隔世は静かな世界だ。
現実の音は遮断されているため、より張りぼてのような印象を与える。この世界で音を発するものと言えば、自分の立てる音か幽鬼の鳴き声くらいだろう。
その日も、いつも通り隔世での任務に当たっていた。帝都で続く失踪事件は、ほぼ確実に幽鬼が関連しているとみて間違いなさそうだった。
朝には姿を消す幽鬼でも、被害者の持ち物だけは隔世に残り続ける。道端に転がっている欠けた髪飾り、片方しか残されていない草履……隔世側にあるばっかりに、誰にも存在を知られないままのそれを、ちらりと横目で見る。
拾いあげることはしない。それが隔世の管理を務める上での掟だからだ。隔世の存在が一般市民に知られることがないように。
たとえ遺留物であっても、それが被害者の元へ渡ることは決してない。
空しい世界だと思う。目を伏せて一瞬だけ礼をした後、また走り出す。
『なあ、助けてくれよぉ』
『死にたくない』
自分から居場所を知らせてくれる幽鬼に感謝しながら、刀を握る。くだんの幽鬼かは分からないが、いつ現実に影響を及ぼすか分からない。見つけ次第討伐するのが規則だった。
幽鬼の断末魔を聞きながら、一つため息をつく。偽物だと分かっていても、人を模した声というのはいつまでも慣れない。
早く夜が明けないだろうか、と未だ黒に塗りつぶされた空を見上げながら思う。月が隠れている今夜は、現実世界の灯りだけが頼りだった。
すたすたと夜道を歩きながら辺りを警戒していれば、賑わいのある表通りから少し裏に入っただけで、ひっそりと静かな地区が広がっている。幽鬼は基本的に活気があるところに多く出没する。いつもなら後に回すのに、その夜はなぜか足が向いた。
自分の足音と、それともう一つ、音がする。
「なあ、誰か……」
人の声……いや、幽鬼の声だ。啜り泣きのする方へ向かえば、やがて小さな寺へと行き着いた。
境内に足を踏み入れ、辺りを窺う。いつもなら、とっくに姿を現わして襲い掛かってくるはずなのに、無防備に腕を下ろしているにも関わらず、一向に襲ってくる気配はなかった。
依然として啜り泣きは聞こえてくる。どうやらお堂の中からのようだった。
玉砂利を踏みしめながら、一歩一歩お堂へと近づく。途端に止んだ啜り泣きに、どちらか判断できなかった。人か……それとも幽鬼か。
戸に、手をかける。
スパン!と一気に開け放てば、襲い掛かってきたのは拳ほどの石。それをさっと避けて薄闇に目を凝らす。 ……そこに異形の化け物はいなかった。
「軍人……?」
居たのは、10になったかどうかの幼い男児だった。手に石を持ったまま、恐る恐るこちらを窺っている。まだ、罠かもしれないという疑念を振り払えなくて、その声に反応できなかった。
子どもは、固まったままの自分の元へ駆けてくると、刀を持っているにも関わらずぎゅっと抱きついてきた。不覚を取った、と咄嗟に刀を持ち上げた時だった。
「触れる……」
心底安心したような声音だった。慌てて刀を遠ざけながら、子どもを見下ろす。
幽鬼が蔓延るこの世界で生き残っていたのがにわかに信じられなかったが、この温かさを今は信じていたかった。
隔世で一般人が生きていたという事例を、少なくとも自分は知らない。どうすればいいかと判断に困った。
一般市民に隔世の存在が知られないよう……その掟が一瞬頭を過る。
父なら……秩序を重んじるあの人なら、きっと見殺しを選択するだろう。もし今後、同じようなことが起きた場合にいちいち救助していれば、きっと隔世の存在が世間に知られてしまう。だから、情に流されて特例を作ってはいけない。
では、蓮児なら……?
