次の日の朝。なるべくいつも通りの時間に起きて、台所に向かった。少し緊張しながら中を覗く。いつもなら先に香蓮がてきぱきと作業している時間だが、そこに香蓮……蓮児の姿はなかった。
一応、玄関を見に行く。ちゃんと二足揃えて置いてあったことから、何も言わずに出ていったわけではなさそうだ。
蓮児に与えていた部屋を見に行こうとも一瞬思ったが、それはさすがにやめた。
「あ、」
「お、おはよう……ございます」
先に朝餉を作ってしまおうと再度台所に向かっている途中、台所の前で躊躇している蓮児と目が合った。
女物の着物を着たまま、蓮児は居心地悪そうに指をせわしなく絡めている。声は素の低い声で、化粧だってしていない。それがよりちぐはぐな印象を与えていた。
「……なんでまだその姿でいるんだ」
「や、俺も迷ったんだけど……他に着るもんないし」
やっぱり変だよな、と袖を摘まみながら蓮児は溜息をついた。
切り替えるように朝餉の準備に取り掛かるが、どこかぎこちないのが新鮮だった。
ぽつぽつと喋る蓮児の声は聞き慣れていなくて困惑してしまう。
香蓮の声は鈴を転がすような声だったが、今の蓮児の声は深みがありながらも少年のような軽さを残している。作られた声である自分とは程遠い。
「あの声って、裏声だったのか?」
「違う。籠谷の術でそう聞こえるようになってただけ」
「……そうか」
籠谷は隔世と現実を隔てる結界を担っている家だ。人の認識を歪めることなど朝飯前なのだろう。
「そういう……アンタは?」
「柊花でいい。私は……薬で潰した」
朝から変な空気にしたくなくて、なるべく軽く言おうと思った。さらりと流せるくらい自然に。でも蓮児は、ぴたりと包丁を止めてしまう。
「……潰された、の間違いだろ」
蓮児は怒っているようだった。それを見たくなくて、鍋をかき混ぜるのに集中する。
自分の弱いところを的確についてくるところだけは、どうしても苦手だった。
「ほら、早く朝餉を食べよう。髪を梳いてもらう時間がなくなってしまう」
げほっ、と隣から噎せる音が聞こえて、少しだけ溜飲が下がる。自分だけ蓮児に振り回されるのは真っ平御免だった
*
食後、昨日と同じように鏡台の前に座り、蓮児に髪を結ってもらう。
依然として櫛を通す手つきは丁寧で、この時間はけっこう気に入っていた。この時間が無くならなかったことに、少しだけ安心した自分がいる。
「……なあ、隔世ってどんな所なんだ」
「どんな所って言われても……現実とあまり変わらないぞ」
ふーん。と、聞いておきながら気のない返事をする蓮児に少しムッとする。
横髪を拾う際に、指が頬に当たって擽ったかった。
「これも隔世で?」
「ん?ああ……任務を任せられてすぐだから……15の時かな」
左頬には横に走った切り傷がある。幽鬼に爪で斬られたものだった。もうだいぶ薄くなってはいるものの、元々色が薄い肌にその傷はよく目立った。
その傷を、蓮児は指でなぞっていく。けして力を入れないように慎重になりながら。
「蓮児、くすぐったい」
「……」
軽い抗議に耳も貸さず、蓮児はぎゅっと眉を寄せていた。自分が負ったわけでもないのに。その様子を、鏡越しに見る。
その視線に気づいたのだろう。蓮児はパッと指を離すと、また髪を結ぶ作業に戻った。
「別に同情してるわけじゃないけど。コレを負わない道もあったはずなのにな、って」
「……そうか」
頷いておくが、心のどこかで否定している自分もいた。霞城柊夜として生きているのならば、傷を作ることは避けられないだろう。
もしあり得るとするならば、兄が生きている時のみだ。
女としてあのまま生きている自分を想像して、少し笑ってしまう。霞城家の繁栄のために見知らぬ男に嫁がされるのがオチだ。
「じゃあその道の先で、蓮児は何しているんだろうな」
