第四話
タイトル 石笛吹きの一族
〇 (雪音の回想)道
並んで歩いている雪音(7)と雪音の母(25)。
しかし、雪音の母の顔は靄がかかっているようである。
雪音M「笛の音が聞こえる」
雪音の母が石笛を吹く。
雪音、母を真似するように、首から下げている石笛を思い切り吹く。
雪音母の石笛の音色が野に高らかに響く。
雪音「私も早く、お母さんみたいに上手になりたいな」
雪音母、少し寂しげに笑い、雪音の手をとる。
雪音母「私たちの笛の音はね、人を癒すことも、あやつって狂わせることもできるの。人とは違う能力は、呪われた力でもあるのよ」
雪音「私、呪われた力なんていらない。いいほうの曲だけ教えてよ」
雪音母「それはできない」
雪音「どうして?」
雪音「私たちは、どちらも受け継がなくてはいけない。恩寵と呪いの両方を。それが、宿命なの」
雪音母、雪音の頭をを慈しむように撫でる。
雪音M「母との思い出はいつも、大事なところが途切れている。その後のことがどうしても思い出せない」
雪音と雪音母、同時に息を吸い込んで石笛の音を出す。
雪音M「そして、あの時、母が吹いていた曲をどうしても思い出せない」
(回想終わり)
〇 道(夜)
走っている雪音と蒼馬。
征史郎の声「オレを忘れてないか?」
上を見上げる雪音。征史郎が木の上で不適に笑っている。
雪音「征史郎さん!」
征史郎「オレが持ってきた案件だ。お前らに独り占めされてたまるか」
蒼馬「相変わらず、強欲な奴め」
征史郎「なあに、お前には負けるさ」
× × ×
走っている三人。
雪音「子供たちを集めて、どうするつもりだったのでしょう?」
蒼馬「十歳以下の子供の中でも、重症だったのは年齢が低い子供と」
(蒼馬のイメージ)
宗太の腕の中の気絶しているみつのアップ。
× × ×
蒼馬「あやかしへの感応が高い子供だ」
雪音「!」
征史郎「あやかしへの感応が高い子ほど、優秀な術師に仕込むことができる。その上、年齢は低いほど好都合だ」
〇 郊外の森の入口(夜)
木々がざわめいている。
辺りの音に耳をすませる三人。
雪音M「ここだ、ここにたくさんの音の波動たちが密集している」
ふいに笛の音が聴こえる。
曲の旋律に耳をすます雪音。
雪音M「曲調がさっきより、早い―」
風がざわめく。
キーという音が響き、たくさんの羽音が鳴る。
無数の蝙蝠のような影が三人に襲いかかる。
蒼馬「雪音!伏せろ」
雪音、影をきっと睨み、石笛を吹く。
蒼馬、雪音の方に手を伸ばすが、蝙蝠たちに遮られる。
鋭い爪と歯が三人に傷をつける。
雪音M「なぜ、こんなことをする?子供たちをどうするつもりだった?」
蝙蝠たち、音の波動を発する。
雪音、圧してくる蝙蝠たちをかわすように、柔らかな曲を演奏する。
雪音M「話がしたいの」
微かであるが、半数ほどの蝙蝠たちが、雪音の演奏に呼応するように穏やかになる。
謎の声A「イ……ダ」
謎の声B「二……タイ』
目を見開き、蝙蝠たちを凝視する雪音。
征史郎、圧に耐えながら扇を取り出す。
扇を仰いで、旋風が起きる。
その場から三人の姿が消えている。
〇 同 洞穴の中
穴の中に避難している三人。
蒼馬「そんな技が使えるなら、早く、使ってくれ」
征史郎「そんなにぱっと使えると思うな!三人を運ぶのなんて、初めてだったんだぞ!」
雪音「よかった、これで作戦が練れます」
征史郎「何か、考えがあるのか?」
雪音「さっき、笛で見えたことがあります。さっきの蝙蝠の大群、あやかしの蝙蝠と普通の蝙蝠が混ざっている、そう思います」
征史郎「普通?つまり、『動物の』蝙蝠だというのか?根拠はあるのか?」
雪音「根拠はないですが、彼らの放つ、『音』が聴こえた気がして」
征史郎「何と?」
雪音「『イヤダ』、『ニゲタイ』と」
征史郎「……」