「……安心しろ、俺は味方だ。一人でよく頑張ったな」
気づけば、子どもと同じ視線になるようにしゃがみこんでいた。聞きたいことは山ほどあったが、深く息を吐いて一旦飲み込む。
なるべく優しい声を意識しながら、声をかける。途端に声を上げて泣きじゃくるのを見ながら、何をしてるのだろうと漠然と思た。どこか他人事で、実感が湧かなかない。
子どもを必死に宥めながらも、自分の心臓はばくばくと鳴っていた。掟を破ったことへの罪悪感だろうか。
「名前は?」
「……かえで」
「楓、一先ずここを出るぞ」
まずは幽鬼が嗅ぎつけてくる前に、一旦この場から離れなければならない。
日の出はもう少し先だ。子どもの足では時間もかかるだろうし、結界の端はここから遠い。外を警戒しながら楓を促す。しかし、いつまで経ってもしゃがみこんだままの楓に、どうしたのかと顔を覗き込んだ。
「……腰抜けた」
蚊の鳴くような声だった。恥ずかしそうにしているのが微笑ましくて、思わず口の端が緩んでしまう。
楓は馬鹿にされたと思ったのか、きゅっと唇を噛んでいた。
「今まで気を張っていたんだろう。お前は強いな」
腰をかがめておぶさるように促せば、短くない時間逡巡した後に、そっと背中に体を預けてきた。なるべく体重をかけないように意識しているのか、体に力が入っているのが背中越しに分かる。
「ここには、どうやって迷い込んだんだ?」
「……気づいたらここにいた。近くの奴に声かけても、誰も俺に気づいてくれなかった」
幽霊になったみたいでさ、体をすり抜けちゃうんだ。手ぶりを交えて興奮気味に話す楓は、緊張もほぐれてきたらしい。いつの間にか、自分の背中に全体重を預けてきた。うなじにかかる息が少し擽ったい。
「なあ、アンタの名前は?」
「俺?俺は、霞城柊夜」
「化け物倒してるの?」
「まあそんな所だ」
どうやら話を聞く限り、幽鬼の存在が見えるようだった。攫われた影響で一時的に見えるようになったのか、元々の体質なのかは分からないが……質問責めにしてくる姿は、なんらそこらにいる幼子と変わらない。
幽鬼と遭遇しないよう慎重に遠回りしながらの道中は、危険と隣り合わせだというのに、空気は緩んでいた。
結界の端へと到達する頃には既に空は白み始め、結界の向こうではちらほらと人の行き来がある。
来た時と同じように、暖簾をくぐるように結界の外へと出ると、楓は興味深そうに後ろを振り返っている。そこがただの現実であることを知ると、納得いかないのか首を傾げていた。
「家の近くまでなら送ってやる」
御両親も心配しているだろうと思っての言葉だったのだが。楓は、へらっと笑って首を横に振った。
「いいよ、ここで。口減らしに奉公に出されてさ、そこも逃げてきちゃったし」
地面の石を蹴りながら、なんでもないと言うように。その諦観や乾いた笑いには、覚えがあった。
「……じゃあ今までどうやって生きてきたんだ」
「日雇いとか……あとは、スリしてた」
捕まえる?と恐る恐る見上げてくるのを、じっと見つめ返す。
失踪事件の調査資料を思い返す。その中に、楓と思われる被害者は見られなかった。失踪しても……そのまま隔世で殺されたとしても、誰にも気づかれない独り身。
かつんと鞘が手に当たった。
隔世の存在は、知られてはならない。霞城家に知られれば、どんな処罰が待っているかは目に見えていた。……楓がどうなるのかも。
黙りこくっている自分が怖くなったのか、楓の表情はだんだんと固くなっていく。
霞城柊夜なら、すべき事は一つだ。頭では分かっている。でも……
はあ、と大きくため息をつくと、楓はびくりと肩を震わせた。
「隠せばいい、か」
そう決意して、くしゃりと楓の頭を撫でた。
最近、蓮児の思考が移ってきた気がするのは気のせいという事にしておこう。
「俺の家で働く気はあるか?」
「……え、まあ雇ってくれるな、ら?」
「言ったな」
「なぁ、それってどういう……」
「しっかり働いてもらうぞ」
事情を飲み込めていなくて、ぽかんと口を半開きにしている姿がどうにも間抜けでかわいかった。
