「鴆」
ダイヤモンドの指輪に孝治がそう呼べば、ダイヤモンドが輝き、鷹ほどの大きさの鳥が現れた。
そして、その鳥は輝き弓矢へと姿を変える。
それが地面に落ちる前に素早く孝治は受け取り、さっさっと紫穂に向けて矢を射った。
「……!」
しかし、それは和颯の大太刀によって、弾かれた。
「残念」
孝治が微笑む。
そして、鵺は「ヒョーヒョー」と鳴きながら和颯に襲いかかる。
鋭い爪を持つ手足を振り下ろす。
なんなく、和颯は避けたが、床が割れている。
(すごい威力……!!)
和颯は、大太刀で鵺に斬りかかる。鵺から血しぶきが上がる。
しかし、鵺は倒れない。鵺は飛びあがる。
そして、和颯へと勢いをつけて襲いかかる。
と、同時に孝治が矢を和颯へと射る。和颯は、避けつつ、鵺へとまた斬りかかる。
孝治は、今度は紫穂へとまた矢を射った。
和颯が走ってきて、それを大太刀で防いだ。
そんなことが、どのくらい続いただろうか。
鵺は幾度も斬られて、血を流しているというのに倒れない。
そして、和颯も鵺のすべての攻撃は防ぎきれず、血を流していた。
鵺ほど、血は流していおらず、致命傷でもない。
しかし、鵺の相手をするたびに穢れが、また溜まっていく。通常の妖魔なら、とっくに死んでいるだろう回数を切っても鵺は死なないのだ。しかも、すでに鵺を相手にする前に大量の妖魔を斬っているのだ。
そして、鴆が変化した矢も落としている。あれも落とすたびに穢れが溜まるはずだ。
穢れが溜まり、和颯は辛そうな表情をしていた。
(ああ、私に浄化が出来たら……!)
しかし、紫穂は黒蝶なのだ。無能の黒蝶。
浄化の力はない。しかも、この量の穢れは白蝶の夢見鳥の巫女でもないと難しいに違いない。
「百代……! 百代……! 起きて!」
白蝶の夢見鳥の巫女たる百代を揺さぶるが起きる気配はまったくない。
(どうしよう?)
焦る紫穂だが、その間にも戦闘は続く。
(鵺も不死身ではないよね。斬ればいつかは死ぬ。でも、そのとき、和颯さんは満身創痍のはず。でも孝治さんに疲れは見えない)
軽々と弓矢を扱う孝治。鵺を倒してもまだ孝治がいるのだ。
(どうすれば……! 考えないと!)
紫穂が、グダグダと考えがまとまらない内にも時間は進んでいく。
鵺も和颯もお互い、血を流し、動きが鈍くなっていく。
疲労していないのは孝治のみ。
(百代が起きてくれたとしても、隙を作らないと浄化するのは難しいかも……)
百代を揺さぶりつつそんなことに思考を巡らす。
「百代、お願い! 起きて!」
しかし、百代は一向に起きない。
(どうしよう、どうしよう!)
和颯は再び、大太刀を構えて、鵺と相対する。鵺は飛び上がり叫び声を上げて、和颯に襲いかかる。しかし、和颯は大太刀でその腹を横一文字に引き裂いた。
鵺が落下して、大きな音を立てる。
「和颯さん!」
和颯がふらつき、しかしどうにか大太刀を床に突き刺して立つ。
(鵺は和颯さんが倒してくれた! でも……!)
そして、矢がこちらへ飛んでくる。
「……っ!」
和颯は、少し遠くにいる。しかも満身創痍だ。
紫穂は百代を連れて、逃げようとしたが間に合いそうにない。意識のない人間はどうしてこうも重いのか。
思わず、目をつぶるが、痛みは襲ってこない。
恐る恐る目を開ける。そして、紫穂は目を見開いて叫ぶ。
「和颯さん!」
紫穂の前に出た和颯の肩に矢が突き刺さっていた。
和颯は苦しげな表情だった。
「ああ、和颯さん! ごめんなさい!」
「何で紫穂ちゃんが謝るの?」
「私が足手まといだから!」
「そんなことはない……」
そう言い終わると、和颯は激しく咳き込む。そして、血を吐いた。
「和颯さん! いや!」
紫穂が叫ぶ。
その光景を見ていた孝治が拍手をする。
「さすがです。鵺は倒されちゃいましたね」
「……あなた、この矢は鴆毒の矢でしょう!?」
「うん、そうだよ、紫穂さん。だからすぐに和颯さんは死ぬだろう。そしたら、紫穂さんと百代さんの番だ」
紫穂の身体が震える。
そして、とめどなく涙があふれ出る。
「紫穂ちゃん……」
ささやくような声で和颯が紫穂を呼ぶ。孝治には聞こえないくらいの小声。
「和颯さん?」
「きみはナナに気に入られている。今、俺との契約を破棄してきみとの契約に更新させる」
「……それは」
「今、ナナも満身創痍の状態だ。だが、きみという新しい主を得れば多少は回復する。そしたら、紫穂ちゃん一人くらいは連れて逃げられるはず……」
「あなたを置いていけません。……私、和颯さんのことが好きです。だから……」
そう紫穂が告げれば和颯は一瞬、目を丸くするが、すぐに穏やかに微笑む。
「ありがとう。俺もきみが好きだ」
そして、和颯は紫穂の手を黒曜石のような宝石のペンダントへと導く。
「ここに霊力を流し込んで」
(霊力を? そうしたら黒蝶が出てしまう……だけど)
黒蝶、というのは紫穂にとっては美しいけれど、自分ではもう顕現したくないものでもあった。
孝治が弓を構えるのが、紫穂の視界に写った。
「……!」
(……どうしよう? 少しでも時間稼ぎを! ……あっ!)