「……使用人のままだな、きっと」
その姿を想像したのだろう。げんなりした声音に、よっぽど実家が嫌なのだろうと察せられた。それこそ女装も苦ではない程に。少し前、必死に自分を説得してこの家に残り続けようとした姿を思い出す。
じゃあ、なぜ籠谷家はわざわざ女装をさせてまで蓮児を送り込んだのだろうと疑問が湧いた。親戚筋の女でも、そこら辺の使用人でもよかっただろうに。男だとバレてしまえば、霞城家への弱みを握らせることになると分かっていたはずなのに。
それを蓮児に問うてみれば、呆れたように顔を歪ませた。
「大方体のいい厄介払いだろ。俺は結界を張る才能がなかったからな。飼い殺しにするにも継承権に絡んで邪魔だし」
失敗しても切るだけでいいからな、と親指で首を斬る動作をしながら、蓮児は苦々しく笑っている。
「まあこの家で楽しく暮らせるし、万々歳だけどな」
そう言い切って、また手を動かす蓮児に、目を細める。自分との生活を楽しいと言ってくれるのが嬉しかった。
自分は、蓮児のこの割り切りの良さについて行けなかった。うじうじせずに前を向いている姿は少し眩しい。
「ほらできた」
「ありがとう……ん?」
いつもの癖で一つに纏められた髪を触って、違和感に気づく。一房だけ、感触が違った。細かく三つ編みをされている。
何度もそこを触っていると、背後から含み笑いが聞こえてきた。
「こんくらい許してくれよ」
いつも同じじゃ飽きるから。そう言い訳して、蓮児は膝を払いながら立ち上がる。そろそろ家を出ろと促しているのだろう。
これくらいならいいか、と思ってしまう理由が、自分でも分からなかった。
*
そんなやり取りを重ねるうちに、気づけば数週間が過ぎていた。八月の初め。暑さが盛りを迎える頃である。
「旦那サマ、今日の帰りは?」
玄関の壁に寄りかかりながら、蓮児がくあ、とあくびをしながら聞いてきた。時々蓮児は茶化しては自分のことを「旦那サマ」と言う。だから自分も時々「香蓮」と呼ぶ。すると蓮児は、むずがゆそうに顔を顰める。それが面白かった。
家の中に居る時くらい女装をやめればいい、と提言したら、じゃあ柊花も男装をやめろと言われてしまったのでこの話は平行線のままだ。……きっと、自分のことを気遣ってのことだろう。
「書類が立て込んでるから遅くなるかもしれない。先に食べててくれ」
「それじゃあお言葉に甘えて」
随分と勝手な「嫁」だなと笑いながら、戸に手をかける。きっと、蓮児は宣言通り先に夕餉を食べているだろう。でも、手を止めて玄関まで足を運んで「おかえり」と言ってくれる。
蓮児は、そういう奴だから。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
袖を押さえずに、ひらひらと手を振って見送る姿は、とても良い「嫁」には見えない。所作は雑で……そう、とても男らしい。
友人を見送るような気安さだ。それが少しありがたくて、自分も小さく振り返した。
そしたら少し驚いてて、悪戯が成功したような気持ちになる。晴れやかな気持ちで、夏の日差しの中を歩きだした。
その日は、当真と一緒に街へ幽鬼の調査に赴いていた。
夜、隣を歩いていたはずの相手が目の前で消えた……亭主が帰って来ない……そんな失踪事件が、ここ最近帝都で多発していたからである。
「なーんか最近お洒落になったよなぁ」
「は?」
ほら、髪だよ。そう言って、当真は丸めた資料で髪をつついてくる。やめろ、と手を払いながら距離を取れば、にやにやと気色の悪い笑みを浮かべてきた。こうなった時の当真が面倒なのは、経験上よく知っている。
「奥さんと仲良くやってんの?」
「まあそんな所だな」
意趣返しをしたくてわざと正直に答えれば、予想通り目を丸くしているのだから面白かった。
