血を流して慧が倒れると共に千鶴が琥珀を庇って景昭との間に割り込んでくる。
「琥珀さま! お逃げください!」
「どけ」
叫ぶ千鶴を邪魔なボロ布でも払うかのように景昭は刀の柄で殴りつけて払いのける。
壁に体を打ち付けた千鶴はずるずると慧の横に倒れ込んだ。
「千鶴! そんなっ……!」
「騒ぐな、琥珀。すぐに主人の後を追わせてやる」
髪を乱した景昭が明らかに正気を失った目で琥珀を見据える。
琥珀は恐怖に震える体を叱咤して、足をもつれさせながらも走り出した。
(今は、逃げて助けを呼ばなきゃ! 私まで倒れるわけにはいかない!)
慧も千鶴も手当てをすればまだ助かるかもしれない。
そのためにも琥珀は今殺されるわけにはいかなかった。
傍にあった部屋に駆け込んで、飛びつくように窓を開けて庭へと飛び出す。
しかし、すぐに後ろから追いかけて来た狼が琥珀の足に噛みつき、琥珀は地面に倒れ込んでしまった。
「きゃあ! 離して!」
「琥珀、逃げても無駄だ。抵抗はやめなさい」
ゆっくりと歩み寄ってきた景昭が背後に迫る。
血が流れる足を懸命に振って琥珀は必死に狼を振り払ったが、食らいついてくる狼の牙は細い足に食い込んでなかなか離れない。
痛みに喘ぎながらも、琥珀は必死に景昭に叫んだ。
「やめてっ、お父さま! 来ないで!」
「おまえのせいだ、琥珀。おまえのような無能が生まれてきた時から、俺の人生は狂いはじめたんだ。おまえの夫が殺されたのも母親が死んだのも、すべておまえのせいなんだよ」
蹴りつけることでなんとか狼を引き剥がすことには成功したが、傷を負った足では逃げ切れない。
琥珀が地面に座り込んだまま、立ち上がることもかなわずにずりずりと這うように後退していると、不意に脳裏にセピア色の光景が浮かんだ。
それは胸に大きな傷跡をつけた慧が景昭の後ろから朱雀と共に現れる光景だった。
(麒麟の予知! 慧さまは生きてるの……!?)
――生き延びろ。
この足では逃げることはできない。
麒麟に見せられた光景に至るまで時間稼ぎをすることだけが、琥珀が生き延びる道だ。
琥珀は覚悟を決めて景昭をにらみつけた。
「慧さまが傷ついたのも、お母さまが死んだのも、私のせいなんかじゃない! すべてお父さまがやったことよ!」
「……なにを生意気な」
景昭が苛立たしげに表情を歪めて足を止める。
「私はお父さまがお母さまに毒を盛ったことを知ってるわ! 白虎を召喚した亜琥を薄墨家に迎え入れるために、私とお母さまが邪魔になったから始末したかったんでしょう!? 自分のことばかり考えて、家族を大切にしなかったから亜琥も歪んで罪を犯した! 私のせいなんかじゃない。全部、お父さまのせいよ!」
「無能であるにもかかわらず貴族として何不自由なくぬくぬくと育ててもらっておいて、その言い草か。おまえはやはり深雪と同じ場所には行かせん。どんな手を使ってでも、俺と同じ地獄に引きずり込んでやるからな」
怒りに目を見開いた景昭が刀を振りかぶる。
その刀が振り下ろされる瞬間、殺される覚悟をした琥珀が目を強く閉じると、ゴウッと突然強い風が吹きつけた。
「慧さま!」
驚いて目を見開いた琥珀の目に、さっきセピア色で見た光景が現実となって飛び込んでくる。
胸の傷は朱雀の炎で焼いて塞いだのだろう。
破けた軍服から覗く胸に痛々しい火傷の痕を大きく残した慧は、景昭が握った刀を朱雀の風で吹き飛ばし、もう一度指を鳴らした。
「朱雀。燃やせ」
静かながらも圧のある声で指示を受けた朱雀が高い声で鳴き、愕然としていた景昭に炎の風を浴びせかける。
瞬時に全身を燃え上がらせた景昭は悲鳴を上げて、地面を転げ回り始めた。
「ぎゃああああ! やめろ! やめろっ、助けてくれ!!」
「火を消すには条件がある。琥珀さんとその母君に毒を盛ったことを認めろ。そうすれば、火を消そう」