蒼馬「けれど、あやかしだけで十分ではないのか?なぜ、普通の蝙蝠まで操る必要がある」
雪音「実験、ではないでしょうか?」
蒼馬「何?」
雪音「曲が違ったんです、人間を操る曲と蝙蝠を操る曲。それぞれの生き物の波動を探って、その波動に合わせた曲を吹いて、それを狂わせて、操る。試行錯誤が必要な『作業』です。もし、その笛吹きが動物の蝙蝠を操ったことがなかったとしたら?そして、その自ら操った蝙蝠が放つ人間を狂わせる音波に自分の『演奏』を乗せた時の効果を試したのだとしたら―」
苦し気に顔をゆがめる雪音。
蒼馬「その可能性も、あるな」
雪音の肩に手を置く蒼馬。
蒼馬「今は余計なことは考えるな」
征史郎「で、どうする?戦えるか」
雪音「(決意に満ちた表情で)はい」
〇 同 元の場所
無数の蝙蝠が飛行している。
旋風が巻き起こり、三人の姿が現れる。
蝙蝠たちの目が赤く光り、音波を放つ。
思わず耳を抑える三人。
雪音、左手で左耳を抑えながら、右手で首に下げている石笛に触れ、
思い切り息を吸い込み、石笛を吹く。
雪音の石笛が鳴り響く。
蒼馬、石笛を吹く雪音を見て、同じように首に下げている石笛を掴み、石笛を吹く。
雪音と蒼馬の音が鳴り響く。互いに目を見合わせる二人。
蒼馬M「オレは演奏なんて、できんぞ」
雪音M「大丈夫です。私が蒼馬さまに合わせます」
雪音、蒼馬の出す音に合わせて、曲を演奏する。
雪音と蒼馬の顔から焦りが消えて、穏やかになっていく。
征史郎M「この場にそぐわない、春のそよ風のような曲だな」
蝙蝠たちの半数の目がとろんとし、急速に穏やかになる。
雪音M「さっきよりも、蝙蝠たちの変化が著しい。蒼馬さまの笛の音のおかげだ」
穏やかになった蝙蝠たち、雪音と蒼馬の音色にあわせて、音波を発する。
蝙蝠たちの群れが大きく二手に別れる。
穏やかになった蝙蝠たち、群れになって大木の方へ飛んでいく。
残ったのは、目が赤く光った蝙蝠たち。
征史郎「お前らの相手の方が得意だわ」
征史郎、扇を取り出し、仰ぐ。
飛行する蝙蝠たちが風で煽られ、軌道を乱す。
さらに強い風の渦が巻き起こり、竜巻となった風が蝙蝠たちを渦の中に取り込む。
征史郎「このまま、上空まで運んで消滅させる」
竜巻に巻き込まれた蝙蝠、突如最後の力をふり絞るように、一斉に音波を発する。
キーンと音波が鳴り響く。
竜巻の中の蝙蝠たちの目がさらに赤く、炎のように燃え上がる。
雪音、笛で対抗しようとするが、耐えきれず、吹き飛ばされそうになる。
蒼馬、後ろに倒れこみそうになる雪音を支え、前に出る。
蒼馬「征史郎、竜巻、維持できるな」
征史郎「当たり前のころをいちいち聞くな!」
征史郎、音の圧に歯を食いしばりながら耐えている。
雪音も音の圧に耐え、石笛を吹き、音を発する。
雪音の目と蝙蝠の燃える目が見つめ合う。
思わず、目を閉じる雪音。閉じた視界の中に火花が散る。
その中から火の龍の姿が見える。
雪音M「蒼馬さまの―火龍」
蒼馬、雪音を抱きかかえながら、指で印を切る。
蒼馬の指の印から水流が巻き起こり、水が小さな龍の形になる。
水龍が蒼馬の指を離れようとする瞬間、火花が散り、水龍を蒸発させる。
蒼馬「な……」
水龍を飲み込んだ火花が小さな火の龍となり、火龍が竜巻の中にすっと入る。
あっという間に、竜巻の内部が燃え上がり、蝙蝠たちが炎に包まれていく。
燃え上がった蝙蝠たち、そのまま白い灰になり、消滅していく。
征史郎、扇を振って竜巻を解除する。
蒼馬「気分はどうだ?歩けるか?」
雪音「(呆気に取られて)大丈夫です」
征史郎「あの炎は何だ?」
蒼馬「……(自分の掌を呆然と見つめ)何で?」
征史郎「『あれ』はお前の意思じゃないのか?……いや、今はいい。考えるのは後だ」
蒼馬「……」
雪音「そうだ、あの子たちは?」