スタスタと先に歩き始めると、ハッとして慌てて付いてくる。活気づき始めてきた朝の中、二人で蓮児の待つ家へと帰った。
*
「家ちっさい……」
「妻と二人暮らしだからな」
「結婚してるんだ。意外」
「なんだそれ」
ガラリと戸を開ければ、その隙間からひょこりと楓が顔を出す。勝手に入ろうとしないあたり、礼儀は一応ありそうだ。
奥からスタスタと出迎えに来た蓮児に、しまったと思うももう遅い。自分の他に人がいると想定していなくて当たり前だ。
蓮児は、御守りを身に着けていなかった。
「遅かったな。なにかあったのか……って、どうしたんだよそのガキ」
「……拾ってきた」
「どこで」
「隔世で」
「……はぁ?」
正気か?と口をあんぐり開ける蓮児に少しだけ申し訳なく思うが、多分蓮児だって同じ行動をすると思う。
それを指摘すると、蓮児はむっと口を噤んだ。事情を説明すれば、お人好しめ、とぶつくさ言いながらもなんとか納得してくれた。
お人好しは蓮児も同じだと指摘すれば、また言い返されそうなので黙っておく。
「なあ、柊夜。なんでこいつは女の格好してるのに男の声なんだ」
「……一旦それは置いておこうな」
ちゃんと帰ってきたことだし、いつも通り挨拶をすれば、蓮児は形容しがたい表情をしながら「おかえり」と言ってくれた。
「なあ、アンタ名前は?」
「……蓮児」
「名前は普通なんだな」
楓は蓮児に興味津々のようで、家に上がるなり蓮児の方に近寄っていく。それを面倒くさそうに蓮児はあしらっていた。
「俺、こいつ嫌い」
ぎゅっと顔を顰めながら、恨みがましそうにこちらを見てくる蓮児は、いつもよりも子供っぽかった。
「なぁなぁ、柊夜の妻って本当?男なのに?」
「じゃあ言うが、柊夜だって女だけど俺の夫だぞ」
相手するのが鬱陶しくなったんだろう。蓮児は矛先をこちらに向けてきた。にやりと笑う蓮児と、唖然とする楓を見るに、なんだかんだ言って相性がいいと思う。……多分。
「ほんと!?」
「本人に聞いてみろ」
「……まずは朝餉が先だ」
自分の口からは、それを言うのが精一杯だった。逃げるなよ、と軽口を叩く蓮児を軽く睨む。
しかし、どちらともなく笑みが溢れてしまってだめだった。
現実の音は遮断されているため、より張りぼてのような印象を与える。この世界で音を発するものと言えば、自分の立てる音か幽鬼の鳴き声くらいだろう。
その日も、いつも通り隔世での任務に当たっていた。帝都で続く失踪事件は、ほぼ確実に幽鬼が関連しているとみて間違いなさそうだった。
朝には姿を消す幽鬼でも、被害者の持ち物だけは隔世に残り続ける。道端に転がっている欠けた髪飾り、片方しか残されていない草履……隔世側にあるばっかりに、誰にも存在を知られないままのそれを、ちらりと横目で見る。
拾いあげることはしない。それが隔世の管理を務める上での掟だからだ。隔世の存在が一般市民に知られることがないように。
たとえ遺留物であっても、それが被害者の元へ渡ることは決してない。
空しい世界だと思う。目を伏せて一瞬だけ礼をした後、また走り出す。
『なあ、助けてくれよぉ』
『死にたくない』
自分から居場所を知らせてくれる幽鬼に感謝しながら、刀を握る。くだんの幽鬼かは分からないが、いつ現実に影響を及ぼすか分からない。見つけ次第討伐するのが規則だった。
幽鬼の断末魔を聞きながら、一つため息をつく。偽物だと分かっていても、人を模した声というのはいつまでも慣れない。
早く夜が明けないだろうか、と未だ黒に塗りつぶされた空を見上げながら思う。月が隠れている今夜は、現実世界の灯りだけが頼りだった。
すたすたと夜道を歩きながら辺りを警戒していれば、賑わいのある表通りから少し裏に入っただけで、ひっそりと静かな地区が広がっている。幽鬼は基本的に活気があるところに多く出没する。いつもなら後に回すのに、その夜はなぜか足が向いた。
自分の足音と、それともう一つ、音がする。
「なあ、誰か……」
