ねえ、胸を張って。

 思ってしまう。俺に抜きんでた何かがあれば、もっと胸を張れたのかな、毎日はもう少し輝いていたのかな、なんて。
 人影の一切なくなった廊下は静かで、気だるげに踏む俺の足音だけが遠くまで反響する。いつの間にか現れて消え去った春が、僅かに日差しにだけ顔を見せる。暖かな陽が右頬に乗っかってきて重い。
 この期間は苦手だ。とはいえまだたったの二回目だが。体験入部期間は、部活生たちのギラギラした視線がおっかない。もはや物騒な雰囲気さえ感じてしまう。彼らのターゲットは新入生たちだが、俺のような帰宅部も十分に的だ。だから、おっかない。
「よっ」
 ぽんっ、と不意に肩に温かい何かが触れる。あまりに突然で驚いたので、「わあっ!」なんて叫んでしまって、ちょうど足をかけていた階段を踏み外すところだった。
「おー大丈夫?」
 心配そうにのぞき込んできたのは、先ほどの温もりの主、俺の後ろの席の河合だった。僅かにハの字に垂れた眉が、河合の人の良さをうかがわせる。
「だい、じょうぶ。」
 なんとか手すりを掴んで、すっころぶことは阻止した。まあ、転んだは転んだで笑い話にすればいいけれど。
「つかマジビビったわ~」
 はー、とため息をついて、天井を仰ぐ。態勢を直して河合の方を向くと、両手を合わせて「わり」と軽く謝っていた。
「なあ、家庭科部に興味ない⁈」
 ぐわっと距離を縮めて訊いてくる。両手で制して離れさせると、河合は勝手に話し始めた。
「家庭科部はいいぞぉ~! 裁縫とか手芸はもちろん、料理だってする! まあ大抵の人たちが想像している通りだけど、やってみたら楽しいから! とりあえず入ってみない⁈」
 押し売りのような勢いでまたぐいぐいと距離を詰めてくる。
「や~、俺別に部活入る気ないし……。」
 ふいと目を逸らしても、そこにあるであろう河合の目がこちらをずっと射てくる。「そこをなんとか~」とあっちこっちを向くたびについてくる顔からちらりとのぞく。放課したばかりの玄関前の部活生たちのギラギラしたものとは違い、きらきらと無邪気な瞳。
 ――っ、っ――
「わかった!」
 がばっと顔を上げて、半ば叫ぶようにそう答える。
「マジ⁈」
 また、きらきら無邪気な視線がこちらを捉える。
「見学だけな! 入らない!」
「それでいーよ、あんがと!」
 ニカッと笑う。眩しくって仕方ない。きらきらしているのはどうやら、瞳や視線だけでなく河合自身だったようだ。
「じゃあ、こっち。」
 さっき肩に触れた温かな手が、今度は俺の手首に触れる。くんと引っ張られた感覚は、どこか心地が良かった。