笛吹き乙女は龍王に嫁ぐ

第一話
タイトル 龍王の花嫁

〇鷺沼家 外観
   大きな酒蔵がいくつもある旧家の屋敷。

〇 同 酒蔵 中
   多くの酒樽が並んでいる。
   狐や蛙の面をかぶった、人型のあやかしが立ち働いている。
   何本もの酒瓶を抱えた如月雪音(16)、あやかしたちに向かって微笑みかける。
雪音「みんな、お疲れ様。あと、もう少しだからね」
   あやかしたち、雪音に向かって、微かに頷く。
男の声「雪音!お前は、そんな用事にいつまでかかってるんだ!」
   中に鷺沼靖之と鷺沼昌代が苛立たし気な表情で雪音を睨みつけている。
雪音「すみません、旦那さま、奥様」
昌代「あなた、この娘はわざと仕事を遅らせて、取引を破談にさせようとしているのよ」
雪音「そんなことは―」
   昌代、持っている杖を雪音の胸に突きつける。
昌代「そうに決まってる、あなたの父親は下賤な女を嫁に迎え、自分はさっさと死んでしまって、尻ぬぐいは、全部、私たち」
   昌代、杖で雪音の腕を打ち付ける。
   雪音、痛みで顔をしかめる。
   あやかしたちは、おびえながら、雪音の様子を見ている。
昌代「たるんでいるから、こんなに時間がかかるの。一人前の職人になって、この家に恩返ししなさいよ」
雪音「(頭を下げ)はい、奥様」
   昌代が去り、雪音、自分の袖をそっとめくる。
   古いものから新しいものまで、打たれた痣が無数についている。
   あやかしたちが、心配そうな表情で雪音を見つめている。
雪音「(微笑んで)大丈夫」

〇(回想)師匠の仕事部屋
   机の上で一心に石を磨いている雪音(15)。
   雪音が完成させた小さな狐の石像を手に取り、微笑む師匠。
師匠「雪音、お前は筋がいい。お前の父親もそうだった。これからの時代は、頑張れば女でも腕のいい職人になれる。そう信じて、頑張るんだ」
雪音「はい!」
                               (回想終わり)

〇 元の鷺沼家
   廊下を一心に雑巾がけしている雪音。
雪音M「近くの長屋で、いつも私を励ましてくれた師匠は一年前に亡くなってしまった」
   大きな漬物石を運んでいる雪音。
   漬物石を持ちながら、忙しく行き来している雪音を見かねて、
   使用人Aが雪音に近づき、
使用人A「こんな重たいものを離れまで、何往復してるの?」
雪音「三十くらいでしょうか」
使用人A「(絶句して)女の子にこんな重労働させるなんて―」
雪音「だめです、それは。『女だから』、と言ってしまうと、石が触れられない」
使用人A「……」
雪音「(笑って)男の人と同じことをさせてもらえなくなってしまう。女だからじゃなくて、私が一番下っ端だから、やってるんです」
   再び、忙しく漬物石を運ぶ雪音。
   その様子を遠巻きに見ている使用人たち。
使用人B「下っぱだから、じゃなくて、あれはどう考えても嫌がらせよねえ」
使用人A「翠川が枯渇して、事業も傾くばかりだし……あやかしに頼るのも、もう、限界よね。あの子の両親がよほどお嫌いなのね」

〇同・雪音の部屋
   物置のような粗末な部屋。
   小さな机の上に、石の加工の道具が並ぶ。小さな棚には完成させた動物の像、
   石の笛などが並んでいる。
雪音M「この部屋、この子たちがいてくれれば」
   作業途中の石をいとおし気に見つめる雪音。
雪音「私は幸せ。ね、おとう様」
   雪音、真っ黒な小刀を大事そうに手入れをする。

