は幽閉されていたから知らんのか。あの家は必死にとりつくろっていたが、没落寸前だった。オレが何もしなかったとしても、今頃とっくに沈んでいた泥船だよ。お前はそんなくだらない連中にさえつまはじきにされていた、哀れな奴だよ。せめて、最上位のあやかしの生贄にでもなれたら、その惨めな人生も少しは報われただろうにな」
蒼馬「……」
雪音「(大声で)黙りなさい!」
雪音、目を真っ赤にして、昭正を睨みつける。
征史郎「もうよせ、見苦しい。あんた、もう、死にかけだろう。火蟲にそんな長い年月浸食され、今、生きてることの方が不思議な状態だ。もう、手の施しようは―」
昭正「あるさ……お前の体を捧げれば、な」
昭正、袖から長い針を取り出し、素早く蒼馬の掌を刺し貫く。
蒼馬「つ……」
雪音「蒼馬さま!」
昭正「今度こそ、『火愧』を召喚する。龍咲家の人間の血―特にお前の血は『奴』の大好物だ」
蒼馬の血が地面を落ちる。
征史郎、素早く雪音と蒼馬の腕を引き、飛び上がり、木の上に避難する。
陣の中に落ちた蒼馬の血が燃え上がり、その中から巨大な炎が現れ、
昭正の体を包み込んでいく。
昭正「お前の言うとおり、もうすぐオレは死ぬ。八年も苦痛に耐えたあげく、この惨めな光景の中でオレは終わるのか……ふざけるな―最強のあやかしと一体化すれば、もう一度、この世を統べる夢に賭けられる」
昭正を飲み込んだ炎の中から、鬼のような姿をした『火愧』が現れる。
『火愧』が息を吹きかけると、炎が木々に燃え移り、辺りが火に包まれる。
三人のいる木にも火が燃え移り、地面に着地する。
征史郎「狂ったおっさんの夢と心中する気はねえよ」
征史郎、怒りに満ちた目で『火愧』を睨みつける。
征史郎「おい、おっさん!聴こえるか!あんたが最初から蒼馬を狙わなかったのは、今の蒼馬を見て、とても勝てないと悟ったんだろう。そして、弱い子供に標的を変えた。あんたはすでに蒼馬に完膚なきまでに負けてるんだよ」
昭正「子供?何の話だ?」
征史郎「とぼけるな、笛の音で子供たちを連れ去ろうとしただろう。同じように、蝙蝠たちも操っていただろう」
昭正「さっきから、子供だの蝙蝠だの、何を意味の分からない話をしている?」
征史郎「まさか、本当に知らないのか?」
呆然とする蒼馬。
その様子を見た『火愧』の内部の昭正が卑屈に笑い、蒼馬に向かって火を吹く。
蒼馬を突き飛ばす雪音。
雪音「蒼馬さま、しっかり!」
蒼馬、雪音の顔をじっと見つめ、
蒼馬「そうだ……勝たないとな。オレ、まだ全然、勝ててないんだよ」
蒼馬、首に下げている雪音をお守りを愛おし気に握りしめる。
蒼馬「雪音、オレが自分の運命に勝つところを―お前に一番に見ていてほしい」
雪音「蒼馬さま―」
蒼馬、指で印を結ぶ。指先に水流が発生する。
蒼馬、水流を止め、印を結びなおす。
蒼馬の指先から火種が発生し、やがて炎が龍の形になる。
雪音、火龍を見つめ、笛を吹く。
火龍が大きく成長し、空に向かって飛んでいく。
雲の向こうに消えていく火龍。
積乱雲が発生し、空から雨粒が落ち始める。
蒼馬、再び指で印をつくり、水龍を発現させる。
水龍に雨が降り注ぎ、巨大で壮麗な姿に変化していく。
飛び立つ水龍。木々に燃え移った炎を消し去っていく。
『火愧』が蒼馬に向かって火を吹く。
雪音、蒼馬の手を握り、笛を吹くと水龍がさらに巨大化する。
