黒蝶の巫女と最強退魔師の婚約  死蝶は呪われた退魔師と謎を解く

 あれから数日が経過した。
 紫穂(しほ)はその後、疲れきって意識を失ってしまった。それで入院となり、今に至る。
 特に健康に問題はなかったが大事を取って数日は入院となってしまった。
 紫穂は手にピョコンと冠羽が生えたナナを乗せて、その頭を撫でていた。ナナはうっとりとした表情をしている。
 紫穂の寝台の隣に置かれた椅子には和颯(かずさ)が座っている。驚くことに彼は軍服姿だった。初めて見たと紫穂はまじまじと見てしまった。

「あの館は夏乃さんに教えてもらってね」
「そうだったのですね。夏乃さんは何と?」
「夏乃さんにはすべてを打ち明けたら号泣していたよ。……そして、ここだと思います、と教えてくれた。……帝都からそう遠くもないが、目立たない場所にある洋館。それで、宏美と兄上に電話を掛けてからすぐにその洋館に向かった」
「……あのダイヤモンドの指輪は今、調査中なんですよね?」
「うん。どうもあのダイヤモンドの指輪に奪った霊力を込めていたみたいだよ。それを夏乃さんにはめさせて、上質な霊力を流し込んでいたらしい」

 テーブルには、茶が淹れられた湯飲み、そして見舞いに来てくれた実や宏美がくれた果物が入ったバスケット、そしてクッキー缶が置かれている。 
 気持ちを落ち着かせようと紫穂は、湯飲みをテーブルから取ろうとした。が、その前に和颯が湯飲みを口元に持っていってくれた。

「重病人ではないですし……」

 恥ずかしくてそんなことを言う。

「夫婦になるのだし、問題ないよ」
「……」
 
 赤くなりつつも、一口飲む。そして、また訊ねる。

「百代はどうなりました?」
「百代さんは命は助かった」

 紫穂はホッとしつつ、言い方に違和感があった。

「『命は』ですか?」
「うん。命は。もはや霊力が上手く使いこなせない状態らしい。白蝶も上手く操れないと。夢見鳥の巫女としての活動はもう出来ないだろう。それに……」

 そこで和颯は一拍置いてから続きを述べた。

「水山家と柳家が違法薬物の商売をしていたことが発覚した。……百代さんも関わっていたみたいだから、茂正さん、多江さんと一緒に刑務所だろうね」
「……そうですか」

 彼らにはさんざんな目に遭わされてきたが、まさかこんなことになるとは。ただ、刑務所で罪を償って欲しいとは思うが。
 和颯は、バスケットに入った果物をちらっと見た。

「紫穂ちゃん、何か食べる?」
「では、リンゴを。あっ、剥くのは私がやりますから」
「いやいや。病人にやらせるわけないでしょ」

 そう言いつつ器用に和颯は果物ナイフでするするとリンゴの皮を剥いていく。
 そして、出来上がったのは。

「えっーと、うさぎさんでしょうか?」
「ごめん、下手くそだったね」

 うさぎのような何かだった。
 紫穂は首を横に振る。

「いえ。嬉しいです。……食べていいですか?」
「もちろん。さぁ」
「えっ」

 また? と紫穂は戸惑う。リンゴを和颯は紫穂の口元まで持っていってた。
 いやでも、さっきも断ったけれど飲ませられたし、同じもようなものかもしれない、と紫穂は自分を納得させる。
 ぱくりとリンゴを食べる。

(やっぱり恥ずかしい……!)

