大庭光。
第一印象、席が一つ前の男。
本当、それだけ。まあ、初めて同じクラスになったらそんなもん。
人を気になっていくってのは、やっぱ出来事がある。人によってはそれが「一目惚れ」の人もいる。まあ置いておこう。今回の俺は違った。
第二印象、羞恥心強そうだな。ここから俺の中では決定的に世界が変わった。
確か、数学の授業だったかな。先生に指名されて答えて失敗して。先生は「まあ、習ったばかりですから、むしろどんどん間違えていきましょう。」って言っていたけれど、大庭は席で自分の肩を抱いて小さくなっていた。「無理無理無理恥ずか死ぬ。死にてぇ死にてぇ死にてぇ」って呟いていた。そんなにか、と思った。それでかな、気になってしまう。ときどき目が大庭を追っている。
そして第三印象、自分のこと嫌いなんだ。
放課後、ロッカーに置いて行った数学の教科書を取りに行ったとき、聞こえてしまった。あいつ、「あー俺きっしょ、死ねよ」って言ってたんだぜ? 誰もいない教室で、自分の席の上に置いたリュックを抱きしめて、顔をうずめて。正直、わからなくはなかった。だけど、一人のときに言うほどか、とは思う。でもその日は数学の教科書は諦めた。流石に空気は読める。
それからというもの、松田とか友達と話している大庭を見ると「あーあいつ、今あんなこと思ってるのかな。」なんて思って、やっぱり目が追っている。むしろ、以前よりももっとずっと。
そうしていると、おのずと大庭光という人間像が見えてくる。あいつ、結構いいやつだ。松田のバカも笑って拾うし、消しゴム忘れたやつに横から差し出すし、新学期早々に合コンで失敗した(これもまた)松田を慰めるし。じゃあ次に思うことは? 「なのになんであんなに自分のこと嫌いなんだ?」だろ。そうやって考えていると、どんどん俺の中の大庭は大きくなっていった。
ただそれだけじゃない。不思議なことに俺は「大庭のことを一番見てるのは俺だ」なんて考えるようになったんだ。そこから違和感はあった。実際、クラスの中で大庭のことを見ているのは俺だったと思う。じゃあなんでそんな独占欲まがいの感情を抱くか、そもそもなんでこんなに大庭のことを見ているか、考えた。
あ、これ、恋?
いや、無理があるように思えたし、こじつけだろと思って考え直した。
……う~ん、やっぱ恋しかなくね?
ということで高二始まって早々の恋を自覚した俺は、大庭を意識するようになった。ただ、去年のクラスメイトとつるみがちだったり、そもそも日が浅かったりで、あまり大庭と話せる機会なんてなかった。むしろ思い返せば、たった二週間だけでこんなこと考えてたんか忙しいな俺、とすら思う。
そんなとき、部活の体験入部期間がやってきた。帰宅部の大庭をキャッチして話すきっかけを作ろうと思った。しかし、生徒玄関前で声を張り上げて待つこと三日(気が短い!)、大庭を見かけない。そこで、仲の良い家庭科部のやつに事情を話し、仕事を押し付けて大庭を探しに出かけた。見つけた大庭は教室で黙ってスマホをいじっていた。何を見ているのか、くすっと笑った。んっ、かっわいい~。俺はこのとき思った。絶対にこの機会で話す!
