「琥珀さま! 大丈夫ですか!? お怪我はございませんか!?」
「っ……大丈夫よ」
千鶴を引き寄せたまではよかったが、共に倒れた琥珀の右足首に梯子の角がちょうど激突していた。
ズキズキと脈打つような痛みを隠すために立ち上がろうとしたが、右足に体重をかけた瞬間に激痛が走る。
琥珀を支えようとしてくれていた千鶴にしがみついて痛みを逃すしかなく、強がりはあっさりと露呈してしまった。
「足が痛いんですか!? ごめんなさい、琥珀さま。私のせいで……!」
「千鶴は何も悪くないわ。怪我はない?」
「私は大丈夫ですが……」
「もう少ししたら痛みも治まると思うから、心配しないで仕事に戻って」
「だめですよ! 治療しに行きましょう。歩けますか? 今日はもう絶対絶対に安静にしていてもらいますからね!」
半泣きの千鶴に支えられながら自室に戻った琥珀の右足首は赤く腫れてしまっていた。
骨に何かあったのではと心配した千鶴が宗一郎に相談しに行き、緋彩家に医者を呼ぶまでの騒動になってしまったことが申し訳ない。
捻挫と打撲であり、大人しくしていればすぐに回復するという診断結果に、千鶴は泣いて安堵していた。
「骨に異常がなくて本当によかったです〜! 私はもうどうしようかと……!」
「心配をかけてごめんね、千鶴」
「娘を助けていただき、ありがとうございました」
「とんでもないです。無傷で助けられれば一番だったのですが、気を遣わせてしまってごめんなさい」
医者が帰った後、改めて礼を言いに来てくれた千鶴と宗一郎に琥珀は眉を下げてお願いすることにした。
「あの、ふたりにひとつお願いがあるんです。慧さまにはこのことは黙っていていただけないでしょうか?」
慧は朝から軍の会議のためにでかけており不在だ。
琥珀が怪我をしたことは千鶴と宗一郎しか知らないため、黙っていてもらえれば露呈することはない。
しかし、それは宗一郎が即座に却下した。
「いけません。絶対にお伝えさせていただきます。大切な奥方のことですから」
「恥ずかしいので黙っていてもらえると嬉しいのですが……」
「使用人を庇ってお怪我をされたことの何がお恥ずかしいのですか。慧さまには包み隠さず事情をお話しさせていただきます。琥珀さまはいい機会ですから、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
「……はい。わかりました」
宗一郎には取り付く島もなく、千鶴もめそめそと泣いて琥珀に休むように言うため、何もさせてもらえないまま琥珀は自室のベッドで過ごすことになった。
だが、今眠ってしまえば、絶対に深雪の苦しむ顔を見ることになる。
その確信があった琥珀は結局一睡もできることなく、何もせずにはいられずに、古い着物を取り出して穴が開いた部分の修繕にこっそりと励んだ。
(千鶴や宗一郎さんに見つかったら、休んでいるようにと怒られちゃうわよね……。だけど、何もせずに眠るのがどうしても怖いの)
隠れて仕事をしている後ろめたさから、明かりはつけないまま作業をするうちにどんどん部屋は暗くなっていく。
差し込んでいた夕日が月明かりに変わりはじめた頃、見えづらい手元に集中していると、不意に頭上から声が降ってきた。
「明かりもつけずに針仕事か」
驚いて顔を上げると、ベッド脇に相変わらず真顔で軍服姿の慧が立っていた。
「慧さま……、おかえりなさいませ」
「宗一郎から怪我の報告は受けている。千鶴からは謝罪と共に、こっそり覗きに行ったら琥珀さんが針仕事をしていて、どれだけ休むように言っても休んでくれないと泣きつかれた」
「千鶴が覗きに来ていたんですね……。気が付きませんでした。ごめんなさい」
「俺もドアを叩いたが返事がなかったから入らせてもらった。随分集中していたらしいな」
千鶴が覗きに来ていたことも、慧がドアを叩いてくれたことも、全く気が付かなかった。
気まずさに琥珀が黙り込んでいると、慧は窓辺にある応接セットから椅子をベッドの横に持ってきて腰掛ける。
慧がじっくり話をしようとする姿勢をはじめて見た琥珀は、驚いてベッドの上に座ったまま背筋を正した。
