第二話
タイトル 龍王の宿命
〇 道
それぞれ馬に乗っている雪音と蒼馬
雪音M「あの日、蒼馬さまと契約をした日、父の実家の鷺沼の家に別れを告げた。おそらく二度と戻ることはない」
蒼馬、屋台で会計をしている。
雪音M「石……あの子たちを置いてきてしまった」
(雪音の脳内)
× × ×
雪音の部屋の作業途中の石たち。
× × ×
雪音M「唯一、肌身離さずのこれだけは、持ってこられた」
雪音の手には、父の形見の、石を加工する黒曜石の小刀。
ふいに、首から下げている笛を取り出し、笛を吹く。
蒼馬「お前はすぐに笛を吹くんだな」
雪音「ご要望がありましたら、お好きな曲を吹きますよ」
蒼馬「昨日の夜、吹いていた曲は?」
雪音「ああ、『流浪の花』ですね」
『流浪の花』を演奏する雪音。
聞き入る蒼馬。
蒼馬「「この曲は何だか、耳に残るな」
雪音「この曲、私も大好きです。生まれた樹に咲いていた花が嵐で川に落ちて、やがて海にまで流れ出るのですが、その花は、自分が生まれた樹のある森に帰りたい、と願う……故郷を懐かしむ曲です」
蒼馬「……聞かなきゃよかったな」
雪音「?」
蒼馬「今、嫌いになった。もう、聞きたくない」
雪音「ええ!」
ぷいと顔をそむけてしまう蒼馬。
雪音M「この人、意外と子供っぽいのかしら」
× × ×
蒼馬、屋台で買った魚の串焼きを雪音に渡す。
並んで串焼きを食べている二人。
雪音「聞いてもよろしいでしょうか?」
蒼馬「何だ?」
雪音「その、契約を交わすことになった龍咲の家、というのは、これから向かう御宅なのですか?」
蒼馬「ない」
雪音「え?」
蒼馬「屋敷は火事で燃えてなくなった。一族も、みんな死んだ」
雪音「(絶句する)」
蒼馬「オレが龍咲の一族の生き残り、ということになるな」
思わず、蒼馬を見る雪音。蒼馬は平気な顔で串焼きを食べている。
雪音「とりあえず私は、蒼馬さまが『仮の宿』と呼んでいる、京の七月町というところに身を寄させてもらうことになった」
〇 京都 全景
T京都。
往来を行き来するたくさんの人々。
京の町に興味津々な様子の雪音。
〇龍咲家 外観
何の変哲もない木造の日本家屋
〇 同 廊下
歩いている蒼馬と雪音。
蒼馬「この家の部屋はどこでも自由に使え。書斎の本も好きに読め」
雪音「こんなに立派な御宅なのに、『仮の宿』なのですね」
蒼馬「オレの仕事はどこでもできるからな」
雪音「こ、殺し屋さんとか……ですか?」
蒼馬「なぜ、そうなる」
雪音「人体実験する人……とか」
蒼馬「……お前がどういう目でオレを見ているか、何となく分かった」
〇 同 書斎
部屋中を天井まで取り囲んでいる書棚。
書棚を埋めつくす大量の本。
窓際に机と座布団が配置されている。
蒼馬「ここがオレの職場だ」
雪音「あの、お仕事は何を?」
書棚から何冊か取り出す蒼馬。
どの著書も、作者名が『高橋蒼太郎』となっている。
蒼馬「オレが書いた本だ」
雪音「(著作と蒼馬を交互に見比べ)作家さん、なのですか?」
蒼馬「まあ、そうだ」
雪音「すごい―どのようなお話を?」
蒼馬「探偵が出てくる。冒険小説だ」
雪音「主人公は、蒼馬様なのですか?」
蒼馬「そんなはず、ないだろう……物語も登場人物も全て架空の存在だ」
雪音「何だ……」
楽しそうに本をぱらぱらとめくる雪音。
雪音「読んでもよろしいのでしょうか?」
蒼馬「好きにしろ」
雪音、嬉しそうに蒼馬の著作を手に取りながらも、蒼馬の表情をじっと見つめ、
雪音「蒼馬さま、何度もしつこく聞いて申し訳ありませんが、体調のほうは?」
蒼馬「元気じゃなかったら、こんな長旅は耐えられんだろう。お前が心配している症状は、全て消えたよ」
雪音「よかった―けれど、あの後、何の治療もなさらなかったのに?」
蒼馬「お前と契約したためだ」
雪音「え?」
蒼馬「当主は術師の娘の中から妻を選ぶ。龍咲家は式神をあやつる異能を血統に持つが、強大な力を持つあやかしを使役する、その代償を支払う。自身の気を式神たちに食わせなければならない。力が強ければ強いほど支払う代償も大きい」
(雪音のイメージ)
蒼馬の式神の水龍が蒼馬の体をめぐっている気を自身の体に取り込んでいる。
× × ×
蒼馬「元々、能力の強い龍咲家の人間は、あやかしが多く住む土地を次々旅して、その土地の地力から気を養う治療をしていた。オレがお前の住んでいた町に滞在していたのもそのためだ」
雪音「確かに、あそこは町全体であやかしを使った事業を展開していました」
蒼馬「だが、その治療もその場しのぎでしかなかった。この契約を行う前の世代の当主たちは、強大な力を行使していたが、皆、短命だった」
雪音「……」
蒼馬「龍咲家の者はさまざまな方法を模索し、その結果、術師の娘の血を取り込み、取り込ませ、子を産ませることが、強大な力を得ながら、命を長らえる、最大限の効果を得られると確信し、以来、代々の当主に任命された者は年頃になったら、その儀式を行うことを命ぜられるようになった」
雪音M「だから、翠蛇の時、あんなに弱っていた蒼馬さまが、契約した後、あんなに動けるようになったのね」
雪音「蒼馬さまが龍咲家の当主、というわけですか」
蒼馬「オレは今のところ、龍咲家で生存が確認できた唯一の男子ということになるな」
雪音「では―」
蒼馬「滅亡した一族の当主ほど滑稽なものはあるか?」
雪音「……」
蒼馬「オレはその資格もなければ、その意志もない。なのに、古びた時代遅れの因習の契約だけが残った、というわけだ。オレと式神のように、お前の気を吸い取り、寿命が縮む、などということは、この契約ではない。だが、オレはお前に生かされている。お前には不本意極まりないと思うが、このままには決してしない」
雪音「そんなこと……」
蒼馬「それまでどうか、辛抱してほしい」
雪音に頭を下げ、部屋を出ていく蒼馬。
雪音「いつか、終わる?」
〇 同 雪音の部屋
机の上に父親の形見の黒曜石の小刀を取り出す雪音。
旅の途中で拾ってきた石を拾って、石を磨き、石の角を小刀で削りとる。
× × ×
机の上にならんだ、磨かれ、形を整えられた石たち。
〇 同 玄関(日替わり)
扉を叩く音。
雪音、「はい」と返事して扉を開ける。
りく(17)が頭から布をかぶった姿で不安げに雪音を見つめる。
りく「すみません、蒼馬さまにお取次ぎを―」
雪音「はい、どうぞ」
りくを案内する雪音。
袖からのぞいたりくの手の甲が火傷跡で覆われている。
雪音M「火傷……」
〇 同 書斎
蒼馬に向かって頭を下げるりく。
蒼馬「(驚いた顔で)りく、どうしてここに?」
りく「あやかしに頼んで、蒼馬さまの気を辿って―」
蒼馬「そうか……」
りく「申し訳ありません……ここしか、蒼馬様の元しか、頼るところがなくて」
気を失うりく。
〇 同 客間
布団の上で横になっているりくが目を開けている。
扉が開き、雪音が茶を運んでくる。
起き上がるりく。
