第三話
タイトル 水と風の術師
〇龍咲家 居間
食卓の上に狐やうさぎなどの石像が乗せられている。
嬉しそうに像を撫でる雪音りく。あきれて見つめる蒼馬。
りく「こんなに可愛い像がつくれちゃうなんて、すごい!」
雪音「おとう様の形見の刀はね、おとう様の能力で石でも加工できちゃうの!宝物なの!」
りく「蒼馬さまもつくってもらえばよろしいのに」
雪音「そのうち二人に、動物の形のお守り笛をつくってさしあげます」
蒼馬「いい、動物の笛など子供じゃあないんだ」
雪音「好きな動物とかはいないのですか」
蒼馬「動物なんざ式神でたくさんだ。オレにとって、それ以外の動物は生き物は食えるか食えないかだ」
雪音「食えない生き物でも、石にすることはできるので楽しいですよ」
蒼馬「ああ、成程」
りく「やっぱり、似たもの夫婦ねえ」
〇 同 玄関
扉を叩く音。
雪音「はい」
茶色の長髪を後ろでひとまとめにしている美青年、
菊入征史郎(21)が入ってくる。
征史郎「こんにちは。可愛らしいお嬢さん、オレのお嫁においでよ」
雪音「ぶんぶん首を振る」
征史郎「つれないなあ」
× × ×
征史郎が蒼馬に向かって、手をあげる。
征史郎「よお」
蒼馬「生きてたのか」
征史郎「オレに遭えて、うれしくてたまらないくせに。で、こちらのお嬢さんは?」
蒼馬「オレの妻だ」
征史郎「(少し驚く)」
雪音「はじめまして。雪音と申します」
雪音を興味深そうに見つめる征史郎。
征史郎「お前、よく貰い手があったな」
蒼馬「オレもそう思う」
征史郎「よろしく、雪音さん」
握手する雪音と征史郎。
征史郎「で、挨拶もそこそこで悪いが、少々、厄介な案件があるんだ。お前の力を借りたい」
蒼馬を心配そうに見つめる雪音。
〇 田上家 外観
長屋の一角の木造の小さな家。
〇 同 居間
雪音、蒼馬、征史郎の前に田上宗太(10)が不安げな表情で座っている。
蒼馬「耳が聴こえにくい?オレの声は聴こえるか?」
宗太「聴こえる。だけど、変な波みたいな音が耳の奥でずっと鳴ってて、日に日にひどくなる」
征史郎「他の子供も似たような症状を訴えていてな。年齢が低い子供ほど、症状が重い」
襖から雪音たちの様子をこっそりのぞいている田上みつ(6)。
雪音「こんにちは」
襖を閉めてしまうみつ。
宗太「オレの妹、今、全然、耳が聴こえてないんだ」
雪音「それじゃあ、生活に困るでしょう。お父さんとお母さんは?」
宗太「母さんは一年前に病気で死んだ。父さんは耳の病気を診てくれる医者を連れてくるって。山の向こうまで行っちゃった」
雪音「そっか……」
宗太「妹の耳、このまま、ずっと、なのかな……」
泣き出す宗太。
そんな宗太の肩に手を置き、石笛を差し出す雪音。
雪音「私がつくった笛なの。これを吹いてみて」
石笛を吹く宗太。ピーと高い音が鳴る。
雪音「耳が聴こえにくくて、不安に感じる時は、この笛を吹いて音を出してほしいの。急いで、妹さんや他の子の分もつくるから」
夢中で笛を吹く宗太。いつのまにか、涙が止まっている。
雪音「それともう一つ、大事なこと。助けてほしいって思った時、思い切りこの笛を吹いて」
宗太「(力強く頷く)」
〇龍咲家 廊下(夕)
歩いている雪音と蒼馬。
蒼馬「お前も用心しろ。今のところ十歳以下の子供だけのようだが、対象が拡大していくかもしれん」
雪音「はい、それと……」
蒼馬「何だ?」
掌の上を蒼馬に見せる雪音。
石笛が乗っている。
雪音「蒼馬さまの分です。前に渡した笛は不完全な出来だったので」
