笛吹き乙女は龍王に嫁ぐ

第三話
タイトル 水と風の術師

〇龍咲家 居間
   食卓の上に狐やうさぎなどの石像が乗せられている。
   嬉しそうに像を撫でる雪音りく。あきれて見つめる蒼馬。
りく「こんなに可愛い像がつくれちゃうなんて、すごい!」
雪音「おとう様の形見の刀はね、おとう様の能力で石でも加工できちゃうの!宝物なの!」
りく「蒼馬さまもつくってもらえばよろしいのに」
雪音「そのうち二人に、動物の形のお守り笛をつくってさしあげます」
蒼馬「いい、動物の笛など子供じゃあないんだ」
雪音「好きな動物とかはいないのですか」
蒼馬「動物なんざ式神でたくさんだ。オレにとって、それ以外の動物は生き物は食えるか食えないかだ」
雪音「食えない生き物でも、石にすることはできるので楽しいですよ」
蒼馬「ああ、成程」
りく「やっぱり、似たもの夫婦ねえ」

〇 同 玄関
   扉を叩く音。
雪音「はい」
   茶色の長髪を後ろでひとまとめにしている美青年、
   菊入征史郎(21)が入ってくる。
征史郎「こんにちは。可愛らしいお嬢さん、オレのお嫁においでよ」
雪音「ぶんぶん首を振る」
征史郎「つれないなあ」
   × × ×
   征史郎が蒼馬に向かって、手をあげる。
征史郎「よお」
蒼馬「生きてたのか」
征史郎「オレに遭えて、うれしくてたまらないくせに。で、こちらのお嬢さんは?」
蒼馬「オレの妻だ」
征史郎「(少し驚く)」
雪音「はじめまして。雪音と申します」
   雪音を興味深そうに見つめる征史郎。
征史郎「お前、よく貰い手があったな」
蒼馬「オレもそう思う」
征史郎「よろしく、雪音さん」
   握手する雪音と征史郎。
征史郎「で、挨拶もそこそこで悪いが、少々、厄介な案件があるんだ。お前の力を借りたい」
   蒼馬を心配そうに見つめる雪音。

〇 田上家 外観
   長屋の一角の木造の小さな家。

〇 同 居間
    雪音、蒼馬、征史郎の前に田上宗太(10)が不安げな表情で座っている。
蒼馬「耳が聴こえにくい?オレの声は聴こえるか?」
宗太「聴こえる。だけど、変な波みたいな音が耳の奥でずっと鳴ってて、日に日にひどくなる」
征史郎「他の子供も似たような症状を訴えていてな。年齢が低い子供ほど、症状が重い」
    襖から雪音たちの様子をこっそりのぞいている田上みつ(6)。
雪音「こんにちは」
    襖を閉めてしまうみつ。
宗太「オレの妹、今、全然、耳が聴こえてないんだ」
雪音「それじゃあ、生活に困るでしょう。お父さんとお母さんは?」
宗太「母さんは一年前に病気で死んだ。父さんは耳の病気を診てくれる医者を連れてくるって。山の向こうまで行っちゃった」
雪音「そっか……」
宗太「妹の耳、このまま、ずっと、なのかな……」
   泣き出す宗太。
   そんな宗太の肩に手を置き、石笛を差し出す雪音。
雪音「私がつくった笛なの。これを吹いてみて」
   石笛を吹く宗太。ピーと高い音が鳴る。
雪音「耳が聴こえにくくて、不安に感じる時は、この笛を吹いて音を出してほしいの。急いで、妹さんや他の子の分もつくるから」
   夢中で笛を吹く宗太。いつのまにか、涙が止まっている。
雪音「それともう一つ、大事なこと。助けてほしいって思った時、思い切りこの笛を吹いて」
宗太「(力強く頷く)」

〇龍咲家 廊下(夕)
   歩いている雪音と蒼馬。
蒼馬「お前も用心しろ。今のところ十歳以下の子供だけのようだが、対象が拡大していくかもしれん」
雪音「はい、それと……」
蒼馬「何だ?」
   掌の上を蒼馬に見せる雪音。
   石笛が乗っている。
雪音「蒼馬さまの分です。前に渡した笛は不完全な出来だったので」
蒼馬「オレがお前に助けを求めると思うか」
雪音「思いませんけれど……」
蒼馬「けれど、何だ?」
雪音「音は出さなくていいのです……ただ、持っていていただけませんか?」
   雪音の掌の上の石笛を受け取る蒼馬。
蒼馬「オレは楽器など演奏しないぞ」
雪音「(ほっとしたように笑う)」