雪音「大丈夫?お茶、飲めますか?」
りく「すみません、やはり、出ていきます」
雪音「(慌てて)だめです!そんな体で!ゆっくり休んでいってください」
りく「いいえ、やはり間違っていました。気が弱まって、他に頼るところがないからと―図々しいにもほどがあります」
雪音「だめです!死んじゃいますよ!」
りく「でも―」
蒼馬の声「ずっといていい」
蒼馬が入ってくる。
りく「……でも」
蒼馬「何も考えずに休め。もし、お前が出て行っても、連れ戻して寝かせる。そういう間柄だろう」
りく「蒼馬さま……」
雪音「私も同じ考えです。同じ歳の女の子がいてくれて、嬉しい」
涙ぐみ、頭を下げるりく。
りく「ありがとうございます」
りく、糸が切れたようにふっと意識を失う。
慌てて、りくをきちんと寝かせる雪音。
りくの着物の胸元がはだけ、広範囲の火傷跡が見える。
雪音、辛そうに目を伏せる。
〇 同 書斎
向かいあっている雪音と蒼馬。
雪音「あの子の火傷、おかしくないですか?」
蒼馬「……気づいたか」
雪音「当然です。あんな……まるで、体の内側から、じわじわと皮膚を炙るような―」
蒼馬「そうだ、あの火傷の厄介なところは、冷やそうが膏薬を塗ろうが、治癒できないということだ」
雪音「普通の火傷ではないと?」
蒼馬「あやかしの仕業、だな」
雪音「だったら、どうすればいいのですか?女の子があんな火傷が治らないままなんて、あんまりです……」
蒼馬「……りくがこんな目に遭ったのは、オレの責任だ」
雪音「お二人はどういうご関係で?」
蒼馬「昔、世話になった。あの娘には大きな恩がある」
〇 同 客間
布団の上に横になっているりく。
扉が開き、雪音が食事の膳を運んでいる。
りく「申し訳ありません。とんだご迷惑を―」
雪音「敬語はなしにしましょう」
りく「……でも」
雪音「私、こんなに図々しくこの御宅を使わせてもらっているけれど、ここに来るまで、私、下働きをしていたの。だから、あなたとは歳の近い女の子同士として話をしたい。ダメかしら?」
りく「(戸惑いながらも頷く)」
雪音「よかった!私のことは、雪音って呼んで」
りく「はい」
雪音「敬語はなし」
りく「(微笑んで)ええ」
× × ×
食事を食べ終わるりく。
りく「蒼馬さまはどうしてる?」
雪音「あなたのことをずっと心配してるわ。あなたがこんなことになったのは、自分のせいだって―」
りく「そんな!違うわ!蒼馬さまは何も悪くない!悪いのは―」
雪音「え?」
りく「ねえ、話を聞いてくれる?私、あの日から、ずっと重くて、誰かに話を聞いてほしくて、ずっと―」
雪音「(頷く)私、もう他人事ではいられない」
りく「私は、八年前、龍咲という家で使用人―正確には、使用人の孫で、祖母と一緒にその家におられた蒼馬さまのお世話を仰せつかっていたわ」
〇 (りくの回想)龍咲家 外観 八年前
西洋風の壮麗な屋敷
〇 同 玄関前 廊下
西洋風の衣装を着た使用人たちが、正装した龍咲家の人々を出迎えている。
りく「龍咲の家は術師の家系の名門中の名門で、使用人たちも分家筋の、同じく異能を持つ者の中から選ばれた者なの。といっても、私の能力なんかは、本家の方たちの足元にも及ばないのだけれど」
龍咲家の人々の後ろをあやかしたちが付き従うように歩いている。
りく「龍咲家は代々、水のあやかしを式神として、使役する異能を受け継ぎ、土地の治水工事や林業などを請け負い、財を為してきた一族で」
(雪音のイメージ)
あやかしたちが、土砂を掘ったり、木材をかついだりしている。
× × ×
雪音「こういう感じ?」
りく「ええ、そう。龍咲家には、四人の御子がいたのだけど、一番下のご子息が蒼馬さまで、でも……」
(りくのイメージ)
龍咲家の人々の輪から、はじき出された子供時代の蒼馬。
× × ×
りく「私が龍咲の家に来た時、蒼馬さまは……牢の中にいた」
雪音「え?」
りく「蒼馬さまは、十歳の時から牢に閉じ込められていたの。理由は誰に聞いても、教えてくれなかった」
雪音「……」
りく「私は蒼馬さまにお食事を運ぶ係を仰せつかっていたの。私、一番下っ端で、時々、あやかしたちにいじめられていたから。その傷を蒼馬さまが気づいてくださって―」
〇(りくの回想)龍咲家 座敷牢
小窓から食事の膳を差し出すりく(7)。
りくの手には、切り傷や痣がついている。
そのりくの手を見つめる蒼馬(11)
× × ×
出窓から、空の食事の膳が返される。
皿の上に、一枚のお札が乗っている。
りく「蒼馬さま?これは?」
蒼馬「屋敷の中を歩く時は、それを持っていろ」
× × ×
屋敷の廊下を歩いているりく。懐には蒼馬から貰ったお札。
りくに嫌がらせしようと近づくあやかしたち。
お札が光を発して、あやかしたちをはね返す。
りく、嬉しそうに蒼馬から貰ったお札を抱きしめる。
〇 同 屋敷内 使用人用離れ(外観(夜)
炎に包まれている屋敷を呆然と見つめている使用人たち。
りく「蒼馬さま……」
駆け出すりく(9)。
〇 同 屋敷内 玄関
中に入ろうと玄関扉に向かうりく。
中から水龍が飛び出て、玄関扉を破壊する。
水龍を使役している蒼馬(12)が中から出てくる。
呆気にとられてその様子を見ているりくと使用人たち。
蒼馬「みんな、もう、死んだんだな」
気を失い倒れる蒼馬。
〇 元の書斎
りくが胸の辺りで慈しむように手を組む。
りく「その後、蒼馬さまは病院で治療を受けていたのだけど、ある日、誰にも言わずに病室からいなくなってしまって」
雪音「……」
りく「龍咲の一族の方々で、私に優しくしてくださったのは、蒼馬さまだけだった」
雪音「お屋敷の人たちは?」
りく「龍咲家の方々は、蒼馬さまをのぞいて、その火事で全員お亡くなりに……火事の時間は真夜中だったから、使用人たちは離れで就寝していたから、全員、無事だったの」
雪音「その時に、火傷は負った?」
りく「小さい火傷は何か所か負ったけれど、すぐに治るような軽い火傷だったわ」
雪音「じゃあその火傷はどこで?」
りく「分からないわ、ここ最近、半年ほど前よ。火傷なんかした覚えがないのに、じわじわと内側から焼かれるような感覚になったと思ったら、いつの間にかこんなに……奉公先でも気味悪がれて、出て言ってくれと言われて。私、亡くなった祖母が、お前はあやかしに狙われやすい質だから、何かあったら、一番強い蒼馬さまを頼れと―」
泣き出すりく。
りく「ここしかあてがなくて―」
りくの背中を優しくさする雪音。
〇 同 書斎
書物を調べている蒼馬。
蒼馬「あれは、おそらく、火蟲の仕業だ。火事の時に発生する小さな虫のようなあやかしで、幼虫は近くにいる人間の皮膚に寄生し、ゆっくりと内側から宿主の皮膚を焼いていく。その傷は火傷のように見える。すぐには命の危険はないが、何年も時間をかけて宿主の養分を吸い取り、衰弱させていく。残念だが、冷やしても薬をつけても、効果はない」