人の声……いや、幽鬼の声だ。啜り泣きのする方へ向かえば、やがて小さな寺へと行き着いた。
境内に足を踏み入れ、辺りを窺う。いつもなら、とっくに姿を現わして襲い掛かってくるはずなのに、無防備に腕を下ろしているにも関わらず、一向に襲ってくる気配はなかった。
依然として啜り泣きは聞こえてくる。どうやらお堂の中からのようだった。
玉砂利を踏みしめながら、一歩一歩お堂へと近づく。途端に止んだ啜り泣きに、どちらか判断できなかった。人か……それとも幽鬼か。
戸に、手をかける。
スパン!と一気に開け放てば、襲い掛かってきたのは拳ほどの石。それをさっと避けて薄闇に目を凝らす。 ……そこに異形の化け物はいなかった。
「軍人……?」
居たのは、10になったかどうかの幼い男児だった。手に石を持ったまま、恐る恐るこちらを窺っている。まだ、罠かもしれないという疑念を振り払えなくて、その声に反応できなかった。
子どもは、固まったままの自分の元へ駆けてくると、刀を持っているにも関わらずぎゅっと抱きついてきた。不覚を取った、と咄嗟に刀を持ち上げた時だった。
「触れる……」
心底安心したような声音だった。慌てて刀を遠ざけながら、子どもを見下ろす。
幽鬼が蔓延るこの世界で生き残っていたのがにわかに信じられなかったが、この温かさを今は信じていたかった。
隔世で一般人が生きていたという事例を、少なくとも自分は知らない。どうすればいいかと判断に困った。
一般市民に隔世の存在が知られないよう……その掟が一瞬頭を過る。
父なら……秩序を重んじるあの人なら、きっと見殺しを選択するだろう。もし今後、同じようなことが起きた場合にいちいち救助していれば、きっと隔世の存在が世間に知られてしまう。だから、情に流されて特例を作ってはいけない。
では、蓮児なら……?
「……安心しろ、俺は味方だ。一人でよく頑張ったな」
気づけば、子どもと同じ視線になるようにしゃがみこんでいた。聞きたいことは山ほどあったが、深く息を吐いて一旦飲み込む。
なるべく優しい声を意識しながら、声をかける。途端に声を上げて泣きじゃくるのを見ながら、何をしてるのだろうと漠然と思た。どこか他人事で、実感が湧かなかない。
子どもを必死に宥めながらも、自分の心臓はばくばくと鳴っていた。掟を破ったことへの罪悪感だろうか。
「名前は?」
「……かえで」
「楓、一先ずここを出るぞ」
まずは幽鬼が嗅ぎつけてくる前に、一旦この場から離れなければならない。
日の出はもう少し先だ。子どもの足では時間もかかるだろうし、結界の端はここから遠い。外を警戒しながら楓を促す。しかし、いつまで経ってもしゃがみこんだままの楓に、どうしたのかと顔を覗き込んだ。
「……腰抜けた」
蚊の鳴くような声だった。恥ずかしそうにしているのが微笑ましくて、思わず口の端が緩んでしまう。
楓は馬鹿にされたと思ったのか、きゅっと唇を噛んでいた。
「今まで気を張っていたんだろう。お前は強いな」
腰をかがめておぶさるように促せば、短くない時間逡巡した後に、そっと背中に体を預けてきた。なるべく体重をかけないように意識しているのか、体に力が入っているのが背中越しに分かる。
「ここには、どうやって迷い込んだんだ?」
「……気づいたらここにいた。近くの奴に声かけても、誰も俺に気づいてくれなかった」
幽霊になったみたいでさ、体をすり抜けちゃうんだ。手ぶりを交えて興奮気味に話す楓は、緊張もほぐれてきたらしい。いつの間にか、自分の背中に全体重を預けてきた。うなじにかかる息が少し擽ったい。
「なあ、アンタの名前は?」
「俺?俺は、霞城柊夜」
「化け物倒してるの?」
「まあそんな所だ」
どうやら話を聞く限り、幽鬼の存在が見えるようだった。攫われた影響で一時的に見えるようになったのか、元々の体質なのかは分からないが……質問責めにしてくる姿は、なんらそこらにいる幼子と変わらない。
幽鬼と遭遇しないよう慎重に遠回りしながらの道中は、危険と隣り合わせだというのに、空気は緩んでいた。