羽音が響く。
頭上を見上げる三人。
本物の蝙蝠たちが三人の上をゆっくり旋回していく。
蒼馬「どうやら、お前に礼を言っているようだ」
雪音、蝙蝠たちを見上げて、微笑み手を振る。
やがて、蝙蝠たちは森の方角へと飛んでいく。
〇 龍咲家 居間
食卓を囲んでいる雪音、蒼馬、征史郎。
雪音「あの時、火龍が現れて、蒼馬さまは驚いてらした」
蒼馬「ああ、オレはあの時、水龍を使うつもりだった。しかし、火龍が意図しない形で出現した」
雪音「私のせいでしょうか。私の笛が蒼馬さまの何か、を狂わせてしまったのでしょうか」
征史郎「それはまだ、分からない。もし仮にそうだとしても、あの時は蒼馬の火龍が止めを刺した。オレたちは三人ともほぼ無傷で勝った。それは事実だ」
雪音「でも……」
征史郎「君は蒼馬とオレと、子供たちを守ろうとして、笛を吹いたのだろう?」
雪音「(頷く)」
征史郎「だったら、自信と誇りを持て。それがない者の能力ほど中途半端なものはない」
雪音「(唇を噛みしめる)」
征史郎「心当たりはあるのか?君の言う『生き物を操る笛吹き』の?」
雪音「私の一族で、私が知っているのは、母だけです。でも……」
征史郎「でも?」
雪音「(頭を抱えながら)……小さい頃に、本当は出会っているのに、思い出せないだけかもしれません。いや、きっと、そんな気がして」
征史郎「子供の頃の記憶なんて曖昧なもんだよ、そんな深刻になるなよ」
雪音「そういうんじゃなくて……私、子供の頃の記憶がすっぽり抜け落ちてるんです。母の顔さえ、靄がかかってるみたいに思い出せなくて……薄情ですよね」
蒼馬「それも、『生き物を操る笛吹き』の仕業かもしれんぞ」
雪音「え?」
蒼馬「人の行動も操れる連中だ。大事な記憶を消す能力者がいてもおかしくはないだろう」雪音「……それは、そうですね。気づかなかった私が間抜けだ」
蒼馬「だから、無理に思い出そうとする必要はない。無理に記憶を探ろうとすれば、脳や精神に害を及ぼしかねない」
征史郎「『そんなことになると思うと、オレは心配でたまらない』、だとさ」
蒼馬「……何だ、それは?」
征史郎「素直に気持ちを表現できないお前の心の声を代弁してやったのだ」
蒼馬、征史郎の背中に蹴りを入れる。
蒼馬「余計なことばっかり言いやがって」
雪音「(思わず吹きだす)」
蒼馬「(バツの悪そうに)笑うな」
〇 道
歩いている雪音と征史郎。
雪音「蒼馬さまは征史郎さんの前だと、私には言えないことも吐きだせるような気がするんです」
征史郎「その逆もあると思うよ」
雪音「え?」
征史郎「オレの前では言えない気持ちも、君の前では出せる時が来るんじゃないかな。いや、もうすでにそうかもしれない」
雪音「そんな、私、あの方の抱える事情を知って、怖くなってしまったんです。こんな重い運命を背負った方を支える力なんて、もっと、相応しい方はいくらでもいるんじゃ……」
征史郎「じゃあ、仮にもっと相応しい女性、とやらが現れたら、蒼馬を譲る?」
雪音「(大声で)それは―」
はっとして、思わず口を抑える雪音。
そんな雪音に気圧されながらも、優しく微笑む征史郎。
征史郎「あいつの事情を知って、怯むのも怖いと思うのも当然の気持ちだ。でも、オレはその後に続く気持ちの方を大事にしてほしいけど、決めるのは君だ」
空を見上げる征史郎。
ぱらぱらと小雨が落ちてくる。
征史郎「あいつに出会った日も雨が降っていたな」
〇 (征史郎の回想) 海岸
雨が降っている。
砂の上を傘をかぶり歩いている久澄征史郎(12)と征史郎の師匠(35)。
ぼろぼろの小舟が打ち捨てられている。
気配を察知したように、小舟の中を覗き込む征史郎。
小舟の上で、雨に打たれるがまま、仰向けに横たわっている龍咲蒼馬(10)。
征史郎「おい、お前、こんなところで何してる?」