雪音「そんな……退治できないでしょうか」
蒼馬「火蟲の厄介なところは、宿主に寄生した幼虫は宿主と完全に同化している、ということだ」
雪音「じゃあ、退治しようと火蟲を攻撃したら、りくも同じように傷を負ってしまう、ということですか?」
蒼馬「そういうことだ」
雪音「じゃあ、どうすれば―放っておけば、幼虫が成虫に孵化してしまうのでしょう!」
蒼馬「いや、人間に寄生した火蟲は、幼虫のまま孵化せず、幼虫のまま大きくなり、成虫になることなく死んでいく。火蟲が成虫に成長するのは、何らかの理由で宿主から離れた時だ」
雪音「何らかの理由……では、火蟲を宿主から離すことは、可能なのですね!」
蒼馬「まあ、そうなる」
雪音「歯切れが悪いですね」
蒼馬「賭けの要素が強いからな」
雪音「そんなに、危険を伴うやり方なのですか?」
蒼馬「(答えない)」
〇 同・客間(日替わり)
りくに食事の膳を運び、話をしている雪音。
少しだけ、元気になった様子のりく。
〇 同・客間(日替わり)
りくに食事の膳を運ぶ蒼馬。
蒼馬に微笑みながら、食事をするりく。
〇 同 庭
井戸の中をのぞきこんでいる蒼馬。
雪音「蒼馬さま」
振り向く蒼馬。
蒼馬「何だ?」
雪音「そろそろ、本当のことを教えてくださいませんか?」
蒼馬「何の話だ?」
雪音「その火蟲というあやかし、すでにあなたの体にいるのでしょう?」
蒼馬「……どうして、そんなことが言える?」
雪音「書斎の本を好きに読んでもいいと仰ったのは、あなたですよ。りくの火傷、ここに来たばかりの頃よりも、わずかですが、範囲が小さくなって、色も薄くなっていました。冷やしたり、薬をつけて治るものではないと言ったのは、あなたです。そして、あなたとりくは同じ火事の現場を経験している。私にはやはり、あの火傷が龍咲家の火災と無関係とは思えないのです。もし仮に、その時、りくに火蟲がとりついたなら、あなたにも同じように火蟲がとりついていた可能性がある。火蟲の仲間同士で引き合う習性、それを利用したのでは?」
蒼馬「……」
雪音「そして、何より、あなたなら、りくを治すためなら、自分の体を使うという発想に至ると思いました」
蒼馬「……よく、調べたな、あっぱれだ」
雪音「……馬鹿にしてるでしょ」
蒼馬「してない。本気で感心している。補足するとな、火蟲は、少数だと皮膚に少し火傷を残すくらいだが、大量になると、内側から宿主の皮膚を焼いていく。そして、火蟲は一度でも火蟲がとりついた体の肉が大好物になる。奴らは、オレに喜んで寄生してきたぞ」
雪音「どうして、こんな危険な賭けを行うのに、私に何も言ってくれないのですか?私は、あなたの妻でしょうが!」
蒼馬「……」
雪音「責任を感じて……仕方なく、私を妻として面倒見てくれてる、分かっているんです。でも、罪悪感だけで、優しくされるのも、気を遣われるのも、嫌なんです」
蒼馬「今からオレがすることをよく、見ていろ」
雪音「え?」
蒼馬「先に言っておく。オレはこういうやり方しかできん」
蒼馬、井戸のへりに立ち、そのまま中に飛び降りる。
雪音「蒼馬さま!」
慌てて、井戸に駆け寄り、中をのぞきこむ雪音。
〇 井戸の中
蒼馬が落ちる水音。
真っ暗な円形の闇。
雪音「蒼馬さま!」
井戸の下に必死に手を伸ばす雪音。
突如、下から無数の光が現れる。
その光が井戸の出口に向かって上昇する。
出現したのは、蛾の様な形態の無数の火蟲の成虫。
蒼馬の声「雪音、井戸から離れろ!」
慌てて、井戸から離れる雪音。
(蒼馬の視点)
× × ×
井戸の底でずぶぬれになっている蒼馬。
井戸の出口に、蜘蛛の巣が張られ、井戸から飛び立とうとした火蟲の成虫たちが
出口の蜘蛛の巣に引っ掛かり、身動きがとれなくなる。
蒼馬、指で印をつくり、光が放たれる。
巨大な蜘蛛の式神が現れ、素早く出口に向かい、巣にかかった火蟲の成虫たちを
次々と捕食していく。
蒼馬「そうだ、腹いっぱい食いつくせ」
全ての火蟲の成虫を食べつくした蜘蛛の式神は、満足そうに消えていく。
蒼馬、井戸から這い出ようと手を伸ばすが、意識が混濁し、水の中に沈む。
〇 井戸の外
火蟲も蜘蛛の式神も消えて、再び真っ暗な闇。
雪音「蒼馬さま!蒼馬さま!大丈夫ですか?」
雪音の声が井戸の底に沈んでいく。
雪音、近くの大木に縄を結び、その縄を自身の腰にも結びつける。
縄を手にした雪音、意を決して、井戸の中に飛び込む。
〇 井戸の中
雪音が井戸の中に飛び込む音が響く。
雪音、真っ暗な水をかき分け、蒼馬を探す。
幼い蒼馬の声「お父さん、お母さん、どうしてなの?どうしてこんなところに僕を閉じ込めるの?」
男の声「蒼馬、お前は自らの龍で一族を水に沈める子なのだ、そういう宣旨を受けたのだよ。生まれてきてはいけない子だったのだ」
蒼馬「嘘だ!僕、そんなこと、しないよ!」
女の声「母様がおとう様にあなたを殺すのだけはやめてとお願いしたの。感謝なさい……哀れな子―ここで、誰の目にも触れず、一生を終えるの」
思わず、目を見開く雪音。
雪音M「蒼馬さま……」
〇(蒼馬の回想) 十年前 龍咲家・屋敷内・座敷牢
牢の中で蹲る蒼馬(10)。
蒼馬M「僕は邪魔者なんだ。いない方がいいんだ」
〇(蒼馬の回想) 八年前 同
炎に包まれている屋敷内。
牢の中の蒼馬、炎におびえている。
蒼馬M「僕、このままここで、死ぬの?」
胸をぐっと掴む蒼馬。
蒼馬の掌から小さな水流が起こる。
蒼馬M「僕の龍?」
両手を広げる蒼馬。
小さな水龍と火龍が蒼馬の手の中で、互いに円を描くように絡みつきながら
くるくると廻っている。
蒼馬M「ここから、出るんだ!僕の力で―」
(回想終わり)
〇 元の井戸の中
水中の雪音。
意識を失っている蒼馬を発見し、頭を抱え、水面から顔を出す。
雪音「蒼馬さま!蒼馬さま!」
雪音、蒼馬の頭を抱きかかえ、頬を叩くも反応がない。
雪音M「もしかして、あの夢の中にいるの?」
蒼馬の腕には、火傷のかさぶたがはがれて、大きく傷が開き、出血している。
雪音「あなたは邪魔者なんかじゃありません!」
雪音、首に下げた石笛に触れ、笛を吹く。
途中から、『流浪の花』の旋律になる。
井戸の中に、雪音の石笛が響く。
(蒼馬のイメージ)
十歳の蒼馬が水中で溺れている。
雪音の笛の音が流れる。
蒼馬M「綺麗な音……」
蒼馬、ゆっくり目を開くと、雪音が蒼馬に手を伸ばしている。
雪音の手をとる蒼馬。
(蒼馬のイメージ終わり)
〇 元の井戸の中
蒼馬がゆっくり目を見開くと、雪音が唇から笛を放す。
雪音「蒼馬さま!」
蒼馬「……オレはどれくらい気を失っていた?」
雪音「ええと、正確には分かりませんが、五分も経ってはいないはずです」
蒼馬「……くそ、何てざまだ。(雪音の縄を引っ張りながら)ん、これは縄か?」
雪音「(頷く)」
蒼馬「オレにおぶされ」
雪音「ええ!さっきまで、気絶してた人には無理です。何より、火傷の傷が……」