蒼馬「オレがお前に助けを求めると思うか」
雪音「思いませんけれど……」
蒼馬「けれど、何だ?」
雪音「音は出さなくていいのです……ただ、持っていていただけませんか?」
雪音の掌の上の石笛を受け取る蒼馬。
蒼馬「オレは楽器など演奏しないぞ」
雪音「(ほっとしたように笑う)」
〇 長屋のとある家
雪音と蒼馬、子供と向かい合い、筆談をしている。
雪音M「それから、同じ症状が出ている子の家を廻った」
石笛を子供に手渡す雪音。
雪音M「征史郎さんの説明どおり、微かだが聴こえる子、全く聴こえない子と症状の重さに差があり、しかし、皆、同じことを訴えていた。『耳の奥に変な波のような音』が鳴っている」
〇 龍咲家 雪音の部屋(夜)
石を加工し、懸命に笛をつくっている雪音。
机の上には、すでに宗太に渡した笛と同じ形の笛が三つ並んでいる。
〇 同 書斎(日替わり)
書物を調べている蒼馬と征史郎。
征史郎「しかし、あの娘、おかしなことを言うな。どんなに強く吹こうが、近くにいない限り、笛の音など、聴こえるわけがないだろう」
蒼馬「(微かに笑い)そうでもないさ」
征史郎「あの娘も『事情持ち』か。まあ、そうでなければ、お前のような変人のところに嫁に入ろうなどとは思わないか」
〇 河原
雪音、蒼馬、宗太が川を眺めている。
雪音「今は耳の調子はどう?」
宗太「このくらい近くだったら、何とか聴こえる。でも、ちょっと前は日に日に悪くなってたけど、最近、調子がよくなった気がする」
蒼馬「(考え込む表情)」
雪音「こうなる前に何か変わったことはなかった?」
宗太「うーん、何だか、夜中にバサバサって、鳥かな?羽音がうるさくて眠れなかった」
雪音「それって、もしかして……」
再び、石笛を吹く宗太。
甲高い音が鳴る。
男の声「その笛は何だ!」
三人の前に、中年の男が立ちはだかり、宗太の笛を指さす。
おびえる宗太をかばい、前に出る雪音。
雪音「この笛は、私がこの子にあげたものです!」
男「じゃあ、お前が『蝙蝠笛』か?」
思わず雪音を見つめる宗太。
男「石笛で、人やあやかしを意のままに操り、やがては狂わせる、恐ろしい一族の末裔だ」
雪音「……」
蒼馬「この娘を『蝙蝠笛』呼ばわりするなら、私が話を聞こう。私は彼女の夫だ」
男「あんたは……いや、何でもない。人違いだったようだ」
宗太「さすが、『七月町の闇の帝王』」
蒼馬「何だ、それは?」
宗太「(笑って)自分のあだ名、知らないの?」
雪音「ごめん、私のせいで……。この笛で宗太が責められるようなら……」
宗太「オレ、このままこの笛、持ってていい?」
雪音「え?」
宗太「オレ、この笛、好きだよ。ねえ、もっと教えてよ」
雪音「……うん」
雪音の笛と宗太の笛の音色が重なり、笑いあう二人。
〇 道
並んで歩いている雪音と蒼馬。
雪音「『蝙蝠笛』、小さい頃、そう呼ばれて、石を投げられたことがありました」
蒼馬「(雪音を見る)」
雪音「あの時は、意味が分からなくて、腹が立ったけれど……あの人たちの気持ちも分かります。近くにいたら、気味が悪いですよね」
蒼馬「間違っていなかったかもな」
雪音「え?」
蒼馬「一緒にこの町に来たことだ」
雪音「蒼馬さま……」
蒼馬「オレはお前が、けしてそうならないと知っている。お前はその『恐ろしい一族』とやらと正反対のことをして、オレを救った。そして、他の者にも同じことをする。その人間の行動を最後に決めるのは、出自ではなく意思だろう。オレに証明して見せた人間が、今更迷うな。お前を『蝙蝠笛』とよぶ奴らをオレは何度でも否定する」
