幸運の花嫁 〜厄介払いの結婚で最強式神使いの溺愛がはじまりました〜

 視線を感じて目覚めた琥珀はゆっくりと瞬きを繰り返す。
 目の前にはこちらを見つめる慧の瞳がある。
 とろりと溶けるように微笑んだ琥珀の頬を慧が愛しげに撫でた。

「なんで笑っているんだ?」
「慧さまがいてくれて、嬉しかったからです」
「毎朝いるだろう」
「ふふ。だから、毎朝嬉しいんですよ」

 亜琥と景昭が緋彩家の屋敷を襲撃してから半年が経った。
 まだ裁判は行われていないが、水波、亜琥、景昭は未だに牢獄の中にいる。
 裁判では恐らく途方もなく長い時を牢獄の中で過ごすことが決められるだろう。

 景昭によって森に放り出されていた雛子も翌朝に発見された。
 しかし、彼女は逃げる途中で片足を失ってしまったらしい。
 今は車椅子で生活をしているにもかかわらず、薄墨家の使用人達は亜琥と景昭の事件を受けて逃げるように辞めていってしまったため、ひとりで広い屋敷で苦労をしながら生活していると聞く。
 長年薄墨家の女主人をしていたにもかかわらず、雛子は孤独を極めた生活を送ることになってしまった。

 全員が哀れな末路を辿ったと感じるが、薄墨家とは縁を切った琥珀にはもう関係のないことだ。
 琥珀は今目の前にいる慧と共に、緋彩家の者達を大切に守っていけばいい。

 慧のはだけた寝間着の胸元から覗く痛々しい火傷の痕に、琥珀はそっと指先で触れた。

「まだ傷は痛みますか?」
「いや、もう痛まない。琥珀さんが毎日薬を塗ってくれたおかげだ」
「でも、痕が残ってしまいましたね」

 筋肉の凹凸が美しい彫刻のようだった慧の体には、胸に大きな火傷の痕ができてしまった。
 そのことをもったいなく感じて琥珀がぽそりと呟くと、その唇を塞ぐように慧に口づけられた。

「構わない。この体は琥珀さんしか見ることはないのだから。俺が琥珀さんの傷跡を気にしないのと一緒だ」

 慈しむように囁かれて頬が火照る。
 「はい」とうなずいた琥珀に、慧は満足そうに微笑んだ。

 今日は慧が休みを取っており、緋彩家にとっては特別な日だ。
 いつまでも慧とベッドの中にいたい気もしたが、彼を急かして琥珀はベッドから出る。

 朝早くから琥珀が慧と共に訪れたのは台所だった。

「では、慧さまもこれを着けてくださいね」
「はじめて着けるな」

 琥珀は自らが巻いた前掛けを、慧にも着ける。
 いい男は前掛けも着こなしてしまうらしい。
 「とってもお似合いです」と伝えると、慧は満足そうだった。

 平井が見守る中、琥珀は慧と共に調理道具を手に取った。

「では、苺会の準備をはじめましょう!」
「ああ」
「……よろしくお願いします」

 苺会は琥珀が主催した集まりであり、日頃から緋彩家のために尽くしてくれている使用人達を労うための会だ。
 名の通り苺を使った料理を庭で振る舞うことになっており、その料理は琥珀と慧が作ることになっている。
 本当は平井にも休みを与えたかったのだが、手伝うと言ってくれた平井の好意に甘えて琥珀は慧と共に料理に取り組んだ。

 あまり台所に踏み入れたことすらないという慧は初めての料理に苦戦している様子だったが、なんでも興味深げに挑戦してくれて、料理をしている間も楽しく過ごすことができた。
 「料理もなかなか楽しいものだな」と最後には言っていたため、慧とはまた料理をすることを楽しめそうだ。

 苺会はきちんと使用人一人ひとりに招待状も出していたため、会場である庭には時間になると使用人達が続々と集まってくる。
 テーブルに並んださまざまな苺料理に感動している様子の声をあげる使用人達を見て、琥珀も嬉しくなった。

「琥珀さま! 今日はご招待いただき、ありがとうございます!」
「すばらしいお料理ですね。これはすべて琥珀さまと慧さまがお作りになられたのですか?」
「平井さんにはお手伝いいただきましたけど、私達が作りました」
「慧さまがお料理をされるとは。こんな日が来るとは思ってもみませんでしたな」
「俺も、妻となかよく料理をする日がくるなんて考えたこともなかった」
「慧さま、いつも仏頂面でしたけど、最近は雰囲気が柔らかくなったって軍でも噂されてるそうですよ! 奥方がすばらしいのだろうという噂です!」
「そうなのですか?」
「それは事実だな」

 照れてしまった琥珀の横で慧が真面目な様子でうなずく。
 微笑ましげに岩倉親子に見られて、琥珀は照れ隠しにこほんと咳払いをした。

「慧さま。お時間ですから、そろそろ皆さまにご挨拶をお願いしてもよろしいですか?」
「ああ、そうだったな」

 ふっと笑った慧が「聞いてくれ」と呼びかけると、使用人達がこちらを見る。
 慧は使用人達を見回しながら、ていねいに言葉を紡いだ。

「苺会は、琥珀さんが提案してくれたものだ。日頃から緋彩家に尽くしてくれていることに感謝する。今日の食事は俺と琥珀さんが用意したものだ。楽しんでくれると嬉しい」

 そこで言葉を切った慧が、琥珀に同意を得るように視線を送ってくる。
 察した琥珀が微笑んでうなずくと、慧は背筋を正して「それから」と改めて続けた。

「皆に報告したいことがある。俺と琥珀さんの間に、子どもができた」

 わあっと感動した声が使用人達から上がる。
 これは誰にも言っていなかったことであるため、千鶴と宗一郎も驚いた様子だった。
 千鶴が泣きはじめた肩を抱いて宥める宗一郎の目にも涙が浮かんでいた。

「俺達はこれからも夫婦で支え合って生きて行く。皆にはこれからもあたたかく見守っていてもらいたい」

 「以上だ」と慧が締めくくると共に使用人達から祝福の拍手が贈られる。

 照れくささを感じた琥珀が目を閉じると、一瞬セピア色の映像が見えた。

「慧さま。今、麒麟が未来を見せてくれました」
「どんな幸せな未来だったんだ?」
「私達がこうして苺会をしている未来です。その時には元気な赤ちゃんもいましたよ」

 苺料理を囲む琥珀と慧。
 慧に抱かれた子どもは朧気(おぼろげ)に見えた映像でもかわいらしくて、琥珀はまだ膨らんでいない腹を撫でた。

「麒麟も俺達を祝福してくれているのかもしれないな」
「ふふ。これからの未来がとても楽しみですね」

 慧に寄り添うと腰を抱かれて頬に口づけられる。
 くすぐったいくらいの幸せに、琥珀は大切な命が宿った腹に手を添えてくすくすと笑った。