「え。うっそお前本気か?」
「妻も脛に傷を持っていただけだ」
当真は自分が大怪我を負って一ヶ月ほど療養していたのを知っている。女だとバレていないのか心配だったのだろう。暗に共犯者だと伝えれば、合点がいったように頷いている。
「ふーん。寧ろ、女同士で気楽かもな」
「……そうだな」
その言葉には適当に答えておく。当真のことを信頼はしているが、蓮児の正体についてまだ告げるつもりはなかった。
「贈り物は喜んでたか?」
「ああ、無駄にならずに済んだ」
本来は「香蓮」の身支度にと贈ったものだが、現状櫛は自分に向けて使われている。質のいい櫛は使い心地が違うな、とは蓮児の言である。
あの歯の欠けた櫛は、使用人仲間の女性から譲ってもらったものらしく、大事そうに仕舞っているのを見た。
蓮児は自身が思っているよりもずっと情に厚い。それは自分自身がよく知っている。
「なんだかんだ上手くいっているようでよかった」
「私自身も驚いてる……あ」
慌てて周囲を見渡すも、幸い知り合いは居なかった。外であるというのに、素の一人称が出たのはこれが初めてのことだった。
もし隣にいたのが当真でなかったら……ぞっとしない話だ。舌打ちをすれば、隣で当真が肩を竦めたのが視界の端に映る。
「珍し。奥さんに骨抜きにされたか」
「うるさい」
反論できていないのが答えだった。これ以上詮索されたくなくて、自然と歩く歩幅を大きくすれば、後ろから当真がのんびりと追いかけてくる。
「会ってみたいなぁ」
「……」
不穏な言葉を聞かないふりをして、手元の資料へと集中する。はやく帰宅したかった。
*
二人の軍人とすれ違った後。日傘を傾けて、一人の女性が振り返った。
軍人のうち銀髪の方……霞城柊夜の方を見ながら、面白そうに首をかしげる。
「あら。あれって柊花ちゃんかしら」
その瞳は、彼と同じく紫の瞳を持っていた。
紅く彩られた唇が弧を描く。懐かしい玩具を見つけたというように。
一応、玄関を見に行く。ちゃんと二足揃えて置いてあったことから、何も言わずに出ていったわけではなさそうだ。
蓮児に与えていた部屋を見に行こうとも一瞬思ったが、それはさすがにやめた。
「あ、」
「お、おはよう……ございます」
先に朝餉を作ってしまおうと再度台所に向かっている途中、台所の前で躊躇している蓮児と目が合った。
女物の着物を着たまま、蓮児は居心地悪そうに指をせわしなく絡めている。声は素の低い声で、化粧だってしていない。それがよりちぐはぐな印象を与えていた。
「……なんでまだその姿でいるんだ」
「や、俺も迷ったんだけど……他に着るもんないし」
やっぱり変だよな、と袖を摘まみながら蓮児は溜息をついた。
切り替えるように朝餉の準備に取り掛かるが、どこかぎこちないのが新鮮だった。
ぽつぽつと喋る蓮児の声は聞き慣れていなくて困惑してしまう。
香蓮の声は鈴を転がすような声だったが、今の蓮児の声は深みがありながらも少年のような軽さを残している。作られた声である自分とは程遠い。
「あの声って、裏声だったのか?」
「違う。籠谷の術でそう聞こえるようになってただけ」
「……そうか」
籠谷は隔世と現実を隔てる結界を担っている家だ。人の認識を歪めることなど朝飯前なのだろう。
「そういう……アンタは?」
「柊花でいい。私は……薬で潰した」
朝から変な空気にしたくなくて、なるべく軽く言おうと思った。さらりと流せるくらい自然に。でも蓮児は、ぴたりと包丁を止めてしまう。
「……潰された、の間違いだろ」
蓮児は怒っているようだった。それを見たくなくて、鍋をかき混ぜるのに集中する。
自分の弱いところを的確についてくるところだけは、どうしても苦手だった。
「ほら、早く朝餉を食べよう。髪を梳いてもらう時間がなくなってしまう」
