黒蝶の巫女と最強退魔師の婚約  死蝶は呪われた退魔師と謎を解く

 それから和颯(かずさ)と夕食を取ることになり。
 紫穂(しほ)と和颯は食堂に移動した。
 テーブルには白いテーブルクロス。
 赤い椅子はふかふかしている。
 テーブルには紅茶、パン、バター、いちごジャム、オムライス、玉ねぎスープといったものが並べられている。
 それを和颯は見やって言った。

「和食の方が良かっただろうか。ごめん、配慮が足りなかった」

 恐らく、紫穂が黙って食事を見ていたからだろう。ぶんぶんと紫穂は首を横に振る。

「まさか。嬉しいです! 美味しそうです。……いただきます」

(まともな食事に感動してしまった……こんなきちんとした食事なんていつぶりだろう?)

 洋食を食べるのも久しぶりだ。五年振りか。
 紫穂はパンにバターといちごジャムを塗って、口に入れた。
 じゅわっと溶けたバターと甘酸っぱいいちごジャム。そしてパンそのものの味も、ほんのり甘くて美味しい。

「美味しい……」
「紫穂ちゃん……?」

 和颯が一瞬、驚いたような顔をした。そして、立ち上がって懐から手巾を取り出すと紫穂の目元に当てた。

「す、すみません」

 紫穂は泣いていたのだ。
 あの家から出たと実感出来たからか。

「辛かったね……ずいぶんとひどい目に遭ってきたのだろう」

 誰かに労られることなんてこの五年でなかった。すっと胸が軽くなるのを感じた。

「……ありがとうございます」

 和颯から手巾を受け取る。それで、そっと涙を拭う。もう涙は流れなかった。

「この手巾、お洗濯してからお返しします」
「そんな必要ないよ? もうこの家の女主人じゃないか。ここには女中たちもいるのだから……紫穂ちゃんはする必要がない。ゆっくり休めばいい」
「ですが」
「それは女中たちの仕事だよ。……そうだなぁ、女中たちの仕事を奪っちゃうから、そういったことはしなくていい。そう考えてみてほしい」
「……わかりました」

 そう言われるとうなずくしかあるまい。

「あ……それとなのですが」

 紫穂はずっと気になっていたことがあった。

「何かな?」
「烏藤退魔なんでも屋って看板が置いてありましたよね? それは一体……?」
「あー、あれね。気になるよね」

 うんうんと和颯がうなずく。
 
「元々は軍にいたのだけれども」

 退魔師のほとんどは軍所属だから不思議なことではない。

「でもさ、十カ月前に呪われた。それは白蝶の夢見鳥の巫女でも解けない呪詛。首の痣が呪いの証。でも一年は命が持つ。だから、好きなことやろうかなって」
「それでなんでも屋さんですか?」
「そうそう。軍所属の退魔師やってて思ったことは直接的な妖魔祓い以外はあまり請け負っていないということだよ」
「……?」

 退魔師は妖魔祓いが仕事ではないのか。それ以外とは。
 紫穂の疑問が顔に出ていたのだろう。和颯が答える。

「街で妖魔が出る。それを祓う。それが退魔師の仕事。でも、妖魔絡みの件は他にもある。妖魔が犬猫を攫ったり……人だと退魔師も動くけどね。動物だと動かない。または何かしらの事件が起きて警察を訪れたが事件性なしとなったが……もしかして妖魔絡みではないかと考える人とかね。そういう人たちの相談に乗れたらいいかなって思って。で、なんでも屋をやることにした。まぁ、何でも屋だから妖魔絡み以外の依頼も来るけど。迷い猫探しとか。……といっても、一年しか出来ないと最初から分かってたけど。残り二カ月だね」

(一年しか出来ない……残り二カ月)

