我が校の文化祭は他より早く、一学期にはもうやってしまうのだ。だから、新学年は非常に忙しい。文化祭準備は体験入部期間に食い込んで行われるため、放課後はみんながみんな血眼になって集中して作業しなければならない。そのうえ直前に中間試験もやってくるのだ。これが一学期の鬼トリオである。いや、一学期どころか一年の中で見ても有数な鬼期間だ。
さて、ではこの期間、文化祭準備に最もいそしめる、つまりは最も手が空いているのは誰だろうか。そんなの訊くまでもなく、俺のような帰宅部員だ。
まったく、何を言っているのだろう。帰宅部というのはテスト前期間でも休みになることのない超ブラックな部活であるというのに。
と、冗談はさておき、この期間の帰宅部員は、本気で「やっぱ部活入ろっかな」と思うほどに忙しい。文化祭準備というのは、まず授業の時間で与えられたタイミングでなんの店をやるかを決め、その後は放課後と授業時間、休み時間までをも駆使して具体的な方向性などを決めていく。それが終われば本当の地獄がやってくる。内装、衣装、商品(出す店の場合により)の準備だ。
あああああ‼︎ 嫌だぁ‼︎ 中間試験! 正直これが一番嫌だ!
「うぅ〜、勉強したくねえよぉ〜。」
机に突っ伏してしくしくとする。頭の上の両手には、一発で開いたままの英語の教科書があった。もちろん、勉強を始めようとして断念した姿だ。
「おーよしよし」
まっちゃんの手が、何気に髪を乱さないように気をつけてくれながら、後頭部あたりをを行ったり来たりする。ところでこいつもそこそこ切迫詰まっているはずだ。やはり性格だろうか、この差は。
「河合!」
顔を起こしながら振り向く。偉いことに数学の問題集をさらさらと解いていた河合が、俺の声にびくりと肩を跳ねさせた。邪魔をしてしまっただろうか。
「わり、今やってる途中だよな。後ででいーや。」
少し申し訳なく思い、両手をぱたぱたさせて勉強へ戻るよう促す。
「や、今教えて。どうせ後になったら忘れるでしょ。」
ぐ、図星だ。なんたって脳みそ三グラムだからな!(※流石にもっとありマス)
「ベンキョ教えてくれねー? ……っつってもバカの相手する暇は流石にねえやんな。そっちは部活もあるし。」
言ってから、ずいぶんなワガママであることに気がついた。だから、なるべく断りやすいように方向転換した。
「や、いいよ。見たげる。」
「マジ⁈ ジーザス!」
案の定、かな、この返答は。余裕綽々、みたいな顔で言う河合に少しテンションが上がる。……けどやっぱ、無理にさせていないか、少し心配だ。
「な、マジで大丈夫? 断っていいんだからな?」
「だーいじょうぶ、大丈夫。」
解いていた問題を解答と参照しながらさらさら丸をつけていく。やっぱり偉いな、こいつは。
「つか、俺に教えてって、それも大丈夫? 俺クラス順位真ん中くらいだぞ。」
ちらりと視線を上げて尋ねてくる。
「え、」
何を言っているのだろう。
「クラス順位真ん中って、実質上位1割だろ。」
お前は十二分にすごい。
「あー、うん。その感覚は正直わかる。俺も思ってたから。……でも、順位が上半分のやつは、このクラスの半分いるぞ?」
‼︎ 青天の霹靂だ。
「確かに! やっぱお前天才だろ!」
「どうしてそうなった……」
呆れと諦めの混じった様子で手で顔を覆う。だって思いもしなかったんだ、そんなこと。それに気づいたお前は天才だと思う。
「今日の放課後――は部活があるな。つかしばらくあんな。部活の後でもよけりゃ見てやる。」
「マジ? そんなさっそくいいの? じゃあ部活終わったら連絡して〜。俺は文化祭準備で割とてんてこまいだから。」
ぐっと親指を立てる。だから待ち時間は暇ではない。どうぞ焦らず構わず。
「あ、そうじゃん! お前こそ空いてねーじゃん。」
「いーんだよ、必殺サボり。」
「クソみてーな必殺だな」
苦笑いする眉尻が綺麗に垂れ下がっていて、大人びた雰囲気をどことなく感じた。
「あ、そういや、こないだ部活見に行ったとき、文化祭準備〜って言ってたよな?」
ふと思い出したので訊いてみる。
「言ってた?」
「おん。料理と文化祭準備と〜……裁縫? を日ごとに回してく〜って。」
「ああ」
あれね、と人差し指をこちらに向けてくる。「が、どうした?」と、言葉にはされなかったが、首が傾けられる。
「部活の方はもう始めてんだな、って。それだけ。」
「ああ」
なるほど、と頷く。曰く、部活の方がよっぽど機会が少ないため早くから始めなければいけないから、らしい。言われてみれば確かにそうだ。
「んじゃ、放課後よろしく〜」
次の教科の担当が入ってくるのと同時に、ひらひら指先だけを振って前に体を戻した。まっちゃんは急いで席に帰って行った。
ところで俺とさほど点数の変わらないはずのあいつは、「お前も来る?」と河合に訊かれて「いや、いい。」と断っていた。この差はなんなのだろう。ねえ? 思うでしょ。
主に女子を中心として、店のテーマが着々と定まっていく。そして我ら男子は何も聞いていない。こんな調子なら今年は案外楽勝か? と思っていた矢先――
「逆転メイド・執事喫茶ね!」
……ワッツ?