征史郎、扇を仰ぎ、風を起こして、水龍の内部に氷の粒を送り込む。
水龍が氷の粒をまき散らしながら、『火愧』の炎を飲み込み、さらに『火愧』の体を
飲み込んでいく。
昭正の声「(叫び声)そうまああー」
やがて、炎が消え、空から雨粒が落ちる。雨が木々の火を完全に消し去っていく。
〇 龍咲家 書斎
原稿を書いている蒼馬。
雪音の声「蒼馬さま、お茶が入りました」
× × ×
お茶を飲んでいる雪音と蒼馬。
雪音「あんなことがあったばかりなのに……もう、お仕事をしなければならないのですか?」
蒼馬「ああ、本業の方をおろそかにしてはいけない。これでも、待っている読者もいる」
雪音「蒼馬さまの本、どれも面白いです。でも、こうして一緒に生活していると、どうしても気になるんです。蒼馬さまはずっと走ってらして、まるで、止まることを恐れていらっしゃるみたいに」
蒼馬「原稿に向き合っている時は、余計なことを考えなくてすむからな」
雪音「昭正さん、叔父さんのこと、やはり、蒼馬さまは―」
蒼馬「ああ、そのことなら、心配など必要ない。叔父があんな最期を迎えたのを目の当たりにしても、何も感じることがない―オレは親族への情などは持ち合わせていない冷酷で薄情な人間だ」
雪音「蒼馬さまはそんな人間ではありません!冷酷で薄情なのは、龍咲家の人たちではないですか!」
雪音「周りの、ご家族がまだほんのお小さい蒼馬さまをよってたかって……あんなひどい言葉を投げつけて……許せない!できることなら、私が黄泉の国に乗り込んで、一人一人ぶん殴ってやりたい」
蒼馬「落ち着け……もう、過去のことだ」
雪音「でも―」
蒼馬「オレは、今、牢から出られて、お前とこうしていられてるだろう」
雪音「(顔を赤らめて)そう、ですね、はい」
蒼馬「(しまった、余計なことを言ってしまったと赤面)」
沈黙が流れる。
蒼馬、少しむくれた顔で雪音を見つめ、
蒼馬「お前、この間、道で……征史郎と二人で何を話してたんだ?」
雪音「え?ああ、(手を振って)そんな、大した話じゃ―」
蒼馬「オレと話をするより、あいつと話をする方が楽しいのか?」
雪音「は?何言ってるんですか!そんなわけないでしょう!なんなんですか!あなたが私に謝るたび、私がどんな気持ちだったか―」
「え?」
雪音「私のせいで、あなたと契約することになって―本当は嫌なのに、夫の義務を果たそうという責任感で」
蒼馬「そんなこと、思うはずがないだろう!嫌なわけがあるか!」
雪音「……蒼馬さま」
蒼馬の顔が真っ赤に染まっている。
蒼馬「こんな形で……契約なんか、したくなかった」
雪音から目を逸らし、部屋を出ていく蒼馬。
雪音、真っ赤な顔で自分の胸を抑える。
雪音「……行かないで」
扉を閉め、顔を赤らめたまま、片手を額に当てる蒼馬。
蒼馬「オレは馬鹿か……」
〇 同 庭 (日替わり)
おおぶりのすいかを抱えている征史郎。
征史郎「ごめんください」
鍵が開いていて、中からがやがやと騒がしい声が聴こえる。
征史郎M「あんなことがあったんだ。オレが慰めてやらねえとな」
廊下を歩く征史郎。
庭の光景を見て、口を開ける。
征史郎「……何だ、これは?」
宗太、みつ、子供たちがはしゃいでいる。
蒼馬の肩に子供がのしかかり、肩車を強要されている。
雪音が大きなたらいを縁側の中央に置く。
たらいの中身は、たっぷりのそうめんと真ん中に蒼馬の水龍の氷像の生首。