〇 長屋のとある家
   雪音と蒼馬、子供と向かい合い、筆談をしている。
雪音M「それから、同じ症状が出ている子の家を廻った」
   石笛を子供に手渡す雪音。
雪音M「征史郎さんの説明どおり、微かだが聴こえる子、全く聴こえない子と症状の重さに差があり、しかし、皆、同じことを訴えていた。『耳の奥に変な波のような音』が鳴っている」

〇 龍咲家 雪音の部屋(夜)
    石を加工し、懸命に笛をつくっている雪音。
    机の上には、すでに宗太に渡した笛と同じ形の笛が三つ並んでいる。

〇 同 書斎(日替わり)
   書物を調べている蒼馬と征史郎。
征史郎「しかし、あの娘、おかしなことを言うな。どんなに強く吹こうが、近くにいない限り、笛の音など、聴こえるわけがないだろう」
蒼馬「(微かに笑い)そうでもないさ」
征史郎「あの娘も『事情持ち』か。まあ、そうでなければ、お前のような変人のところに嫁に入ろうなどとは思わないか」

〇 河原
   雪音、蒼馬、宗太が川を眺めている。
雪音「今は耳の調子はどう?」
宗太「このくらい近くだったら、何とか聴こえる。でも、ちょっと前は日に日に悪くなってたけど、最近、調子がよくなった気がする」
蒼馬「(考え込む表情)」
雪音「こうなる前に何か変わったことはなかった?」
宗太「うーん、何だか、夜中にバサバサって、鳥かな?羽音がうるさくて眠れなかった」
雪音「それって、もしかして……」
   再び、石笛を吹く宗太。
   甲高い音が鳴る。
男の声「その笛は何だ!」
   三人の前に、中年の男が立ちはだかり、宗太の笛を指さす。
   おびえる宗太をかばい、前に出る雪音。
雪音「この笛は、私がこの子にあげたものです!」
男「じゃあ、お前が『蝙蝠笛』か?」
   思わず雪音を見つめる宗太。
男「石笛で、人やあやかしを意のままに操り、やがては狂わせる、恐ろしい一族の末裔だ」
雪音「……」
蒼馬「この娘を『蝙蝠笛』呼ばわりするなら、私が話を聞こう。私は彼女の夫だ」
男「あんたは……いや、何でもない。人違いだったようだ」
宗太「さすが、『七月町の闇の帝王』」
蒼馬「何だ、それは?」
宗太「(笑って)自分のあだ名、知らないの?」
雪音「ごめん、私のせいで……。この笛で宗太が責められるようなら……」
宗太「オレ、このままこの笛、持ってていい?」
雪音「え?」
宗太「オレ、この笛、好きだよ。ねえ、もっと教えてよ」
雪音「……うん」
    雪音の笛と宗太の笛の音色が重なり、笑いあう二人。

〇 道
    並んで歩いている雪音と蒼馬。
雪音「『蝙蝠笛』、小さい頃、そう呼ばれて、石を投げられたことがありました」
蒼馬「(雪音を見る)」
雪音「あの時は、意味が分からなくて、腹が立ったけれど……あの人たちの気持ちも分かります。近くにいたら、気味が悪いですよね」
蒼馬「間違っていなかったかもな」
雪音「え?」
蒼馬「一緒にこの町に来たことだ」
雪音「蒼馬さま……」
蒼馬「オレはお前が、けしてそうならないと知っている。お前はその『恐ろしい一族』とやらと正反対のことをして、オレを救った。そして、他の者にも同じことをする。その人間の行動を最後に決めるのは、出自ではなく意思だろう。オレに証明して見せた人間が、今更迷うな。お前を『蝙蝠笛』とよぶ奴らをオレは何度でも否定する」
雪音「(涙ぐみ)はい」

〇 河原(夕)
   石を拾っている雪音と蒼馬。
蒼馬「本当にずっとお前は、石に触れているな」
雪音「石はそのままでも、いやそのままの姿こそ美しいって思う気持ちもあるんです。でも、私は石を誰かの友のように相棒のように寄り添う、そのための最適な形にしたい。そういう職人になりたいんです。父や師匠のように……私がそうやって、慰められてきたから」
蒼馬「だから、お前の石は体温があるんだな」
雪音「え?」
蒼馬「初めてお前の笛に触れた時、ふいに、石に手をとられたような気がした」
雪音「……そんなことを言ってもらえたのは、初めてです」
蒼馬「(照れて顔をそむける)」