蒼馬「オレを誰だと思っている。早くつかまれ。こんなところ、さっさと脱出するぞ」
雪音「……はい」
蒼馬の背におぶさる雪音。
雪音を背負い、縄をつたって井戸の中を這い上がっていく蒼馬。
雪音「……すみません、余計なことを―」
蒼馬「何を謝る。また、お前のおかげで救われた」
痛みを堪えながら、井戸を登っていく蒼馬の表情。
蒼馬の背にしがみつきながら、涙をこらえる雪音。
〇 書斎(日替わり)
布団の上で横になっている蒼馬。
扉の開く音。
土鍋を持った雪音が入ってくる。
雪音「蒼馬さま、お食事、食べられますか?」
× × ×
雪音が運んできた雑炊を食べている蒼馬。
蒼馬「うまいな」
雪音「よかったです。あの後、丸一日、目を覚まされなかったから」
蒼馬「りくはどうしてる?」
雪音「元気です。火傷はすっかり治りました。蒼馬さまのこと、心配しています」
蒼馬「(安心したように)そうか」
雪音「待っていたんですね」
蒼馬「何を?」
雪音「火蟲があなたの火傷跡の皮膚を食い破り、出血する時―痛みが一番に感じる状態に」
蒼馬「書棚の本か?」
雪音「本当に良い資料が揃っていて、勉強になります。あの井戸の中にあらかじめ、大量の塩を入れておいた状態であなたは井戸の中に飛び込んだ」
蒼馬「あの火蟲というあやかしは、成長するに従い、宿主と感覚を共有する特徴がある。つまり、宿主が痛みを感じると同じように苦痛を感じるというわけだ。そして、火蟲は時間をかけてりくの栄養を吸い取り、オレに寄生したことでまた、成長が加速した」
雪音「だから、傷だらけの体で塩水に飛び込んで、痛みのあまり宿主から離れようともがいた火蟲は、不完全な状態で成虫になった、という訳ですか」
蒼馬「話が早くて助かる」
雪音「そして、水蜘蛛が一番、力を発揮する水中―井戸の中という空間で、無数の火蟲を、一匹残らず蜘蛛の巣で出口を塞ぎ、文字通り一網打尽にして食いつくした。合理的で、とてもあなたらしいやり方ですね」
蒼馬「皮肉か」
拳をぎゅっと握りしめる雪音。
雪音「こんなやり方しか、なかったのですか?こんな、ご自分を痛めつけるやり方しか?」
蒼馬「オレが苦しんだ時間など、りくが苦痛に耐え抜いた時間に遠く及ばん」
雪音「……」
蒼馬「りくが失った時間は、戻らない。火蟲に寄生された時間だけじゃない。龍咲の家に関わった瞬間からだ」
雪音M「この方は、きっとこのような生き方しか、できないのだ」
目を真っ赤にしている雪音に、思わず目を伏せる蒼馬。
蒼馬「井戸の中で、笛の音が聴こえた。『流浪の花』だったか?」
雪音「……ごめんなさい。聞きたくない、と仰っていたのに、とっさでつい……」
蒼馬「お前が謝ることじゃない。持たざる者は、持つ者に卑屈にならざるを得ない、という話だ」
雪音「……」
蒼馬「懐かしむべき故郷も持たない人間は、つまらないものかもな」
雪音「(大声で)そんなことは、ないです」
思わず、雪音に気圧される蒼馬。
雪音「りくは火傷のせいで周りの人間に拒まれて、心身共に傷ついて、死ぬかもしれない、と絶望しかけた時に、最後の頼みの綱として、あなたを頼った。誰かの拠り所になれる人間がつまらない筈、ないではないですか」
蒼馬「……」
雪音「それに、一応、妻である私が保証します。あなたといると、退屈する暇がありません」
蒼馬「(微かに笑い)」
〇 同 (日替わり)
蒼馬に向かって、平伏し、頭を下げているりく。
りく「……申し訳ありませんでした」
蒼馬「頭を上げてくれ」
りく「いいえ、私が蒼馬さまを頼ってしまったばっかりに―」
蒼馬「お前がオレを頼ってくれなかったら、オレは地獄落ちだな」
りく「……そんな」
蒼馬「オレの一族の因縁に、お前を巻き込んで申し訳なかった。お前には何の罪はない」
りく「罪はあります。あの火事で、使用人ばかりが助かって、龍咲の家の方々を見殺しにしたことです。祖母もそうでした。あの時、生き残った使用人は皆、同じ気持ちです」
蒼馬「熱でうなされている時、ひとつ思い出したことがある。あの火事で、初めて水龍が発現して、それで牢を破って逃げた時、父が火に囲まれているところを通った」
りく「……」
蒼馬「『助けてくれ』じゃなくて、『来るな』『みんなで逃げろ』と言ってた」
りく「(手で口を覆う)」
蒼馬「お前まで、あの家に縛られるな。オレはあの家の人間たちに嫌われていたし、オレも大嫌いだったが、お前が……いや、お前たちをあの火事に巻き込ませなかったことは、あの人たちの最後の矜持だった……オレはそう思う」
りく「(泣き出す)」
蒼馬「親としては、ろくでなしだったが、最期まで龍咲家当主だったんだな」
りく「蒼馬さま……」
蒼馬「自由になってくれ」
りく「(頷く)」
〇 同 廊下
並んで歩く雪音と蒼馬。
雪音「気になっていることがあります」
蒼馬「何だ?」
雪音「大丈夫なのでしょうか?蒼馬さまもりくも、あんなに大量の火蟲に寄生されたのに」
蒼馬「一度でも宿主になったら、今後また、浸食されるかもしれない?」
雪音「(戸惑いながら頷く)」
蒼馬「だから、抗体をつくる」
蒼馬、懐から小さな瓶を取り出す。中身は数匹の火蟲。
蒼馬「火蟲をとらえておいた。オレの資料の中に、こいつを材料に抗体をつくる方法が載っている。抗体ができれば、今後、火蟲がオレやりく、他の使用人たちの体内に入ったとしても、抗体が火蟲を殺してくれる、というわけだ」
雪音「(感極まり、頭を下げる)ありがとうございます」
蒼馬「(驚いて)なぜ、お前が礼を言う」
雪音「こんな大変な目にあって……大切なお二人の無事を守ってくれたからです」
蒼馬「……」
〇 同 玄関
荷物をまとめて笑顔のりくとりくをさびしげに見つめる雪音。
雪音「本当にもう、行っちゃうの?」
りく「私ね、蒼馬さまのお仕事仲間の御宅でお世話になることに決まったの。元気になったら、やっぱり一日でも早く働いてお金を稼ぐ生活を送りたい」
雪音「そう、いつでも遊びに来てって、何か勝手に言ってるな、私」
りく「蒼馬さまは、常人では背負いきれない重荷を背負われている、あの方の宿業は生半可なものではないわ」
雪音「(苦し気な表情で)ええ」
りく「でも、あなたなら、きっと、蒼馬さまの荷を軽くしてあげられる、そんな気がするの」
雪音「……ありがとう。でも、私、自分が蒼馬さまに釣り合う器だとは……どうしても思えないの」
りく「そうかしら、私、あなたと蒼馬さまって、根っこのところがとてもよく、似ている気がする」
雪音「私が?蒼馬さまと?」
りく「(にっこりと頷く)」
雪音「……私、あんなに強くないよ。あの人のこと、考えれば考えるほど、分からなくなる」
りく「(雪音をそっと抱き寄せる)」
〇同 外
共に並んでりくを見送る雪音と蒼馬。
自分より頭ひとつ大きい蒼馬を切なげに見つめる雪音。
雪音「全然、分からない……もっと知りたい」
(第二話終わり)