征史郎「……何だ、これは?」
雪音「本物ではないですよ、あの時、蒼馬さまと征史郎さんが七月町の周りに配置した分身の氷像です」
蒼馬「なかなか溶けなくて、もったいないからと雪音がここに持ってきたんだ」
征史郎「……食ってもいいのか?」
雪音「味見したけど、美味しかったです。まだ、あるので後でかき氷にしますね」
宗太「やったー」
はしゃぐ子供たちを見ながら、楽しそうにそうめんをすする雪音と蒼馬。
征史郎「(ふっと笑い)やっぱり、お前ら、似たもの同士だな」
征史郎のすいかを持ってうれしそうに笑う雪音。
そんな雪音を柔らかい表情で見つめる蒼馬。
(第五話終わり)
タイトル 火龍と水龍
〇 龍咲家 雪音の部屋(雪音の夢)
真っ暗な空間を歩いている雪音。
雪音M「笛の音が聴こえる」
雪音母の声「白天の笛と地割れの笛」
雪音に伸ばされる手を握り返す雪音。
雪音母「しかるべき時にしかるべき方のために。そのために、笛吹きは天と地の声を聴き、その音色に命を吹きこまなくてはならない」
目を開ける雪音。
布団の上にいる。
〇 同 居間
扉を開けて、入ってくる蒼馬。
征史郎が食卓の上の食事をうまそうに食べている。
食卓に新たな食事を運んでくる雪音。
征史郎「よお」
蒼馬「……お前は、この家の食料を食いつくす気か?」
征史郎「今度、美味いマムシを差し入れしてやる」
雪音「お酒に漬けちゃうと、私が食べられなくなるので生きたままがいいです」
征史郎「やっぱり、蛇は串焼きが一番だよな」
蒼馬「違う、丸焼きだ!蛇は丸のまま食うのが一番、うまいんだ」
征史郎「ゲテモノ趣味の旦那を持つと大変だねえ、こいつが嫌になったら、いつでもオレに乗り換えなよ」
蒼馬「うるさい!お前、もう帰れ!」
× × ×
お茶と大きな饅頭が乗った食卓。
雪音「蒼馬さま、甘いものが苦手だって知らなくて」
征史郎「いいのいいの、ガキの頃からあいつの好きなものはオレが嫌いなもので、オレが嫌いなものがあいつ好きなものだから」
雪音「征史郎がいると、蒼馬さまが明るくなられるような気がします」
征史郎「いやいや、あいつは誰に対しても、堅物真面目くんだよ」
雪音「本当に、蒼馬さま、いつ息抜きしてるのかなってくらい真面目で」
征史郎「……」
〇道 (夜)
歩いている蒼馬と征史郎。
征史郎「あれから、夜は交代で見回りしているが、音沙汰はないな」
蒼馬「仕込むのに時間がかかるのかもしれない。火虫と蝙蝠もそうだった……ただ」
征史郎「(考え込む表情)」
蒼馬「火虫と蝙蝠も、何かの前振りの準備だったとしたら……」
征史郎「もうすでに、この近くにもぐりこんでいる可能性も―」
蒼馬「近くにはいない。少なくとも、七月町にはいない」
征史郎「なぜそう断言できる?」
蒼馬「そいつは、『火蟲』の呪い持ちだ。オレと同じだ。『火蟲』は仲間同士で呼び合う特徴がある。それは宿主同士でもそうらしい。蝙蝠の時に確信した。あの時に感じた体の内側からじりじり焼ける感覚が今はない……今のところは、な」
征史郎「今は潜伏期間というわけか」
蒼馬「利用しない手はないな」
征史郎「雪音ちゃんは、あれから、どうだ?」
〇 (回想)龍咲家 居間
食卓を取り囲んでいる雪音、蒼馬、征史郎。
雪音「少し、思い出してきたかもしれません」
征史郎「蒼馬の影響か?」
(雪音のイメージ)