雪音「(涙ぐみ)はい」
〇 河原(夕)
石を拾っている雪音と蒼馬。
蒼馬「本当にずっとお前は、石に触れているな」
雪音「石はそのままでも、いやそのままの姿こそ美しいって思う気持ちもあるんです。でも、私は石を誰かの友のように相棒のように寄り添う、そのための最適な形にしたい。そういう職人になりたいんです。父や師匠のように……私がそうやって、慰められてきたから」
蒼馬「だから、お前の石は体温があるんだな」
雪音「え?」
蒼馬「初めてお前の笛に触れた時、ふいに、石に手をとられたような気がした」
雪音「……そんなことを言ってもらえたのは、初めてです」
蒼馬「(照れて顔をそむける)」
〇 道 (日替わり)
歩いている雪音と宗太。
雪音「みんな、耳以外は今のところ、普段と変わりはないのね」
宗太「うん、オレもみつも雪姉の笛吹いてると、気楽になるんだよね。つられて歌とか歌っちゃうし
雪音「それはよかった」
征史郎の声「宗太」
宗太「何?」
振り向く宗太。
征史郎「このお姉ちゃんと話があるから、先に帰ってくれるか?」
宗太「うん」
× × ×
征史郎「気づいているか?」
雪音「何がです?」
征史郎「宗太の耳、この前までは、もっと大きな声でないと気づかなかった。しかし、先ほどは振り向いた」
雪音「!」
征史郎「宗太の聴力が回復している。他の子供もわずかだが、回復しているが、とりわけ宗太の回復が著しい。なぜだか分かるか?」
雪音「いいえ」
征史郎「回復したのは、君が彼らに石笛を渡し、そして、加えて宗太は君と一緒に笛を吹いているからだ」
雪音「……どういうことです?」
征史郎「君の笛の音色には、何か特別な力がある。そして、蝙蝠が発している音波を乱した、それが理由だとオレは思う」
雪音「では、私があの子たちと共に笛を吹き続ければ、あの子たちの聴力は完全に回復すると?」
征史郎「だと、いいんだがな」
困ったように笑う征史郎。
征史郎「今のオレの推論だと、子供たちの耳には蝙蝠の音波が常に鳴っている状態だ。君の笛の効果である程度までは回復するかもしれないが、根本の原因を取り除かない限りは―」
雪音「そうですね……このまま、蝙蝠のあやかしが聴力を奪うだけで終わるとは思えない……」
征史郎「その蝙蝠のあやかしを探し出し、退治するしかないだろう」
雪音「(頷く)」
征史郎「子供たちが回復しているという状況を敵が把握しているとしたら、近々、仕掛けてくるかもしれない」
雪音「!」
征史郎「獲物を操り、狂わせる、か」
雪音「征史郎さん?」
征史郎「何でもない」
雪音「(思案する表情)」
〇 宗太とみつの家 (夜)
布団を並べて横になっている宗太、みつ。
宗太、耳を抑え、苦し気に呻いている。
隣のみつ、目をかっと見開く。
〇 長屋の前の公道(夜)
ふらふらと歩いているみつ。
宗太「みつ!待て!行くな!」
宗太の声が全く届かない様子で、虚ろな表情で歩き続けるみつ。
宗太「どうしよう……」
宗太、とっさに首から下げている雪音にもらった石笛に触れる。
宗太「雪姉ちゃん、助けて」
宗太、石笛を思い切り吹く。
甲高い音が通りに響く。
歩き続けていたみつや他の子供たちの動きが止まる。
宗太「みつ!笛の音なら聴こえてるのか?」
再び、石笛を鳴らす宗太。
〇龍咲家 廊下
部屋から飛び出す雪音。蒼馬がすでに待機している。