だから捕まえた。マジで捕まえれた。思い返す必要もなく、しつこかったと思う。でも、すごく嫌って顔をしてなかったと思うのは俺だけ? 少なくとも逃げられはしなかったから上出来。きっとあれは何の勧誘でもなく、街角でアメリカ人がするナンパと同じだった。
でもいい、おかげで大庭と仲良くなれた。いつだって隣にいる。流石に仲が良すぎるくらい。つかコミュニケーション能力高すぎるみんな。大庭と仲良くなったら芋づる式で松田とも他の友達とも仲良くなった。ツレのツレはみんなダチってな。そんなもんか、男は。
で、大庭の隣にいるようになってから結構俺はアピールをしてきたつもりだ。
合コンに誘われたときは大庭が行くなら行くと言ったり、二人だけでトイレに行ったときは嫉妬して少し問い詰めたし。でもあのとき大庭は松田を褒めて慰めてたんだって。松田本人にも後で尋ねた。やっぱりそういうところが大庭のいいところだ。いつか全部伝えたい。
褒めてほしがったり、何度も二人だけでファミレスに行って勉強を教えたし。どんなときだって意識してもらえるように努力してきた。その甲斐あってか、多分大庭は俺にオちた。ファミレスでテーブルに突っ伏したまま顔を真っ赤にしていた。そのときはどこにオちたんだと思ったけど、積み重ねだろう。
翌日の学校で昼休み、一緒に弁当を食べてたとき、俺の玉子焼きをうまそうって言ってのぞきこんできたから「あーん」っつって食べさせようとしたら最初大口を開け、その後に気づいたようで「やっぱいい!」なんて真っ赤な顔で押し返してきた。ちなみに松田が食わせようとしたらトーゼンって顔で食っていた。間違いないだろこれは。
だから、やっとの思いでタイミングを見て告白した。やっと、とは言ってもまだ二カ月くらいしか経っていないけど。まあ、付き合いがそんなもんじゃ大庭は「どこを?」って思うだろうな。
「……え、っと……ごめん、それは……え? どういう“好き”?」
大庭は酷く困惑した様子で俺を見た。
「恋愛感情の”好き”。」
大庭がまっすぐに向いてくれるなら、俺は大庭にまっすぐに答えよう。
「えー……」
呆けた様子の大庭は、どこかここからずれた場所に思考があるように見える。その瞳に俺が映っているか、わからない。
「ごめん、えっと……保留で、お願いできますか。」
よそよそしい口調。わかってはいたけど、すこし胸の奥にチクリと刺さる。
「いくらでも待つ」
心の整理ができるまで、いくらでも。しかしそう言うと大庭はバツが悪そうに「あ……」と何か言い淀んだ。
「ごめん、色よい返事は多分できない。」
首の後ろに手を当て、うなだれて言った。
……ええ?
いや、まあ大庭だしそんなもんか。……そんなもんか? え、だって大庭俺のこと好きだよね? 一挙一動がそう語っているよ⁇ で、俺も大庭のことが好きだ。そしてそれを伝えた。え、え、
「ど、どうして?」
問い詰めるようにはなりたくないけど、どうしても知りたかった。言葉を選ぶ間もなく、思いは言葉として口から出た。
「え……『どうして』? どうしてって、え、えー……。な、なんで俺のこと好きになったの? 好きになる要素ないじゃん。」
うん、これは想定内。「どこを好きになったの?」って、大庭なら思うのは間違いない。
「……先、」
気まずそうに目を逸らしたまま、給水室を出る。「もどってるね」と言う声は、力なかった。
「……うん」
え、俺フられた?
布団に潜ってようやく頭が冴えてきた。できるなら寝かしてほしかったのだけど。ようやく現状がわかってくるとむしろ頭が興奮して端から少なかった眠気を完全に追い払ってしまった。とりあえず起き上がり、電気を点けないまま勉強机の椅子を引いてその上で膝を抱えた。
身じろぎひとつせずにただ瞬きだけをしていると、だんだんと部屋が明るく見えてきた。黒塗りに藍色の色どりが加わった感じ。それと同時に腹の底からじわじわと何かが湧き上がってくる。悲しい、とは違う気がする。悔しいとかでもない。喪失感、というのが一番近いのだろうけど、そんな大層な言葉はなんだか似合わない。ただ、目頭が熱くて、胸の辺りがツキツキ締まるような、そんな感情。
でもまだ実際にフられたわけじゃないのに泣くのは情けないので、膝に顔を押し付けて呼吸をゆっくりとした。空気を吸うたび、腹の底が涼しくなるようだ。膝の骨がちょうどまぶた越しに目玉を押して少し痛い。
