「待ちなさいよ!!」
百代に近づいてくる孝治に向かって彼女は怒鳴る。
「ん? 辞世の句でも詠む? 最期だし聞いてあげるよ」
孝治が動きを止める。
「違うわ!! 何で私なわけ!? そこの紫穂にしなさい! 紫穂の命を使って妹を助けなさいよ! 私を殺さないで! 誰にもこのことは言わないから!」
「だって、百代さんは白蝶の夢見鳥の巫女だろう? 自分でも、誇りに思っているはずだ」
「そうよ! 私は白蝶の夢見鳥の巫女! 他のやつらなんかとは違うの! 殺すなら、そこの死蝶を殺して」
「無理な相談だね」
さっくりと孝治は百代の提案を切り捨てる。
「いいかい? 必要なのは豊富で質の高い霊力だよ。白蝶の夢見鳥の巫女がぴったりなんだ。紫穂さんは霊力が高いけれど、黒蝶なんだろう? あなたが教えてくれたね、百代さん? 死蝶の霊力なんて妹に使えるはずないじゃないか。万が一のことがあったらどうする?」
孝治はかがんで、くいっとダイヤモンドの指輪をはめた指で百代の顎を持ち上げる。
「なっ!?」
「……もうすでに、夏乃は白蝶の夢見鳥の巫女ほどの豊富な霊力と高い質を持つ人間を消費しないといけない段階なんだよ」
「私を殺したら大変なことになるわ! さすがに、長い間、私が行方不明になったらお父様とお母様が警察に言うはずだし捜索だって……!!」
「あのね? 柳家は水山家と一緒になって外国産の違法薬物で儲けているだろう?」
「……!! なぜそれを!」
(違法薬物……!?)
紫穂は、びっくりする。そういえば、百代は和颯に『それにきみの家の噂についてだが――』と言われたときに、そそくさと逃げたではないか。そういうことだったのか。
「だから、わざわざ警察が屋敷に入るかもしれない事態にするわけないよ。それに、筋書きならもう考えてあるんだ。柳姉妹は柳家を恨む人間に殺されたって。違法薬物に関わっているのだから柳家を恨む人間がいてもおかしくはない」
百代の顎を離して、孝治は立ち上がる。
「さて……、蛇精」
孝治がダイヤモンドの指輪に向けて、呼びかけると、ダイヤモンドがきらめき光を発した。
「……!」
そして、目の前に大蛇が現れた。大きな牙を持つ大蛇は這うように百代へ寄っていく。
「いやあ!!」
百代が絶叫する。
「孝治さん、やめてください!!」
紫穂も叫ぶが、止まるはずもなく蛇精は百代をゆっくりと締め上げていく。
それを、孝治は何も言わずに眺めていた。
「……いや! 私の霊力が!」
蛇精の締め付けが強くなっていき、百代が苦悶の表情を浮かべる。
すると、金色の光がきらめき部屋に白蝶が現れた。だが、その白蝶たちを蛇精は食い散らかす。
そのたびに、百代の顔から生気が抜けていく。
「止めてください!」
紫穂が再び、言うが蛇精は白蝶を食らっていく。
やがて、白蝶が最後の一匹となると、くたりと百代から力を抜けた。
「百代!?」
「まだ死んでないよ? あと一匹だからもう死んじゃうけどね」
孝治が穏やかに言う。
「さあ、紫穂さん。妹が死ぬのをじっくり見るといいよ」
「やめて!」
「なんで? 妹とはいえ、あなたにさんざんな態度を取っていた娘だろう?」
「だとしても人が死ぬのは見たくないの!」
紫穂は言葉を探る。
「こんなことをして夏乃さんが喜ぶとでも?」
その紫穂の言葉に孝治の顔色がやや変わる。
「喜ぶはずがない。夏乃がこのことを知ったらどうなるか……。……そんなことはわかっている。しかし、俺は夏乃に生きていて欲しい」
「……もうこんなことはやめませんか? 夏乃さんもいつかは気づくかもしれません」
紫穂は、必死に訴える。
「自首してください」
ゆるりと首を横に孝治は振る。
「それは出来ないよ。いつか夏乃にもバレるとしてもね。俺は夏乃にバレても、人の命を奪い続けるだろう」
(……これは無理だ!)
紫穂は悟る。誰に何を言われようとも、孝治は止まるつもりなど微塵もないのだ。
「蛇精」
孝治が大蛇を呼ぶ。
すると、蛇精は部屋に一匹だけ残った白蝶を追いかける。百代はその際に蛇精の拘束が解けたものの、相変わらず生気のない顔だった。そのまま、床にどさりと落ちる。意識もない。
(まずい……!!)