雪音「今、笛の音が聴こえました」
蒼馬「本当か?」
耳をすます雪音の耳に微かに笛の音が届いている。
蒼馬「オレには何も聴こえない。でも、『お前の笛』が呼んでいるのか?」
雪音「(強く頷く)」
蒼馬「案内してくれ」
走り出す雪音と蒼馬。雪音、首から下げた石笛を思い切り吹く。
〇 宗太の家に続く道(夜)
走っている雪音と蒼馬。
× × ×
(雪音の脳内に響く笛の音色)
× × ×
雪音「この笛の音は、違う……宗太の笛じゃない―」
(雪音の脳内に響く笛の音色)
雪音「頭がかき回されるみたいな……思い出せない……でも、私はこの曲を知ってる―」
〇 宗太の家の前の道
宗太の姿を見つけて駆け寄る雪音と蒼馬。
雪音「宗太!」
宗太に駆け寄る雪音、蒼馬。宗太は気絶しているみつを抱き上げている。
周りは子供たちも同じように父母に抱き上げられている。
みつや子供たちの様子をみる蒼馬。
蒼馬「大丈夫、眠ってるだけだ」
宗太「雪音ちゃん、妹たち、知らない人間みたいになってた。でも、笛を吹いたら止まったんだ」
雪音「……知らない人間?操られていた?」
蒼馬の目の前で、火種のようなものが小さく爆ぜる。
蒼馬「(薄く笑って)どうやら、オレを呼んでいるらしい」
雪音「今、何と?」
蒼馬「(答えず)宗太、この子たちを頼めるか?」
宗太「任せて!」
蒼馬「何でもない。お前は家に戻っていろ」
走り出す蒼馬。
その後を全速力で追いかける雪音。
蒼馬「……お前は何をしているんだ」
雪音「考えがあります。それに、この敵は私の方が相性がいいと思います」
蒼馬「お前な……」
雪音「(怒鳴る)いいから!連れてきなさい!」
蒼馬「(思わず頭に手をやって)勝手にしろ」
(第三話終わり)
タイトル 水と風の術師
〇龍咲家 居間
食卓の上に狐やうさぎなどの石像が乗せられている。
嬉しそうに像を撫でる雪音りく。あきれて見つめる蒼馬。
りく「こんなに可愛い像がつくれちゃうなんて、すごい!」
雪音「おとう様の形見の刀はね、おとう様の能力で石でも加工できちゃうの!宝物なの!」
りく「蒼馬さまもつくってもらえばよろしいのに」
雪音「そのうち二人に、動物の形のお守り笛をつくってさしあげます」
蒼馬「いい、動物の笛など子供じゃあないんだ」
雪音「好きな動物とかはいないのですか」
蒼馬「動物なんざ式神でたくさんだ。オレにとって、それ以外の動物は生き物は食えるか食えないかだ」
雪音「食えない生き物でも、石にすることはできるので楽しいですよ」
蒼馬「ああ、成程」
りく「やっぱり、似たもの夫婦ねえ」
〇 同 玄関
扉を叩く音。
雪音「はい」
茶色の長髪を後ろでひとまとめにしている美青年、
菊入征史郎(21)が入ってくる。
征史郎「こんにちは。可愛らしいお嬢さん、オレのお嫁においでよ」
雪音「ぶんぶん首を振る」
征史郎「つれないなあ」
× × ×
征史郎が蒼馬に向かって、手をあげる。
征史郎「よお」
蒼馬「生きてたのか」
征史郎「オレに遭えて、うれしくてたまらないくせに。で、こちらのお嬢さんは?」
蒼馬「オレの妻だ」
征史郎「(少し驚く)」
雪音「はじめまして。雪音と申します」
雪音を興味深そうに見つめる征史郎。
征史郎「お前、よく貰い手があったな」
蒼馬「オレもそう思う」
征史郎「よろしく、雪音さん」
握手する雪音と征史郎。
征史郎「で、挨拶もそこそこで悪いが、少々、厄介な案件があるんだ。お前の力を借りたい」
蒼馬を心配そうに見つめる雪音。