〇道 (夜)
   お使いの返り道の雪音。足早に歩いていく。
   二人の男が布に覆われた細長い荷物を荷車に乗せようとしている。
   細長い荷物のアップ。
   わずかに動いている。
雪音「それ!人ではないですか!」
男A「何だ、このアマ」
男B「そんなわけ、ないだろうが」
   細長い荷物が再度動く。
女の子の声「助けて―」
雪音「やっぱり!誘拐だわ!」
男A「(馬鹿にするように笑い)だったら、お前に何ができる」
   男B、雪音の背後に回り、口をふさぎ、抱え込む。
男B「ちょうどいい、上玉だ。こいつも売り物になる」
   男Aと男B、雪音の体にも布をかぶせようとする。
雪音「やめろ―」
   男Aと男B、同時に昏倒する。
   雪音の布が取り払われる。
   雪音の目の前には、龍咲蒼馬(20)が立っている。
   蒼馬の美しい澄んだ目に目を奪われる雪音。
雪音「あなたは?」
   蒼馬、雪音を見つめ返したと思うと、そのまま昏倒する。
雪音「ええ!」
   × × ×
   誘拐されかけた女の子、泣きながら、母親に抱きついている。
   その様子を見て、安心する雪音。
   雪音に何度もお礼を言う女の子と母親。
   母親、地面に伏している蒼馬を見て、
母親「その人、この町の人間じゃないわね。何日か前からこの近くの宿屋に出入りしてるのを見たわよ」
雪音「……」

〇 道 (夜)
   蒼馬を担いで歩いている雪音。
   意識を取り戻した蒼馬、ゆっくり目を開ける。
蒼馬「おい、何してる?」
雪音「あなたを担いでおります」
蒼馬「……おろせ、自分で歩く」
雪音「大丈夫ですよ、私、いつも漬物石とかを運んでるんで」
蒼馬「いいから―」
雪音「(笑って)いいから、いいから」

〇 宿屋 蒼馬の宿泊している部屋。
   (蒼馬の夢)
   水中で溺れている蒼馬。
   もがけばもがくほど、沈んでいく。
   傷だらけの蒼馬の体から、血がどんどん流れ出ていく。
蒼馬M「冷たい―」
                             (夢終わり)
   × × ×
   布団の上で横になっている蒼馬。
   雪音、食事の膳を運び込み、蒼馬の布団を直す。
蒼馬「……放っておけばよかった」
雪音「次の日の朝、あなたが死体になって倒れていたとしたら、私のせいなので。助けていただいた恩人にそんな薄情なことはできません」
蒼馬「別にあんたのせいじゃないだろ」
雪音「あなたの死を避ける道が目の前にあるのに、その道を選ばないのは、自分を裏切ることになりなす。自分が信じる、筋のようなものです」
蒼馬「あんたのような人間は、天災が起きたらいの一番に死ぬな」
雪音「そういう状況でしたら、あなたを助けることで自分が死ぬことになるとしたら、見捨ててさっさと逃げます」
蒼馬「(微かに笑う)」
雪音「今の状況はそこまでではないので、あなたはもっと元気な人間に頼るべきだと思います」
蒼馬「変わってるな」
雪音「悪い方の意味で、よくそう言われます」
蒼馬「奇遇だな、オレもそうだ」
雪音「お兄さん、術師でしょう?」
蒼馬「……どうして分かる?」
雪音「術を使う人の匂いがしたもので。それと」
   雪音、蒼馬の体を見つめる。
雪音「……お兄さんの体、ものすごく冷たかったです、生きている人間だと思えないくらいに。その不調、あやかしが関係しているのではないですか?」
蒼馬「……厄介な娘に助けられたもんだ」
   雪音、蒼馬の前に、小さな石笛を差し出す。
雪音「私も術師なんです。戦う方ではありませんが。お守りです。助けていただいたお礼に、受け取っていただけないでしょうか?」
蒼馬「あんたがつくったのか?」
雪音「はい。この呪力が宿った刀で、石を削りだして、お守りをつくるんです。まだまだ、半人前で、たいしたものはつくれないんですけど、父は一流の石職人で術師でした。父は自分のつくったお守りで、たくさんの人を護ったそうです」
蒼馬「死んだのか?そういう言い方だ」
雪音「はい、私が生まれてすぐに亡くなったので、父からは教われなかったんですけど、近くに住んでいた師匠が、私に一から教えて職人の基礎を教えてくれました。その師匠ももう、亡くなってしまって―」
蒼馬「そうか」
雪音「だから、受け取ってもらえませんか?父と師匠の教えなんです。助けてくれた人には、感謝の意味をこめて、自分の気を込めた、お守りを渡す。その人をあらゆる不幸から護ってくれますように、と。あいにく、今はこれしか用意できないのですが」
蒼馬「オレみたいな人間には、分不相応だ」
雪音「分不相応だと思っていないから、受け取ってほしいとお願いしているんです」
蒼馬「あんた、相当強引だな」
   雪音の石笛を受け取る蒼馬。
雪音「(嬉しそうに)ありがとうございます。では、私はそろそろ失礼を」
   玄関に向かう雪音。
蒼馬「あんたがさっき言った筋、とやらだが」
雪音「(振り向き)はい?」
蒼馬「直した方がいい。そういう奴は早く死ぬ」
雪音「……どういう意味ですか?」
蒼馬「言葉通りだ。死にかかった他人を見捨てようとも、その他人の死とあんたは永遠に無関係だ」
雪音「……失礼します」
   扉を閉める雪音。