紫穂は懐から指輪を取り出す。
そして、高く持ち上げる。ダイヤモンドがきらめく。
「孝治さん、これわかりますよね?」
孝治が目に見えて表情を変える。
「何でそれを……!? 夏乃は無くしたと言っていたのに!」
「夏乃さんに渡されたのです」
会話している隙に、霊力を身体に巡らす。
和颯を置いて逃げるつもりはない。しかし、ナナの主を変えれば、ナナが多少は回復するなら。勝機はこれしかない。
「これ、大事なものでしょう?」
「当然だ。俺に渡せ」
紫穂の身体が紫色の淡い光につつまれる。そして、次の瞬間には漆黒の黒い蝶たちが広間を羽ばたいていた。
「黒蝶か……霊力を。契約者を変えるつもりだね」
孝治が再び、弓を構えなおそうとしている。
(間に合って! 私、和颯さんを助けたい!)
黒蝶たちは、ふわりと和颯を包む。
(え?)
驚く紫穂を余所に黒蝶たちは次の瞬間には、溶けるように消えていった。
「驚いた」
和颯がつぶやく。その顔には疲労の色がまったくない。
そして、次の瞬間には和颯は紫穂の前から消えていた。
「……!?」
紫穂はキョロキョロと周りを見渡す。
そして、気づく。
孝治が床に伏している。
すでに、意識を失っているようだ。
和颯は軽々と大太刀を振り回す。
「和颯さん!」
紫穂は和颯に駆け寄る。
「なぜ、急に元気に?」
「それが黒蝶に囲まれたら急に」
そして、和颯は驚くべきことを言った。
「呪いも消え去ったみたいで……」
和颯は自身の首を指さす。確かに綺麗さっぱり星のような痣は消えていた。
「えっ!? な、何でですか!?」
「そうだね。『黒蝶』は無能ではなかったということじゃないかな」
「……?」
「黒蝶には確かな……それも白蝶の夢見鳥を超える浄化効果があった。最上級の。だから、穢れも、呪いも祓えたということではないかな」
「まさか」
「そうとしか考えようがない。……もしかしたら、呪われたときに患者に出てくる黒蝶は『呪いそのもの』ではなく『呪いに対抗するもの』だったのかもしれない。無意識の患者の『死にたくない』という強い願いが『黒蝶』として化現された。本来なら人により様々な『蝶』になるはずだが、『死』を意識した状態で出て来たのが『黒蝶』なのだろう。だが化現しても、みんな、上手く扱えない。現に、『蝶』を化現するだけなら霊力が高いものなら出来る。しかし扱えるのは才能ある夢見鳥の巫女のみ。そして、黒蝶は『呪いそのもの』として解釈されてきてしまった、とかかな?」
そこまで言って、和颯は少し首を横に振る。
「ともかく、黒蝶が俺を助けてくれたことは確かだよ。ありがとう、紫穂ちゃん」
「私こそありがとうございます、助けてくださって」
「将来の妻を助けるのは当然のことだよ」
と和颯が微笑んだところで声が聞こえた。
「もう終わっていたか。……遅くなってすまない」
「和颯さん!」
「兄上、宏美……それに」
軍服を着た退魔師たちがこちらへ駆けてくるのが見えたのだった。
紫穂は、やっと終わったのだと思った。
気が抜けると同時に、疲れが襲ってきた。
めまいがする。
それに気づいた和颯が、紫穂を受け止める。
「紫穂ちゃん……!」
和颯の温もりに安堵して紫穂は意識を手放したのだった。
ダイヤモンドの指輪に孝治がそう呼べば、ダイヤモンドが輝き、鷹ほどの大きさの鳥が現れた。
そして、その鳥は輝き弓矢へと姿を変える。
それが地面に落ちる前に素早く孝治は受け取り、さっさっと紫穂に向けて矢を射った。
「……!」
しかし、それは和颯の大太刀によって、弾かれた。
「残念」
孝治が微笑む。
そして、鵺は「ヒョーヒョー」と鳴きながら和颯に襲いかかる。
鋭い爪を持つ手足を振り下ろす。
なんなく、和颯は避けたが、床が割れている。
(すごい威力……!!)
