「ど、どうして急に脱がなくちゃいけないの?」
「慧さまから私に事前にご指示をいただいていたんです。琥珀さまが来られて、諸々が落ち着いたら手当てをするようにと」
「手当て?」
急に脱げと言われて何事かと焦ってしまった。
動揺している琥珀に、千鶴は深刻そうな表情になる。
「慧さまが、琥珀さまは腕にお怪我をしているようで、恐らく他にもお怪我をしているだろうからとおっしゃっていたんです。お見合いの日から日数が経っていますが、まだ痛みますか?」
確かに琥珀はあの日、腕にかんざしを投げつけられて切り傷ができていた。
着物の袖からわずかに包帯が覗いてしまっていたとしてもおかしくはない。
あの短い邂逅で、怪我に気付く慧の聡さには驚かされたが、それよりもなぜ他に怪我をしていることに気付かれたのかが不思議だった。
「どうして、慧さまは私が他にも怪我をしていると?」
「どうしてなんでしょう? よくわかりませんけど、私も不思議で父に聞いたら『あの家だからそういうこともあるかも〜』みたいなことをぼんやりおっしゃっていました」
宗一郎との会話を思い出しているのだろう。
斜め上を見上げて唸るように千鶴が言う。
宗一郎は慧の侍従として軍の仕事の手伝いもしているだろう。
その中で景昭と接する機会もあり、薄墨家の噂を聞くこともあったのかもしれない。
世間でも琥珀が虐げられていることは話題になっていたのかと思うと恥ずかしかった。
「あっ、ご実家のことを悪く言われたら嫌ですよね! 私ったら、本当にすみません!」
「ううん。気にしていないわ。怪我ももうないから大丈夫よ」
「本当ですか?」
心配そうにしてくれる千鶴に、琥珀は答えを言い淀む。
嫁入り前の体に新たな傷跡を着ける勇気はなかったようで、結婚が決まってからは暴力を振るわれることはほとんどなかったが、琥珀の体には今までつけられた傷跡がくっきりと残っている。
琥珀の侍女である千鶴には今後着替えを手伝ってもらうことになるかもしれない。
その時に傷を見られて驚かせてしまうことは避けたかった。
「……本当に、今はもう怪我はしていないの。だけど、驚かせたくないから先に見せておくわね」
できるだけ千鶴を不安にさせないよう、可能な限り穏やかな声で言った琥珀は着物の袖を抜いて上だけ脱ぐ。
薄暗い中でも、白い肌に走るミミズ腫れの痕や皮膚を抉られた痕はよく見えたはずだ。
千鶴は琥珀の肌を見てハッと息をのんで、衝撃を受けた様子で口元を覆った。
「そ、その傷跡はどうされたんですか!?」
真っ青になった千鶴の声は振るえている。
薄墨家の人間を庇う気はなかったが、今までいたぶられてきたことについて責める気もない。
琥珀が曖昧に微笑んで誤魔化そうとすると、千鶴は鋭く事情に気が付いたようだった。
「もしかしてご家族にやられたんですか? そんなの許されませんよ! こんなっ、痛かったでしょう!?」
「いいのよ、千鶴」
「かわいそうに……。こんなに痕が残るなんて普通ではありません。薄墨家に文句を言いに行きましょう! 慧さまにも今すぐに事情をお伝えして罪を明らかにするべきです……!」
「本当にいいの。千鶴、お願いだから落ち着いて、ゆっくり息をしてちょうだい」
困惑しながらも、琥珀の傷を労ってくれる千鶴の肩に触れて、深呼吸を促す。
涙ぐんでいる千鶴の優しさに、琥珀は傷を見られている状況だというのに胸があたたかくなるのを感じていた。
「千鶴がそうやって心配して、こんなに怒ってくれただけでもう十分。慧さまにも恥ずかしいから言わないで」
「ですが……」
「そんなに私を心配してくれるなら、助けて欲しいことがあるんだけど聞いてくれる?」
「なんでもおっしゃってください! 私にできることならなんでもやりますからね!」
脱いでいた着物を着ながら琥珀は千鶴に微笑みかける。
「この家で私にできることって何かないかしら?」
「えっと、例えばなんでしょう?」
「なんでもいいの。慧さまにそんなつもりはなかったでしょうけど、私は結婚をして薄墨家から出たことで救われた。その恩返しをするために、この家でできることはなんでもしたいの」
「琥珀さま……」
自由にしろと言われたのなら、この家に尽くすことをしても構わないはずだ。
琥珀の気持ちに、千鶴は感動した様子で涙を拭ってうなずいた。
「では、琥珀さまには緋彩家の女主人としてご活躍いただけるようにいたしますね! 今は私が担当している予算管理もお願いできますし、女中達に困りごとがないか聞いてまわって解決したり、庭の植物をどうするか庭師と相談したりなど家にはやることがたくさんありますから。まずは父にも相談してみましょう!」
「ありがとう、千鶴」
「琥珀さまは、この家ではのびのびとご活躍なさってくださいね!」
薄墨家での琥珀の扱いを想像したらしい千鶴が再び涙ぐむのを、琥珀は笑って涙を拭ってやる。
こうして、夫である慧に望まれたことではなかったが、緋彩家の女主人としての琥珀の忙しない日常がはじまった。