タイトル 龍王の宿命
〇 道
それぞれ馬に乗っている雪音と蒼馬
雪音M「あの日、蒼馬さまと契約をした日、父の実家の鷺沼の家に別れを告げた。おそらく二度と戻ることはない」
蒼馬、屋台で会計をしている。
雪音M「石……あの子たちを置いてきてしまった」
(雪音の脳内)
× × ×
雪音の部屋の作業途中の石たち。
× × ×
雪音M「唯一、肌身離さずのこれだけは、持ってこられた」
雪音の手には、父の形見の、石を加工する黒曜石の小刀。
ふいに、首から下げている笛を取り出し、笛を吹く。
蒼馬「お前はすぐに笛を吹くんだな」
雪音「ご要望がありましたら、お好きな曲を吹きますよ」
蒼馬「昨日の夜、吹いていた曲は?」
雪音「ああ、『流浪の花』ですね」
『流浪の花』を演奏する雪音。
聞き入る蒼馬。
蒼馬「「この曲は何だか、耳に残るな」
雪音「この曲、私も大好きです。生まれた樹に咲いていた花が嵐で川に落ちて、やがて海にまで流れ出るのですが、その花は、自分が生まれた樹のある森に帰りたい、と願う……故郷を懐かしむ曲です」
蒼馬「……聞かなきゃよかったな」
雪音「?」
蒼馬「今、嫌いになった。もう、聞きたくない」
雪音「ええ!」
ぷいと顔をそむけてしまう蒼馬。
雪音M「この人、意外と子供っぽいのかしら」
× × ×
蒼馬、屋台で買った魚の串焼きを雪音に渡す。
並んで串焼きを食べている二人。
雪音「聞いてもよろしいでしょうか?」
蒼馬「何だ?」
雪音「その、契約を交わすことになった龍咲の家、というのは、これから向かう御宅なのですか?」
蒼馬「ない」
雪音「え?」
蒼馬「屋敷は火事で燃えてなくなった。一族も、みんな死んだ」
雪音「(絶句する)」
蒼馬「オレが龍咲の一族の生き残り、ということになるな」
思わず、蒼馬を見る雪音。蒼馬は平気な顔で串焼きを食べている。
雪音「とりあえず私は、蒼馬さまが『仮の宿』と呼んでいる、京の七月町というところに身を寄させてもらうことになった」
〇 京都 全景
T京都。
往来を行き来するたくさんの人々。
京の町に興味津々な様子の雪音。
〇龍咲家 外観
何の変哲もない木造の日本家屋
〇 同 廊下
歩いている蒼馬と雪音。
蒼馬「この家の部屋はどこでも自由に使え。書斎の本も好きに読め」
雪音「こんなに立派な御宅なのに、『仮の宿』なのですね」
蒼馬「オレの仕事はどこでもできるからな」
雪音「こ、殺し屋さんとか……ですか?」
蒼馬「なぜ、そうなる」
雪音「人体実験する人……とか」
蒼馬「……お前がどういう目でオレを見ているか、何となく分かった」
〇 同 書斎
部屋中を天井まで取り囲んでいる書棚。
書棚を埋めつくす大量の本。
窓際に机と座布団が配置されている。
蒼馬「ここがオレの職場だ」
雪音「あの、お仕事は何を?」
書棚から何冊か取り出す蒼馬。
どの著書も、作者名が『高橋蒼太郎』となっている。
蒼馬「オレが書いた本だ」
雪音「(著作と蒼馬を交互に見比べ)作家さん、なのですか?」
蒼馬「まあ、そうだ」
雪音「すごい―どのようなお話を?」
蒼馬「探偵が出てくる。冒険小説だ」
雪音「主人公は、蒼馬様なのですか?」
蒼馬「そんなはず、ないだろう……物語も登場人物も全て架空の存在だ」
雪音「何だ……」
楽しそうに本をぱらぱらとめくる雪音。
雪音「読んでもよろしいのでしょうか?」
蒼馬「好きにしろ」
雪音、嬉しそうに蒼馬の著作を手に取りながらも、蒼馬の表情をじっと見つめ、
雪音「蒼馬さま、何度もしつこく聞いて申し訳ありませんが、体調のほうは?」
蒼馬「元気じゃなかったら、こんな長旅は耐えられんだろう。お前が心配している症状は、全て消えたよ」
雪音「よかった―けれど、あの後、何の治療もなさらなかったのに?」
蒼馬「お前と契約したためだ」
雪音「え?」
蒼馬「当主は術師の娘の中から妻を選ぶ。龍咲家は式神をあやつる異能を血統に持つが、強大な力を持つあやかしを使役する、その代償を支払う。自身の気を式神たちに食わせなければならない。力が強ければ強いほど支払う代償も大きい」
(雪音のイメージ)
蒼馬の式神の水龍が蒼馬の体をめぐっている気を自身の体に取り込んでいる。
× × ×
蒼馬「元々、能力の強い龍咲家の人間は、あやかしが多く住む土地を次々旅して、その土地の地力から気を養う治療をしていた。オレがお前の住んでいた町に滞在していたのもそのためだ」
雪音「確かに、あそこは町全体であやかしを使った事業を展開していました」
蒼馬「だが、その治療もその場しのぎでしかなかった。この契約を行う前の世代の当主たちは、強大な力を行使していたが、皆、短命だった」
雪音「……」
蒼馬「龍咲家の者はさまざまな方法を模索し、その結果、術師の娘の血を取り込み、取り込ませ、子を産ませることが、強大な力を得ながら、命を長らえる、最大限の効果を得られると確信し、以来、代々の当主に任命された者は年頃になったら、その儀式を行うことを命ぜられるようになった」
雪音M「だから、翠蛇の時、あんなに弱っていた蒼馬さまが、契約した後、あんなに動けるようになったのね」
雪音「蒼馬さまが龍咲家の当主、というわけですか」
蒼馬「オレは今のところ、龍咲家で生存が確認できた唯一の男子ということになるな」
雪音「では―」
蒼馬「滅亡した一族の当主ほど滑稽なものはあるか?」
雪音「……」
蒼馬「オレはその資格もなければ、その意志もない。なのに、古びた時代遅れの因習の契約だけが残った、というわけだ。オレと式神のように、お前の気を吸い取り、寿命が縮む、などということは、この契約ではない。だが、オレはお前に生かされている。お前には不本意極まりないと思うが、このままには決してしない」
雪音「そんなこと……」
蒼馬「それまでどうか、辛抱してほしい」
雪音に頭を下げ、部屋を出ていく蒼馬。
雪音「いつか、終わる?」
〇 同 雪音の部屋
机の上に父親の形見の黒曜石の小刀を取り出す雪音。
旅の途中で拾ってきた石を拾って、石を磨き、石の角を小刀で削りとる。
× × ×
机の上にならんだ、磨かれ、形を整えられた石たち。
〇 同 玄関(日替わり)
扉を叩く音。
雪音、「はい」と返事して扉を開ける。
りく(17)が頭から布をかぶった姿で不安げに雪音を見つめる。
りく「すみません、蒼馬さまにお取次ぎを―」
雪音「はい、どうぞ」
りくを案内する雪音。
袖からのぞいたりくの手の甲が火傷跡で覆われている。
雪音M「火傷……」
〇 同 書斎
蒼馬に向かって頭を下げるりく。
蒼馬「(驚いた顔で)りく、どうしてここに?」
りく「あやかしに頼んで、蒼馬さまの気を辿って―」
蒼馬「そうか……」
りく「申し訳ありません……ここしか、蒼馬様の元しか、頼るところがなくて」
気を失うりく。
〇 同 客間
布団の上で横になっているりくが目を開けている。
扉が開き、雪音が茶を運んでくる。
起き上がるりく。