蛇精が白蝶を飲み込もうとしたそのときだった。
部屋のドアが音もなく開いて次の瞬間、蛇精の頭は切り落とされていた。血しぶきが飛ぶ。
その途端、唯一残った白蝶は百代へと帰っていく。
そして、紫穂は誰かに抱えられ、部屋を出た。部屋を出ると大広間のような場所だった。
そっと、床に下ろされる。百代も一緒だった。
「和颯さん!」
「遅くなってごめん」
大太刀を持つ和颯がいた。
相変わらずの書生じみた格好。屋敷に帰って異変に気づき、探してくれたのだろう。
和颯が呪言を唱えると、ふわりと身体が軽くなる。
「家に帰ったら女中たちが倒れていて。意識はなかったが、命に別条はなかったのが幸いだったけど」
「サンドマンという妖魔の仕業です。私もそれにやられました」
そんな会話をしていると、孝治も部屋から出て来た。
「和颯さん、早いですね。予想より。参ったなぁ」
「河島中尉……。よくも」
「怒らないでください。怖いですよ、顔が。あなたがそんなに怒るのも珍しい」
「怒って当然だろう……!」
「それはそうですけど。俺にも事情がありましてね。もうすべてわかっているでしょう?」
「夏乃さんのことだろう」
「はい。はぁ、あなたも今、殺さないと。隠蔽が面倒だ。一気に三人か」
「人を殺め過ぎて、感覚がおかしくなっているね」
「それは認めます」
孝治が笑うとダイヤモンドの指輪に何事かささやく。
「いやあ、あの蛇精、かなり強いのに。あなたの相手は面倒だ」
指輪が輝く。
「紫穂ちゃん、俺の後ろに。百代さんと一緒に」
「はい」
紫穂は素直にうなずく。紫穂に戦う技量はない。
前に出ても足手まといだろう。
百代をどうにか動かし、和颯の後ろへ移動した。
指輪からは、数え切れないほどの妖魔が現れた。異形の妖魔から、動物とたいしてかわらないものまで。
それが和颯に一気に襲いかかる。
それを和颯は大太刀を振るって屠っていく。
(和颯さん強い……!)
そして妖魔は見る見るうちに減っていく。
これならどうにかなるのでないかと紫穂は思った。
「……」
最後の妖魔に向けて大太刀を振るった和颯は肩で息をしている。和颯からは底冷えするような空気が漂う。穢れがかなりすでに溜まっているのだ。
孝治は、そんな和颯の様子を眺めて言う。
孝治に焦った様子はなく紫穂は違和感を感じた。
(どういうこと? 妖魔はすべて倒したのに?)
「やっぱり、これでは倒せませんか。あの妖魔たち、けっこう強いんですけど。でも、少しは疲れたでしょう?」
「……それで?」
大太刀の切っ先を和颯は孝治に向けた。
「ずいぶん余裕だね」
「ええ、まあ」
孝治はダイヤモンドの指輪をこれ見よがしに見せつけた。
「まだ妖魔はいますし。最後にお話しましょう? ……ミツを毒殺するために使った鴆は、まだこのダイヤモンドの中です」
「犀角を使って毒を調和して、徐々に弱らせて殺したのか?」
「犀角で鴆毒に対抗出来るなんてよくご存知で」
「友人が教えてくれた」
「あ、宏美ですか」
「……鴆は強力な毒を持つが、毒さえ避ければそれほど強くない。それで俺を倒せると?」
「……さあ?」
孝治は優しく微笑むと太刀にささやく。
「鵺」
太刀が光に、包まれ、姿が変わっていく。
「鵺は烏藤をほぼ全滅させるほどの強力な妖魔。……これは烏藤を壊滅させたのとは別個体ですけど。あなたの友人が契約していた個体です。あなたが気絶した隙に、こっそり、契約しておいたのです。弱っていた鵺は俺が滅したと嘘の報告をしてね」
「……つくづく、鵺とは悪縁があるようだ」
和颯がつぶやく。
太刀からは巨大な妖魔が現れた。
頭部はどこか猿じみている。胴体は狸のように茶色い。鋭い爪を持つ手足は虎のよう。尻尾はウロコ状でまるで爬虫類だ。
「ヒョーヒョー」
と不気味な唸り声を鵺は上げたのだった。
「……!」
紫穂はその鳴き声に震え上がったのだった。
百代に近づいてくる孝治に向かって彼女は怒鳴る。
「ん? 辞世の句でも詠む? 最期だし聞いてあげるよ」