〇鷺沼家
   雪音、廊下の雑巾がけをしている。
   立ち上がろうとした雪音に杖が打ち付けられる。
   倒れる雪音。靖之が雪音を見下ろしている。
   靖之の手には、無惨に半分に割れた花瓶。
靖之「お前だろう?」
雪音「違います―」
   雪音の体に打ち下ろされる杖。
   杖が雪音の腕に思い切り叩きつけられ、倒れる雪音。
   杖が何度も雪音の体に叩きつけられる。
   靖之の後ろから、昌代が現れ、
昌代「顔はよしてね。ご近所の体裁が悪いから」
   靖之が頷き、再び腕を打ち付けられる雪音。
   その様子を見ていた使用人C、使用人Dが笑う。
   歯をくいしばり、耐える雪音。
   狐面と蛙面のあやかしが雪音の様子を遠くから、見つめている。
狐面のあやかし「シッテル、ユキネジャナイ」
蛙面のあやかし「ゴメン、ユキネ、ゴメンネ」

〇翠川 (夜)
   水が枯れ果てた川の跡。
   岸辺に座り込んでいる雪音、涙をぐっとこらえて袖をめくる。
   新しくたくさんの杖の跡が無惨についている。
   雪音の背後から、小石が川の跡に向かって投げられる。
   振り向く雪音。蒼馬がたっている。
蒼馬「こんな時間に女一人で、無防備にも程があるだろう」
雪音「(涙をふいて)もう、起き上がっていいのですか?」
蒼馬「大分、ましになったからな。それに、のんびり寝てる暇はオレにはない」
雪音「(笑って)また、倒れても知りませんよ」
   雪音と蒼馬、並んで川の跡を見ている。
雪音「この川は五年前から、ずっと枯れ果てたままだそうです。何も出てこないのでは?」
蒼馬「それでも川は川だ。水の神は目には見えなくとも、その土地の人間たちをずっと見ている」
雪音「……」
蒼馬「この川には古の……今は廃れてしまった、悪しき風習があった。かつて、同じように川の水が枯れ果てた時、人々は翠川の神の怒りだと考えた」
雪音「……」
蒼馬「赤い月が照らす夜に、生贄を捧げれば、翠川の神が怒りを鎮める」
雪音「……ひどい」
蒼馬「そう、ひどい話だ。生贄には抵抗する術をもたない若い娘が選ばれたそうだ」
雪音「だったら、川が枯れ果てたのは、その生贄の娘の呪いなのかもしれません」
蒼馬「この川の神は何がほしいんだろうな。生贄ではないことは確かだ。愚かな人間の思いつきに飛びついた、恐ろしく安易で醜悪な発想だ」
雪音「……」
蒼馬「あんたがほしいものは何だ?」
雪音「私に聞いておられますか?」
蒼馬「他に誰がいる?」
雪音「ほしいもの……私は石を触っていられれば、それで」
蒼馬「(ふっと笑う)」
雪音「あ、ひとつだけ……私がいなくなればいいと思ってる人がいない場所、ですかね」
蒼馬「……」
雪音「その二つがあれば、私、生きてていいって思える気がします」
蒼馬「そんなものなくても、生きてていいだろう」
雪音「え?」
蒼馬「オレはいなくなればいいとさんざん言われてきたが、生き汚く、こうして生きている」
雪音「……」
蒼馬「今のあんたにそれが手に入らなくても、生きていていいに決まってる」
   ふいに涙がこぼれそうになり、顔を覆う雪音。
   思わず、蒼馬の背に手を伸ばすも、触れられず、ただ、背中を見つめる。