雪音「大丈夫?お茶、飲めますか?」
りく「すみません、やはり、出ていきます」
雪音「(慌てて)だめです!そんな体で!ゆっくり休んでいってください」
りく「いいえ、やはり間違っていました。気が弱まって、他に頼るところがないからと―図々しいにもほどがあります」
雪音「だめです!死んじゃいますよ!」
りく「でも―」
蒼馬の声「ずっといていい」
蒼馬が入ってくる。
りく「……でも」
蒼馬「何も考えずに休め。もし、お前が出て行っても、連れ戻して寝かせる。そういう間柄だろう」
りく「蒼馬さま……」
雪音「私も同じ考えです。同じ歳の女の子がいてくれて、嬉しい」
涙ぐみ、頭を下げるりく。
りく「ありがとうございます」
りく、糸が切れたようにふっと意識を失う。
慌てて、りくをきちんと寝かせる雪音。
りくの着物の胸元がはだけ、広範囲の火傷跡が見える。
雪音、辛そうに目を伏せる。
〇 同 書斎
向かいあっている雪音と蒼馬。
雪音「あの子の火傷、おかしくないですか?」
蒼馬「……気づいたか」
雪音「当然です。あんな……まるで、体の内側から、じわじわと皮膚を炙るような―」
蒼馬「そうだ、あの火傷の厄介なところは、冷やそうが膏薬を塗ろうが、治癒できないということだ」
雪音「普通の火傷ではないと?」
蒼馬「あやかしの仕業、だな」
雪音「だったら、どうすればいいのですか?女の子があんな火傷が治らないままなんて、あんまりです……」
蒼馬「……りくがこんな目に遭ったのは、オレの責任だ」
雪音「お二人はどういうご関係で?」
蒼馬「昔、世話になった。あの娘には大きな恩がある」
〇 同 客間
布団の上に横になっているりく。
扉が開き、雪音が食事の膳を運んでいる。
りく「申し訳ありません。とんだご迷惑を―」
雪音「敬語はなしにしましょう」
りく「……でも」
雪音「私、こんなに図々しくこの御宅を使わせてもらっているけれど、ここに来るまで、私、下働きをしていたの。だから、あなたとは歳の近い女の子同士として話をしたい。ダメかしら?」
りく「(戸惑いながらも頷く)」
雪音「よかった!私のことは、雪音って呼んで」
りく「はい」
雪音「敬語はなし」
りく「(微笑んで)ええ」
× × ×
食事を食べ終わるりく。
りく「蒼馬さまはどうしてる?」
雪音「あなたのことをずっと心配してるわ。あなたがこんなことになったのは、自分のせいだって―」
りく「そんな!違うわ!蒼馬さまは何も悪くない!悪いのは―」
雪音「え?」
りく「ねえ、話を聞いてくれる?私、あの日から、ずっと重くて、誰かに話を聞いてほしくて、ずっと―」
雪音「(頷く)私、もう他人事ではいられない」
りく「私は、八年前、龍咲という家で使用人―正確には、使用人の孫で、祖母と一緒にその家におられた蒼馬さまのお世話を仰せつかっていたわ」
〇 (りくの回想)龍咲家 外観 八年前
西洋風の壮麗な屋敷
〇 同 玄関前 廊下
西洋風の衣装を着た使用人たちが、正装した龍咲家の人々を出迎えている。
りく「龍咲の家は術師の家系の名門中の名門で、使用人たちも分家筋の、同じく異能を持つ者の中から選ばれた者なの。といっても、私の能力なんかは、本家の方たちの足元にも及ばないのだけれど」
龍咲家の人々の後ろをあやかしたちが付き従うように歩いている。
りく「龍咲家は代々、水のあやかしを式神として、使役する異能を受け継ぎ、土地の治水工事や林業などを請け負い、財を為してきた一族で」
(雪音のイメージ)
あやかしたちが、土砂を掘ったり、木材をかついだりしている。
× × ×
雪音「こういう感じ?」
りく「ええ、そう。龍咲家には、四人の御子がいたのだけど、一番下のご子息が蒼馬さまで、でも……」
(りくのイメージ)
龍咲家の人々の輪から、はじき出された子供時代の蒼馬。
× × ×
りく「私が龍咲の家に来た時、蒼馬さまは……牢の中にいた」
雪音「え?」
りく「蒼馬さまは、十歳の時から牢に閉じ込められていたの。理由は誰に聞いても、教えてくれなかった」
雪音「……」
りく「私は蒼馬さまにお食事を運ぶ係を仰せつかっていたの。私、一番下っ端で、時々、あやかしたちにいじめられていたから。その傷を蒼馬さまが気づいてくださって―」
〇(りくの回想)龍咲家 座敷牢
小窓から食事の膳を差し出すりく(7)。
りくの手には、切り傷や痣がついている。
そのりくの手を見つめる蒼馬(11)
× × ×
出窓から、空の食事の膳が返される。
皿の上に、一枚のお札が乗っている。
りく「蒼馬さま?これは?」
蒼馬「屋敷の中を歩く時は、それを持っていろ」
× × ×
屋敷の廊下を歩いているりく。懐には蒼馬から貰ったお札。
りくに嫌がらせしようと近づくあやかしたち。
お札が光を発して、あやかしたちをはね返す。
りく、嬉しそうに蒼馬から貰ったお札を抱きしめる。
〇 同 屋敷内 使用人用離れ(外観(夜)
炎に包まれている屋敷を呆然と見つめている使用人たち。
りく「蒼馬さま……」
駆け出すりく(9)。
〇 同 屋敷内 玄関
中に入ろうと玄関扉に向かうりく。
中から水龍が飛び出て、玄関扉を破壊する。
水龍を使役している蒼馬(12)が中から出てくる。
呆気にとられてその様子を見ているりくと使用人たち。
蒼馬「みんな、もう、死んだんだな」
気を失い倒れる蒼馬。
〇 元の書斎
りくが胸の辺りで慈しむように手を組む。
りく「その後、蒼馬さまは病院で治療を受けていたのだけど、ある日、誰にも言わずに病室からいなくなってしまって」
雪音「……」
りく「龍咲の一族の方々で、私に優しくしてくださったのは、蒼馬さまだけだった」
雪音「お屋敷の人たちは?」
りく「龍咲家の方々は、蒼馬さまをのぞいて、その火事で全員お亡くなりに……火事の時間は真夜中だったから、使用人たちは離れで就寝していたから、全員、無事だったの」
雪音「その時に、火傷は負った?」
りく「小さい火傷は何か所か負ったけれど、すぐに治るような軽い火傷だったわ」
雪音「じゃあその火傷はどこで?」
りく「分からないわ、ここ最近、半年ほど前よ。火傷なんかした覚えがないのに、じわじわと内側から焼かれるような感覚になったと思ったら、いつの間にかこんなに……奉公先でも気味悪がれて、出て言ってくれと言われて。私、亡くなった祖母が、お前はあやかしに狙われやすい質だから、何かあったら、一番強い蒼馬さまを頼れと―」
泣き出すりく。
りく「ここしかあてがなくて―」
りくの背中を優しくさする雪音。
〇 同 書斎
書物を調べている蒼馬。
蒼馬「あれは、おそらく、火蟲の仕業だ。火事の時に発生する小さな虫のようなあやかしで、幼虫は近くにいる人間の皮膚に寄生し、ゆっくりと内側から宿主の皮膚を焼いていく。その傷は火傷のように見える。すぐには命の危険はないが、何年も時間をかけて宿主の養分を吸い取り、衰弱させていく。残念だが、冷やしても薬をつけても、効果はない」