蒼馬「このままでいい」
征史郎「だったら、死ぬと思うぜ」
蒼馬「いい……オレは疫病神だ。オレに関わる人間は皆、死んでいく」
征史郎「なんだそれ、面白いな」
蒼馬「は?」
征史郎「お前、そんなに強いんだったら、その力、オレにも分けろよ」
「(不気味なものを見るように征史郎を見る)」
征史郎「オレと一緒に修行しようぜ。ねえ、師匠」
師匠「そうだな。貴重な能力だ。ここで死んだら、もったいないぞ」
征史郎、小舟の中の蒼馬に手を伸ばす。
征史郎の瞳は好奇心で爛々と輝いている。
蒼馬、征史郎の手をとる。
(回想終わり)
〇 元の道
沈痛な表情の雪音を心配そうに見つめる征史郎。
征史郎「まあ、気に入っちまったんだ。死んでるようだったが、生きる力は今まで出会ったどんな奴よりもあると思った……矛盾しているけどな」
雪音「……」
征史郎「あいつの妻などになれば、平穏な生活など望むべくもない。龍咲の血を憎む者、利用しようとする者たちの悪意にさらされる……妻などそんな奴らからの恰好の獲物だ。耐えられるのか?」
雪音「私、今までで一番、心が平穏で自由なんです。悪意にさらされる時は、一人より二人の方が対処の方法も思いつきやすいと思います」
征史郎「あいつも変わっているが、君も相当変わっているな」
雪音「よく言われます。悪い方の意味で」
笑いあう雪音と征史郎。
〇龍咲家・庭
宗太とみつが並んで、雪音と蒼馬に笑いかける。
宗太「本当にありがとう」
雪音「二人とも、体の具合は平気? 特に、みつちゃん……」
みつ「大丈夫よ。耳も元通り聴こえるし、変な音も聴こえない」
雪音「(心の底からほっとして)よかった」
宗太「雪姉の笛のおかげだね」
宗太とみつ、首から下げている雪音の石笛に嬉しそうに触れる。
雪音「また、怖い目に遭った時は笛を吹いて、教えてね」
にっこり笑う宗太とみつ。
(第四話終わり)
タイトル 石笛吹きの一族
〇 (雪音の回想)道
並んで歩いている雪音(7)と雪音の母(25)。
しかし、雪音の母の顔は靄がかかっているようである。
雪音M「笛の音が聞こえる」
雪音の母が石笛を吹く。
雪音、母を真似するように、首から下げている石笛を思い切り吹く。
雪音母の石笛の音色が野に高らかに響く。
雪音「私も早く、お母さんみたいに上手になりたいな」
雪音母、少し寂しげに笑い、雪音の手をとる。
雪音母「私たちの笛の音はね、人を癒すことも、あやつって狂わせることもできるの。人とは違う能力は、呪われた力でもあるのよ」
雪音「私、呪われた力なんていらない。いいほうの曲だけ教えてよ」
雪音母「それはできない」
雪音「どうして?」
雪音「私たちは、どちらも受け継がなくてはいけない。恩寵と呪いの両方を。それが、宿命なの」
雪音母、雪音の頭をを慈しむように撫でる。
雪音M「母との思い出はいつも、大事なところが途切れている。その後のことがどうしても思い出せない」
雪音と雪音母、同時に息を吸い込んで石笛の音を出す。
雪音M「そして、あの時、母が吹いていた曲をどうしても思い出せない」
(回想終わり)
〇 道(夜)
走っている雪音と蒼馬。
征史郎の声「オレを忘れてないか?」
上を見上げる雪音。征史郎が木の上で不適に笑っている。
雪音「征史郎さん!」
征史郎「オレが持ってきた案件だ。お前らに独り占めされてたまるか」
蒼馬「相変わらず、強欲な奴め」
征史郎「なあに、お前には負けるさ」
× × ×
走っている三人。
雪音「子供たちを集めて、どうするつもりだったのでしょう?」
蒼馬「十歳以下の子供の中でも、重症だったのは年齢が低い子供と」
(蒼馬のイメージ)
宗太の腕の中の気絶しているみつのアップ。
× × ×
蒼馬「あやかしへの感応が高い子供だ」
雪音「!」