〇鷺沼家 客間
   棚の拭き掃除をしている雪音。
   扉が開き、昌代が中に入る。
雪音「奥様」
昌代「昨日の花瓶だけどね、あなたじゃないことが分かったわ」
雪音「……そうですか」
昌代「ごめんなさいね、あなたの言い分も聞かずに」
雪音「いいえ、気にしておりません」
昌代「お詫びのしるしでもないけれど、お茶を淹れたのよ。まあ、少し休憩でもしなさい」
   雪音に座るように促し、湯呑を差し出す昌代。
雪音「ありがとうございます」
   腰を下し、湯呑を受け取り、茶をすする雪音。
   飲んだ次の瞬間、湯呑を落とす雪音。
雪音M「何、これ?急に、眠い―」
   気を失う雪音。
   その様子をじっと見ている昌代。

〇 翠川
   真っ暗闇の中。
   目を開ける雪音。
   雪音の体が半分以上、土に埋められている。
雪音「ここは?」
   雪音を見下ろしている靖之と昌代の顔。
靖之「(舌打ちして)薬が切れたか」
   雪音の体の上にどんどん土がかぶせられていく。
   雪音、状況を把握し脱出しようとするが、手足を縛られていて、身動きがとれない。
雪音「……何で?」
靖之「お前は……翠川の神の生贄となるのだ。今日は赤い月の夜だろう」
雪音「!」
靖之「翠川が枯渇してから、会社の業績は悪くなるばかり……このままだと一家離散するしかなくなる。川が元通りになれば、会社は必ず立て直せる。雪音、鷺沼の家のために、犠牲になってくれ」
雪音「そんな!」
昌代「これまで、世話してあげたんだから、当然でしょう」
   冷たい表情で雪音を見下ろす昌代。その表情にぞっとする雪音。
雪音「でも、私は腕のいい職人になれるまで……いてもいいって……」
昌代「(舌打ちして)この日の儀式のために決まっているでしょう。そうでなければ、誰がお前のような者を家に入れるものか」
   呆然と靖之と昌代を見上げる雪音。
雪音「嫌われているのは、分かっていました……でも、そんなに、そんなに……私のことが嫌いだったのですか?」
昌代「嫌い。その血も、母親そっくりの顔と生意気な性格……そのすべてがね」
   雪音の顔に土がかかり、やがて雪音の姿が見えなくなる。
   その様子を確認し、立ち去る靖之と昌代。
   × × ×
   土の下の雪音。意識を失っている。
雪音M「やっぱり、私なんて、このまま、死んだ方が―」
謎の声「タスケテ―」
   雪音、その声で意識を取り戻す。
雪音M「誰?」
謎の声「タスケテ―」
雪音M「私に言ってるの?」
   縛られた手で胸元の石笛に触れる雪音。
雪音M「いやだ……そうだよね……やっぱり、死にたいなんて、嘘……私は―」
   石笛を吹く雪音。
雪音M「死にたくなんかない!」