孝治が動きを止める。
「違うわ!! 何で私なわけ!? そこの紫穂にしなさい! 紫穂の命を使って妹を助けなさいよ! 私を殺さないで! 誰にもこのことは言わないから!」
「だって、百代さんは白蝶の夢見鳥の巫女だろう? 自分でも、誇りに思っているはずだ」
「そうよ! 私は白蝶の夢見鳥の巫女! 他のやつらなんかとは違うの! 殺すなら、そこの死蝶を殺して」
「無理な相談だね」
さっくりと孝治は百代の提案を切り捨てる。
「いいかい? 必要なのは豊富で質の高い霊力だよ。白蝶の夢見鳥の巫女がぴったりなんだ。紫穂さんは霊力が高いけれど、黒蝶なんだろう? あなたが教えてくれたね、百代さん? 死蝶の霊力なんて妹に使えるはずないじゃないか。万が一のことがあったらどうする?」
孝治はかがんで、くいっとダイヤモンドの指輪をはめた指で百代の顎を持ち上げる。
「なっ!?」
「……もうすでに、夏乃は白蝶の夢見鳥の巫女ほどの豊富な霊力と高い質を持つ人間を消費しないといけない段階なんだよ」
「私を殺したら大変なことになるわ! さすがに、長い間、私が行方不明になったらお父様とお母様が警察に言うはずだし捜索だって……!!」
「あのね? 柳家は水山家と一緒になって外国産の違法薬物で儲けているだろう?」
「……!! なぜそれを!」
(違法薬物……!?)
紫穂は、びっくりする。そういえば、百代は和颯に『それにきみの家の噂についてだが――』と言われたときに、そそくさと逃げたではないか。そういうことだったのか。
「だから、わざわざ警察が屋敷に入るかもしれない事態にするわけないよ。それに、筋書きならもう考えてあるんだ。柳姉妹は柳家を恨む人間に殺されたって。違法薬物に関わっているのだから柳家を恨む人間がいてもおかしくはない」
百代の顎を離して、孝治は立ち上がる。
「さて……、蛇精」
孝治がダイヤモンドの指輪に向けて、呼びかけると、ダイヤモンドがきらめき光を発した。
「……!」
そして、目の前に大蛇が現れた。大きな牙を持つ大蛇は這うように百代へ寄っていく。
「いやあ!!」
百代が絶叫する。
「孝治さん、やめてください!!」
紫穂も叫ぶが、止まるはずもなく蛇精は百代をゆっくりと締め上げていく。
それを、孝治は何も言わずに眺めていた。
「……いや! 私の霊力が!」
蛇精の締め付けが強くなっていき、百代が苦悶の表情を浮かべる。
すると、金色の光がきらめき部屋に白蝶が現れた。だが、その白蝶たちを蛇精は食い散らかす。
そのたびに、百代の顔から生気が抜けていく。
「止めてください!」
紫穂が再び、言うが蛇精は白蝶を食らっていく。
やがて、白蝶が最後の一匹となると、くたりと百代から力を抜けた。
「百代!?」
「まだ死んでないよ? あと一匹だからもう死んじゃうけどね」
孝治が穏やかに言う。
「さあ、紫穂さん。妹が死ぬのをじっくり見るといいよ」
「やめて!」
「なんで? 妹とはいえ、あなたにさんざんな態度を取っていた娘だろう?」
「だとしても人が死ぬのは見たくないの!」
紫穂は言葉を探る。
「こんなことをして夏乃さんが喜ぶとでも?」
その紫穂の言葉に孝治の顔色がやや変わる。
「喜ぶはずがない。夏乃がこのことを知ったらどうなるか……。……そんなことはわかっている。しかし、俺は夏乃に生きていて欲しい」
「……もうこんなことはやめませんか? 夏乃さんもいつかは気づくかもしれません」
紫穂は、必死に訴える。
「自首してください」
ゆるりと首を横に孝治は振る。
「それは出来ないよ。いつか夏乃にもバレるとしてもね。俺は夏乃にバレても、人の命を奪い続けるだろう」
(……これは無理だ!)
紫穂は悟る。誰に何を言われようとも、孝治は止まるつもりなど微塵もないのだ。
「蛇精」
孝治が大蛇を呼ぶ。
すると、蛇精は部屋に一匹だけ残った白蝶を追いかける。百代はその際に蛇精の拘束が解けたものの、相変わらず生気のない顔だった。そのまま、床にどさりと落ちる。意識もない。
(まずい……!!)
