黒蝶の巫女と最強退魔師の婚約  死蝶は呪われた退魔師と謎を解く

 荒上から話を聞いて、屋敷に帰るとすぐに和颯(かずさ)は電話室に入った。
 紫穂(しほ)も一緒だ。
 和颯は電話越しに交換手に宏美(ひろみ)の番号を伝える。
 すると、まず電話に出たのは女中であった。和颯が名乗ると、『すぐに旦那様にお知らせします』と女中は返事をした。
 しばらくすれば宏美の声が紫穂の耳に電話から漏れ聞こえて来た。 

「和颯さん? どうされました?」
「宏美、良かったよ、家にいてくれて。また妖魔のことについて聞きたい」
「わかりました。何でも聞いてください」
「前に霊力を吸い取る妖怪は桜国の外にもいると言っていたよね?」
「はい。大陸にも西国にもいますよ」
「でも、『白蝶の夢見鳥の巫女』の霊力を枯渇させるほどの妖魔を国内で誰にもバレずに契約するのは難しいはずだ。しかし、大陸は今は混沌としているし、西国でもそのような状態の国はある。いや……そうでなくとも国内で契約するよりバレにくいはずだ。少なくとも、桜国人には」
「え?」

 宏美の戸惑うような声音が漏れる。

「……もしかして、大陸か西国で契約した退魔師が妖魔を使って矢内千恵さんを殺したとお思いですか?」
「うん」

 あっさりと、和颯が言う。

(やっぱり、和颯さんも私と同じ考えだった)

 電話の向こうの宏美は、戸惑っているようで、返事をするのにややかかった。

「まさか……いやでも。あり得るかも……」
「斎藤キヨさんを襲った妖魔、ケルピーは桜国の妖魔ではなかったね?」
「はい……あの、もしかして?」
「うん。同一人物の犯行かもしれない。貿易船に紛れて乗ってきたにしても、なぜ港町にいるのではなく人里離れた場所にいるのか不思議だった。たまたま、そこにたどり着いたのかと今まで考えていたのだけれど」
「わざと退魔師が放ったと?」
「おそらくは。……それと、毒性を持つ妖魔もたくさんいるよね?」
「はい……西国にも大陸にも」
「その妖魔の毒を食べさせる。しかし、即死はさせない。病に見せかけて殺す、なんてことは可能かな?」
「……そうですね、出来ると思います。例えば(ヂェン)という妖魔がいます。強い毒を持ち、酒に羽を一枚つければ、その酒を一口飲んだだけで死にます。しかし、鴆毒にも弱点があるのです。犀角(さいかく)です。犀角は鴆毒に対抗できます。犀角と鴆毒の割合を調整して徐々に弱らせて殺すことは可能でしょう」
「そうか。しかも、妖魔の毒は普通の調査方法では検出されないはずだね?」
「はい、その通りです」

 紫穂は二人の会話を聞きながら、やはりと背筋が凍っていく。

「和颯さん。これは……厄介なことに」
「そうだね。……たぶん、連続殺人事件だと思う。偶然にしてはどうもね」
「……」
「宏美、ではまたね。まだ調べることもあるから」
「和颯さん、気をつけてくださいね」
「うん。……宏美、今日はありがとう」
「いえいえ、大丈夫です」
「では、また」
「はい、また」

★☆★☆

 紫穂と和颯が電話室から出た途端、屋敷の外から怒声が聞こえた。

「早くドアを開けなさい!! 紫穂、いるんでしょ!!」
「え……」

 紫穂は目を丸くする。久しぶりに聞いたその声は義母の多江のものではないか。

「紫穂ちゃんは部屋に戻ってて」
「ですが」
「俺にまかせておいて」

 紫穂が迷っていると軽く和颯に背中を押される。

「大丈夫だから」 

 と和颯は笑う。
 紫穂はペコリと頭を下げる。そして、二階へ上がった。だが、部屋へ入ることはせずこっそりと階下を見下ろしていた。
 和颯がドアを開ける。
 すると、鬼の形相の多江がいた。髪の毛は、乱れ着物のしつけもきちんとされていない。
 急いで来たのだろう。
 その多江の後ろには側仕えの女中たちが、ビクビクした表情でいた。

(どうしたんだろう?)