「え、逆転?」
俺だけじゃない。話を聞いていなかった全ての男子たちがムンクの「叫び」のような顔になっている。
「意義あり!」
カンカァンとからになったアルミ缶を床に打ちつけ、一人の男子(と書いて勇者と読む)が手を挙げた。
「どこの層に需要あんだよ!」
それな‼︎ と叫びたかった。周りもうんうんと深く頷いている。紛れて俺も深く、激しく首を縦に振る。
「でも今から考え直す時間あんの? つか聞いてなかったあんたらが悪い。決定ね〜」
鬼である。が、正論でもある。反論の余地なし。男子にはぐっと口をつぐむしか、選択肢は残されていなかった。
「じゃあ手伝って、って大庭は?」
「ん? あっ、いねえ!」
やってられるか。サボってやる。と、思い逃げ出した(男子代表)。廊下にクラスメイトの顔が出てくるよりもはやく、角を曲がる。逃げ込んだ先は家庭科部だった。
息が上がったまま入ったから、落ち着いた様子で椅子に座っている見学者たちに変な目で見られた。
どうやら今日は文化祭準備の日らしい。大きなパネルが壁に立てかけられ、部員のおそらく女子が作ったのであろうロリータ調のドレスが何着かマネキンに着せられていた。その他、刺繍やクッション、ハンカチなど、部員たちの作品は机の上に並べられている。
河合は席で黙々と手元の作業を進めていた。当日の展示の紙を用意しているのか、色の油性ペンが紙をなぞるときれいな字が現れる。時折り色鉛筆に持ち換え、何やらイラストも描いていた。なんだ、全然真面目じゃん。
ちょっぴり自分が恥ずかしくなった。てっきり、河合はもっとサボり魔なのかと思っていた。だから迷わず俺は逃げ出して来たのだ。しかしどうだろう、あの背中はなんとも頼もしい。
ちょんちょん、と以前に見覚えのある顔が河合の肩を人差し指でつっついた。気のせいでなければ、その人差し指は次に俺の方へ向いた。
ぱっと河合の真剣な表情がほどけ、笑顔に塗り替わる。なんだよ、あの犬っころは。尻尾が見えそうな勢いでこっちへ駆けてくる。ああ、気のせいではなかったか。確かに俺を指していたらしい。
「え! 大庭どうしたの! クラスの文化祭準備は?」
不思議そうにしつつも、どことなく嬉しそうでもあった。
「バックれた、逆転メイド・執事喫茶だとよ。」
「ワッツ?」
はじめて聞いたときの俺の心の声と全く同じ反応が返ってくる。
「男どもの冷やかししかこねーじゃん、絶対。」
「それな」
食い気味に同意する。両手のビッと指す指も付けて。
河合はそれにからからと、愉快そうに笑った。俺からすれば笑い事じゃないんだけど。イケメンだからか、イケメンの余裕なのか⁈
「ちくしょう! そっちの進捗はどうなんだよぉ……」
顔に手を当て、嘆きながら尋ねる。いっそもうさっさと、こっちの準備を終わらせてクラスの方に来てくれ。抑止力になるかはたまた着火剤になるかは、二つに一つだ。
「ん〜、まずまず」
くん、と顎で指す。大きなパネル。ほぼもう完成しているように見えるけど……。どこがまずまずなんだよ。大変だっただろうな。
「お前もどこやったの?」
純粋な疑問だった。知りたいと思った。
