黒蝶の巫女と最強退魔師の婚約  死蝶は呪われた退魔師と謎を解く

 一瞬、言われた意味が分からなかった。

「けっこん……結婚……?」
「うん、結婚」

 あっさりと和颯(かずさ)は首肯する。

「……もしかして父にああ言った手前、責任取らなくてはとお考えですか? 申し訳ありません、とんだご迷惑を」
「違うよ」
「では、なぜ?」
「その肩の八咫烏……ナナと普段は呼んでいるのだけれど。七月七日に俺の祖先が最初に契約していたらしたらしい。それがナナが名前の由来。まぁ、それはいいとして……そのナナがきみには懐いたからね。わりと気難しいヤツなんだが」

 紫穂(しほ)は自身の肩に止まる小鳥を見た。ちいさな欠伸をしていた。

「ナナ……ちゃん」

 呼び捨てはどうかと思い『ちゃん』付けしてみる。

「ピッ」

 ナナは嬉しそうに鳴いた。

(可愛い)

 ほんわかした気分になる。

「そうそう。このナナがあっさり懐くなんてね。今まで師匠と俺以外に気を許さなかったから……驚いたよ」
「そうなのですね。ナナちゃんは何の鳥に化けているのですか?」

 見かけたことがない鳥だった。

「オカメインコだよ。最近は飼っている家もそれなりにいる。桜国が開かれて数十年経つからね。外国の鳥もよく入ってくる」
「オカメインコですか」
 
 ナナに気に入られているらしいというのは単純に嬉しかった。しかし、結婚とこの小鳥のナナがどうつながるのか。紫穂は首をかしげる。

「その、それで……ナナちゃんが私に懐いたのと結婚に何の関係が?」

 和颯は真剣な色を琥珀の瞳に宿す。

「俺と契約結婚をしよう」
「契約……?」
「そう。俺はあと二か月もたたずに呪いで死ぬだろう」

 紫穂は息を呑む。確か、そのような話を以前、百代が朝食の場でしていたはずだ。呪いが根深くもう身体が持たないだろう、と。本当のことだったのか。

「……」
「だから提案する。きみには俺の死後、ナナの面倒を見てほしい。そして、紫穂ちゃんが老いたら他にナナの面倒を見れる者を探してほしい。……その代わり、俺の死後、俺の財産をすべて譲ることを約束する。何不自由なく一生、過ごせるくらいは資産がある」
「……ナナちゃんの面倒、ですか?」
「その通り」

 しかしそこまで言われても紫穂はピンと来ない。退魔家系に産まれたとはいえ、本格的な夢見鳥の巫女としての勉強は十二歳以降にするのだ。
 そして、紫穂はその教育は受けていないし、外にも出してもらえなかった。
 妖魔と契約する退魔師がいるとは知っていたが。

「……つまり、どういうことでしょうか?」

 和颯は何とも言えない表情をした。

「きみの家はそれすら教えていなかったのか」
「えっと……」

 どう答えればいいのか紫穂は迷う。素直に答えれば柳家への悪口にならないだろうか。

「いや、答えなくていい。だいたいはすでに察している。あの柳家の者の紫穂ちゃんへの態度……きみの服装……そしてなぜ柳家のお嬢様が女中になりたいなどと俺に頭を下げたのか」

 和颯は紅茶を一口飲むと話を続けた。

「退魔師と契約した妖魔は退魔師が死ねば本来なら自由になる。それは言い換えると退魔師が死んだ時に人を害す可能性がある妖魔が解き放たれるということだ。だから、退魔師は自身が死ぬ時に契約した妖魔が宝石に封印される呪いをかける。だが封印されたらいつまた解放されるか。下手したら数百年単位だろう。だから、二か月後……俺が死ぬ前に紫穂ちゃんがナナと契約して欲しい」
「ですが、私は退魔師ではありません。……無能なので夢見鳥の巫女でもありませんし」

 黒蝶は出せるが、それで夢見鳥の巫女と言っていいものか。何の役にも立たない不吉とされる蝶なのに。

(それに……この人に私が黒蝶を出すことは知られたくない)

 五年前、豹変した父の態度を思い出す。この優しい人もそうなったら、と思うと恐ろしい。
 
「契約だけなら夢見鳥の巫女の能力も退魔師の能力もいらない。妖魔が気に入る人物でさえあればいい。妖魔を武器とし振るうには退魔師としての技量が必要だが、妖魔の主人となるだけなら問題はない」
「そうなのですか……」

 和颯は微笑む。

「……ところで契約結婚の話は受けてくれるよね?」
「……」

 黒蝶の件を言うべきか。言いたくない。
 黙りこくる紫穂に和颯は言う。

「駄目だろうか? きみにも利益があると思うのだが。もちろん、本当の夫婦のような生活を送れ、なんて言ったりしないよ」

 紫穂は迷う。しかし、結局、出て来た言葉はこれだけ。

「……よろしくお願いします、和颯様」

 内心では、『さん』づけで読んでいたが、迷った末に『様』づけで呼ぶ。

(この人を私は騙している……)

 そして罪悪感が胸を焼いたが、この人に嫌われたくない、とそう思ってしまう。
 和颯は満面の笑みを浮かべた。

「こちらこそ。よろしくね、紫穂ちゃん。あ、あと様付けしなくていいよ?」
「……えっと、和颯さん?」
「うんうん、それで」
「わかりました」
「話も終わったし夕食にしようか? ここに食事を持ってくる? それとも食堂にする?」
「……食堂でお願いします」

 この部屋まで持ってきてくれるより食堂に自分から向かった方がいいだろうかと思いそう紫穂は言った。

「わかった。食事の準備が出来たら知らせを入れる」
「わかりました……その……色々とありがとうございました」

 紫穂は再び頭を深く下げる。
 和颯は柔らかく笑う。

「俺こそ。提案を受けてくれてありがとう。短い間だけど仲良くしよう」
「……はい」

 紫穂はしっかりとうなずいたのだった。
 和颯が紫穂に手を差し出す。
 紫穂は不思議そうに差し出された手を見た。紫穂より大きな男性の手を。

「……?」
「西洋風の挨拶だよ。これからよろしくって」

 手を握ればいいのだろうか。紫穂はそっと、和颯の手に自身の手を重ねた。すると、和颯に手を握られる。胸が跳ねた。
 思えば、今日が人生で一番初めて、身内以外の男性と関わった日かもしれない。

(く、口づけもしちゃったし……いやでもあれは恋愛的な意味じゃなくて……お父様に納得してもらうためで……!)

「紫穂ちゃん?」

 和颯の声に、紫穂は慌てて言葉を返した。

「は、はい。ふつつかものですが、これからよろしくお願いします!」

 そして、和颯の手を紫穂も握り返したのだった。