……でも、そっか、
「フられるのかあ……。」
言葉にしてみると、あまり重みを感じなかった。むしろ、まあいっかとすら思えた。そんなはず、きっとないのに。
そっかぁ……。
「……そっかぁ……。」
ズボンの膝より少し上のあたりが、しんみりと湿った。
翌朝、大庭は割と普通だった。かくいう俺も、割と普通だった。ただときどき触れそうなときとかは、目に見えて驚いた……というよりは怯えた様子をしていた。うーん傷つくなあ。まあ、そんなもんか。きっとそんなもんだ。
「大庭~、歩き食いはやめましょ~。」
「えー? だってうまそうだったんだもん。」
松田の言葉に不貞腐れる。もん、だって。もん、だって‼︎ はーかわいいかよ、俺がお前のこと食ったろか。ながらなんかで絶対しないから。……大事にするのに。
「どれ、食わせて。」
松田の言葉に、ん、とパンを差し出す。
「うん、うまいな。」
「だろ⁈ さっすが!」
食い気味に言い、胸を叩く。すごく誇らしげでかわいい。でも大庭がドヤることじゃないかな〜。
……て、いつまでも大庭のことをかわいいとか思ってたら後で俺が傷つくんだよな。でも、せめてもう少し後にしてほしい。だって好きなんだ。こんなにも好きになってしまったんだ。
第一印象、席が一つ前の男。
本当、それだけ。まあ、初めて同じクラスになったらそんなもん。
人を気になっていくってのは、やっぱ出来事がある。人によってはそれが「一目惚れ」の人もいる。まあ置いておこう。今回の俺は違った。
第二印象、羞恥心強そうだな。ここから俺の中では決定的に世界が変わった。
確か、数学の授業だったかな。先生に指名されて答えて失敗して。先生は「まあ、習ったばかりですから、むしろどんどん間違えていきましょう。」って言っていたけれど、大庭は席で自分の肩を抱いて小さくなっていた。「無理無理無理恥ずか死ぬ。死にてぇ死にてぇ死にてぇ」って呟いていた。そんなにか、と思った。それでかな、気になってしまう。ときどき目が大庭を追っている。
そして第三印象、自分のこと嫌いなんだ。
放課後、ロッカーに置いて行った数学の教科書を取りに行ったとき、聞こえてしまった。あいつ、「あー俺きっしょ、死ねよ」って言ってたんだぜ? 誰もいない教室で、自分の席の上に置いたリュックを抱きしめて、顔をうずめて。正直、わからなくはなかった。だけど、一人のときに言うほどか、とは思う。でもその日は数学の教科書は諦めた。流石に空気は読める。
それからというもの、松田とか友達と話している大庭を見ると「あーあいつ、今あんなこと思ってるのかな。」なんて思って、やっぱり目が追っている。むしろ、以前よりももっとずっと。
そうしていると、おのずと大庭光という人間像が見えてくる。あいつ、結構いいやつだ。松田のバカも笑って拾うし、消しゴム忘れたやつに横から差し出すし、新学期早々に合コンで失敗した(これもまた)松田を慰めるし。じゃあ次に思うことは? 「なのになんであんなに自分のこと嫌いなんだ?」だろ。そうやって考えていると、どんどん俺の中の大庭は大きくなっていった。
ただそれだけじゃない。不思議なことに俺は「大庭のことを一番見てるのは俺だ」なんて考えるようになったんだ。そこから違和感はあった。実際、クラスの中で大庭のことを見ているのは俺だったと思う。じゃあなんでそんな独占欲まがいの感情を抱くか、そもそもなんでこんなに大庭のことを見ているか、考えた。
あ、これ、恋?
いや、無理があるように思えたし、こじつけだろと思って考え直した。
……う~ん、やっぱ恋しかなくね?
ということで高二始まって早々の恋を自覚した俺は、大庭を意識するようになった。ただ、去年のクラスメイトとつるみがちだったり、そもそも日が浅かったりで、あまり大庭と話せる機会なんてなかった。むしろ思い返せば、たった二週間だけでこんなこと考えてたんか忙しいな俺、とすら思う。
そんなとき、部活の体験入部期間がやってきた。帰宅部の大庭をキャッチして話すきっかけを作ろうと思った。しかし、生徒玄関前で声を張り上げて待つこと三日(気が短い!)、大庭を見かけない。そこで、仲の良い家庭科部のやつに事情を話し、仕事を押し付けて大庭を探しに出かけた。見つけた大庭は教室で黙ってスマホをいじっていた。何を見ているのか、くすっと笑った。んっ、かっわいい~。俺はこのとき思った。絶対にこの機会で話す!