雪音「そんな……退治できないでしょうか」
蒼馬「火蟲の厄介なところは、宿主に寄生した幼虫は宿主と完全に同化している、ということだ」
雪音「じゃあ、退治しようと火蟲を攻撃したら、りくも同じように傷を負ってしまう、ということですか?」
蒼馬「そういうことだ」
雪音「じゃあ、どうすれば―放っておけば、幼虫が成虫に孵化してしまうのでしょう!」
蒼馬「いや、人間に寄生した火蟲は、幼虫のまま孵化せず、幼虫のまま大きくなり、成虫になることなく死んでいく。火蟲が成虫に成長するのは、何らかの理由で宿主から離れた時だ」
雪音「何らかの理由……では、火蟲を宿主から離すことは、可能なのですね!」
蒼馬「まあ、そうなる」
雪音「歯切れが悪いですね」
蒼馬「賭けの要素が強いからな」
雪音「そんなに、危険を伴うやり方なのですか?」
蒼馬「(答えない)」
〇 同・客間(日替わり)
りくに食事の膳を運び、話をしている雪音。
少しだけ、元気になった様子のりく。
〇 同・客間(日替わり)
りくに食事の膳を運ぶ蒼馬。
蒼馬に微笑みながら、食事をするりく。
〇 同 庭
井戸の中をのぞきこんでいる蒼馬。
雪音「蒼馬さま」
振り向く蒼馬。
蒼馬「何だ?」
雪音「そろそろ、本当のことを教えてくださいませんか?」
蒼馬「何の話だ?」
雪音「その火蟲というあやかし、すでにあなたの体にいるのでしょう?」
蒼馬「……どうして、そんなことが言える?」
雪音「書斎の本を好きに読んでもいいと仰ったのは、あなたですよ。りくの火傷、ここに来たばかりの頃よりも、わずかですが、範囲が小さくなって、色も薄くなっていました。冷やしたり、薬をつけて治るものではないと言ったのは、あなたです。そして、あなたとりくは同じ火事の現場を経験している。私にはやはり、あの火傷が龍咲家の火災と無関係とは思えないのです。もし仮に、その時、りくに火蟲がとりついたなら、あなたにも同じように火蟲がとりついていた可能性がある。火蟲の仲間同士で引き合う習性、それを利用したのでは?」
蒼馬「……」
雪音「そして、何より、あなたなら、りくを治すためなら、自分の体を使うという発想に至ると思いました」
蒼馬「……よく、調べたな、あっぱれだ」
雪音「……馬鹿にしてるでしょ」
蒼馬「してない。本気で感心している。補足するとな、火蟲は、少数だと皮膚に少し火傷を残すくらいだが、大量になると、内側から宿主の皮膚を焼いていく。そして、火蟲は一度でも火蟲がとりついた体の肉が大好物になる。奴らは、オレに喜んで寄生してきたぞ」
雪音「どうして、こんな危険な賭けを行うのに、私に何も言ってくれないのですか?私は、あなたの妻でしょうが!」
蒼馬「……」
雪音「責任を感じて……仕方なく、私を妻として面倒見てくれてる、分かっているんです。でも、罪悪感だけで、優しくされるのも、気を遣われるのも、嫌なんです」
蒼馬「今からオレがすることをよく、見ていろ」
雪音「え?」
蒼馬「先に言っておく。オレはこういうやり方しかできん」
蒼馬、井戸のへりに立ち、そのまま中に飛び降りる。
雪音「蒼馬さま!」
慌てて、井戸に駆け寄り、中をのぞきこむ雪音。
〇 井戸の中
蒼馬が落ちる水音。
真っ暗な円形の闇。
雪音「蒼馬さま!」
井戸の下に必死に手を伸ばす雪音。
突如、下から無数の光が現れる。
その光が井戸の出口に向かって上昇する。
出現したのは、蛾の様な形態の無数の火蟲の成虫。
蒼馬の声「雪音、井戸から離れろ!」
慌てて、井戸から離れる雪音。
(蒼馬の視点)
× × ×
井戸の底でずぶぬれになっている蒼馬。
井戸の出口に、蜘蛛の巣が張られ、井戸から飛び立とうとした火蟲の成虫たちが
出口の蜘蛛の巣に引っ掛かり、身動きがとれなくなる。
蒼馬、指で印をつくり、光が放たれる。
巨大な蜘蛛の式神が現れ、素早く出口に向かい、巣にかかった火蟲の成虫たちを
次々と捕食していく。
蒼馬「そうだ、腹いっぱい食いつくせ」
全ての火蟲の成虫を食べつくした蜘蛛の式神は、満足そうに消えていく。
蒼馬、井戸から這い出ようと手を伸ばすが、意識が混濁し、水の中に沈む。
〇 井戸の外
火蟲も蜘蛛の式神も消えて、再び真っ暗な闇。
雪音「蒼馬さま!蒼馬さま!大丈夫ですか?」
雪音の声が井戸の底に沈んでいく。
雪音、近くの大木に縄を結び、その縄を自身の腰にも結びつける。
縄を手にした雪音、意を決して、井戸の中に飛び込む。
〇 井戸の中
雪音が井戸の中に飛び込む音が響く。
雪音、真っ暗な水をかき分け、蒼馬を探す。
幼い蒼馬の声「お父さん、お母さん、どうしてなの?どうしてこんなところに僕を閉じ込めるの?」
男の声「蒼馬、お前は自らの龍で一族を水に沈める子なのだ、そういう宣旨を受けたのだよ。生まれてきてはいけない子だったのだ」
蒼馬「嘘だ!僕、そんなこと、しないよ!」
女の声「母様がおとう様にあなたを殺すのだけはやめてとお願いしたの。感謝なさい……哀れな子―ここで、誰の目にも触れず、一生を終えるの」
思わず、目を見開く雪音。
雪音M「蒼馬さま……」
〇(蒼馬の回想) 十年前 龍咲家・屋敷内・座敷牢
牢の中で蹲る蒼馬(10)。
蒼馬M「僕は邪魔者なんだ。いない方がいいんだ」
〇(蒼馬の回想) 八年前 同
炎に包まれている屋敷内。
牢の中の蒼馬、炎におびえている。
蒼馬M「僕、このままここで、死ぬの?」
胸をぐっと掴む蒼馬。
蒼馬の掌から小さな水流が起こる。
蒼馬M「僕の龍?」
両手を広げる蒼馬。
小さな水龍と火龍が蒼馬の手の中で、互いに円を描くように絡みつきながら
くるくると廻っている。
蒼馬M「ここから、出るんだ!僕の力で―」
(回想終わり)
〇 元の井戸の中
水中の雪音。
意識を失っている蒼馬を発見し、頭を抱え、水面から顔を出す。
雪音「蒼馬さま!蒼馬さま!」
雪音、蒼馬の頭を抱きかかえ、頬を叩くも反応がない。
雪音M「もしかして、あの夢の中にいるの?」
蒼馬の腕には、火傷のかさぶたがはがれて、大きく傷が開き、出血している。
雪音「あなたは邪魔者なんかじゃありません!」
雪音、首に下げた石笛に触れ、笛を吹く。
途中から、『流浪の花』の旋律になる。
井戸の中に、雪音の石笛が響く。
(蒼馬のイメージ)
十歳の蒼馬が水中で溺れている。
雪音の笛の音が流れる。
蒼馬M「綺麗な音……」
蒼馬、ゆっくり目を開くと、雪音が蒼馬に手を伸ばしている。
雪音の手をとる蒼馬。
(蒼馬のイメージ終わり)
〇 元の井戸の中
蒼馬がゆっくり目を見開くと、雪音が唇から笛を放す。
雪音「蒼馬さま!」
蒼馬「……オレはどれくらい気を失っていた?」
雪音「ええと、正確には分かりませんが、五分も経ってはいないはずです」
蒼馬「……くそ、何てざまだ。(雪音の縄を引っ張りながら)ん、これは縄か?」
雪音「(頷く)」
蒼馬「オレにおぶされ」
雪音「ええ!さっきまで、気絶してた人には無理です。何より、火傷の傷が……」