 と思いつつも嬉しかった。
 リンゴを食べ終わると紫穂はまだ聞いていないことを和颯に訊く。

「孝治さんはどうなりますか?」
「ほぼ確実に死刑だろう」
「やはり」 
「斎藤キヨさん、矢内静香さん、花山ミツさん、リクヒトさん……他にも。これだけ大量に殺人を犯したからね」
「……黒蝶による解呪の方法がわかっていればこんなにみんな亡くならなくて済んだのに。……黒蝶が解呪の鍵だなんて思いもしませんでした……」

 落ち込む紫穂に和颯は言う。

「当然だよ。あんな状況で気づくはずがない。それに桜国では長い間、黒蝶は不吉とされてきたのだしね。……そもそも黒蝶の夢見鳥の巫女なんて前代未聞。わかるはずがない」
「……」
「たがら気にすることなんてないよ、何も」

 和颯は優しい口調で言う。

「ありがとうございます、和颯さん。……あのそれと」
「ん?」
「なぜ軍服姿なのでしょうか? よくお似合いですが」
「あはは、似合う? 愛しの女性にそう言われると嬉しいな」
「い、愛し」
「照れてる? 可愛いね」
「……か、からかわないでください」
「本当のことだよ。紫穂ちゃんが可愛いのは」
「……その和颯さんはとってもカッコいいです」
「ありがとう」
「……その、それで、なぜ軍服姿なのですか?」

 和颯は自身の服を見やった。

「これはね、呪いが綺麗さっぱり消えたんだから軍に復帰しろと言われてね。……まぁ、それは良いんだけど『何でも屋』はどうしようかなとか色々考えてる。少ないながらも一応、お客様はいるわけだし」
「それなら私が引き継ぎます」

 和颯が目を瞬く。

「そこまでしてもらわなくても」

 和颯にそう言われて、ふと紫穂は気づく。

「あれ? そういえば和颯さんの呪いは綺麗さっぱり消えたのですよね?」
「うん」
「なら、もしかして婚約解消……? もともとはナナちゃんのための婚約ですし……」

 ナナを撫でながら紫穂はそんなことを言う。
 和颯の顔色が変わる。

「婚約解消したい?」
「え?」
「俺の側にいて欲しい」

 和颯がささやく。
  
「……駄目かな?」
「駄目だなんて! でも、良いんですか? 私で」
「紫穂ちゃんがいいんだよ」
「嬉しいです」
「……紫穂ちゃん。キスしても」
「え? い、今ですか?」
「うん」
「……わかりました」

 少し、沈黙した後に紫穂はうなずく。
 そっと目をつぶる。すると、柔らかいものが唇に当たる。その口づけは、初めてしたときより長かった。

★☆★☆

「和颯さん、いってらっしゃい」

 軍服を着た和颯を紫穂は見送る。すでに退院した紫穂は和颯の屋敷に戻ってきていた。
 あの事件からしばらくが経った。

「行ってきます」

 と和颯が言う。

「本当は紫穂ちゃんと離れたくないんだけどね」
「……私もです」
「でも、頑張ってくるよ」

 そう笑って和颯は、紫穂を抱きしめる。
 和颯を見送ると自室に戻り紫穂は、手帳を開く。
 紫穂は『何でも屋』を引き継いでいた。それに『黒蝶の夢見鳥の巫女』としての活動もしている。呪いを解いたり、穢れを浄化したりと。

「えっと、今日はこれからお客様が来て。飼っていた鳥が昨日から行方不明……。でも、誰も籠からそのとき出していなかった。一瞬で、消え去った……とお電話ではおっしゃってて……もっと詳しいお話は直接、会ってお話したいと」

 和颯から妖魔絡みは一人では行動しないでと言われている。危険だからと。だが、話なら和颯が仕事中でも紫穂一人で聞ける、というか、聞けるように頑張っている。
 術も日々、和颯から学んでいる。一人でも妖魔に対抗出来るようになりたい。そうしたら何でも屋の仕事も一人でこなせるはずだ。
 和颯には術の師匠までさせて、申し訳ないとは思うが。

『そんなこと気にしなくていいのに。俺は楽しいよ』

 と和颯は笑っているものの。

「紫穂様、お客様です。何でも屋のお客様だそうです」

 部屋の外から女中の声。

「はい、今行きます」

 紫穂は部屋を出て階段を下り、玄関のドアを開いたのだった。そして、着物姿の女性に告げる。

「ようこそ、烏藤退魔何でも屋へ。どうぞ、お入りになってください」