「えー……っとぉ、あそこからあそこまでと、あとこれとか!」
パネルのあちらからこちらを指し、それから俺の腕を掴み引いて、何枚かのポスターや展示品の一塊を見せた。すごい、たくさんじゃないか。隣に立っている男が、とてもえらく見えた。きらきらと見えた。実際、何かを期待するように河合の瞳はうずうずと輝いている。
「……エライ、エライ。」
そっと、俺より少し……そう少し高い頭を撫でた。髪の毛がたくさんで、もふ、というかふさ、という感触。犬みたいな柔らかさ。犬を飼っていたことはないけど。
一瞬、河合が固まった。石像の幻覚を見るかと思うほどに。おっとしまった、男子高校生の頭を撫でるなんて、まずかったかもしれない。
けれど、離そうとした途端に手首を掴まれ、引き戻された。今度は少し頭が下がっていて、撫でやすかった。いや、別にその前が撫でにくかったわけなどでは断じてないが……。よく懐いた犬公みたいだ。ぶんぶん振られた尻尾が見える。
ぷ、とおかしく思い、吹き出してしまった。むう、と顔をしかめられるので口を抑え、撫でる力を僅かに強く、撫で方を荒っぽくした。
「わっ、ちょっ、髪っ」
文章にはならずとも、何が言いたいのかはわかる。だからこそ、両手にして、もっと目一杯わしゃわしゃと掻き乱す。
「ちょっとぉ⁉︎ 大庭ぁ⁉︎」
にしし、と笑う。すると、いつの間にか見学者の視線がこちらに向いていることに気がついた。部員の中からも、ちらちらと時折こちらを見る人がいた。
あ、騒がしかったか。申し訳ない。恥ずかしくなってぱっと手を離す。そこへちょうどのタイミングで一人がやってくる。河合の肩に腕を回し、体重をかける。
「イチャついてんなよお二人さーん。河合サボんな〜」
聞き覚えのある声、見覚えのある顔。以前来たときにもサボっている河合サボ首根っこを引っ張って行ったやつ。
「スマセン、コレ持って行きます。」
「どーぞ」
そう言って両手のひらを並べてすっと出すと、河合は襟元を引っ張られてまた「あーれー」と連れて行かれた。俺はそれを横目に、ふっと笑って背を向ける。
ドアに手をかけてから、一度振り返る。既にパネルの前にしゃがみ込み、作業を始めている河合。
……エライ、えらい……偉い。
偉いな、河合は。ちゃんとやるべきことをしていて。俺はできないよ、面倒くさくってやりたくないだろ。
さて、ではこの期間、文化祭準備に最もいそしめる、つまりは最も手が空いているのは誰だろうか。そんなの訊くまでもなく、俺のような帰宅部員だ。
まったく、何を言っているのだろう。帰宅部というのはテスト前期間でも休みになることのない超ブラックな部活であるというのに。
と、冗談はさておき、この期間の帰宅部員は、本気で「やっぱ部活入ろっかな」と思うほどに忙しい。文化祭準備というのは、まず授業の時間で与えられたタイミングでなんの店をやるかを決め、その後は放課後と授業時間、休み時間までをも駆使して具体的な方向性などを決めていく。それが終われば本当の地獄がやってくる。内装、衣装、商品(出す店の場合により)の準備だ。
あああああ‼︎ 嫌だぁ‼︎ 中間試験! 正直これが一番嫌だ!