蒼馬「オレを誰だと思っている。早くつかまれ。こんなところ、さっさと脱出するぞ」
雪音「……はい」
蒼馬の背におぶさる雪音。
雪音を背負い、縄をつたって井戸の中を這い上がっていく蒼馬。
雪音「……すみません、余計なことを―」
蒼馬「何を謝る。また、お前のおかげで救われた」
痛みを堪えながら、井戸を登っていく蒼馬の表情。
蒼馬の背にしがみつきながら、涙をこらえる雪音。
〇 書斎(日替わり)
布団の上で横になっている蒼馬。
扉の開く音。
土鍋を持った雪音が入ってくる。
雪音「蒼馬さま、お食事、食べられますか?」
× × ×
雪音が運んできた雑炊を食べている蒼馬。
蒼馬「うまいな」
雪音「よかったです。あの後、丸一日、目を覚まされなかったから」
蒼馬「りくはどうしてる?」
雪音「元気です。火傷はすっかり治りました。蒼馬さまのこと、心配しています」
蒼馬「(安心したように)そうか」
雪音「待っていたんですね」
蒼馬「何を?」
雪音「火蟲があなたの火傷跡の皮膚を食い破り、出血する時―痛みが一番に感じる状態に」
蒼馬「書棚の本か?」
雪音「本当に良い資料が揃っていて、勉強になります。あの井戸の中にあらかじめ、大量の塩を入れておいた状態であなたは井戸の中に飛び込んだ」
蒼馬「あの火蟲というあやかしは、成長するに従い、宿主と感覚を共有する特徴がある。つまり、宿主が痛みを感じると同じように苦痛を感じるというわけだ。そして、火蟲は時間をかけてりくの栄養を吸い取り、オレに寄生したことでまた、成長が加速した」
雪音「だから、傷だらけの体で塩水に飛び込んで、痛みのあまり宿主から離れようともがいた火蟲は、不完全な状態で成虫になった、という訳ですか」
蒼馬「話が早くて助かる」
雪音「そして、水蜘蛛が一番、力を発揮する水中―井戸の中という空間で、無数の火蟲を、一匹残らず蜘蛛の巣で出口を塞ぎ、文字通り一網打尽にして食いつくした。合理的で、とてもあなたらしいやり方ですね」
蒼馬「皮肉か」
拳をぎゅっと握りしめる雪音。
雪音「こんなやり方しか、なかったのですか?こんな、ご自分を痛めつけるやり方しか?」
蒼馬「オレが苦しんだ時間など、りくが苦痛に耐え抜いた時間に遠く及ばん」
雪音「……」
蒼馬「りくが失った時間は、戻らない。火蟲に寄生された時間だけじゃない。龍咲の家に関わった瞬間からだ」
雪音M「この方は、きっとこのような生き方しか、できないのだ」
目を真っ赤にしている雪音に、思わず目を伏せる蒼馬。
蒼馬「井戸の中で、笛の音が聴こえた。『流浪の花』だったか?」
雪音「……ごめんなさい。聞きたくない、と仰っていたのに、とっさでつい……」
蒼馬「お前が謝ることじゃない。持たざる者は、持つ者に卑屈にならざるを得ない、という話だ」
雪音「……」
蒼馬「懐かしむべき故郷も持たない人間は、つまらないものかもな」
雪音「(大声で)そんなことは、ないです」
思わず、雪音に気圧される蒼馬。
雪音「りくは火傷のせいで周りの人間に拒まれて、心身共に傷ついて、死ぬかもしれない、と絶望しかけた時に、最後の頼みの綱として、あなたを頼った。誰かの拠り所になれる人間がつまらない筈、ないではないですか」
蒼馬「……」
雪音「それに、一応、妻である私が保証します。あなたといると、退屈する暇がありません」
蒼馬「(微かに笑い)」
〇 同 (日替わり)
蒼馬に向かって、平伏し、頭を下げているりく。
りく「……申し訳ありませんでした」
蒼馬「頭を上げてくれ」
りく「いいえ、私が蒼馬さまを頼ってしまったばっかりに―」
蒼馬「お前がオレを頼ってくれなかったら、オレは地獄落ちだな」
りく「……そんな」
蒼馬「オレの一族の因縁に、お前を巻き込んで申し訳なかった。お前には何の罪はない」
りく「罪はあります。あの火事で、使用人ばかりが助かって、龍咲の家の方々を見殺しにしたことです。祖母もそうでした。あの時、生き残った使用人は皆、同じ気持ちです」
蒼馬「熱でうなされている時、ひとつ思い出したことがある。あの火事で、初めて水龍が発現して、それで牢を破って逃げた時、父が火に囲まれているところを通った」
りく「……」
蒼馬「『助けてくれ』じゃなくて、『来るな』『みんなで逃げろ』と言ってた」
りく「(手で口を覆う)」
蒼馬「お前まで、あの家に縛られるな。オレはあの家の人間たちに嫌われていたし、オレも大嫌いだったが、お前が……いや、お前たちをあの火事に巻き込ませなかったことは、あの人たちの最後の矜持だった……オレはそう思う」
りく「(泣き出す)」
蒼馬「親としては、ろくでなしだったが、最期まで龍咲家当主だったんだな」
りく「蒼馬さま……」
蒼馬「自由になってくれ」
りく「(頷く)」
〇 同 廊下
並んで歩く雪音と蒼馬。
雪音「気になっていることがあります」
蒼馬「何だ?」
雪音「大丈夫なのでしょうか?蒼馬さまもりくも、あんなに大量の火蟲に寄生されたのに」
蒼馬「一度でも宿主になったら、今後また、浸食されるかもしれない?」
雪音「(戸惑いながら頷く)」
蒼馬「だから、抗体をつくる」
蒼馬、懐から小さな瓶を取り出す。中身は数匹の火蟲。
蒼馬「火蟲をとらえておいた。オレの資料の中に、こいつを材料に抗体をつくる方法が載っている。抗体ができれば、今後、火蟲がオレやりく、他の使用人たちの体内に入ったとしても、抗体が火蟲を殺してくれる、というわけだ」
雪音「(感極まり、頭を下げる)ありがとうございます」
蒼馬「(驚いて)なぜ、お前が礼を言う」
雪音「こんな大変な目にあって……大切なお二人の無事を守ってくれたからです」
蒼馬「……」
〇 同 玄関
荷物をまとめて笑顔のりくとりくをさびしげに見つめる雪音。
雪音「本当にもう、行っちゃうの?」
りく「私ね、蒼馬さまのお仕事仲間の御宅でお世話になることに決まったの。元気になったら、やっぱり一日でも早く働いてお金を稼ぐ生活を送りたい」
雪音「そう、いつでも遊びに来てって、何か勝手に言ってるな、私」
りく「蒼馬さまは、常人では背負いきれない重荷を背負われている、あの方の宿業は生半可なものではないわ」
雪音「(苦し気な表情で)ええ」
りく「でも、あなたなら、きっと、蒼馬さまの荷を軽くしてあげられる、そんな気がするの」
雪音「……ありがとう。でも、私、自分が蒼馬さまに釣り合う器だとは……どうしても思えないの」
りく「そうかしら、私、あなたと蒼馬さまって、根っこのところがとてもよく、似ている気がする」
雪音「私が?蒼馬さまと?」
りく「(にっこりと頷く)」
雪音「……私、あんなに強くないよ。あの人のこと、考えれば考えるほど、分からなくなる」
りく「(雪音をそっと抱き寄せる)」
〇同 外
共に並んでりくを見送る雪音と蒼馬。
自分より頭ひとつ大きい蒼馬を切なげに見つめる雪音。
雪音「全然、分からない……もっと知りたい」
(第二話終わり)