征史郎「あやかしへの感応が高い子ほど、優秀な術師に仕込むことができる。その上、年齢は低いほど好都合だ」
〇 郊外の森の入口(夜)
木々がざわめいている。
辺りの音に耳をすませる三人。
雪音M「ここだ、ここにたくさんの音の波動たちが密集している」
ふいに笛の音が聴こえる。
曲の旋律に耳をすます雪音。
雪音M「曲調がさっきより、早い―」
風がざわめく。
キーという音が響き、たくさんの羽音が鳴る。
無数の蝙蝠のような影が三人に襲いかかる。
蒼馬「雪音!伏せろ」
雪音、影をきっと睨み、石笛を吹く。
蒼馬、雪音の方に手を伸ばすが、蝙蝠たちに遮られる。
鋭い爪と歯が三人に傷をつける。
雪音M「なぜ、こんなことをする?子供たちをどうするつもりだった?」
蝙蝠たち、音の波動を発する。
雪音、圧してくる蝙蝠たちをかわすように、柔らかな曲を演奏する。
雪音M「話がしたいの」
微かであるが、半数ほどの蝙蝠たちが、雪音の演奏に呼応するように穏やかになる。
謎の声A「イ……ダ」
謎の声B「二……タイ』
目を見開き、蝙蝠たちを凝視する雪音。
征史郎、圧に耐えながら扇を取り出す。
扇を仰いで、旋風が起きる。
その場から三人の姿が消えている。
〇 同 洞穴の中
穴の中に避難している三人。
蒼馬「そんな技が使えるなら、早く、使ってくれ」
征史郎「そんなにぱっと使えると思うな!三人を運ぶのなんて、初めてだったんだぞ!」
雪音「よかった、これで作戦が練れます」
征史郎「何か、考えがあるのか?」
雪音「さっき、笛で見えたことがあります。さっきの蝙蝠の大群、あやかしの蝙蝠と普通の蝙蝠が混ざっている、そう思います」
征史郎「普通?つまり、『動物の』蝙蝠だというのか?根拠はあるのか?」
雪音「根拠はないですが、彼らの放つ、『音』が聴こえた気がして」
征史郎「何と?」
雪音「『イヤダ』、『ニゲタイ』と」
征史郎「……」
蒼馬「けれど、あやかしだけで十分ではないのか?なぜ、普通の蝙蝠まで操る必要がある」
雪音「実験、ではないでしょうか?」
蒼馬「何?」
雪音「曲が違ったんです、人間を操る曲と蝙蝠を操る曲。それぞれの生き物の波動を探って、その波動に合わせた曲を吹いて、それを狂わせて、操る。試行錯誤が必要な『作業』です。もし、その笛吹きが動物の蝙蝠を操ったことがなかったとしたら?そして、その自ら操った蝙蝠が放つ人間を狂わせる音波に自分の『演奏』を乗せた時の効果を試したのだとしたら―」
苦し気に顔をゆがめる雪音。
蒼馬「その可能性も、あるな」
雪音の肩に手を置く蒼馬。
蒼馬「今は余計なことは考えるな」
征史郎「で、どうする?戦えるか」
雪音「(決意に満ちた表情で)はい」
〇 同 元の場所
無数の蝙蝠が飛行している。
旋風が巻き起こり、三人の姿が現れる。
蝙蝠たちの目が赤く光り、音波を放つ。
思わず耳を抑える三人。
雪音、左手で左耳を抑えながら、右手で首に下げている石笛に触れ、
思い切り息を吸い込み、石笛を吹く。
雪音の石笛が鳴り響く。
蒼馬、石笛を吹く雪音を見て、同じように首に下げている石笛を掴み、石笛を吹く。
雪音と蒼馬の音が鳴り響く。互いに目を見合わせる二人。
蒼馬M「オレは演奏なんて、できんぞ」
雪音M「大丈夫です。私が蒼馬さまに合わせます」
雪音、蒼馬の出す音に合わせて、曲を演奏する。
雪音と蒼馬の顔から焦りが消えて、穏やかになっていく。
征史郎M「この場にそぐわない、春のそよ風のような曲だな」
蝙蝠たちの半数の目がとろんとし、急速に穏やかになる。
雪音M「さっきよりも、蝙蝠たちの変化が著しい。蒼馬さまの笛の音のおかげだ」
穏やかになった蝙蝠たち、雪音と蒼馬の音色にあわせて、音波を発する。
蝙蝠たちの群れが大きく二手に別れる。
穏やかになった蝙蝠たち、群れになって大木の方へ飛んでいく。