蒼馬の笛の音に音を合わせる雪音。
× × ×
雪音「そう、かもしれません」
蒼馬「……思い出すことは、辛くはないのか?」
雪音「大丈夫です。この前、夢に見たのは、母から聞かされた、一族の掟のような」
蒼馬「掟?」
雪音「『白天の笛と地割れの笛を守護せり』その掟が、わが一族が放浪して、石笛を吹くさだめだと」
蒼馬「実在するのか、そんな笛?」
雪音「分かりません、大地を潤し、恵みをもたらす石笛とその地の破滅をもたらす石笛です。その笛を守り、次の世代に継承せよ、と。けれど、その笛はどこにあるのか分からない。一族は土地土地を流れて、ずっと探し続けていると―」
征史郎「大地に恵みをもたらす笛を守るのは分かるが、なぜ、破滅をもたらす地割れの笛を守る必要がある?」
雪音「分かりません」
蒼馬「そういうものかもしれないな。継承していく一族の掟など、その時々に生きる者の意思などに構うことなく次世代に渡されていくものだ」
雪音「……」
蒼馬「忘れるなよ、守るべきはお前の意思のほうだ。古の人間が勝手に決めた掟などに、縛られる道理などない」
雪音「けれど……」
蒼馬「お前は他者に心を遣り過ぎる。どんなに自分の心がすり切れようが、おかまいましに」
雪音「……」
蒼馬「見ているこっちが痛くなる」
× × ×
〇 同 玄関前
帰りしたくの征史郎。見送りに出ている雪音。
征史郎「あいつさ、自分が大事にしてる奴にはそう言ってやれるのにな。どうして自分自身にはそう、言えないかねえ」
雪音「すり切れてしまわれるのは、蒼馬さまの方です」
(回想終わり)
〇元の道
歩いている蒼馬と征史郎。
征史郎「お前ら互いが相手の気持ちを慮りすぎじゃないのか?」
蒼馬「……」
征史郎「素直な気持ちをぶつけあえたら、見えてくる関係性もあるかもしれないぜ」
〇 龍咲家 庭(夜)
庭を見つめて、耳をすます雪音。
雪音「蒼馬さま、こんなに遅くまで、どこで何をしているの?」
〇 道(日替わり 夜)
歩いている征史郎。
征史郎「さっきから、何、してるんだ?」
物陰から、雪音が出てくる。
雪音「蒼馬さまをつけてたら、まかれたもので」
征史郎「君ねえ……蒼馬は君を危険な目にあわせたくないんだよ。分かってやってよ」
雪音「分かってます……でも、私、知ってるんです。蒼馬さまと征史郎さんが、毎晩夜通し七月町の見回りをしていること……昼間はずっと調べものをしているのに……いつか倒れてしまいます。私にも何か、協力させてください」
征史郎「腹が据わってるね」
雪音の顔をまじまじと見つめる征史郎。
征史郎「ついておいで」
〇 七月町 郊外の森
辺りを見渡す雪音。あるものをすっと指さす征史郎。
その指の先には、龍の形をした氷像。
雪音「この氷像は?」
征史郎「蒼馬の式神たち、の分身だ」
雪音「ええ!」
征史郎「毎晩、蒼馬が仕掛けて、準備しておいた。蒼馬の式神の分身をつくりだし、七月町を円形に取り囲むように配置した。そして、この氷像は『火』の能力者が『火』を発動した瞬間に溶けだす」
どろりと半身が溶けた蒼馬の式神の氷像。
征史郎「分身の様子は、同時に蒼馬が察知できる。そして、その場所に第二の罠を発動させる」
半身が溶けた氷像から、氷の粒子が飛び出し、黒い人影の下半身を一気に凍らせる。
征史郎「分身の氷像が溶けると、氷の粒子が飛散する、その粒子はその場所で一番、熱を持っているものに集結する」