「うぅ〜、勉強したくねえよぉ〜。」
机に突っ伏してしくしくとする。頭の上の両手には、一発で開いたままの英語の教科書があった。もちろん、勉強を始めようとして断念した姿だ。
「おーよしよし」
まっちゃんの手が、何気に髪を乱さないように気をつけてくれながら、後頭部あたりをを行ったり来たりする。ところでこいつもそこそこ切迫詰まっているはずだ。やはり性格だろうか、この差は。
「河合!」
顔を起こしながら振り向く。偉いことに数学の問題集をさらさらと解いていた河合が、俺の声にびくりと肩を跳ねさせた。邪魔をしてしまっただろうか。
「わり、今やってる途中だよな。後ででいーや。」
少し申し訳なく思い、両手をぱたぱたさせて勉強へ戻るよう促す。
「や、今教えて。どうせ後になったら忘れるでしょ。」
ぐ、図星だ。なんたって脳みそ三グラムだからな!(※流石にもっとありマス)
「ベンキョ教えてくれねー? ……っつってもバカの相手する暇は流石にねえやんな。そっちは部活もあるし。」
言ってから、ずいぶんなワガママであることに気がついた。だから、なるべく断りやすいように方向転換した。
「や、いいよ。見たげる。」
「マジ⁈ ジーザス!」
案の定、かな、この返答は。余裕綽々、みたいな顔で言う河合に少しテンションが上がる。……けどやっぱ、無理にさせていないか、少し心配だ。
「な、マジで大丈夫? 断っていいんだからな?」
「だーいじょうぶ、大丈夫。」
解いていた問題を解答と参照しながらさらさら丸をつけていく。やっぱり偉いな、こいつは。
「つか、俺に教えてって、それも大丈夫? 俺クラス順位真ん中くらいだぞ。」
ちらりと視線を上げて尋ねてくる。
「え、」
何を言っているのだろう。
「クラス順位真ん中って、実質上位1割だろ。」
お前は十二分にすごい。
「あー、うん。その感覚は正直わかる。俺も思ってたから。……でも、順位が上半分のやつは、このクラスの半分いるぞ?」
‼︎ 青天の霹靂だ。
「確かに! やっぱお前天才だろ!」
「どうしてそうなった……」
呆れと諦めの混じった様子で手で顔を覆う。だって思いもしなかったんだ、そんなこと。それに気づいたお前は天才だと思う。
「今日の放課後――は部活があるな。つかしばらくあんな。部活の後でもよけりゃ見てやる。」
「マジ? そんなさっそくいいの? じゃあ部活終わったら連絡して〜。俺は文化祭準備で割とてんてこまいだから。」
ぐっと親指を立てる。だから待ち時間は暇ではない。どうぞ焦らず構わず。
「あ、そうじゃん! お前こそ空いてねーじゃん。」
「いーんだよ、必殺サボり。」
「クソみてーな必殺だな」
苦笑いする眉尻が綺麗に垂れ下がっていて、大人びた雰囲気をどことなく感じた。
「あ、そういや、こないだ部活見に行ったとき、文化祭準備〜って言ってたよな?」
ふと思い出したので訊いてみる。
「言ってた?」
「おん。料理と文化祭準備と〜……裁縫? を日ごとに回してく〜って。」
「ああ」
あれね、と人差し指をこちらに向けてくる。「が、どうした?」と、言葉にはされなかったが、首が傾けられる。
「部活の方はもう始めてんだな、って。それだけ。」
「ああ」
なるほど、と頷く。曰く、部活の方がよっぽど機会が少ないため早くから始めなければいけないから、らしい。言われてみれば確かにそうだ。
「んじゃ、放課後よろしく〜」
次の教科の担当が入ってくるのと同時に、ひらひら指先だけを振って前に体を戻した。まっちゃんは急いで席に帰って行った。
ところで俺とさほど点数の変わらないはずのあいつは、「お前も来る?」と河合に訊かれて「いや、いい。」と断っていた。この差はなんなのだろう。ねえ? 思うでしょ。
主に女子を中心として、店のテーマが着々と定まっていく。そして我ら男子は何も聞いていない。こんな調子なら今年は案外楽勝か? と思っていた矢先――
「逆転メイド・執事喫茶ね!」
……ワッツ?
「え、逆転?」
俺だけじゃない。話を聞いていなかった全ての男子たちがムンクの「叫び」のような顔になっている。
「意義あり!」
カンカァンとからになったアルミ缶を床に打ちつけ、一人の男子(と書いて勇者と読む)が手を挙げた。
「どこの層に需要あんだよ!」
それな‼︎ と叫びたかった。周りもうんうんと深く頷いている。紛れて俺も深く、激しく首を縦に振る。
「でも今から考え直す時間あんの? つか聞いてなかったあんたらが悪い。決定ね〜」
鬼である。が、正論でもある。反論の余地なし。男子にはぐっと口をつぐむしか、選択肢は残されていなかった。
「じゃあ手伝って、って大庭は?」
「ん? あっ、いねえ!」