「慧さまから私に事前にご指示をいただいていたんです。琥珀さまが来られて、諸々が落ち着いたら手当てをするようにと」
「手当て?」
急に脱げと言われて何事かと焦ってしまった。
動揺している琥珀に、千鶴は深刻そうな表情になる。
「慧さまが、琥珀さまは腕にお怪我をしているようで、恐らく他にもお怪我をしているだろうからとおっしゃっていたんです。お見合いの日から日数が経っていますが、まだ痛みますか?」
確かに琥珀はあの日、腕にかんざしを投げつけられて切り傷ができていた。
着物の袖からわずかに包帯が覗いてしまっていたとしてもおかしくはない。
あの短い邂逅で、怪我に気付く慧の聡さには驚かされたが、それよりもなぜ他に怪我をしていることに気付かれたのかが不思議だった。
「どうして、慧さまは私が他にも怪我をしていると?」
「どうしてなんでしょう? よくわかりませんけど、私も不思議で父に聞いたら『あの家だからそういうこともあるかも〜』みたいなことをぼんやりおっしゃっていました」
宗一郎との会話を思い出しているのだろう。
斜め上を見上げて唸るように千鶴が言う。
宗一郎は慧の侍従として軍の仕事の手伝いもしているだろう。
その中で景昭と接する機会もあり、薄墨家の噂を聞くこともあったのかもしれない。
世間でも琥珀が虐げられていることは話題になっていたのかと思うと恥ずかしかった。
「あっ、ご実家のことを悪く言われたら嫌ですよね! 私ったら、本当にすみません!」
「ううん。気にしていないわ。怪我ももうないから大丈夫よ」
「本当ですか?」
心配そうにしてくれる千鶴に、琥珀は答えを言い淀む。
嫁入り前の体に新たな傷跡を着ける勇気はなかったようで、結婚が決まってからは暴力を振るわれることはほとんどなかったが、琥珀の体には今までつけられた傷跡がくっきりと残っている。
琥珀の侍女である千鶴には今後着替えを手伝ってもらうことになるかもしれない。
その時に傷を見られて驚かせてしまうことは避けたかった。
「……本当に、今はもう怪我はしていないの。だけど、驚かせたくないから先に見せておくわね」
できるだけ千鶴を不安にさせないよう、可能な限り穏やかな声で言った琥珀は着物の袖を抜いて上だけ脱ぐ。
薄暗い中でも、白い肌に走るミミズ腫れの痕や皮膚を抉られた痕はよく見えたはずだ。
千鶴は琥珀の肌を見てハッと息をのんで、衝撃を受けた様子で口元を覆った。
「そ、その傷跡はどうされたんですか!?」
真っ青になった千鶴の声は振るえている。
薄墨家の人間を庇う気はなかったが、今までいたぶられてきたことについて責める気もない。
琥珀が曖昧に微笑んで誤魔化そうとすると、千鶴は鋭く事情に気が付いたようだった。
「もしかしてご家族にやられたんですか? そんなの許されませんよ! こんなっ、痛かったでしょう!?」
「いいのよ、千鶴」
「かわいそうに……。こんなに痕が残るなんて普通ではありません。薄墨家に文句を言いに行きましょう! 慧さまにも今すぐに事情をお伝えして罪を明らかにするべきです……!」
「本当にいいの。千鶴、お願いだから落ち着いて、ゆっくり息をしてちょうだい」
困惑しながらも、琥珀の傷を労ってくれる千鶴の肩に触れて、深呼吸を促す。
涙ぐんでいる千鶴の優しさに、琥珀は傷を見られている状況だというのに胸があたたかくなるのを感じていた。
「千鶴がそうやって心配して、こんなに怒ってくれただけでもう十分。慧さまにも恥ずかしいから言わないで」
「ですが……」
「そんなに私を心配してくれるなら、助けて欲しいことがあるんだけど聞いてくれる?」
「なんでもおっしゃってください! 私にできることならなんでもやりますからね!」
脱いでいた着物を着ながら琥珀は千鶴に微笑みかける。
「この家で私にできることって何かないかしら?」
「えっと、例えばなんでしょう?」
「なんでもいいの。慧さまにそんなつもりはなかったでしょうけど、私は結婚をして薄墨家から出たことで救われた。その恩返しをするために、この家でできることはなんでもしたいの」
「琥珀さま……」
自由にしろと言われたのなら、この家に尽くすことをしても構わないはずだ。
琥珀の気持ちに、千鶴は感動した様子で涙を拭ってうなずいた。
「では、琥珀さまには緋彩家の女主人としてご活躍いただけるようにいたしますね! 今は私が担当している予算管理もお願いできますし、女中達に困りごとがないか聞いてまわって解決したり、庭の植物をどうするか庭師と相談したりなど家にはやることがたくさんありますから。まずは父にも相談してみましょう!」
「ありがとう、千鶴」
「琥珀さまは、この家ではのびのびとご活躍なさってくださいね!」
薄墨家での琥珀の扱いを想像したらしい千鶴が再び涙ぐむのを、琥珀は笑って涙を拭ってやる。
こうして、夫である慧に望まれたことではなかったが、緋彩家の女主人としての琥珀の忙しない日常がはじまった。