蛇精が白蝶を飲み込もうとしたそのときだった。
部屋のドアが音もなく開いて次の瞬間、蛇精の頭は切り落とされていた。血しぶきが飛ぶ。
その途端、唯一残った白蝶は百代へと帰っていく。
そして、紫穂は誰かに抱えられ、部屋を出た。部屋を出ると大広間のような場所だった。
そっと、床に下ろされる。百代も一緒だった。
「和颯さん!」
「遅くなってごめん」
大太刀を持つ和颯がいた。
相変わらずの書生じみた格好。屋敷に帰って異変に気づき、探してくれたのだろう。
和颯が呪言を唱えると、ふわりと身体が軽くなる。
「家に帰ったら女中たちが倒れていて。意識はなかったが、命に別条はなかったのが幸いだったけど」
「サンドマンという妖魔の仕業です。私もそれにやられました」
そんな会話をしていると、孝治も部屋から出て来た。
「和颯さん、早いですね。予想より。参ったなぁ」
「河島中尉……。よくも」
「怒らないでください。怖いですよ、顔が。あなたがそんなに怒るのも珍しい」
「怒って当然だろう……!」
「それはそうですけど。俺にも事情がありましてね。もうすべてわかっているでしょう?」
「夏乃さんのことだろう」
「はい。はぁ、あなたも今、殺さないと。隠蔽が面倒だ。一気に三人か」
「人を殺め過ぎて、感覚がおかしくなっているね」
「それは認めます」
孝治が笑うとダイヤモンドの指輪に何事かささやく。
「いやあ、あの蛇精、かなり強いのに。あなたの相手は面倒だ」
指輪が輝く。
「紫穂ちゃん、俺の後ろに。百代さんと一緒に」
「はい」
紫穂は素直にうなずく。紫穂に戦う技量はない。
前に出ても足手まといだろう。
百代をどうにか動かし、和颯の後ろへ移動した。
指輪からは、数え切れないほどの妖魔が現れた。異形の妖魔から、動物とたいしてかわらないものまで。
それが和颯に一気に襲いかかる。
それを和颯は大太刀を振るって屠っていく。
(和颯さん強い……!)
そして妖魔は見る見るうちに減っていく。
これならどうにかなるのでないかと紫穂は思った。
「……」
最後の妖魔に向けて大太刀を振るった和颯は肩で息をしている。和颯からは底冷えするような空気が漂う。穢れがかなりすでに溜まっているのだ。
孝治は、そんな和颯の様子を眺めて言う。
孝治に焦った様子はなく紫穂は違和感を感じた。
(どういうこと? 妖魔はすべて倒したのに?)
「やっぱり、これでは倒せませんか。あの妖魔たち、けっこう強いんですけど。でも、少しは疲れたでしょう?」
「……それで?」
大太刀の切っ先を和颯は孝治に向けた。
「ずいぶん余裕だね」
「ええ、まあ」
孝治はダイヤモンドの指輪をこれ見よがしに見せつけた。
「まだ妖魔はいますし。最後にお話しましょう? ……ミツを毒殺するために使った鴆は、まだこのダイヤモンドの中です」
「犀角を使って毒を調和して、徐々に弱らせて殺したのか?」
「犀角で鴆毒に対抗出来るなんてよくご存知で」
「友人が教えてくれた」
「あ、宏美ですか」
「……鴆は強力な毒を持つが、毒さえ避ければそれほど強くない。それで俺を倒せると?」
「……さあ?」
孝治は優しく微笑むと太刀にささやく。
「鵺」
太刀が光に、包まれ、姿が変わっていく。
「鵺は烏藤をほぼ全滅させるほどの強力な妖魔。……これは烏藤を壊滅させたのとは別個体ですけど。あなたの友人が契約していた個体です。あなたが気絶した隙に、こっそり、契約しておいたのです。弱っていた鵺は俺が滅したと嘘の報告をしてね」
「……つくづく、鵺とは悪縁があるようだ」
和颯がつぶやく。
太刀からは巨大な妖魔が現れた。
頭部はどこか猿じみている。胴体は狸のように茶色い。鋭い爪を持つ手足は虎のよう。尻尾はウロコ状でまるで爬虫類だ。
「ヒョーヒョー」
と不気味な唸り声を鵺は上げたのだった。
「……!」
紫穂はその鳴き声に震え上がったのだった。