〇 翠川
   赤い月が空に輝いている。
   月を眺めながら、歩いている蒼馬。
   首に下げている雪音のつくった石笛から、微かに音が響く。
蒼馬「……何だ?」
   石笛を耳にあてる蒼馬。
   蒼馬の脳内に雪音の顔が浮かぶ。
   蒼馬、石笛を耳に押し当てたまま、走り出す。
   × × ×
   枯れた翠川の土の下から、石笛の音が微かに響く。
   蒼馬、笛の音に気づき、急いで耳をすませて駆け寄る。
   笛の音がだんだん大きくなり、少し盛り上がっている土の上にたどりつき、
蒼馬「そこに、いるのか?」
   蒼馬、急いで土を掘り起こす。
   土の下から現れた雪音の顔。
蒼馬「おい!しっかりしろ!」
   目を開く雪音。
雪音「あれ?私……」
  意識が朦朧としている雪音。
蒼馬、雪音を抱きかかえ、額に指を置いて、目を閉じる。
蒼馬の指先から光が出て、雪音の額に光が移る。
蒼馬「オレの気を分けた、歩けるか?早く、ここから離れるぞ」
   雪音、蒼馬の腕の中で目をしっかり開き、蒼馬に支えられながら立ち上がる。
   気を消耗した様子の蒼馬、立ち上がりながら、わずかにふらつく。
   雪音に向かって放たれる矢。
   蒼馬、雪音の腕を引き、矢を避ける。
   外れた矢が土に突き刺さっている。
雪音「まさか―」
   二本目の矢が放たれるが、外れて土に刺さる。
靖之の声「その娘から、離れろ!」
   靖之、土の上に降り立ち、二人に近づき、新たな矢を番える。
靖之「お前は生贄になり、鷺沼家の礎となるのだ!よくも、逃げ出そうなどと……」
蒼馬の表情が怒りに燃え、指先で印をつくる。
光が靖之の弓矢をはじき、その衝撃でそのまま地面に倒れこむ。
地面に倒れこんだ靖之の体にまとわりつく影。
靖之「なんだ……これは」
   身動きがとれない靖之。もがけばもがくほど、藻が靖之の体を拘束していく。
蒼馬「『翠藻』か……」
   やがて藻が靖之の体を覆いつくし、土と同化していく。
     空を見上げる蒼馬。
   赤い月光が藻を煌々と照らしている。
蒼馬「この藻は赤い月の日に増殖するのか」
   雪音と蒼馬の足が土から離れないことに気づく。
   二人の足にも藻が絡みついている。
謎の声「タスケテ―」
   石笛を吹く雪音。
雪音M「あなたはどこ?」
   石笛を高らかに鳴らす雪音。
   足元を凝視する雪音。二人の膝まで藻が絡みついている。
雪音「……私、この下に行ってみます」
蒼馬「何か、考えがあるのか?
雪音「(頷く)」
蒼馬「オレも連れていけ」
   藻が二人の全身を覆いつくす。

〇同 (地中の翠蛇の精神世界)
   真っ暗闇の中。
   雪音と蒼馬、互いの目だけが見える。
   笛を吹く雪音。その笛の音に応えるように、微かに呼吸音が聴こえる。
雪音M「翠蛇、起きて!私が助ける!」
   呼吸音の方に近づき、手を伸ばす雪音。
   翠蛇の目がぎょろりと見開き、雪音の手に牙を向ける。
   蒼馬、雪音の前に立ち、蒼馬の掌に深々と翠蛇の牙が刺さる。
雪音「いや……」
   翠蛇、食らいついた蒼馬の掌から、気を吸い取っていく。
雪音「やめて!この人、弱ってるのよ。そんなことしたら―」
   倒れこむ蒼馬。
   翠蛇、くらいついていた牙を蒼馬から抜く。
   蒼馬の掌から血が吹き出るが、蒼馬は動かない。
雪音「ごめんなさい……私が、土の下に行こうなんて行ったから―」
   翠蛇の目が雪音をとらえる。
   蒼馬、倒れて立ち上がれないながらも、力をふり絞り、指で印を結ぶ。
蒼馬「そいつに手を出すな……水龍、お前が本当にほしいのは、こいつだろ」
   蒼馬の指先が光り、その中から水龍が出現する。
   翠蛇、水龍の姿に驚き、慌てたように、ふっと消えてしまう。
   蒼馬、意識が途切れたように倒れこむ。
雪音「いや!死なないで―」
   