 そうだ。この人は二カ月もすれば亡くなってしまう。

「そんな顔しないで。俺はそんなに死ぬの怖くないから」

 明るく和颯が言う。紫穂はどんな顔をしていたのだろうか。自分ではわからなかった。

「……助かる方法はないのですか?」
「あるよ」

 あまりにあっさりと和颯が言うものだから紫穂は目を丸くする。

「でもね、一年かけて解呪するのだけれど、合計十二人の殺害が必要になる。霊力を搾り取るんだよ。そうすれば、解呪出来るだけでなく今まで以上に元気に過ごせるという。解呪というけれどもはや呪いだよ。……実際、呪われた自分の弟にそれを施したやつはいる。最初は霊力がたまたま高く生まれた孤児を捕まえてきていた。でも、そのうち解呪の段階が進むと霊力がさらに高い人間が必要になった。……退魔名家から、とある令嬢をさらって、その事件は発覚したのだけれどね。その令嬢は無事だった。彼女の兄が真っ先に見つけて救出したからね。俺が、誘拐犯の相手をしているうちに、その退魔師には救助を任せた」
「……」

 紫穂は何て返していいかわならなくなり、まったく違うことを訊ねた。

「あの、その服装は……?」 

 和颯は自身の服を指さす。中にシャツ。そして着物に袴。
 まるで書生のようだと、やはり紫穂は思う。

「この服はさ、あんまり警戒されないようにってことで着てる。仰々しい服は警戒される。俺のところに来る人って軍の退魔師とか警察に相手にされなかった人もいるからさ。軍の退魔師は仰々しい軍服姿だからね。それに調査するとなるとこういう服装がいいんだよ。今日だって、猫が妖魔に攫われたかも? って依頼だったんだ。まあ、攫われたんじゃなくてただの行方不明だったけど。……見つかったのは良かったよ」

 和颯は紅茶を飲んだ後に、続きを話した。

「あと、家もここは本宅じゃないんだよ。別宅。烏藤の当主は兄がやっている。そのうち兄のことも紹介する」
「わかりました。……ですが私なんかと結婚して何か言われないでしょうか?」

 紫穂は同意しつつ、疑問を持った。

「ああ、それなら問題ないよ。俺、もうすぐ死んじゃうから。このなんでも屋だって死ぬから好きなこと許されてる感じだからね。結婚も同じことだよ」
「……そうなのですね」

 死ぬ間際の自由。
 和颯は明るい。悲しみを感じさせない。でも、本心からかは紫穂には分からない。

「そういうことだから、そこは気にしないで。……そうだね、明日は色々と買いに行こうか。着物とか色々いるだろう。あと何か食べに行こう。生活用品は女中に買いに行ってもらうのでいいとしても……着るものは自分で選んだ方がいいだろうしね」
「え……ですが、そこまでしていただかなくても。すでに新しいお着物を着せていただいてますし」

 と紫穂が言えば和颯は、笑顔で少しイタズラな色を琥珀の瞳に宿して言う。

「実は女の子と逢い引きってのも死ぬ前にしてみたかったんだよ」

 まぁでも、と和颯が続ける。

「密やかに逢瀬するって感じではなくて、一緒に呉服屋に行ってフルーツパーラーか純喫茶で一緒に甘いものでも食べるって憧れるよね……」

(和颯さんはそんな機会たくさんあったはずだよね? 名家出身のお強い退魔師で美男だもの。……だからこれは私に気を遣ってくださっているんだだよね? ……自分がやりたいことだから気にするなって……)

 和颯は夢見鳥の巫女にも人気があるだろうし、カフェーなんかに行けば女給の方からいくらでも声がかかるだろう。というか、きっとそんな経験は履いて捨てるほどしてきたに違いない。

「……俺のわがままに付き合ってくれないかな?」
「わがままだなんてそんな……」
「駄目かな?」
「……いえ、よろしくお願いします」
「うん、楽しみにしてるよ」
「……私も楽しみです」

 和颯が微笑む。その笑みにドギマギしながらも紫穂はオムライスに手を付けたのだった。
 せっかく久しぶりのきちんとした食事だというのに、よく味がわからなくなってしまった。
 そして和颯がくれた自室に戻り、寝間着に着替えるとそのままベッドに突っ伏した。

(疲れた……けど)

 心はいつもより軽い。でも何とも言えない感情もあった。和颯は半年もしたらいなくなってしまう。
 紫穂は、はあっとため息をついた。ため息は人知れず枕へと消えたのだった。