〇 田上家 外観
長屋の一角の木造の小さな家。
〇 同 居間
雪音、蒼馬、征史郎の前に田上宗太(10)が不安げな表情で座っている。
蒼馬「耳が聴こえにくい?オレの声は聴こえるか?」
宗太「聴こえる。だけど、変な波みたいな音が耳の奥でずっと鳴ってて、日に日にひどくなる」
征史郎「他の子供も似たような症状を訴えていてな。年齢が低い子供ほど、症状が重い」
襖から雪音たちの様子をこっそりのぞいている田上みつ(6)。
雪音「こんにちは」
襖を閉めてしまうみつ。
宗太「オレの妹、今、全然、耳が聴こえてないんだ」
雪音「それじゃあ、生活に困るでしょう。お父さんとお母さんは?」
宗太「母さんは一年前に病気で死んだ。父さんは耳の病気を診てくれる医者を連れてくるって。山の向こうまで行っちゃった」
雪音「そっか……」
宗太「妹の耳、このまま、ずっと、なのかな……」
泣き出す宗太。
そんな宗太の肩に手を置き、石笛を差し出す雪音。
雪音「私がつくった笛なの。これを吹いてみて」
石笛を吹く宗太。ピーと高い音が鳴る。
雪音「耳が聴こえにくくて、不安に感じる時は、この笛を吹いて音を出してほしいの。急いで、妹さんや他の子の分もつくるから」
夢中で笛を吹く宗太。いつのまにか、涙が止まっている。
雪音「それともう一つ、大事なこと。助けてほしいって思った時、思い切りこの笛を吹いて」
宗太「(力強く頷く)」
〇龍咲家 廊下(夕)
歩いている雪音と蒼馬。
蒼馬「お前も用心しろ。今のところ十歳以下の子供だけのようだが、対象が拡大していくかもしれん」
雪音「はい、それと……」
蒼馬「何だ?」
掌の上を蒼馬に見せる雪音。
石笛が乗っている。
雪音「蒼馬さまの分です。前に渡した笛は不完全な出来だったので」
蒼馬「オレがお前に助けを求めると思うか」
雪音「思いませんけれど……」
蒼馬「けれど、何だ?」
雪音「音は出さなくていいのです……ただ、持っていていただけませんか?」
雪音の掌の上の石笛を受け取る蒼馬。
蒼馬「オレは楽器など演奏しないぞ」
雪音「(ほっとしたように笑う)」
〇 長屋のとある家
雪音と蒼馬、子供と向かい合い、筆談をしている。
雪音M「それから、同じ症状が出ている子の家を廻った」
石笛を子供に手渡す雪音。
雪音M「征史郎さんの説明どおり、微かだが聴こえる子、全く聴こえない子と症状の重さに差があり、しかし、皆、同じことを訴えていた。『耳の奥に変な波のような音』が鳴っている」
〇 龍咲家 雪音の部屋(夜)
石を加工し、懸命に笛をつくっている雪音。
机の上には、すでに宗太に渡した笛と同じ形の笛が三つ並んでいる。
〇 同 書斎(日替わり)
書物を調べている蒼馬と征史郎。
征史郎「しかし、あの娘、おかしなことを言うな。どんなに強く吹こうが、近くにいない限り、笛の音など、聴こえるわけがないだろう」
蒼馬「(微かに笑い)そうでもないさ」
征史郎「あの娘も『事情持ち』か。まあ、そうでなければ、お前のような変人のところに嫁に入ろうなどとは思わないか」
〇 河原
雪音、蒼馬、宗太が川を眺めている。
雪音「今は耳の調子はどう?」
宗太「このくらい近くだったら、何とか聴こえる。でも、ちょっと前は日に日に悪くなってたけど、最近、調子がよくなった気がする」
蒼馬「(考え込む表情)」
雪音「こうなる前に何か変わったことはなかった?」
宗太「うーん、何だか、夜中にバサバサって、鳥かな?羽音がうるさくて眠れなかった」