「ぐああああ! 認める! 認めるっ!! 俺が深雪に毒を盛って殺した!!」
生きたままに体を燃やされるというのは想像を絶する苦しみを伴うのだろう。
血を吐くように叫んだ景昭を見下ろした慧は、朱雀に指示を出して火を消し止めた。
全身に火傷を負った景昭は苦しみながら地面に転がっている。
慧は琥珀の元に駆け寄ると、すぐに抱き締めてくれた。
「琥珀さん。無事でよかった」
「慧さまこそ、こんな大きな傷を……」
「俺は大丈夫だ。千鶴も他の皆も無事だから安心しろ」
「よかったです……」
「ついでだが、亜琥も命は助けてきた。きちんと罰を受けてもらわなければならないからな。これからすぐに雛子の捜索にも向かわせる。景昭にも相応の罰を受けてもらおう」
亜琥も景昭もふさわしい罰を受けるべきだと思うが、死んでほしかったわけではない。
それは今頃妖怪に追われているかもしれない雛子も同様だ。
彼らが生きて償う機会を得られることに琥珀は安堵して、慧を抱き締め返した。
「慧さま、生きていてくださってありがとうございます」
「それはこちらの台詞だ」
安堵した様子で慧が息を吐く。
屋敷の騒ぎに気付いた外の人間が、いつの間にか軍を呼んでくれていたらしい。
派遣されてきた軍人が庭に駆け込んできたため、慧はすぐに雛子捜索の指示と増援を要請した。
亜琥に応戦した千鶴と宗一郎は怪我を負っていたが命に別状はなく、慧も傷を無理矢理塞いだ火傷の痕が胸に大きく残ってしまったが、臓器に損傷がなかったこともあり大事には至らなかった。
景昭と亜琥も傷を手当てされて軍に捕縛され、正式に裁判にかけられることになったが、景昭は罪を自白してしまっており、亜琥は水波が罪を白状していることもあり、有罪は免れないだろう。
雛子は夜通し捜索が行われ、翌朝森の中で生きたまま発見された。
傷ついた緋彩家の屋敷もすぐに修繕が行われ、琥珀の緋彩家での幸せな日常がようやく戻ってきた。
「琥珀さま! お逃げください!」
「どけ」
叫ぶ千鶴を邪魔なボロ布でも払うかのように景昭は刀の柄で殴りつけて払いのける。
壁に体を打ち付けた千鶴はずるずると慧の横に倒れ込んだ。
「千鶴! そんなっ……!」
「騒ぐな、琥珀。すぐに主人の後を追わせてやる」
髪を乱した景昭が明らかに正気を失った目で琥珀を見据える。
琥珀は恐怖に震える体を叱咤して、足をもつれさせながらも走り出した。
(今は、逃げて助けを呼ばなきゃ! 私まで倒れるわけにはいかない!)
慧も千鶴も手当てをすればまだ助かるかもしれない。
そのためにも琥珀は今殺されるわけにはいかなかった。
傍にあった部屋に駆け込んで、飛びつくように窓を開けて庭へと飛び出す。
しかし、すぐに後ろから追いかけて来た狼が琥珀の足に噛みつき、琥珀は地面に倒れ込んでしまった。
「きゃあ! 離して!」
「琥珀、逃げても無駄だ。抵抗はやめなさい」
ゆっくりと歩み寄ってきた景昭が背後に迫る。
血が流れる足を懸命に振って琥珀は必死に狼を振り払ったが、食らいついてくる狼の牙は細い足に食い込んでなかなか離れない。
痛みに喘ぎながらも、琥珀は必死に景昭に叫んだ。
「やめてっ、お父さま! 来ないで!」
「おまえのせいだ、琥珀。おまえのような無能が生まれてきた時から、俺の人生は狂いはじめたんだ。おまえの夫が殺されたのも母親が死んだのも、すべておまえのせいなんだよ」
蹴りつけることでなんとか狼を引き剥がすことには成功したが、傷を負った足では逃げ切れない。
琥珀が地面に座り込んだまま、立ち上がることもかなわずにずりずりと這うように後退していると、不意に脳裏にセピア色の光景が浮かんだ。
それは胸に大きな傷跡をつけた慧が景昭の後ろから朱雀と共に現れる光景だった。
(麒麟の予知! 慧さまは生きてるの……!?)