だから捕まえた。マジで捕まえれた。思い返す必要もなく、しつこかったと思う。でも、すごく嫌って顔をしてなかったと思うのは俺だけ? 少なくとも逃げられはしなかったから上出来。きっとあれは何の勧誘でもなく、街角でアメリカ人がするナンパと同じだった。
でもいい、おかげで大庭と仲良くなれた。いつだって隣にいる。流石に仲が良すぎるくらい。つかコミュニケーション能力高すぎるみんな。大庭と仲良くなったら芋づる式で松田とも他の友達とも仲良くなった。ツレのツレはみんなダチってな。そんなもんか、男は。
で、大庭の隣にいるようになってから結構俺はアピールをしてきたつもりだ。
合コンに誘われたときは大庭が行くなら行くと言ったり、二人だけでトイレに行ったときは嫉妬して少し問い詰めたし。でもあのとき大庭は松田を褒めて慰めてたんだって。松田本人にも後で尋ねた。やっぱりそういうところが大庭のいいところだ。いつか全部伝えたい。
褒めてほしがったり、何度も二人だけでファミレスに行って勉強を教えたし。どんなときだって意識してもらえるように努力してきた。その甲斐あってか、多分大庭は俺にオちた。ファミレスでテーブルに突っ伏したまま顔を真っ赤にしていた。そのときはどこにオちたんだと思ったけど、積み重ねだろう。
翌日の学校で昼休み、一緒に弁当を食べてたとき、俺の玉子焼きをうまそうって言ってのぞきこんできたから「あーん」っつって食べさせようとしたら最初大口を開け、その後に気づいたようで「やっぱいい!」なんて真っ赤な顔で押し返してきた。ちなみに松田が食わせようとしたらトーゼンって顔で食っていた。間違いないだろこれは。
だから、やっとの思いでタイミングを見て告白した。やっと、とは言ってもまだ二カ月くらいしか経っていないけど。まあ、付き合いがそんなもんじゃ大庭は「どこを?」って思うだろうな。
「……え、っと……ごめん、それは……え? どういう“好き”?」
大庭は酷く困惑した様子で俺を見た。
「恋愛感情の”好き”。」
大庭がまっすぐに向いてくれるなら、俺は大庭にまっすぐに答えよう。
「えー……」
呆けた様子の大庭は、どこかここからずれた場所に思考があるように見える。その瞳に俺が映っているか、わからない。
「ごめん、えっと……保留で、お願いできますか。」
よそよそしい口調。わかってはいたけど、すこし胸の奥にチクリと刺さる。
「いくらでも待つ」
心の整理ができるまで、いくらでも。しかしそう言うと大庭はバツが悪そうに「あ……」と何か言い淀んだ。
「ごめん、色よい返事は多分できない。」
首の後ろに手を当て、うなだれて言った。
……ええ?
いや、まあ大庭だしそんなもんか。……そんなもんか? え、だって大庭俺のこと好きだよね? 一挙一動がそう語っているよ⁇ で、俺も大庭のことが好きだ。そしてそれを伝えた。え、え、
「ど、どうして?」
問い詰めるようにはなりたくないけど、どうしても知りたかった。言葉を選ぶ間もなく、思いは言葉として口から出た。
「え……『どうして』? どうしてって、え、えー……。な、なんで俺のこと好きになったの? 好きになる要素ないじゃん。」
うん、これは想定内。「どこを好きになったの?」って、大庭なら思うのは間違いない。
「……先、」
気まずそうに目を逸らしたまま、給水室を出る。「もどってるね」と言う声は、力なかった。
「……うん」
え、俺フられた?
布団に潜ってようやく頭が冴えてきた。できるなら寝かしてほしかったのだけど。ようやく現状がわかってくるとむしろ頭が興奮して端から少なかった眠気を完全に追い払ってしまった。とりあえず起き上がり、電気を点けないまま勉強机の椅子を引いてその上で膝を抱えた。
身じろぎひとつせずにただ瞬きだけをしていると、だんだんと部屋が明るく見えてきた。黒塗りに藍色の色どりが加わった感じ。それと同時に腹の底からじわじわと何かが湧き上がってくる。悲しい、とは違う気がする。悔しいとかでもない。喪失感、というのが一番近いのだろうけど、そんな大層な言葉はなんだか似合わない。ただ、目頭が熱くて、胸の辺りがツキツキ締まるような、そんな感情。
でもまだ実際にフられたわけじゃないのに泣くのは情けないので、膝に顔を押し付けて呼吸をゆっくりとした。空気を吸うたび、腹の底が涼しくなるようだ。膝の骨がちょうどまぶた越しに目玉を押して少し痛い。
……でも、そっか、
「フられるのかあ……。」
言葉にしてみると、あまり重みを感じなかった。むしろ、まあいっかとすら思えた。そんなはず、きっとないのに。
そっかぁ……。
「……そっかぁ……。」
ズボンの膝より少し上のあたりが、しんみりと湿った。
翌朝、大庭は割と普通だった。かくいう俺も、割と普通だった。ただときどき触れそうなときとかは、目に見えて驚いた……というよりは怯えた様子をしていた。うーん傷つくなあ。まあ、そんなもんか。きっとそんなもんだ。
「大庭~、歩き食いはやめましょ~。」
「えー? だってうまそうだったんだもん。」
松田の言葉に不貞腐れる。もん、だって。もん、だって‼︎ はーかわいいかよ、俺がお前のこと食ったろか。ながらなんかで絶対しないから。……大事にするのに。
「どれ、食わせて。」
松田の言葉に、ん、とパンを差し出す。
「うん、うまいな。」
「だろ⁈ さっすが!」
食い気味に言い、胸を叩く。すごく誇らしげでかわいい。でも大庭がドヤることじゃないかな〜。
……て、いつまでも大庭のことをかわいいとか思ってたら後で俺が傷つくんだよな。でも、せめてもう少し後にしてほしい。だって好きなんだ。こんなにも好きになってしまったんだ。