残ったのは、目が赤く光った蝙蝠たち。
征史郎「お前らの相手の方が得意だわ」
征史郎、扇を取り出し、仰ぐ。
飛行する蝙蝠たちが風で煽られ、軌道を乱す。
さらに強い風の渦が巻き起こり、竜巻となった風が蝙蝠たちを渦の中に取り込む。
征史郎「このまま、上空まで運んで消滅させる」
竜巻に巻き込まれた蝙蝠、突如最後の力をふり絞るように、一斉に音波を発する。
キーンと音波が鳴り響く。
竜巻の中の蝙蝠たちの目がさらに赤く、炎のように燃え上がる。
雪音、笛で対抗しようとするが、耐えきれず、吹き飛ばされそうになる。
蒼馬、後ろに倒れこみそうになる雪音を支え、前に出る。
蒼馬「征史郎、竜巻、維持できるな」
征史郎「当たり前のころをいちいち聞くな!」
征史郎、音の圧に歯を食いしばりながら耐えている。
雪音も音の圧に耐え、石笛を吹き、音を発する。
雪音の目と蝙蝠の燃える目が見つめ合う。
思わず、目を閉じる雪音。閉じた視界の中に火花が散る。
その中から火の龍の姿が見える。
雪音M「蒼馬さまの―火龍」
蒼馬、雪音を抱きかかえながら、指で印を切る。
蒼馬の指の印から水流が巻き起こり、水が小さな龍の形になる。
水龍が蒼馬の指を離れようとする瞬間、火花が散り、水龍を蒸発させる。
蒼馬「な……」
水龍を飲み込んだ火花が小さな火の龍となり、火龍が竜巻の中にすっと入る。
あっという間に、竜巻の内部が燃え上がり、蝙蝠たちが炎に包まれていく。
燃え上がった蝙蝠たち、そのまま白い灰になり、消滅していく。
征史郎、扇を振って竜巻を解除する。
蒼馬「気分はどうだ?歩けるか?」
雪音「(呆気に取られて)大丈夫です」
征史郎「あの炎は何だ?」
蒼馬「……(自分の掌を呆然と見つめ)何で?」
征史郎「『あれ』はお前の意思じゃないのか?……いや、今はいい。考えるのは後だ」
蒼馬「……」
雪音「そうだ、あの子たちは?」
羽音が響く。
頭上を見上げる三人。
本物の蝙蝠たちが三人の上をゆっくり旋回していく。
蒼馬「どうやら、お前に礼を言っているようだ」
雪音、蝙蝠たちを見上げて、微笑み手を振る。
やがて、蝙蝠たちは森の方角へと飛んでいく。
〇 龍咲家 居間
食卓を囲んでいる雪音、蒼馬、征史郎。
雪音「あの時、火龍が現れて、蒼馬さまは驚いてらした」
蒼馬「ああ、オレはあの時、水龍を使うつもりだった。しかし、火龍が意図しない形で出現した」
雪音「私のせいでしょうか。私の笛が蒼馬さまの何か、を狂わせてしまったのでしょうか」
征史郎「それはまだ、分からない。もし仮にそうだとしても、あの時は蒼馬の火龍が止めを刺した。オレたちは三人ともほぼ無傷で勝った。それは事実だ」
雪音「でも……」
征史郎「君は蒼馬とオレと、子供たちを守ろうとして、笛を吹いたのだろう?」
雪音「(頷く)」
征史郎「だったら、自信と誇りを持て。それがない者の能力ほど中途半端なものはない」
雪音「(唇を噛みしめる)」
征史郎「心当たりはあるのか?君の言う『生き物を操る笛吹き』の?」
雪音「私の一族で、私が知っているのは、母だけです。でも……」
征史郎「でも?」
雪音「(頭を抱えながら)……小さい頃に、本当は出会っているのに、思い出せないだけかもしれません。いや、きっと、そんな気がして」
征史郎「子供の頃の記憶なんて曖昧なもんだよ、そんな深刻になるなよ」
雪音「そういうんじゃなくて……私、子供の頃の記憶がすっぽり抜け落ちてるんです。母の顔さえ、靄がかかってるみたいに思い出せなくて……薄情ですよね」
蒼馬「それも、『生き物を操る笛吹き』の仕業かもしれんぞ」
雪音「え?」
蒼馬「人の行動も操れる連中だ。大事な記憶を消す能力者がいてもおかしくはないだろう」雪音「……それは、そうですね。気づかなかった私が間抜けだ」