「私は、その、怒られるんでしょうか?」
「怒りはしない。ただ、いろいろと聞きたいことがあるだけだ」
「なんでしょうか……?」
「千鶴からの報告で疑問点があった。梯子が倒れて怪我をしたということだったが、千鶴には梯子が倒れてくる前に琥珀さんが動き出したように見えたそうだ。千鶴もそれを不思議がっていた。どうして梯子が倒れてくるのがわかった?」
「……それは千鶴の見間違いではないでしょうか」
時折聞こえたり見えたりする未来予知を誰かに話したことはない。
隠しているわけではなかったが、信じてもらえるとは思えずに誤魔化してしまった琥珀に、慧はのしのついた細長い紙箱を手渡してきた。
「これは?」
「カステラだ。新人対抗戦の賭けの賞品だった。賭けに勝った者の中から抽選で持ち帰れる者が選ばれることになっていたらしいが、俺の一人占めだった。里中に賭けていたのは俺だけだったからな。一般家庭出身で、この戦いで勝つために式神が使えることを隠していたらしい。見事に里中が優勝した」
「そうだったんですね」
のしの下に透けている店名は最近流行りの行列ができると噂の有名店だ。
この店のカステラを雛子と亜琥がこれ見よがしに琥珀の前で食べていたことがあり、いつか食べてみたいと憧れていた。
「琥珀さんは俺が誰にも言ったことがない好きなくだものも当ててみせた。千鶴が言うには、梯子が倒れる前に動きだせていたという。運がいいと言っていたが、本当にそれだけなのか気になっている」
鋭い慧の目をこれ以上誤魔化し続けることはやはり難しい。
隠し立てすることでもなかったが、信じてもらえないのではないかと思うと緊張する。
少しの間押し黙っていた琥珀だったが、慧がまっすぐにこちらを見つめる視線を見つめ返して、打ち明ける覚悟を決めた。
慧は誠実な人だ。
琥珀がていねいに真実を伝えれば、世迷い言を言っているとは思われないはずだ。
そう自分を勇気づけて琥珀は口を開いた。
「……実は、私はときどき未来のことがわかるんです」
「っ……大丈夫よ」
千鶴を引き寄せたまではよかったが、共に倒れた琥珀の右足首に梯子の角がちょうど激突していた。
ズキズキと脈打つような痛みを隠すために立ち上がろうとしたが、右足に体重をかけた瞬間に激痛が走る。
琥珀を支えようとしてくれていた千鶴にしがみついて痛みを逃すしかなく、強がりはあっさりと露呈してしまった。
「足が痛いんですか!? ごめんなさい、琥珀さま。私のせいで……!」
「千鶴は何も悪くないわ。怪我はない?」
「私は大丈夫ですが……」
「もう少ししたら痛みも治まると思うから、心配しないで仕事に戻って」
「だめですよ! 治療しに行きましょう。歩けますか? 今日はもう絶対絶対に安静にしていてもらいますからね!」
半泣きの千鶴に支えられながら自室に戻った琥珀の右足首は赤く腫れてしまっていた。
骨に何かあったのではと心配した千鶴が宗一郎に相談しに行き、緋彩家に医者を呼ぶまでの騒動になってしまったことが申し訳ない。
捻挫と打撲であり、大人しくしていればすぐに回復するという診断結果に、千鶴は泣いて安堵していた。
「骨に異常がなくて本当によかったです〜! 私はもうどうしようかと……!」
「心配をかけてごめんね、千鶴」
「娘を助けていただき、ありがとうございました」
「とんでもないです。無傷で助けられれば一番だったのですが、気を遣わせてしまってごめんなさい」
医者が帰った後、改めて礼を言いに来てくれた千鶴と宗一郎に琥珀は眉を下げてお願いすることにした。
「あの、ふたりにひとつお願いがあるんです。慧さまにはこのことは黙っていていただけないでしょうか?」
慧は朝から軍の会議のためにでかけており不在だ。
琥珀が怪我をしたことは千鶴と宗一郎しか知らないため、黙っていてもらえれば露呈することはない。
しかし、それは宗一郎が即座に却下した。
「いけません。絶対にお伝えさせていただきます。大切な奥方のことですから」
「恥ずかしいので黙っていてもらえると嬉しいのですが……」