和颯は、大太刀で鵺に斬りかかる。鵺から血しぶきが上がる。
しかし、鵺は倒れない。鵺は飛びあがる。
そして、和颯へと勢いをつけて襲いかかる。
と、同時に孝治が矢を和颯へと射る。和颯は、避けつつ、鵺へとまた斬りかかる。
孝治は、今度は紫穂へとまた矢を射った。
和颯が走ってきて、それを大太刀で防いだ。
そんなことが、どのくらい続いただろうか。
鵺は幾度も斬られて、血を流しているというのに倒れない。
そして、和颯も鵺のすべての攻撃は防ぎきれず、血を流していた。
鵺ほど、血は流していおらず、致命傷でもない。
しかし、鵺の相手をするたびに穢れが、また溜まっていく。通常の妖魔なら、とっくに死んでいるだろう回数を切っても鵺は死なないのだ。しかも、すでに鵺を相手にする前に大量の妖魔を斬っているのだ。
そして、鴆が変化した矢も落としている。あれも落とすたびに穢れが溜まるはずだ。
穢れが溜まり、和颯は辛そうな表情をしていた。
(ああ、私に浄化が出来たら……!)
しかし、紫穂は黒蝶なのだ。無能の黒蝶。
浄化の力はない。しかも、この量の穢れは白蝶の夢見鳥の巫女でもないと難しいに違いない。
「百代……! 百代……! 起きて!」
白蝶の夢見鳥の巫女たる百代を揺さぶるが起きる気配はまったくない。
(どうしよう?)
焦る紫穂だが、その間にも戦闘は続く。
(鵺も不死身ではないよね。斬ればいつかは死ぬ。でも、そのとき、和颯さんは満身創痍のはず。でも孝治さんに疲れは見えない)
軽々と弓矢を扱う孝治。鵺を倒してもまだ孝治がいるのだ。
(どうすれば……! 考えないと!)
紫穂が、グダグダと考えがまとまらない内にも時間は進んでいく。
鵺も和颯もお互い、血を流し、動きが鈍くなっていく。
疲労していないのは孝治のみ。
(百代が起きてくれたとしても、隙を作らないと浄化するのは難しいかも……)
百代を揺さぶりつつそんなことに思考を巡らす。
「百代、お願い! 起きて!」
しかし、百代は一向に起きない。
(どうしよう、どうしよう!)
和颯は再び、大太刀を構えて、鵺と相対する。鵺は飛び上がり叫び声を上げて、和颯に襲いかかる。しかし、和颯は大太刀でその腹を横一文字に引き裂いた。
鵺が落下して、大きな音を立てる。
「和颯さん!」
和颯がふらつき、しかしどうにか大太刀を床に突き刺して立つ。
(鵺は和颯さんが倒してくれた! でも……!)
そして、矢がこちらへ飛んでくる。
「……っ!」
和颯は、少し遠くにいる。しかも満身創痍だ。
紫穂は百代を連れて、逃げようとしたが間に合いそうにない。意識のない人間はどうしてこうも重いのか。
思わず、目をつぶるが、痛みは襲ってこない。
恐る恐る目を開ける。そして、紫穂は目を見開いて叫ぶ。
「和颯さん!」
紫穂の前に出た和颯の肩に矢が突き刺さっていた。
和颯は苦しげな表情だった。
「ああ、和颯さん! ごめんなさい!」
「何で紫穂ちゃんが謝るの?」
「私が足手まといだから!」
「そんなことはない……」
そう言い終わると、和颯は激しく咳き込む。そして、血を吐いた。
「和颯さん! いや!」
紫穂が叫ぶ。
その光景を見ていた孝治が拍手をする。
「さすがです。鵺は倒されちゃいましたね」
「……あなた、この矢は鴆毒の矢でしょう!?」
「うん、そうだよ、紫穂さん。だからすぐに和颯さんは死ぬだろう。そしたら、紫穂さんと百代さんの番だ」
紫穂の身体が震える。
そして、とめどなく涙があふれ出る。
「紫穂ちゃん……」
ささやくような声で和颯が紫穂を呼ぶ。孝治には聞こえないくらいの小声。
「和颯さん?」
「きみはナナに気に入られている。今、俺との契約を破棄してきみとの契約に更新させる」
「……それは」
「今、ナナも満身創痍の状態だ。だが、きみという新しい主を得れば多少は回復する。そしたら、紫穂ちゃん一人くらいは連れて逃げられるはず……」
「あなたを置いていけません。……私、和颯さんのことが好きです。だから……」
そう紫穂が告げれば和颯は一瞬、目を丸くするが、すぐに穏やかに微笑む。
「ありがとう。俺もきみが好きだ」
そして、和颯は紫穂の手を黒曜石のような宝石のペンダントへと導く。
「ここに霊力を流し込んで」
(霊力を? そうしたら黒蝶が出てしまう……だけど)
黒蝶、というのは紫穂にとっては美しいけれど、自分ではもう顕現したくないものでもあった。
孝治が弓を構えるのが、紫穂の視界に写った。
「……!」
(……どうしよう? 少しでも時間稼ぎを! ……あっ!)
