幸運の花嫁 〜厄介払いの結婚で最強式神使いの溺愛がはじまりました〜

 間一髪のところで助けられた琥珀は、慧に連れられて無事に緋彩家の屋敷に帰ることができた。

「よかったです! よかったです、琥珀様!」
「心配をかけてごめんね、千鶴」
「うわーん!」

 屋敷に帰るとすぐに玄関で千鶴は琥珀に抱きついて大声を上げて泣きはじめてしまう。
 琥珀はその背中をさすり、千鶴をしっかりと抱き留めた。

「千鶴は慧さまと私に事態を報告してからというもの、ずっと泣き通しだったのですよ」
「そうだったんですね。本当にごめんね、千鶴」
「謝るのは私の方です! 私を庇って琥珀さまがお怪我をするのは二度目のことではないですか!」
「でも、梯子が倒れてきたときとは違うわ。私はふたりで助かるために、千鶴を助けたの。あの時みたいに自分を犠牲にしたわけじゃない。慧さまはもちろん、千鶴や宗一郎さん、みんなが私を大切に想ってくれているとわかったからよ」

 優しく宥めるように千鶴に声をかけると、千鶴はようやく琥珀から離れて涙を拭う。
 ずびっと鼻をすする千鶴に、琥珀は笑ってハンカチを差し出した。

「かわいい顔が台無しよ」
「琥珀さま、本当にありがとうございます。私は一生琥珀さまにお仕えしますからね!」
「ありがとう」
「琥珀さん、足を怪我しているだろう。俺が治療しよう」

 琥珀に大きな怪我はなかったが、途中で下駄が脱げて石にまみれた道を走ったせいで足の裏が切れてしまっていた。
 歩き方で慧はそれを察していたのだろう。
 帰って来てすぐにどこかに行ったと思っていた慧は救急箱を手に戻ってくると、琥珀をひょいと軽々抱き上げてしまう。
 千鶴と宗一郎に見送られて、琥珀は自室へと慧と一緒に戻った。

「他に怪我をしているところはないな?」
「はい、大丈夫です」
「後から痛むこともある。その時は隠さずに言ってくれ」
「わかりました」

 応接用の一人掛けソファーに座った琥珀の足下に慧がひざまずく。
 恭しく足を取った慧が琥珀の足の裏の傷を消毒してくれる。
 ていねいな手つきで手当てをしてくれる姿からは、慧がどれだけ琥珀の身を案じていたかが伝わってきて胸が痛かった。

「慧さまにも、心配をかけてすみませんでした……」
「琥珀さんは何も悪くない。今回の件は亜琥が水波に指示をして琥珀さんを誘拐させたらしい。罰を受けさせるために部下に捕縛するように指示を出した。水波は既に捕縛済みだ。亜琥は逃げているようだが、必ずすぐに捕まえる。千鶴が犯人の顔を見ていたから証拠もあるからな。有罪は確定だろう」
「そうだったんですね」

 琥珀は自分を襲った者の顔を見ることができなかったため犯人がわかっていなかったが、亜琥の差し金で水波が動いたのであれば納得できる。
 常盤夫妻の誕生日会のときと同様の事件だったということだろう。
 亜琥の執念には恐ろしいものを感じる。
 早々に捕縛されることを祈らずにはいられなかった。

「それよりも、俺は琥珀さんの式神のことが気になっている」
「私の式神ですか?」

 琥珀が式神を召喚できないことなど、慧はとっくに知っていることだ。
 それなのに琥珀が式神を持っているかのように話す慧に驚いたが、慧はなにか確信を持っている様子だった。

「琥珀さんの式神は恐らく麒麟(きりん)と呼ばれる伝説の式神だ」
「麒麟……」

 はじめて聞く式神の名前を琥珀は小さく復唱する。
 体の内側で何かがさざめいた気がした。

「俺も実在するとは思っていなかった。麒麟は召喚できる式神ではない。あまりに強い力を持つため、式神使いにその力をほんの少し貸すことしかしないらしい。だから、琥珀さんが召喚しようとしても呼び出すことができなかったんだ」
「じゃあ、まさかあの時、空で金色に輝いていたのは……」
「間違いなく麒麟だろう。伝説で聞いたことのある麒麟の姿と一緒だった。琥珀さんの命の危機を感じて、俺に居場所を知らせるために姿を現してくれたんだろうな。予知の能力も麒麟の力を借りたからできたことだとしたら納得がいく。琥珀さんはずっと式神である麒麟に守られていたんだ」

 ずっと自分は式神を持って生まれなかったのだと思ってきた。
 そして、そんな無能な自分だから不遇な扱いを受け、母は殺されたのだと感じてきた。
 だが、実際は琥珀の中にずっと麒麟はいてくれて、その力で琥珀を守ってくれていたのだ。

(麒麟。あなたが私を守ってくれていたの?)

 胸元に手を当てて、胸中で囁くと体の奥がわずかにあたたかくなった。

「最近、琥珀さんから式神の気配を感じていたのは、琥珀さんが幸せを感じていたからなのかもしれないな。麒麟は幸福があるところに訪れると言われている。琥珀さんが幸福であればあるほどに、麒麟もその力を発揮できるようになるのかもしれない」
「麒麟も私が幸せになることを喜んでくれていたんですね」

 琥珀が会いたいと願ってきた式神は、ずっと琥珀を陰ながら守ってくれていた。

(ありがとう)

 胸の中でそっと礼を伝えると、琥珀の影がわずかに揺らいだ。

「足はこれで大丈夫そうか?」
「はい。これで歩けそうです」

 傷ついた足の裏に慧が厚めに巻いてくれた包帯のおかげで、問題なく立って歩くことができる。
 治療をしてくれた慧に「ありがとうございます」と礼を言って琥珀は微笑んだ。

 これでやっと一息つける。
 怒濤の一日が終わったと思っていた琥珀と慧の耳に鋭い悲鳴が飛び込んできた。

「何があった!?」

 慧と共に琥珀が部屋を出ると、屋敷の様子は一変していた。

 廊下の床や壁のあちこちが凍り付き、使用人達が悲鳴を上げて逃げ惑っている。
 玄関の方から走ってきた千鶴も腕から血を流して顔面蒼白になっていた。

「千鶴! どうしたの!?」
「琥珀さま、お逃げください! 亜琥さまがやってきて、召喚した白虎を使って暴れ回っています!」
「そんな……!」
「父が応戦していますが、長くは保ちません!」

 悲鳴のように報告する千鶴が叫んだ直後、玄関から唸り声をあげながら白虎が飛び出してくる。
 周囲を凍てつかせる冷気を纏った白虎が喉を鳴らす後ろから、ゆらりと髪を振り乱した亜琥が怨霊(おんりょう)のような姿で現れた。

「やっと見つけたわ、琥珀姉さま」