〇 道 (日替わり)
   歩いている雪音と宗太。
雪音「みんな、耳以外は今のところ、普段と変わりはないのね」
宗太「うん、オレもみつも雪姉の笛吹いてると、気楽になるんだよね。つられて歌とか歌っちゃうし
雪音「それはよかった」
征史郎の声「宗太」
宗太「何?」
   振り向く宗太。
征史郎「このお姉ちゃんと話があるから、先に帰ってくれるか?」
宗太「うん」
    × × ×
征史郎「気づいているか?」
雪音「何がです?」
征史郎「宗太の耳、この前までは、もっと大きな声でないと気づかなかった。しかし、先ほどは振り向いた」
雪音「!」
征史郎「宗太の聴力が回復している。他の子供もわずかだが、回復しているが、とりわけ宗太の回復が著しい。なぜだか分かるか?」
雪音「いいえ」
征史郎「回復したのは、君が彼らに石笛を渡し、そして、加えて宗太は君と一緒に笛を吹いているからだ」
雪音「……どういうことです?」
征史郎「君の笛の音色には、何か特別な力がある。そして、蝙蝠が発している音波を乱した、それが理由だとオレは思う」
雪音「では、私があの子たちと共に笛を吹き続ければ、あの子たちの聴力は完全に回復すると?」
征史郎「だと、いいんだがな」
   困ったように笑う征史郎。
征史郎「今のオレの推論だと、子供たちの耳には蝙蝠の音波が常に鳴っている状態だ。君の笛の効果である程度までは回復するかもしれないが、根本の原因を取り除かない限りは―」
雪音「そうですね……このまま、蝙蝠のあやかしが聴力を奪うだけで終わるとは思えない……」
征史郎「その蝙蝠のあやかしを探し出し、退治するしかないだろう」
雪音「(頷く)」
征史郎「子供たちが回復しているという状況を敵が把握しているとしたら、近々、仕掛けてくるかもしれない」
雪音「!」
征史郎「獲物を操り、狂わせる、か」
雪音「征史郎さん?」
征史郎「何でもない」
雪音「(思案する表情)」

〇 宗太とみつの家 (夜)
   布団を並べて横になっている宗太、みつ。
   宗太、耳を抑え、苦し気に呻いている。
   隣のみつ、目をかっと見開く。

〇 長屋の前の公道(夜)
   ふらふらと歩いているみつ。
宗太「みつ!待て!行くな!」
   宗太の声が全く届かない様子で、虚ろな表情で歩き続けるみつ。
宗太「どうしよう……」
   宗太、とっさに首から下げている雪音にもらった石笛に触れる。
宗太「雪姉ちゃん、助けて」
   宗太、石笛を思い切り吹く。
   甲高い音が通りに響く。
   歩き続けていたみつや他の子供たちの動きが止まる。
宗太「みつ!笛の音なら聴こえてるのか?」
   再び、石笛を鳴らす宗太。

〇龍咲家 廊下
   部屋から飛び出す雪音。蒼馬がすでに待機している。
雪音「今、笛の音が聴こえました」
蒼馬「本当か?」
   耳をすます雪音の耳に微かに笛の音が届いている。
蒼馬「オレには何も聴こえない。でも、『お前の笛』が呼んでいるのか?」
雪音「(強く頷く)」
蒼馬「案内してくれ」
   走り出す雪音と蒼馬。雪音、首から下げた石笛を思い切り吹く。

〇 宗太の家に続く道(夜)
   走っている雪音と蒼馬。
   × × ×
   (雪音の脳内に響く笛の音色)
   × × ×
雪音「この笛の音は、違う……宗太の笛じゃない―」
   (雪音の脳内に響く笛の音色)
雪音「頭がかき回されるみたいな……思い出せない……でも、私はこの曲を知ってる―」


〇 宗太の家の前の道
   宗太の姿を見つけて駆け寄る雪音と蒼馬。
雪音「宗太!」
   宗太に駆け寄る雪音、蒼馬。宗太は気絶しているみつを抱き上げている。
   周りは子供たちも同じように父母に抱き上げられている。
   みつや子供たちの様子をみる蒼馬。
蒼馬「大丈夫、眠ってるだけだ」
宗太「雪音ちゃん、妹たち、知らない人間みたいになってた。でも、笛を吹いたら止まったんだ」
雪音「……知らない人間?操られていた?」
蒼馬の目の前で、火種のようなものが小さく爆ぜる。
蒼馬「(薄く笑って)どうやら、オレを呼んでいるらしい」
雪音「今、何と?」
蒼馬「(答えず)宗太、この子たちを頼めるか?」
宗太「任せて!」
蒼馬「何でもない。お前は家に戻っていろ」
   走り出す蒼馬。
   その後を全速力で追いかける雪音。
蒼馬「……お前は何をしているんだ」
雪音「考えがあります。それに、この敵は私の方が相性がいいと思います」
蒼馬「お前な……」
雪音「(怒鳴る)いいから!連れてきなさい!」
蒼馬「(思わず頭に手をやって)勝手にしろ」

                                (第三話終わり)