雪音「それじゃあ」
征史郎「闇の火を凌駕する『水神』。あいつがその力の可能性を信じ、磨き上げ続けてきた」
雪音「(強く頷く)」
征史郎「あいつの覚悟が、こんなクソ野郎の薄汚い火などに負けるわけがない」
〇七月町 郊外の雑木林
蒼馬が立っている。
蒼馬「あんたのやり口を真似させてもらったよ」
全身を布に覆われている男。下半身が地面に氷結し、身動きがとれなくなっている。
蒼馬「悪意の呪いを一身に受ける気持ちが少しは分かったか」
布に隠れている男の目が憎々し気に光る。
蒼馬「兄さんの使っていた印を残せば、犯人だと勘違いしてくれるとでも思ったか?」
蒼馬の元に駆け寄る雪音と征史郎。
蒼馬「なあ、昭正叔父さん」
蒼馬、男の全身を覆っていた布を取り去る。
布の下から、龍咲昭正(34)の姿が現れる。
昭正の体の半分以上が赤黒い火傷に覆われている。
思わず戦慄する雪音。
蒼馬「その火傷跡、『火蟲』か?ずいぶん古そうだ。オレは短期間でおさらばできたが、あんたはずいぶんと長い間、そいつらとお友達だったわけだ」
雪音「蒼馬さま、あまり挑発しないでください」
蒼馬「あんたが本当にお友達になりたかったのは、『火愧』だろう?」
昭正「……」
蒼馬「八年前、あんたは『火愧』の召喚の儀式に失敗した……代わりに『火愧』の子の『火蟲』が大量発生し、自身の身を焼かれ、屋敷も火に包まれた。そんなところか?」
昭正「オレの体は、『火蟲』に浸食されている。八年も化け物に体を浸食される気持ちが分かるか?全部、龍咲の家のせいだ」
蒼馬「その化け物を召喚しようとした張本人が浸食されるのは当然だろう、なのに……りくに聞いたよ。半年ほど前に、全身を布で覆った男が奉公先に客として現れたそうだ」
昭正「(薄く笑う)」
蒼馬「りくにお前の『火蟲』をうつしたな?」
雪音「!」
蒼馬の声「火蟲は一度でも火蟲がとりついた体の肉が大好物になる。奴らは、オレに喜んで寄生してきたぞ」
昭正「八年だ……じわじわと時間をかけて内側から焼かれていく苦しみなど、お前には分かるまい。せっかくあの娘にうつしたのに……浸食は止まったが、焼け焦げた皮膚の苦痛も弱りきった体も元に戻らない」
蒼馬の声「火蟲が離れ、宿主でなくなれば、火傷跡は、新しければ膏薬を繰り返し塗れば、ほぼ元の状態に戻れる。古ければそれも難しいが」
雪音「自業自得でしょう。それを何の罪もないりくや蒼馬さまになすりつけようだなんて―」
蒼馬「なぜ、あんな古の化け物などが必要だった。あんたは、龍咲の家で揺るぎない地位を築いていたはずだ」
昭正「揺るぎない?笑わせる。ああ、お前は幽閉されていたから知らんのか。あの家は必死にとりつくろっていたが、没落寸前だった。オレが何もしなかったとしても、今頃とっくに沈んでいた泥船だよ。お前はそんなくだらない連中にさえつまはじきにされていた、哀れな奴だよ。せめて、最上位のあやかしの生贄にでもなれたら、その惨めな人生も少しは報われただろうにな」
蒼馬「……」
雪音「(大声で)黙りなさい!」
雪音、目を真っ赤にして、昭正を睨みつける。
征史郎「もうよせ、見苦しい。あんた、もう、死にかけだろう。火蟲にそんな長い年月浸食され、今、生きてることの方が不思議な状態だ。もう、手の施しようは―」
昭正「あるさ……お前の体を捧げれば、な」