げほっ、と隣から噎せる音が聞こえて、少しだけ溜飲が下がる。自分だけ蓮児に振り回されるのは真っ平御免だった
*
食後、昨日と同じように鏡台の前に座り、蓮児に髪を結ってもらう。
依然として櫛を通す手つきは丁寧で、この時間はけっこう気に入っていた。この時間が無くならなかったことに、少しだけ安心した自分がいる。
「……なあ、隔世ってどんな所なんだ」
「どんな所って言われても……現実とあまり変わらないぞ」
ふーん。と、聞いておきながら気のない返事をする蓮児に少しムッとする。
横髪を拾う際に、指が頬に当たって擽ったかった。
「これも隔世で?」
「ん?ああ……任務を任せられてすぐだから……15の時かな」
左頬には横に走った切り傷がある。幽鬼に爪で斬られたものだった。もうだいぶ薄くなってはいるものの、元々色が薄い肌にその傷はよく目立った。
その傷を、蓮児は指でなぞっていく。けして力を入れないように慎重になりながら。
「蓮児、くすぐったい」
「……」
軽い抗議に耳も貸さず、蓮児はぎゅっと眉を寄せていた。自分が負ったわけでもないのに。その様子を、鏡越しに見る。
その視線に気づいたのだろう。蓮児はパッと指を離すと、また髪を結ぶ作業に戻った。
「別に同情してるわけじゃないけど。コレを負わない道もあったはずなのにな、って」
「……そうか」
頷いておくが、心のどこかで否定している自分もいた。霞城柊夜として生きているのならば、傷を作ることは避けられないだろう。
もしあり得るとするならば、兄が生きている時のみだ。
女としてあのまま生きている自分を想像して、少し笑ってしまう。霞城家の繁栄のために見知らぬ男に嫁がされるのがオチだ。
「じゃあその道の先で、蓮児は何しているんだろうな」
「……使用人のままだな、きっと」
その姿を想像したのだろう。げんなりした声音に、よっぽど実家が嫌なのだろうと察せられた。それこそ女装も苦ではない程に。少し前、必死に自分を説得してこの家に残り続けようとした姿を思い出す。
じゃあ、なぜ籠谷家はわざわざ女装をさせてまで蓮児を送り込んだのだろうと疑問が湧いた。親戚筋の女でも、そこら辺の使用人でもよかっただろうに。男だとバレてしまえば、霞城家への弱みを握らせることになると分かっていたはずなのに。
それを蓮児に問うてみれば、呆れたように顔を歪ませた。
「大方体のいい厄介払いだろ。俺は結界を張る才能がなかったからな。飼い殺しにするにも継承権に絡んで邪魔だし」
失敗しても切るだけでいいからな、と親指で首を斬る動作をしながら、蓮児は苦々しく笑っている。
「まあこの家で楽しく暮らせるし、万々歳だけどな」
そう言い切って、また手を動かす蓮児に、目を細める。自分との生活を楽しいと言ってくれるのが嬉しかった。
自分は、蓮児のこの割り切りの良さについて行けなかった。うじうじせずに前を向いている姿は少し眩しい。
「ほらできた」
「ありがとう……ん?」
いつもの癖で一つに纏められた髪を触って、違和感に気づく。一房だけ、感触が違った。細かく三つ編みをされている。
何度もそこを触っていると、背後から含み笑いが聞こえてきた。
「こんくらい許してくれよ」
いつも同じじゃ飽きるから。そう言い訳して、蓮児は膝を払いながら立ち上がる。そろそろ家を出ろと促しているのだろう。
これくらいならいいか、と思ってしまう理由が、自分でも分からなかった。
*
そんなやり取りを重ねるうちに、気づけば数週間が過ぎていた。八月の初め。暑さが盛りを迎える頃である。
「旦那サマ、今日の帰りは?」
玄関の壁に寄りかかりながら、蓮児がくあ、とあくびをしながら聞いてきた。時々蓮児は茶化しては自分のことを「旦那サマ」と言う。だから自分も時々「香蓮」と呼ぶ。すると蓮児は、むずがゆそうに顔を顰める。それが面白かった。