蒼馬「だから、無理に思い出そうとする必要はない。無理に記憶を探ろうとすれば、脳や精神に害を及ぼしかねない」
征史郎「『そんなことになると思うと、オレは心配でたまらない』、だとさ」
蒼馬「……何だ、それは?」
征史郎「素直に気持ちを表現できないお前の心の声を代弁してやったのだ」
蒼馬、征史郎の背中に蹴りを入れる。
蒼馬「余計なことばっかり言いやがって」
雪音「(思わず吹きだす)」
蒼馬「(バツの悪そうに)笑うな」
〇 道
歩いている雪音と征史郎。
雪音「蒼馬さまは征史郎さんの前だと、私には言えないことも吐きだせるような気がするんです」
征史郎「その逆もあると思うよ」
雪音「え?」
征史郎「オレの前では言えない気持ちも、君の前では出せる時が来るんじゃないかな。いや、もうすでにそうかもしれない」
雪音「そんな、私、あの方の抱える事情を知って、怖くなってしまったんです。こんな重い運命を背負った方を支える力なんて、もっと、相応しい方はいくらでもいるんじゃ……」
征史郎「じゃあ、仮にもっと相応しい女性、とやらが現れたら、蒼馬を譲る?」
雪音「(大声で)それは―」
はっとして、思わず口を抑える雪音。
そんな雪音に気圧されながらも、優しく微笑む征史郎。
征史郎「あいつの事情を知って、怯むのも怖いと思うのも当然の気持ちだ。でも、オレはその後に続く気持ちの方を大事にしてほしいけど、決めるのは君だ」
空を見上げる征史郎。
ぱらぱらと小雨が落ちてくる。
征史郎「あいつに出会った日も雨が降っていたな」
〇 (征史郎の回想) 海岸
雨が降っている。
砂の上を傘をかぶり歩いている久澄征史郎(12)と征史郎の師匠(35)。
ぼろぼろの小舟が打ち捨てられている。
気配を察知したように、小舟の中を覗き込む征史郎。
小舟の上で、雨に打たれるがまま、仰向けに横たわっている龍咲蒼馬(10)。
征史郎「おい、お前、こんなところで何してる?」
蒼馬「このままでいい」
征史郎「だったら、死ぬと思うぜ」
蒼馬「いい……オレは疫病神だ。オレに関わる人間は皆、死んでいく」
征史郎「なんだそれ、面白いな」
蒼馬「は?」
征史郎「お前、そんなに強いんだったら、その力、オレにも分けろよ」
「(不気味なものを見るように征史郎を見る)」
征史郎「オレと一緒に修行しようぜ。ねえ、師匠」
師匠「そうだな。貴重な能力だ。ここで死んだら、もったいないぞ」
征史郎、小舟の中の蒼馬に手を伸ばす。
征史郎の瞳は好奇心で爛々と輝いている。
蒼馬、征史郎の手をとる。
(回想終わり)
〇 元の道
沈痛な表情の雪音を心配そうに見つめる征史郎。
征史郎「まあ、気に入っちまったんだ。死んでるようだったが、生きる力は今まで出会ったどんな奴よりもあると思った……矛盾しているけどな」
雪音「……」
征史郎「あいつの妻などになれば、平穏な生活など望むべくもない。龍咲の血を憎む者、利用しようとする者たちの悪意にさらされる……妻などそんな奴らからの恰好の獲物だ。耐えられるのか?」
雪音「私、今までで一番、心が平穏で自由なんです。悪意にさらされる時は、一人より二人の方が対処の方法も思いつきやすいと思います」
征史郎「あいつも変わっているが、君も相当変わっているな」
雪音「よく言われます。悪い方の意味で」
笑いあう雪音と征史郎。
〇龍咲家・庭
宗太とみつが並んで、雪音と蒼馬に笑いかける。
宗太「本当にありがとう」
雪音「二人とも、体の具合は平気? 特に、みつちゃん……」
みつ「大丈夫よ。耳も元通り聴こえるし、変な音も聴こえない」
雪音「(心の底からほっとして)よかった」
宗太「雪姉の笛のおかげだね」
宗太とみつ、首から下げている雪音の石笛に嬉しそうに触れる。
雪音「また、怖い目に遭った時は笛を吹いて、教えてね」
にっこり笑う宗太とみつ。
(第四話終わり)