結界の端へと到達する頃には既に空は白み始め、結界の向こうではちらほらと人の行き来がある。
来た時と同じように、暖簾をくぐるように結界の外へと出ると、楓は興味深そうに後ろを振り返っている。そこがただの現実であることを知ると、納得いかないのか首を傾げていた。
「家の近くまでなら送ってやる」
御両親も心配しているだろうと思っての言葉だったのだが。楓は、へらっと笑って首を横に振った。
「いいよ、ここで。口減らしに奉公に出されてさ、そこも逃げてきちゃったし」
地面の石を蹴りながら、なんでもないと言うように。その諦観や乾いた笑いには、覚えがあった。
「……じゃあ今までどうやって生きてきたんだ」
「日雇いとか……あとは、スリしてた」
捕まえる?と恐る恐る見上げてくるのを、じっと見つめ返す。
失踪事件の調査資料を思い返す。その中に、楓と思われる被害者は見られなかった。失踪しても……そのまま隔世で殺されたとしても、誰にも気づかれない独り身。
かつんと鞘が手に当たった。
隔世の存在は、知られてはならない。霞城家に知られれば、どんな処罰が待っているかは目に見えていた。……楓がどうなるのかも。
黙りこくっている自分が怖くなったのか、楓の表情はだんだんと固くなっていく。
霞城柊夜なら、すべき事は一つだ。頭では分かっている。でも……
はあ、と大きくため息をつくと、楓はびくりと肩を震わせた。
「隠せばいい、か」
そう決意して、くしゃりと楓の頭を撫でた。
最近、蓮児の思考が移ってきた気がするのは気のせいという事にしておこう。
「俺の家で働く気はあるか?」
「……え、まあ雇ってくれるな、ら?」
「言ったな」
「なぁ、それってどういう……」
「しっかり働いてもらうぞ」
事情を飲み込めていなくて、ぽかんと口を半開きにしている姿がどうにも間抜けでかわいかった。
スタスタと先に歩き始めると、ハッとして慌てて付いてくる。活気づき始めてきた朝の中、二人で蓮児の待つ家へと帰った。
*
「家ちっさい……」
「妻と二人暮らしだからな」
「結婚してるんだ。意外」
「なんだそれ」
ガラリと戸を開ければ、その隙間からひょこりと楓が顔を出す。勝手に入ろうとしないあたり、礼儀は一応ありそうだ。
奥からスタスタと出迎えに来た蓮児に、しまったと思うももう遅い。自分の他に人がいると想定していなくて当たり前だ。
蓮児は、御守りを身に着けていなかった。
「遅かったな。なにかあったのか……って、どうしたんだよそのガキ」
「……拾ってきた」
「どこで」
「隔世で」
「……はぁ?」
正気か?と口をあんぐり開ける蓮児に少しだけ申し訳なく思うが、多分蓮児だって同じ行動をすると思う。
それを指摘すると、蓮児はむっと口を噤んだ。事情を説明すれば、お人好しめ、とぶつくさ言いながらもなんとか納得してくれた。
お人好しは蓮児も同じだと指摘すれば、また言い返されそうなので黙っておく。
「なあ、柊夜。なんでこいつは女の格好してるのに男の声なんだ」
「……一旦それは置いておこうな」
ちゃんと帰ってきたことだし、いつも通り挨拶をすれば、蓮児は形容しがたい表情をしながら「おかえり」と言ってくれた。
「なあ、アンタ名前は?」
「……蓮児」
「名前は普通なんだな」
楓は蓮児に興味津々のようで、家に上がるなり蓮児の方に近寄っていく。それを面倒くさそうに蓮児はあしらっていた。
「俺、こいつ嫌い」
ぎゅっと顔を顰めながら、恨みがましそうにこちらを見てくる蓮児は、いつもよりも子供っぽかった。
「なぁなぁ、柊夜の妻って本当?男なのに?」
「じゃあ言うが、柊夜だって女だけど俺の夫だぞ」
相手するのが鬱陶しくなったんだろう。蓮児は矛先をこちらに向けてきた。にやりと笑う蓮児と、唖然とする楓を見るに、なんだかんだ言って相性がいいと思う。……多分。
「ほんと!?」
「本人に聞いてみろ」
「……まずは朝餉が先だ」
自分の口からは、それを言うのが精一杯だった。逃げるなよ、と軽口を叩く蓮児を軽く睨む。
しかし、どちらともなく笑みが溢れてしまってだめだった。
