幸運の花嫁 〜厄介払いの結婚で最強式神使いの溺愛がはじまりました〜

 日々目の前の仕事に邁進(まいしん)するのみであり、休日が訪れるのはまだかと待ち焦がれるような気分になったのは慧にとってははじめての経験だった。

 千鶴の報告では琥珀も休日にでかけられるのを楽しみにしているらしく、でかける際の着物と帯の組み合わせを真剣に考えていたとのことだ。
 琥珀がどんな着物を選ぶのか、慧も密かに楽しみにしていた。

 約束の休日はようやく訪れた。

 どんな着物で琥珀は玄関に現れるのか。
 そわそわと慧が待っていると琥珀がパタパタと早足で現れた。

「慧さま。お早いですね。お待たせして申し訳ございません」

 紅色の生地に小ぶりの花柄があしらわれた着物を身に纏った琥珀は上品ながらに華やかで美しい。
 着物の色が鮮やかである分、琥珀の肌の白さが際立ち、その静謐(せいひつ)な美しさにハッとさせられる。
 思わずじっと見入っていると、慧の真正面に立った琥珀は困ったように眉を下げた。

「……慧さま? どこかおかしかったでしょうか?」
「いや、似合っていると思っただけだ」
「あ、ありがとうございます」

 女性の服装など今まで気にしたこともなかったが、琥珀のような美しい女性が着飾っていると褒めたくなるものらしい。
 自分が褒め言葉を発したことに時間差で照れてしまいそうだったため「行こう」と声をかけて琥珀と共に屋敷を出た。

 この国は長く海外との交流を絶っていた歴史があるが、今はそんな時代も過去のことだ。
 町にはワンピースやドレス、スーツなどの洋装で歩いている者も多く見かけられる。
 慧は和装でいることが性に合っているため、今日も琥珀と同様に着物だ。

「人が多いですね」
「都の中でもここは主要地だからな」
「あまり町にでかける機会がなかったので、こんなに人がたくさんいるとは思っていませんでした」

 薄墨家の恥と呼ばれていた琥珀は自由に外にも出られなかったのだろう。
 無知を恥じるように笑う琥珀に「これからはいつでもでかければいい。町を散歩するのも楽しいかもしれない」と答えを返して、目的の店を目指す。

 琥珀がプリンを食べたいと言ったため、慧は宗一郎に頼んでプリンの有名店を調べて予約まで完了させていた。
 そのため、プリンを食べるためにその喫茶店に並ぶ客達を追い越して店内に入る。
 琥珀はすぐに店に通されたことに驚いたようだ。

「あっという間に入れるものなんですね。たくさん並ぶのかと思っておりました」
「事前にこの席を予約していた。一番眺めのいい席をと頼んでいた甲斐があったな」

 建物の二階にあるこの店は川に面しており、窓際のこの席からは流れる川と、その川縁(かわべり)の緑を見下ろすことができる。
 琥珀も窓の外に目を向けて嬉しそうにしていたことに、慧は強い満足感を覚えた。

 そして、今日の主役はなんといってもプリンだ。
 注文をすると、しばらくして紅茶と一緒に待望のプリンが現れる。
 背の高い銀の皿に載ったプリンはその上に生クリームが絞られており、ちょこんと乗ったさくらんぼがかわいらしい。

「これが例のプリンか」
「ぷるぷるしてますね……!」

 机の僅かな振動でもぷるぷると揺れるプリンにスプーンを入れる。
 生クリームと一緒にプリンを口に含むと、芳醇な卵の香りと甘さを苦味が包むようにまとまった魅惑の甘味を感じた。

「おいしいですっ」
「ああ」
「慧さまもプリンはお好きですか?」
「うまいな。甘いものは好きだ」
「クッキーも喜んでくださいましたものね」
「あれはまた作ってくれないのか?」
「慧さまが喜んでくださるなら、また作らせていただきますね」
「ああ、楽しみにしている」