〇(水龍の精神世界)
   水の中の雪音。
   目の前を漂っていく意識を失った蒼馬。
雪音「待って!行かないで!」
   雪音の目の前に泡が立ち、その中から水龍が現れる。
水龍「あの男を助けたいか?」
雪音「はい」
水龍「そのために、お前は血を流せるか?」
   雪音、靖之が放った矢を己の掌に突き刺す。
   雪音の掌から滴り落ちていく血。
雪音「もっと、でしょうか?」
水龍「いい、返事だ」
   水流が起こり、水龍が消えていく。
                     (水龍の精神世界終わり)


〇 元の翠川跡
   倒れている蒼馬の姿。
   蒼馬の翠蛇に噛まれた血まみれの手に手を伸ばす雪音。
   雪音の、大きく傷が開き、血がだらだら流れている掌のアップ。
雪音「死なないでください!
   雪音の掌の傷を見て、驚愕する蒼馬。
蒼馬「やめろ!『その手』でオレの血に触れるな!だめだ!」
雪音「そんなこと言ってる場合ですか―」
蒼馬「だめだ―」
   血まみれの掌で蒼馬の血まみれの手を掴む雪音。
   蒼馬の血が光を放ち、雪音の血も青く光り出す。
雪音「青い光―」
   雪音の手の甲に龍の印が現れ、光り出す。
   蒼馬の手の甲も同じ龍の印が現れ、光り出す。
   二人の手の甲の龍が巨大化し、一体の龍となり、二人の前に現れる。
   龍が雪音の顔に顔を近づけ、
龍の声「これでお前は龍の一族の花嫁だ」
雪音「……」
   龍がふっと消える。
   蒼馬、ふらつきながら、雪音を抱きかかえる。
蒼馬「……こういう状況の時は、見捨てるんじゃなかったのか?」
雪音「そんなこと言ってる場合ですか!私だって……分かりません。あなたこそ、私のこと、助けようとこんなになって……こんなの!すごく嫌で、悲しいんです」
蒼馬「……」
雪音「……ご自分のことも、見捨てないでください!」
蒼馬「……こうなってしまっては、仕方がない。絶対に死なせはしない、一族の生贄にも、させない」
雪音「(蒼馬の顔を見つめる)」
蒼馬「お前は、オレが護る」
雪音「(思わず涙ぐみ)さっきは無謀な真似をして、ごめんなさい」
蒼馬「気にするな。オレに考えがある」
   蒼馬、再び指先で印を結ぶ。
   暗闇が光に包まれる、
   × × ×
   一気に明るくなっていく周囲。
   雪音、海蛇のような形の翠蛇を発見する。
   翠蛇、衰弱しながらも微かに呼吸を繰り返している。
   翠蛇の体は大量の藻のようなものに覆われている。
雪音「ああ、この藻のせいで、この場所から動けないのか」
   ふいに首から下げている石笛に触れ、石笛を吹く雪音。
   翠蛇の鼓動を感じる雪音。
   (翠蛇のイメージ)
   × × ×
   かつての翠川の姿。
   清らかな水流が流れ、魚が泳ぎ、子供たちが水遊びをしている。
   水流の中を悠々と優雅に泳いでいく翠蛇。
   × × ×
   石笛の演奏をやめる雪音、涙が流れている。
雪音「どうすれば、あなたを、翠川を助けられる?」