昭正、袖から長い針を取り出し、素早く蒼馬の掌を刺し貫く。
蒼馬「つ……」
雪音「蒼馬さま!」
昭正「今度こそ、『火愧』を召喚する。龍咲家の人間の血―特にお前の血は『奴』の大好物だ」
蒼馬の血が地面を落ちる。
征史郎、素早く雪音と蒼馬の腕を引き、飛び上がり、木の上に避難する。
陣の中に落ちた蒼馬の血が燃え上がり、その中から巨大な炎が現れ、
昭正の体を包み込んでいく。
昭正「お前の言うとおり、もうすぐオレは死ぬ。八年も苦痛に耐えたあげく、この惨めな光景の中でオレは終わるのか……ふざけるな―最強のあやかしと一体化すれば、もう一度、この世を統べる夢に賭けられる」
昭正を飲み込んだ炎の中から、鬼のような姿をした『火愧』が現れる。
『火愧』が息を吹きかけると、炎が木々に燃え移り、辺りが火に包まれる。
三人のいる木にも火が燃え移り、地面に着地する。
征史郎「狂ったおっさんの夢と心中する気はねえよ」
征史郎、怒りに満ちた目で『火愧』を睨みつける。
征史郎「おい、おっさん!聴こえるか!あんたが最初から蒼馬を狙わなかったのは、今の蒼馬を見て、とても勝てないと悟ったんだろう。そして、弱い子供に標的を変えた。あんたはすでに蒼馬に完膚なきまでに負けてるんだよ」
昭正「子供?何の話だ?」
征史郎「とぼけるな、笛の音で子供たちを連れ去ろうとしただろう。同じように、蝙蝠たちも操っていただろう」
昭正「さっきから、子供だの蝙蝠だの、何を意味の分からない話をしている?」
征史郎「まさか、本当に知らないのか?」
呆然とする蒼馬。
その様子を見た『火愧』の内部の昭正が卑屈に笑い、蒼馬に向かって火を吹く。
蒼馬を突き飛ばす雪音。
雪音「蒼馬さま、しっかり!」
蒼馬、雪音の顔をじっと見つめ、
蒼馬「そうだ……勝たないとな。オレ、まだ全然、勝ててないんだよ」
蒼馬、首に下げている雪音をお守りを愛おし気に握りしめる。
蒼馬「雪音、オレが自分の運命に勝つところを―お前に一番に見ていてほしい」
雪音「蒼馬さま―」
蒼馬、指で印を結ぶ。指先に水流が発生する。
蒼馬、水流を止め、印を結びなおす。
蒼馬の指先から火種が発生し、やがて炎が龍の形になる。
雪音、火龍を見つめ、笛を吹く。
火龍が大きく成長し、空に向かって飛んでいく。
雲の向こうに消えていく火龍。
積乱雲が発生し、空から雨粒が落ち始める。
蒼馬、再び指で印をつくり、水龍を発現させる。
水龍に雨が降り注ぎ、巨大で壮麗な姿に変化していく。
飛び立つ水龍。木々に燃え移った炎を消し去っていく。
『火愧』が蒼馬に向かって火を吹く。
雪音、蒼馬の手を握り、笛を吹くと水龍がさらに巨大化する。
征史郎、扇を仰ぎ、風を起こして、水龍の内部に氷の粒を送り込む。
水龍が氷の粒をまき散らしながら、『火愧』の炎を飲み込み、さらに『火愧』の体を
飲み込んでいく。
昭正の声「(叫び声)そうまああー」
やがて、炎が消え、空から雨粒が落ちる。雨が木々の火を完全に消し去っていく。
〇 龍咲家 書斎
原稿を書いている蒼馬。
雪音の声「蒼馬さま、お茶が入りました」
× × ×
お茶を飲んでいる雪音と蒼馬。
雪音「あんなことがあったばかりなのに……もう、お仕事をしなければならないのですか?」
蒼馬「ああ、本業の方をおろそかにしてはいけない。これでも、待っている読者もいる」
