幸運の花嫁 〜厄介払いの結婚で最強式神使いの溺愛がはじまりました〜

「亜琥、どうしてこんなことを……!?」

 今まで亜琥は琥珀には白虎をけしかけて遊ぶことはあったが、他者にまでその牙を向けたことはなかった。
 緋彩家の屋敷にまで訪れて白虎を暴れさせるなど常軌を逸している。
 愕然として尋ねた琥珀に、亜琥は鬼のような形相を向けて叫んだ。

「あんたが私より幸せになるなんて許されないからよ! 琥珀姉さまは常に私より下じゃなきゃいけないの! 白虎を召喚できる私が無能のあんたより下でいいわけがないじゃない!」
「琥珀さんは無能ではない」

 頭に響くような金切り声で叫ぶ亜琥に、慧が冷淡に返す。

「琥珀さんは麒麟の使い手だ。俺達のような四神(よんしん)の式神など足下にも及ばない伝説の式神を琥珀さんは生まれ持っている」
「嘘でしょう? 琥珀姉さまは無能なのよ! なにも召喚できない雑魚なの!」
「おまえが水波に指示を出して夜の森に放置しても、琥珀さんが無事に生還できたのは麒麟の力のおかげだ」
「そんな……、そんなわけないわよ! そうでしょう、琥珀姉さま! 嘘よね!?」

 縋るような亜琥は怒っているのに泣き叫んでいるように見えた。
 暴言を吐き、暴力を振るう亜琥をいつも恐ろしいと感じていたのに、今は哀れにしか思えない。

「嘘なんかじゃないわ。慧さまが言っていることは全て事実よ」
「じゃあ、なに!? あんたは無能のふりをして私を馬鹿にしてたってわけ!? 許せない!」
「違うわ。あなたが勝手に私を見下していただけよ。私を見下さないと後妻の子であるあなたは、安心して日々を過ごせなかったのかもしれないわね」

 きっぱりと言い返すと、亜琥が面食らった様子で目を見開く。
 琥珀は目を逸らすことなくまっすぐに亜琥を見つめて告げた。

「私はあなた達親子による横暴を、お母さまを亡くして自分だけが生き残ってきた罰だと思ってた。でも、優しかったお母さまがそんなことを望むはずがなかったことに気が付いたの。あなたはただ私の弱さにつけ込んで、私を虐げることでしか自分の立場を確かめられなかっただけ。誰かを踏みつけにして立たないと、自信も持てないようなあなたを、私は心からかわいそうだと思う」
「なにをっ、なにを生意気なことを言ってるの!? 琥珀姉さまのくせに! 絶対に許さないんだから!」

 亜琥の叫びに呼応して、白虎が強烈な冷気を吐き出す。
 廊下の床から壁、天井までもが一瞬にして凍り付いたが、慧が指を鳴らして朱雀を呼び、慧と琥珀と千鶴はギリギリで守られた。

「朱雀に燃やされて死にたくなければ、今すぐに白虎を帰らせろ」
「私を殺す気? 馬鹿なの!? 私には白虎がいるのよ! 無抵抗で殺されるとでもおもっ……」

 瞳孔を開いて興奮しきりで話していた亜琥が突然声を止める。
 話していた途中だった亜琥の口から突然血が流れ、倒れた亜琥の体の後ろから身を屈めていた景昭が現れた。

「これ以上恥をかかせるな」

 何が起きたのかわからず呆然としている琥珀達の前で、景昭は握っていた刀を振って血を払う。
 それと同時に白虎は亜琥の影に溶けるようにして消えていった。
 倒れた亜琥は苦しげに呻きながら丸まっており、その背中は斬りつけられた血で真っ赤に染まっている。
 猟奇的な光景に琥珀は声を出すこともできなかった。

「……薄墨第三師団長。これはどういうことですか?」
「身内の恥を始末したまでのこと。亜琥のような罪人を産んだ雛子も同罪として、町から放りだしておいた。今夜中には妖怪に食い殺されるだろうな」

 抜き身のままの刀を手に景昭がこちらに歩み寄ってくる。
 慧の後ろに千鶴と共に庇われたまま、琥珀は景昭を恐ろしい気持ちで見つめていた。

「亜琥のような罪人の姉である琥珀と結婚していても、緋彩特妖師団長に利はないだろう。私もこれ以上の出世の道がなくなり、この世に未練もなくなったところだ。琥珀は私が責任を持って母親の元に送り届けてから、私は煉獄への道を行く。父としての務めを果たしたい。琥珀を返してもらえるか?」
「あなたの父としての務めは、琥珀さんを殺すことだと本気で思っているのか?」
「生まれついての貴族であるあなたは知らないだろうが、貧乏人はその日食う飯にも困る世の中だ。出世の道が絶たれれば、生きている方が辛いこともある。恥をさらして生きることは死ぬことよりも辛いことだ」
「それはあなたの都合だろう。琥珀さんは俺が責任を持って幸せにする!」

 力強く答えた慧の言葉に、景昭は心底可笑しそうに笑った。

「ははは! できるものならそうしてくれ!」

 パチンと景昭が指を鳴らすと、その影から一匹、また一匹と狼が現れる。
 廊下を埋め尽くす勢いで大量に現れた狼の群れに慧は舌を打った。

「朱雀!」

 慧の呼び声に応えて、朱雀がその翼でつむじ風を起こす。
 全てを斬りつける突風に次々と狼が影に溶けて消されていく中、体中を傷だらけにしながらも狼の式神を盾にして痛みに一切怯むことなく突き進んできた景昭に慧はすぐに対応できなかった。

「なにっ」
「甘いな」

 にやりと歯を見せて狂気的に笑った景昭の刀が慧の胸を貫く。
 背中にまで貫通した刀の刃に、背後に庇われた琥珀は喉が震えた。

「い、いやぁあああ!」