〇 元の翠川跡
   石笛を吹くのを止める雪音。
   蒼馬の顔をじっと見つめ、     
雪音「さっき、翠蛇と笛で対話、のような……記憶の交換、みたいなことをやりました」
蒼馬「そんなことができるのか?」
雪音「おそらく、この川は藻が水を吸いつくして、枯れてしまった。力をなくした翠蛇もまた、藻にとりこまれて、身動きがとれないでいる」
蒼馬「じゃあ、やはり解決策はひとつだ。この枯れた川に、再び、水を流す。弱っているだけで、川に水が戻れば力を取り戻すだろう」
雪音「……そんなこと、できるんですか?」
蒼馬「龍と蛇は、同じ水の神。蛇は龍の化身と呼ばれている。さっきは驚かせて逃げてしまったが、もう一度、お前の笛があれば意思疎通できるだろう。さっき、お前の危機もこの笛に教わったからな」
   驚く雪音。蒼馬の首から雪音があげた石笛が揺れている。
蒼馬「お前はオレから離れるなよ」
雪音「はい」
   蒼馬、指で印をつくり、水龍を発現させる。
   水龍が土の下に潜る。
   雪音、石笛を吹く。
(雪音のイメージ)
   × × ×
   雪音、自分の意識が水龍の中に入ったような感覚を覚える。
   土の下を潜っていくと、衰弱している翠蛇の姿が見える。
雪音M「あなたの大切な川を取り戻したいの」
   雪音、翠蛇に近づき、額にそっと触れる。
   翠蛇、目をゆっくり開く。
   水龍、水流を起こすと、翠蛇の体にまとわりついていた藻が流されていく。
   翠蛇の体が水中に解放される。
雪音「水龍だけじゃ、水源が足りない。翠蛇、頑張って―」
   翠蛇の体がだんだんと大きくなり、口から水を吐き出す。
   水量がどんどん増していき、藻が勢いよく流されていく。
   × × ×
   枯れ果てていた翠川に美しい水が満たされ、月光を水面がきらきらと反射している。
雪音「翠蛇は?」
   水の中を翠蛇が悠々と優雅に泳いでいく。そして、雪音の前で止まり、
   礼を言うように、くるりと身を反転させて、ゆっくりと泳ぎ去っていく。
   はっとする雪音。
   雪音の意識は、雪音の体に戻っている。
   蒼馬、雪音の隣で水が満たされた翠川を見つめている。
雪音「……あの人はどうなったのでしょう?」
   川岸を黙って指さす蒼馬。
   靖之が岸に打ち上げられている。
蒼馬「死にはしていないが、藻にとりこまれ、土中で長い時間沈んだままだった。おそらく、このまま意識を取り戻すことはないだろう」
雪音「……」
蒼馬「人にしたことが自分にはね返ってきただけだ……もう、お前とは無関係な人間になったんだ」
雪音「……(唇を噛みしめ、絞り出すように)はい」
蒼馬「あんたの名前は?」
雪音「如月雪音です」
蒼馬「オレの名は龍咲蒼馬。水の神を神体として崇め、水のあやかしを式神としてあやつる一族の生まれだ」
   蒼馬、雪音に自分の手の甲見せる。
   蒼馬の手の甲に龍の印が刻まれ、光を放っている。
蒼馬「龍咲の一族の当主は、妻となる女の体内に一族の男の血を注ぐ。そして、その婚礼の儀式に、花嫁に生き血を飲ませたり、互いに傷をつくり、出血させ、互いの傷口から血を取り込ませる―」
雪音「(若干引き気味に)へええ」
蒼馬「……さっき、お前、傷がついた手で血だらけのオレの手を握っただろう。そして、その手の甲の龍の印が、契約が成立してしまった証だ」
   雪音、自分の手の甲を見る。
   蒼馬と同じ龍の印が刻まれ、光を放っている。
雪音「えっと、つまり……私の掌の傷口から、あなたの血が入ったことで……私はあなたの嫁になったと?」
蒼馬「そうだ……正確には、龍咲家の当主の嫁になると、契約させられてしまった」
雪音「すみません、ちょっと、頭が追いつかず―(はっとして)あの時、あなたが必死で止めたのは、そういう理由だったのですね……すみません、私、早く助けなきゃって、そればっかりで―私のせいです」
蒼馬「やめてくれ……オレのせいだ……こんなくだらん因習に、君の人生を台無しになど、させない。この契約を、この印を解く方法を必ず、見つけ出す」
雪音「私は、何をすればいいんでしょう?あれ?その前に、逃げないと……生贄の儀式から逃げたってばれたら、嫁とかなる前にあの人たちに殺されるかも」
蒼馬「川は蘇ったのだから、」
雪音「違います。あの人たちは、私が嫌いだから……生贄になるならない以前に、私が彼らに逆らったことに怒ります……きっと、許せないでしょう」
蒼馬「……逃げるあてはあるのか?」
雪音「私、無一文で……荷物とか、取りにも帰れないし……お、お金、貸してもらえないでしょうか?(べそをかきながら)すぐには無理ですが、働いて、必ず、返しますので―」
蒼馬「(ため息をつき)とりあえず、オレと来るか?」
雪音「え?」
蒼馬「金なんて返す必要はない。契約の解除には、お前に少なからず協力してもらはなくてはならない」
   雪音のお腹の虫が鳴る。
蒼馬「とりあえず、ここから離れて、飯だ」
雪音「(ぺこりと頭を下げて)お、お世話になります」
蒼馬「その前に、新しい着物がいるな」
   蒼馬、雪音の泥だらけの着物を指さす。
蒼馬「嫁というより、迷子の保護だな」
雪音「(胸がちくっと痛む)」

