幸運の花嫁 〜厄介払いの結婚で最強式神使いの溺愛がはじまりました〜

「琥珀さまがお母さまになるかもしれないんですね〜! なんだか自分のことのようにワクワクしてしまいます」
「まだわからないから、あまり期待しちゃだめよ?」
「でも、今じゃなくてもいつかはお母さまになられるかもしれないじゃないですか」

 宗一郎と千鶴には妊娠の可能性を伝えたが、他の使用人には内密にすると決めていたため、病院に共に向かう千鶴は屋敷を出て少ししてから浮き足立った様子で話しはじめた。
 ずっと楽しみにしていた気持ちを押し隠していたらしい千鶴は感情を爆発させたようで身振り手振りを大きくして嬉しそうにしている。
 宗一郎も病院に行く旨を慧と共に伝えた時、涙しそうになるほど喜んでくれていた。

 たとえ今妊娠していなかったとしても、いずれ琥珀が妊娠した時には緋彩家はあたたかく琥珀と慧の子を受け入れてくれるのだろう。
 安心して琥珀が町にある病院へと千鶴と出向くと、医師は笑顔で告げた。

「今回は残念ですが妊娠はされていないようですね。ですが、とても健康なご様子ですので、いずれは期待できるかと思いますよ」
「そうですか」
「楽しみはもうちょっと先ですね!」

 妊娠していなかったことに千鶴はがっかりしてしまうかと少し思ったが、にっこりと笑って言われて安堵する。
 病院までは徒歩圏内であったため、行きと同様に歩きで帰ることにした琥珀は千鶴と共に帰路に就いた。

「期待させたのに、ごめんね」
「謝ることじゃないですよ! 慧さまも父も気にしないと思います」
「そうね。みんな優しいもの」

 期待していたことが叶わなかったとしても彼らは怒ることも責めることもないだろう。
 もう理不尽な暴力は琥珀の日常からは消え去った。

「私ね、自分は結婚もできないだろうし、子どもなんていらないと思っていたの」
「どうしてですか? 琥珀さまはすてきな人なのに」
「だって、体は傷跡だらけだし、式神も召喚できないでしょう? 万が一結婚できたとしても子どもを産むことは怖いと思ってたの。子どもが私と同じように式神を召喚できなかったら、どうしようって。私みたいな扱いを受けるようなら、子どもなんて産みたくないって考えてた。でも、今はもう何も怖くない」

 まだ空っぽの腹を撫でる。
 いつかここに愛しい我が子が宿ることを信じて、琥珀は祈りを込めて目を閉じた。

「慧さまはもちろん、千鶴も宗一郎さんも使用人の皆さん全員、この子がどんな子でも愛してくれるって信じられるもの。きっと幸せになれるって信じているから、子どもを産むことももう怖くなくなった。だから、ありがとうね、千鶴」

 隣を歩く千鶴に琥珀は微笑みかける。
 呆けたようにこちらを見ていた千鶴の瞳が突如潤み、千鶴は慌てて目元を拭った。

「もうっ、そんなこと言われたら涙が出ちゃいますよ!」
「どうして泣くのよ」
「だって、琥珀さまが幸せそうにされているのが嬉しくて! 本当に琥珀さまが緋彩家に来てくださってよかったです。これからはたくさん愛されてめいっぱい幸せに過ごされてくださいね!」
「ふふ。ありがとう、千鶴」

 優しい理由で涙を流す千鶴にハンカチを差し出すと、千鶴は「うう」と嗚咽しながら涙を拭う。
 その様子を微笑ましく見ていた琥珀の脳裏に不意にセピア色の映像が浮かんだ。

 琥珀と千鶴が歩いている今の姿。
 その直後に建物の影から出てきた何者かが背後から殴りかかってきて、琥珀を庇った千鶴が殴打されて倒れる様子だった。

 ――逃げろ。

 頭の中で聞こえた声に、琥珀はハッとする。
 千鶴が琥珀の背後に視線を向けて目を見開いたのを見て、瞬時に琥珀は背後から殴りかかってきている人物を千鶴が見つけたのだと理解した。

「琥珀さまっ」

 千鶴が庇おうと踏み出した体を琥珀は咄嗟に突き飛ばす。
 鈍い音がして後頭部を殴打され、琥珀は視界が回って地面に倒れた。

「千鶴……! 逃げて!」

 背後から何者かが回り込んでくる気配がする。
 尻もちをついていた千鶴の視線が迷いに揺れた。

「ですが……!」
「助けを呼んできて! 早く!」

 この通りは人通りが少なく、今は周囲に誰もいない。
 誰も助けを呼べず、二人揃って被害に遭えばもうおしまいだ。
 琥珀の考えは伝わったようで、千鶴はぐっと唇を噛み締めて悔しそうにした後にバッと立ち上がって弾かれたように走り去っていった。

 千鶴が逃げていく後ろ姿に安堵するが、これから自分がどんな目に遭うのかという恐怖が途端にこみ上げてくる。
 逃げていった千鶴が戻ってくることのないように悲鳴を飲み込んだ琥珀の背後から、何者かは口元に布を押し当ててきた。

「んんっ」

 布には何か薬品が染みこませてあったようで、ツンと刺激臭のする甘い匂いが脳を揺らす。
 抵抗しようと暴れた琥珀は押さえ込まれた体にすぐに力が入らなくなるのを感じた。

(……だめ。意識を保たなきゃ、だめよ)

 何をされるにしても意識がなくなってしまっては抗えない。
 身の安全を守るために襲ってきた睡魔に必死に抗ったが、抵抗虚しく琥珀の意識はだんだんと遠のいていった。