やってられるか。サボってやる。と、思い逃げ出した(男子代表)。廊下にクラスメイトの顔が出てくるよりもはやく、角を曲がる。逃げ込んだ先は家庭科部だった。
息が上がったまま入ったから、落ち着いた様子で椅子に座っている見学者たちに変な目で見られた。
どうやら今日は文化祭準備の日らしい。大きなパネルが壁に立てかけられ、部員のおそらく女子が作ったのであろうロリータ調のドレスが何着かマネキンに着せられていた。その他、刺繍やクッション、ハンカチなど、部員たちの作品は机の上に並べられている。
河合は席で黙々と手元の作業を進めていた。当日の展示の紙を用意しているのか、色の油性ペンが紙をなぞるときれいな字が現れる。時折り色鉛筆に持ち換え、何やらイラストも描いていた。なんだ、全然真面目じゃん。
ちょっぴり自分が恥ずかしくなった。てっきり、河合はもっとサボり魔なのかと思っていた。だから迷わず俺は逃げ出して来たのだ。しかしどうだろう、あの背中はなんとも頼もしい。
ちょんちょん、と以前に見覚えのある顔が河合の肩を人差し指でつっついた。気のせいでなければ、その人差し指は次に俺の方へ向いた。
ぱっと河合の真剣な表情がほどけ、笑顔に塗り替わる。なんだよ、あの犬っころは。尻尾が見えそうな勢いでこっちへ駆けてくる。ああ、気のせいではなかったか。確かに俺を指していたらしい。
「え! 大庭どうしたの! クラスの文化祭準備は?」
不思議そうにしつつも、どことなく嬉しそうでもあった。
「バックれた、逆転メイド・執事喫茶だとよ。」
「ワッツ?」
はじめて聞いたときの俺の心の声と全く同じ反応が返ってくる。
「男どもの冷やかししかこねーじゃん、絶対。」
「それな」
食い気味に同意する。両手のビッと指す指も付けて。
河合はそれにからからと、愉快そうに笑った。俺からすれば笑い事じゃないんだけど。イケメンだからか、イケメンの余裕なのか⁈
「ちくしょう! そっちの進捗はどうなんだよぉ……」
顔に手を当て、嘆きながら尋ねる。いっそもうさっさと、こっちの準備を終わらせてクラスの方に来てくれ。抑止力になるかはたまた着火剤になるかは、二つに一つだ。
「ん〜、まずまず」
くん、と顎で指す。大きなパネル。ほぼもう完成しているように見えるけど……。どこがまずまずなんだよ。大変だっただろうな。
「お前もどこやったの?」
純粋な疑問だった。知りたいと思った。
「えー……っとぉ、あそこからあそこまでと、あとこれとか!」
パネルのあちらからこちらを指し、それから俺の腕を掴み引いて、何枚かのポスターや展示品の一塊を見せた。すごい、たくさんじゃないか。隣に立っている男が、とてもえらく見えた。きらきらと見えた。実際、何かを期待するように河合の瞳はうずうずと輝いている。
「……エライ、エライ。」
そっと、俺より少し……そう少し高い頭を撫でた。髪の毛がたくさんで、もふ、というかふさ、という感触。犬みたいな柔らかさ。犬を飼っていたことはないけど。
一瞬、河合が固まった。石像の幻覚を見るかと思うほどに。おっとしまった、男子高校生の頭を撫でるなんて、まずかったかもしれない。
けれど、離そうとした途端に手首を掴まれ、引き戻された。今度は少し頭が下がっていて、撫でやすかった。いや、別にその前が撫でにくかったわけなどでは断じてないが……。よく懐いた犬公みたいだ。ぶんぶん振られた尻尾が見える。
ぷ、とおかしく思い、吹き出してしまった。むう、と顔をしかめられるので口を抑え、撫でる力を僅かに強く、撫で方を荒っぽくした。
「わっ、ちょっ、髪っ」
文章にはならずとも、何が言いたいのかはわかる。だからこそ、両手にして、もっと目一杯わしゃわしゃと掻き乱す。
「ちょっとぉ⁉︎ 大庭ぁ⁉︎」
にしし、と笑う。すると、いつの間にか見学者の視線がこちらに向いていることに気がついた。部員の中からも、ちらちらと時折こちらを見る人がいた。
あ、騒がしかったか。申し訳ない。恥ずかしくなってぱっと手を離す。そこへちょうどのタイミングで一人がやってくる。河合の肩に腕を回し、体重をかける。
「イチャついてんなよお二人さーん。河合サボんな〜」
聞き覚えのある声、見覚えのある顔。以前来たときにもサボっている河合サボ首根っこを引っ張って行ったやつ。
「スマセン、コレ持って行きます。」
「どーぞ」
そう言って両手のひらを並べてすっと出すと、河合は襟元を引っ張られてまた「あーれー」と連れて行かれた。俺はそれを横目に、ふっと笑って背を向ける。
ドアに手をかけてから、一度振り返る。既にパネルの前にしゃがみ込み、作業を始めている河合。
……エライ、えらい……偉い。
偉いな、河合は。ちゃんとやるべきことをしていて。俺はできないよ、面倒くさくってやりたくないだろ。