「使用人を庇ってお怪我をされたことの何がお恥ずかしいのですか。慧さまには包み隠さず事情をお話しさせていただきます。琥珀さまはいい機会ですから、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
「……はい。わかりました」
宗一郎には取り付く島もなく、千鶴もめそめそと泣いて琥珀に休むように言うため、何もさせてもらえないまま琥珀は自室のベッドで過ごすことになった。
だが、今眠ってしまえば、絶対に深雪の苦しむ顔を見ることになる。
その確信があった琥珀は結局一睡もできることなく、何もせずにはいられずに、古い着物を取り出して穴が開いた部分の修繕にこっそりと励んだ。
(千鶴や宗一郎さんに見つかったら、休んでいるようにと怒られちゃうわよね……。だけど、何もせずに眠るのがどうしても怖いの)
隠れて仕事をしている後ろめたさから、明かりはつけないまま作業をするうちにどんどん部屋は暗くなっていく。
差し込んでいた夕日が月明かりに変わりはじめた頃、見えづらい手元に集中していると、不意に頭上から声が降ってきた。
「明かりもつけずに針仕事か」
驚いて顔を上げると、ベッド脇に相変わらず真顔で軍服姿の慧が立っていた。
「慧さま……、おかえりなさいませ」
「宗一郎から怪我の報告は受けている。千鶴からは謝罪と共に、こっそり覗きに行ったら琥珀さんが針仕事をしていて、どれだけ休むように言っても休んでくれないと泣きつかれた」
「千鶴が覗きに来ていたんですね……。気が付きませんでした。ごめんなさい」
「俺もドアを叩いたが返事がなかったから入らせてもらった。随分集中していたらしいな」
千鶴が覗きに来ていたことも、慧がドアを叩いてくれたことも、全く気が付かなかった。
気まずさに琥珀が黙り込んでいると、慧は窓辺にある応接セットから椅子をベッドの横に持ってきて腰掛ける。
慧がじっくり話をしようとする姿勢をはじめて見た琥珀は、驚いてベッドの上に座ったまま背筋を正した。
「私は、その、怒られるんでしょうか?」
「怒りはしない。ただ、いろいろと聞きたいことがあるだけだ」
「なんでしょうか……?」
「千鶴からの報告で疑問点があった。梯子が倒れて怪我をしたということだったが、千鶴には梯子が倒れてくる前に琥珀さんが動き出したように見えたそうだ。千鶴もそれを不思議がっていた。どうして梯子が倒れてくるのがわかった?」
「……それは千鶴の見間違いではないでしょうか」
時折聞こえたり見えたりする未来予知を誰かに話したことはない。
隠しているわけではなかったが、信じてもらえるとは思えずに誤魔化してしまった琥珀に、慧はのしのついた細長い紙箱を手渡してきた。
「これは?」
「カステラだ。新人対抗戦の賭けの賞品だった。賭けに勝った者の中から抽選で持ち帰れる者が選ばれることになっていたらしいが、俺の一人占めだった。里中に賭けていたのは俺だけだったからな。一般家庭出身で、この戦いで勝つために式神が使えることを隠していたらしい。見事に里中が優勝した」
「そうだったんですね」
のしの下に透けている店名は最近流行りの行列ができると噂の有名店だ。
この店のカステラを雛子と亜琥がこれ見よがしに琥珀の前で食べていたことがあり、いつか食べてみたいと憧れていた。
「琥珀さんは俺が誰にも言ったことがない好きなくだものも当ててみせた。千鶴が言うには、梯子が倒れる前に動きだせていたという。運がいいと言っていたが、本当にそれだけなのか気になっている」
鋭い慧の目をこれ以上誤魔化し続けることはやはり難しい。
隠し立てすることでもなかったが、信じてもらえないのではないかと思うと緊張する。
少しの間押し黙っていた琥珀だったが、慧がまっすぐにこちらを見つめる視線を見つめ返して、打ち明ける覚悟を決めた。
慧は誠実な人だ。
琥珀がていねいに真実を伝えれば、世迷い言を言っているとは思われないはずだ。
そう自分を勇気づけて琥珀は口を開いた。
「……実は、私はときどき未来のことがわかるんです」