――生き延びろ。
この足では逃げることはできない。
麒麟に見せられた光景に至るまで時間稼ぎをすることだけが、琥珀が生き延びる道だ。
琥珀は覚悟を決めて景昭をにらみつけた。
「慧さまが傷ついたのも、お母さまが死んだのも、私のせいなんかじゃない! すべてお父さまがやったことよ!」
「……なにを生意気な」
景昭が苛立たしげに表情を歪めて足を止める。
「私はお父さまがお母さまに毒を盛ったことを知ってるわ! 白虎を召喚した亜琥を薄墨家に迎え入れるために、私とお母さまが邪魔になったから始末したかったんでしょう!? 自分のことばかり考えて、家族を大切にしなかったから亜琥も歪んで罪を犯した! 私のせいなんかじゃない。全部、お父さまのせいよ!」
「無能であるにもかかわらず貴族として何不自由なくぬくぬくと育ててもらっておいて、その言い草か。おまえはやはり深雪と同じ場所には行かせん。どんな手を使ってでも、俺と同じ地獄に引きずり込んでやるからな」
怒りに目を見開いた景昭が刀を振りかぶる。
その刀が振り下ろされる瞬間、殺される覚悟をした琥珀が目を強く閉じると、ゴウッと突然強い風が吹きつけた。
「慧さま!」
驚いて目を見開いた琥珀の目に、さっきセピア色で見た光景が現実となって飛び込んでくる。
胸の傷は朱雀の炎で焼いて塞いだのだろう。
破けた軍服から覗く胸に痛々しい火傷の痕を大きく残した慧は、景昭が握った刀を朱雀の風で吹き飛ばし、もう一度指を鳴らした。
「朱雀。燃やせ」
静かながらも圧のある声で指示を受けた朱雀が高い声で鳴き、愕然としていた景昭に炎の風を浴びせかける。
瞬時に全身を燃え上がらせた景昭は悲鳴を上げて、地面を転げ回り始めた。
「ぎゃああああ! やめろ! やめろっ、助けてくれ!!」
「火を消すには条件がある。琥珀さんとその母君に毒を盛ったことを認めろ。そうすれば、火を消そう」
「ぐああああ! 認める! 認めるっ!! 俺が深雪に毒を盛って殺した!!」
生きたままに体を燃やされるというのは想像を絶する苦しみを伴うのだろう。
血を吐くように叫んだ景昭を見下ろした慧は、朱雀に指示を出して火を消し止めた。
全身に火傷を負った景昭は苦しみながら地面に転がっている。
慧は琥珀の元に駆け寄ると、すぐに抱き締めてくれた。
「琥珀さん。無事でよかった」
「慧さまこそ、こんな大きな傷を……」
「俺は大丈夫だ。千鶴も他の皆も無事だから安心しろ」
「よかったです……」
「ついでだが、亜琥も命は助けてきた。きちんと罰を受けてもらわなければならないからな。これからすぐに雛子の捜索にも向かわせる。景昭にも相応の罰を受けてもらおう」
亜琥も景昭もふさわしい罰を受けるべきだと思うが、死んでほしかったわけではない。
それは今頃妖怪に追われているかもしれない雛子も同様だ。
彼らが生きて償う機会を得られることに琥珀は安堵して、慧を抱き締め返した。
「慧さま、生きていてくださってありがとうございます」
「それはこちらの台詞だ」
安堵した様子で慧が息を吐く。
屋敷の騒ぎに気付いた外の人間が、いつの間にか軍を呼んでくれていたらしい。
派遣されてきた軍人が庭に駆け込んできたため、慧はすぐに雛子捜索の指示と増援を要請した。
亜琥に応戦した千鶴と宗一郎は怪我を負っていたが命に別状はなく、慧も傷を無理矢理塞いだ火傷の痕が胸に大きく残ってしまったが、臓器に損傷がなかったこともあり大事には至らなかった。
景昭と亜琥も傷を手当てされて軍に捕縛され、正式に裁判にかけられることになったが、景昭は罪を自白してしまっており、亜琥は水波が罪を白状していることもあり、有罪は免れないだろう。
雛子は夜通し捜索が行われ、翌朝森の中で生きたまま発見された。
傷ついた緋彩家の屋敷もすぐに修繕が行われ、琥珀の緋彩家での幸せな日常がようやく戻ってきた。