雪音「それって、もしかして……」
再び、石笛を吹く宗太。
甲高い音が鳴る。
男の声「その笛は何だ!」
三人の前に、中年の男が立ちはだかり、宗太の笛を指さす。
おびえる宗太をかばい、前に出る雪音。
雪音「この笛は、私がこの子にあげたものです!」
男「じゃあ、お前が『蝙蝠笛』か?」
思わず雪音を見つめる宗太。
男「石笛で、人やあやかしを意のままに操り、やがては狂わせる、恐ろしい一族の末裔だ」
雪音「……」
蒼馬「この娘を『蝙蝠笛』呼ばわりするなら、私が話を聞こう。私は彼女の夫だ」
男「あんたは……いや、何でもない。人違いだったようだ」
宗太「さすが、『七月町の闇の帝王』」
蒼馬「何だ、それは?」
宗太「(笑って)自分のあだ名、知らないの?」
雪音「ごめん、私のせいで……。この笛で宗太が責められるようなら……」
宗太「オレ、このままこの笛、持ってていい?」
雪音「え?」
宗太「オレ、この笛、好きだよ。ねえ、もっと教えてよ」
雪音「……うん」
雪音の笛と宗太の笛の音色が重なり、笑いあう二人。
〇 道
並んで歩いている雪音と蒼馬。
雪音「『蝙蝠笛』、小さい頃、そう呼ばれて、石を投げられたことがありました」
蒼馬「(雪音を見る)」
雪音「あの時は、意味が分からなくて、腹が立ったけれど……あの人たちの気持ちも分かります。近くにいたら、気味が悪いですよね」
蒼馬「間違っていなかったかもな」
雪音「え?」
蒼馬「一緒にこの町に来たことだ」
雪音「蒼馬さま……」
蒼馬「オレはお前が、けしてそうならないと知っている。お前はその『恐ろしい一族』とやらと正反対のことをして、オレを救った。そして、他の者にも同じことをする。その人間の行動を最後に決めるのは、出自ではなく意思だろう。オレに証明して見せた人間が、今更迷うな。お前を『蝙蝠笛』とよぶ奴らをオレは何度でも否定する」
雪音「(涙ぐみ)はい」
〇 河原(夕)
石を拾っている雪音と蒼馬。
蒼馬「本当にずっとお前は、石に触れているな」
雪音「石はそのままでも、いやそのままの姿こそ美しいって思う気持ちもあるんです。でも、私は石を誰かの友のように相棒のように寄り添う、そのための最適な形にしたい。そういう職人になりたいんです。父や師匠のように……私がそうやって、慰められてきたから」
蒼馬「だから、お前の石は体温があるんだな」
雪音「え?」
蒼馬「初めてお前の笛に触れた時、ふいに、石に手をとられたような気がした」
雪音「……そんなことを言ってもらえたのは、初めてです」
蒼馬「(照れて顔をそむける)」
〇 道 (日替わり)
歩いている雪音と宗太。
雪音「みんな、耳以外は今のところ、普段と変わりはないのね」
宗太「うん、オレもみつも雪姉の笛吹いてると、気楽になるんだよね。つられて歌とか歌っちゃうし
雪音「それはよかった」
征史郎の声「宗太」
宗太「何?」
振り向く宗太。
征史郎「このお姉ちゃんと話があるから、先に帰ってくれるか?」
宗太「うん」
× × ×
征史郎「気づいているか?」
雪音「何がです?」
征史郎「宗太の耳、この前までは、もっと大きな声でないと気づかなかった。しかし、先ほどは振り向いた」
雪音「!」
征史郎「宗太の聴力が回復している。他の子供もわずかだが、回復しているが、とりわけ宗太の回復が著しい。なぜだか分かるか?」
雪音「いいえ」
征史郎「回復したのは、君が彼らに石笛を渡し、そして、加えて宗太は君と一緒に笛を吹いているからだ」
雪音「……どういうことです?」