 幸せそうに終始頬を押さえてプリンを食べていた琥珀は、あっという間に完食してしまった。

「とってもおいしかったです。わがままを聞いてくださって、ありがとうございました」
「このくらいなんでもない。それに、俺も甘いものは好きだと言っただろう」

 紅茶を飲みながらぶっきらぼうに答えると、琥珀はふふと小さく笑う。

「なんだ?」
「嫁入り前は慧さまのことを恐ろしい人なのではないかと思っていたなと、思い出したんです」
「よく言われることだ。別に気にしてもいない」
「千鶴も宗一郎さんも、慧さまのことは誤解されやすいけどいい人だとおっしゃっていました。本当にその通りですね。慧さまは本当はとても優しい方です」
「ふ」
「……今、慧さま、笑われましたか?」
「笑っていない」
「笑いましたよ、絶対」
「笑っていない」
「ええ?」

 照れくさくなって否定はしたが、ほんのり上がった口角を元の位置に戻すことができない。
 くすくすと笑う琥珀の声を聞いていると、胸が掴まれたかのようにドキドキした。

 別に誰にどう思われようが、慧は気にしたことがなかった。
 だが、琥珀に優しい人間であると評価されたことはなぜだか無性に嬉しかったのだ。

「どうして笑ったんですか?」
「さあな」
「もう。ふふ」

 戯れるような会話も心地がよく、もっと琥珀と共に時間を過ごしたいと感じてしまう。
 こんなに浮ついた気持ちを自分が抱くことになるだなんて、我ながら意外でしかなかった。

 食後は川原を少し散歩してから帰宅することにした。
 庭師の手伝いをするうちに花に少し詳しくなったと言う琥珀は、花についての知識が書かれた本をここ最近は読んでいるらしい。
 川原に咲く野花の名前や花言葉なんかを楽しそうに話す琥珀を見ているのは飽きなかった。

 次は琥珀とどこにでかけられるだろうか。
 また新しい甘味をふたりで食べに行くのもいいかもしれない。
 次の機会を楽しみにしている自分のらしくなさをむず痒く思いながら帰宅すると、玄関で宗一郎が待機していた。

「おかえりなさいませ、慧さま、琥珀さま」
「ああ。何かあったのか?」

 宗一郎が出迎えをしてくれるのは珍しいことではないが、その表情で何かあったことは察せられる。
 開口一番に報告がないということは緊急事態ではないだろうと思いつつ問うと、宗一郎は一通の手紙を差し出してきた。

常盤(ときわ)さまからの招待状です。恐らくこの時期ですので、夫人の誕生日会のお誘いかと……」
「あれか……」

 せっかく楽しい休日の終わりだというのに、深いため息が出てしまう。

 常盤は軍の最高司令官である元帥の立場にいる人物で、慧にとっては上司にあたる。
 常盤も夫人もさっぱりとしたいい人達ではあるのだが、常盤は海外留学経験があり、夫人は海外の文化を愛していることもあり、常盤夫婦が主催する会では海外のマナーを求められることが慧は苦手だった。

 集まり好きの常盤夫婦は毎年夫人の誕生日会を開催する。
 大抵の誘いは断れる慧だが、軍の人間がほとんど集まるこの会までを欠席することは(はばか)られるため、毎年重い腰を上げて出席しているものだ。
 それに今年は慧はパートナーとして妻の琥珀を常盤夫婦に紹介する必要があるだろう。

「琥珀さん。ワルツは踊ったことがあるか?」
「……ワルツ、ですか?」

 目を瞬かせている琥珀は洋装を着ているところを見たことがない。
 恐らくワルツなんて踊ったことがないだろう琥珀に、この時期までにワルツの練習を軽くしておくように言っておくべきだったと慧は反省した。

「常盤夫人の誕生日会には夫婦で出席しなければならない。ドレスとスーツを着て、夫婦でワルツを踊る必要がある」