〇 呉服屋
   雪音、上等な生地の小花柄の着物に着替えている。
   蒼馬に何度も頭を下げる雪音。女店主、そんな雪音の様子に、
女店主「妹さんでしょうか?」
雪音「つ、妻です、私」
   少し驚いた様子で、雪音を見る蒼馬。
雪音M「言ってしまった」
女店主「まあ、可愛らしいお嫁さんですこと」
   店から出る二人。
雪音「すみません、勝手なことを……」
蒼馬「いや、他人にはそう説明するしかないだろう。特にこれから向かう『仮の宿』では妹では通せないからな」
雪音「……」
蒼馬「もう、この町から離れなければならない。もう、本当に、心残りはないか」
雪音「はい、もう、この町には私のことなんて―」
   雪音、ふいに涙が流れ、思わず石笛に触れ、音を鳴らす。
   空高く雪音の音色が響く。
   (雪音のイメージ)
   酒蔵で共に働いていた、狐や蛙の面をかぶったあやかしが雪音に手を振る。
狐面のあやかし「ゴメン、ナニモ、デキナクテ」
蛙面のあやかし「シアワセ二、ナッテ」
   × × ×
   元の道。
   雪音の頬に涙が流れている。
蒼馬「大丈夫か?」
雪音「はい、行きましょう」
   風が雪音の音色を運んでいく。

〇 山道
   馬に乗っている雪音と蒼馬。
蒼馬「これから向かう『仮宿』は、京の七月町という場所にある長屋だ。そこは、あやかしが見える者のみが集まる長屋だ。そこにお前が住む部屋を用意する」
雪音「ありがとうございます」
蒼馬「契約も印も、オレが必ず解除する……それまで、行動を共にしてもらうことになる。だが、勿論、妻としての役目など果たさなくていい」
雪音M「……本当、真面目な人だな」
蒼馬「それと、一番大事なことだ」
雪音「(ドキっとする)」
蒼馬「お前の身の安全は必ず守る。お前に命を拾われた身だ。どんな時でも、一番にオレを呼べ。それが、『その日』までの夫の役割だ」
雪音「はい」
   雪音、少し前を行く蒼馬を見つめる。
雪音M「『その日まで』の妻か―」
 
                                         (第一話終わり)