征史郎「君の笛の音色には、何か特別な力がある。そして、蝙蝠が発している音波を乱した、それが理由だとオレは思う」
雪音「では、私があの子たちと共に笛を吹き続ければ、あの子たちの聴力は完全に回復すると?」
征史郎「だと、いいんだがな」
困ったように笑う征史郎。
征史郎「今のオレの推論だと、子供たちの耳には蝙蝠の音波が常に鳴っている状態だ。君の笛の効果である程度までは回復するかもしれないが、根本の原因を取り除かない限りは―」
雪音「そうですね……このまま、蝙蝠のあやかしが聴力を奪うだけで終わるとは思えない……」
征史郎「その蝙蝠のあやかしを探し出し、退治するしかないだろう」
雪音「(頷く)」
征史郎「子供たちが回復しているという状況を敵が把握しているとしたら、近々、仕掛けてくるかもしれない」
雪音「!」
征史郎「獲物を操り、狂わせる、か」
雪音「征史郎さん?」
征史郎「何でもない」
雪音「(思案する表情)」
〇 宗太とみつの家 (夜)
布団を並べて横になっている宗太、みつ。
宗太、耳を抑え、苦し気に呻いている。
隣のみつ、目をかっと見開く。
〇 長屋の前の公道(夜)
ふらふらと歩いているみつ。
宗太「みつ!待て!行くな!」
宗太の声が全く届かない様子で、虚ろな表情で歩き続けるみつ。
宗太「どうしよう……」
宗太、とっさに首から下げている雪音にもらった石笛に触れる。
宗太「雪姉ちゃん、助けて」
宗太、石笛を思い切り吹く。
甲高い音が通りに響く。
歩き続けていたみつや他の子供たちの動きが止まる。
宗太「みつ!笛の音なら聴こえてるのか?」
再び、石笛を鳴らす宗太。
〇龍咲家 廊下
部屋から飛び出す雪音。蒼馬がすでに待機している。
雪音「今、笛の音が聴こえました」
蒼馬「本当か?」
耳をすます雪音の耳に微かに笛の音が届いている。
蒼馬「オレには何も聴こえない。でも、『お前の笛』が呼んでいるのか?」
雪音「(強く頷く)」
蒼馬「案内してくれ」
走り出す雪音と蒼馬。雪音、首から下げた石笛を思い切り吹く。
〇 宗太の家に続く道(夜)
走っている雪音と蒼馬。
× × ×
(雪音の脳内に響く笛の音色)
× × ×
雪音「この笛の音は、違う……宗太の笛じゃない―」
(雪音の脳内に響く笛の音色)
雪音「頭がかき回されるみたいな……思い出せない……でも、私はこの曲を知ってる―」
〇 宗太の家の前の道
宗太の姿を見つけて駆け寄る雪音と蒼馬。
雪音「宗太!」
宗太に駆け寄る雪音、蒼馬。宗太は気絶しているみつを抱き上げている。
周りは子供たちも同じように父母に抱き上げられている。
みつや子供たちの様子をみる蒼馬。
蒼馬「大丈夫、眠ってるだけだ」
宗太「雪音ちゃん、妹たち、知らない人間みたいになってた。でも、笛を吹いたら止まったんだ」
雪音「……知らない人間?操られていた?」
蒼馬の目の前で、火種のようなものが小さく爆ぜる。
蒼馬「(薄く笑って)どうやら、オレを呼んでいるらしい」
雪音「今、何と?」
蒼馬「(答えず)宗太、この子たちを頼めるか?」
宗太「任せて!」
蒼馬「何でもない。お前は家に戻っていろ」
走り出す蒼馬。
その後を全速力で追いかける雪音。
蒼馬「……お前は何をしているんだ」
雪音「考えがあります。それに、この敵は私の方が相性がいいと思います」
蒼馬「お前な……」
雪音「(怒鳴る)いいから!連れてきなさい!」
蒼馬「(思わず頭に手をやって)勝手にしろ」
(第三話終わり)