家の中に居る時くらい女装をやめればいい、と提言したら、じゃあ柊花も男装をやめろと言われてしまったのでこの話は平行線のままだ。……きっと、自分のことを気遣ってのことだろう。
「書類が立て込んでるから遅くなるかもしれない。先に食べててくれ」
「それじゃあお言葉に甘えて」
随分と勝手な「嫁」だなと笑いながら、戸に手をかける。きっと、蓮児は宣言通り先に夕餉を食べているだろう。でも、手を止めて玄関まで足を運んで「おかえり」と言ってくれる。
蓮児は、そういう奴だから。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
袖を押さえずに、ひらひらと手を振って見送る姿は、とても良い「嫁」には見えない。所作は雑で……そう、とても男らしい。
友人を見送るような気安さだ。それが少しありがたくて、自分も小さく振り返した。
そしたら少し驚いてて、悪戯が成功したような気持ちになる。晴れやかな気持ちで、夏の日差しの中を歩きだした。
その日は、当真と一緒に街へ幽鬼の調査に赴いていた。
夜、隣を歩いていたはずの相手が目の前で消えた……亭主が帰って来ない……そんな失踪事件が、ここ最近帝都で多発していたからである。
「なーんか最近お洒落になったよなぁ」
「は?」
ほら、髪だよ。そう言って、当真は丸めた資料で髪をつついてくる。やめろ、と手を払いながら距離を取れば、にやにやと気色の悪い笑みを浮かべてきた。こうなった時の当真が面倒なのは、経験上よく知っている。
「奥さんと仲良くやってんの?」
「まあそんな所だな」
意趣返しをしたくてわざと正直に答えれば、予想通り目を丸くしているのだから面白かった。
「え。うっそお前本気か?」
「妻も脛に傷を持っていただけだ」
当真は自分が大怪我を負って一ヶ月ほど療養していたのを知っている。女だとバレていないのか心配だったのだろう。暗に共犯者だと伝えれば、合点がいったように頷いている。
「ふーん。寧ろ、女同士で気楽かもな」
「……そうだな」
その言葉には適当に答えておく。当真のことを信頼はしているが、蓮児の正体についてまだ告げるつもりはなかった。
「贈り物は喜んでたか?」
「ああ、無駄にならずに済んだ」
本来は「香蓮」の身支度にと贈ったものだが、現状櫛は自分に向けて使われている。質のいい櫛は使い心地が違うな、とは蓮児の言である。
あの歯の欠けた櫛は、使用人仲間の女性から譲ってもらったものらしく、大事そうに仕舞っているのを見た。
蓮児は自身が思っているよりもずっと情に厚い。それは自分自身がよく知っている。
「なんだかんだ上手くいっているようでよかった」
「私自身も驚いてる……あ」
慌てて周囲を見渡すも、幸い知り合いは居なかった。外であるというのに、素の一人称が出たのはこれが初めてのことだった。
もし隣にいたのが当真でなかったら……ぞっとしない話だ。舌打ちをすれば、隣で当真が肩を竦めたのが視界の端に映る。
「珍し。奥さんに骨抜きにされたか」
「うるさい」
反論できていないのが答えだった。これ以上詮索されたくなくて、自然と歩く歩幅を大きくすれば、後ろから当真がのんびりと追いかけてくる。
「会ってみたいなぁ」
「……」
不穏な言葉を聞かないふりをして、手元の資料へと集中する。はやく帰宅したかった。
*
二人の軍人とすれ違った後。日傘を傾けて、一人の女性が振り返った。
軍人のうち銀髪の方……霞城柊夜の方を見ながら、面白そうに首をかしげる。
「あら。あれって柊花ちゃんかしら」
その瞳は、彼と同じく紫の瞳を持っていた。
紅く彩られた唇が弧を描く。懐かしい玩具を見つけたというように。