紫穂は懐から指輪を取り出す。
そして、高く持ち上げる。ダイヤモンドがきらめく。
「孝治さん、これわかりますよね?」
孝治が目に見えて表情を変える。
「何でそれを……!? 夏乃は無くしたと言っていたのに!」
「夏乃さんに渡されたのです」
会話している隙に、霊力を身体に巡らす。
和颯を置いて逃げるつもりはない。しかし、ナナの主を変えれば、ナナが多少は回復するなら。勝機はこれしかない。
「これ、大事なものでしょう?」
「当然だ。俺に渡せ」
紫穂の身体が紫色の淡い光につつまれる。そして、次の瞬間には漆黒の黒い蝶たちが広間を羽ばたいていた。
「黒蝶か……霊力を。契約者を変えるつもりだね」
孝治が再び、弓を構えなおそうとしている。
(間に合って! 私、和颯さんを助けたい!)
黒蝶たちは、ふわりと和颯を包む。
(え?)
驚く紫穂を余所に黒蝶たちは次の瞬間には、溶けるように消えていった。
「驚いた」
和颯がつぶやく。その顔には疲労の色がまったくない。
そして、次の瞬間には和颯は紫穂の前から消えていた。
「……!?」
紫穂はキョロキョロと周りを見渡す。
そして、気づく。
孝治が床に伏している。
すでに、意識を失っているようだ。
和颯は軽々と大太刀を振り回す。
「和颯さん!」
紫穂は和颯に駆け寄る。
「なぜ、急に元気に?」
「それが黒蝶に囲まれたら急に」
そして、和颯は驚くべきことを言った。
「呪いも消え去ったみたいで……」
和颯は自身の首を指さす。確かに綺麗さっぱり星のような痣は消えていた。
「えっ!? な、何でですか!?」
「そうだね。『黒蝶』は無能ではなかったということじゃないかな」
「……?」
「黒蝶には確かな……それも白蝶の夢見鳥を超える浄化効果があった。最上級の。だから、穢れも、呪いも祓えたということではないかな」
「まさか」
「そうとしか考えようがない。……もしかしたら、呪われたときに患者に出てくる黒蝶は『呪いそのもの』ではなく『呪いに対抗するもの』だったのかもしれない。無意識の患者の『死にたくない』という強い願いが『黒蝶』として化現された。本来なら人により様々な『蝶』になるはずだが、『死』を意識した状態で出て来たのが『黒蝶』なのだろう。だが化現しても、みんな、上手く扱えない。現に、『蝶』を化現するだけなら霊力が高いものなら出来る。しかし扱えるのは才能ある夢見鳥の巫女のみ。そして、黒蝶は『呪いそのもの』として解釈されてきてしまった、とかかな?」
そこまで言って、和颯は少し首を横に振る。
「ともかく、黒蝶が俺を助けてくれたことは確かだよ。ありがとう、紫穂ちゃん」
「私こそありがとうございます、助けてくださって」
「将来の妻を助けるのは当然のことだよ」
と和颯が微笑んだところで声が聞こえた。
「もう終わっていたか。……遅くなってすまない」
「和颯さん!」
「兄上、宏美……それに」
軍服を着た退魔師たちがこちらへ駆けてくるのが見えたのだった。
紫穂は、やっと終わったのだと思った。
気が抜けると同時に、疲れが襲ってきた。
めまいがする。
それに気づいた和颯が、紫穂を受け止める。
「紫穂ちゃん……!」
和颯の温もりに安堵して紫穂は意識を手放したのだった。