雪音「蒼馬さまの本、どれも面白いです。でも、こうして一緒に生活していると、どうしても気になるんです。蒼馬さまはずっと走ってらして、まるで、止まることを恐れていらっしゃるみたいに」
蒼馬「原稿に向き合っている時は、余計なことを考えなくてすむからな」
雪音「昭正さん、叔父さんのこと、やはり、蒼馬さまは―」
蒼馬「ああ、そのことなら、心配など必要ない。叔父があんな最期を迎えたのを目の当たりにしても、何も感じることがない―オレは親族への情などは持ち合わせていない冷酷で薄情な人間だ」
雪音「蒼馬さまはそんな人間ではありません!冷酷で薄情なのは、龍咲家の人たちではないですか!」
雪音「周りの、ご家族がまだほんのお小さい蒼馬さまをよってたかって……あんなひどい言葉を投げつけて……許せない!できることなら、私が黄泉の国に乗り込んで、一人一人ぶん殴ってやりたい」
蒼馬「落ち着け……もう、過去のことだ」
雪音「でも―」
蒼馬「オレは、今、牢から出られて、お前とこうしていられてるだろう」
雪音「(顔を赤らめて)そう、ですね、はい」
蒼馬「(しまった、余計なことを言ってしまったと赤面)」
沈黙が流れる。
蒼馬、少しむくれた顔で雪音を見つめ、
蒼馬「お前、この間、道で……征史郎と二人で何を話してたんだ?」
雪音「え?ああ、(手を振って)そんな、大した話じゃ―」
蒼馬「オレと話をするより、あいつと話をする方が楽しいのか?」
雪音「は?何言ってるんですか!そんなわけないでしょう!なんなんですか!あなたが私に謝るたび、私がどんな気持ちだったか―」
「え?」
雪音「私のせいで、あなたと契約することになって―本当は嫌なのに、夫の義務を果たそうという責任感で」
蒼馬「そんなこと、思うはずがないだろう!嫌なわけがあるか!」
雪音「……蒼馬さま」
蒼馬の顔が真っ赤に染まっている。
蒼馬「こんな形で……契約なんか、したくなかった」
雪音から目を逸らし、部屋を出ていく蒼馬。
雪音、真っ赤な顔で自分の胸を抑える。
雪音「……行かないで」
扉を閉め、顔を赤らめたまま、片手を額に当てる蒼馬。
蒼馬「オレは馬鹿か……」
〇 同 庭 (日替わり)
おおぶりのすいかを抱えている征史郎。
征史郎「ごめんください」
鍵が開いていて、中からがやがやと騒がしい声が聴こえる。
征史郎M「あんなことがあったんだ。オレが慰めてやらねえとな」
廊下を歩く征史郎。
庭の光景を見て、口を開ける。
征史郎「……何だ、これは?」
宗太、みつ、子供たちがはしゃいでいる。
蒼馬の肩に子供がのしかかり、肩車を強要されている。
雪音が大きなたらいを縁側の中央に置く。
たらいの中身は、たっぷりのそうめんと真ん中に蒼馬の水龍の氷像の生首。
征史郎「……何だ、これは?」
雪音「本物ではないですよ、あの時、蒼馬さまと征史郎さんが七月町の周りに配置した分身の氷像です」
蒼馬「なかなか溶けなくて、もったいないからと雪音がここに持ってきたんだ」
征史郎「……食ってもいいのか?」
雪音「味見したけど、美味しかったです。まだ、あるので後でかき氷にしますね」
宗太「やったー」
はしゃぐ子供たちを見ながら、楽しそうにそうめんをすする雪音と蒼馬。
征史郎「(ふっと笑い)やっぱり、お前ら、似たもの同士だな」
征史郎のすいかを持ってうれしそうに笑う雪音。
そんな雪音を柔らかい表情で見つめる蒼馬。
(第五話終わり)