 紫穂が疑問に思っていると多江がまた怒鳴った。

「紫穂は!?」
「紫穂ちゃんなら今は出掛けています」

 和颯が冷静に返す。

「こんな時に!! 呑気に出かけるなんて!!」
「こんな時? 何があったのですか?」
「百代が消えたのよ!! もう三日も行方不明なのよ! うちの女中や使用人に捜索させたけど見つからないのよ。自分で出ていくはずないわ! 誘拐されたのよ。いまだ見つからないわ!! あなた、『何でも屋』なんでしょう!? 手伝いなさい! それに紫穂にも捜させようと思ったのにいないなんて!」
「警察には言いましたか?」
「旦那様が駄目と。だから私たちで探すしかないのよ!」

 紫穂は衝撃を受けた。

(百代が行方不明!? しかもお義母様の口ぶりだと、行方不明になったのに警察に言ってないの!? きっとお父様が『警察に言うなんて恥』とか言って止めてるんだ……)

 父の茂正がそんなことを言うのは簡単に脳内で再現出来た。しかし、可愛がっていた百代もそんな扱いとは。

「あなたは協力してくれるわよね!?」

 多江が叫ぶ。大事な娘が消えて気が気ではないのだろう。
 和颯が言う。

「もちろんです」
「そう言ってくれると思っていたわ!! さあ、早く来てちょうだい!!」

 多江が和颯の着物の袖を引っ張る。
 和颯は、ちらっと二階を見た。
 紫穂は少しだけ一階へ向けて顔をのぞかせた。多江は二階を注視してないので大丈夫なはずだ。
 こくりと紫穂はうなずく。
 すると、和颯は多江にこう言った。

「わかりました。行きますから、とりあえず袖を離してもらっても?」
「ええ、わかったわ!! 早くして! 探しに行くわよ!!」

 パッと多江は和颯の着物の袖を離す。
 そして、多江と和颯は屋敷から出ていったのだった。

★☆★☆

 和颯と多江が屋敷から消えたあと、紫穂は自室で右往左往していた。

「百代……」

 とつぶやく。嫌な想い出ばかりの妹ではあったが、心配はあった。

(斎藤キヨさんも矢内静香さんも白蝶の夢見鳥の巫女……。そして、百代も白蝶の夢見鳥の巫女……)

 偶然だろうか。しかし。
 落ち着かず、ぐるぐると部屋を何周もする。
 
(考えて、紫穂! 斎藤キヨさんが亡くなったのは先々月。そして、矢内千恵さんが亡くなったのは先月。百代がいなくなったのは三日前だから今月……)

 何か、見落としていないだろうか。
 紫穂は唇を噛む。わかりそうなのにわからない。何てもどかしいのだろうか。

「きゃ!」
 
 部屋を歩き回って考え事をしていたものだから、化粧台に顔からぶつかってしまった。

「痛っ」

 化粧台の鏡をまじまじと見る。
 顔に怪我はしていない。そして、他にも怪我はしているところはなさそうだ。

(動き回るのは止めよう……)

 化粧台の前の椅子に座る。だが、手持ち無沙汰で、化粧台の棚を開けた。

「あ、これ」

 目に止まったのはとある箱。
 開ければ、煌めくダイヤモンドの指輪。

「ここに閉まっていたんだよね」
 
『私、あんまり外に出れませんから。また渡せるかどうか。……和颯さんには内緒で。成功報酬というのなら、私の依頼が成されたらそのまま持っていて『夏乃に渡された』と和颯さんに言ってください。……私の依頼が成されなかったら河島の屋敷まで戻しに来るというのはどうでしょう?』

 夏乃の言葉が蘇る。

「夏乃さんのダイヤモンドの指輪。……お兄様の孝治さんにもらったっていう指輪……」

 ダイヤモンドの指輪をまじまじと眺める。

(孝治さんは宏美さんを大事にしているみたい。夏乃さんの話しぶりからも伝わってきたし、宏美さんから孝治さんのお話を伺ってもそう感じた……)

 そして和颯の話も思い出す。呪いへの対抗策はないのかと訊ねた時のことだ。

『でもね、一年かけて解呪するのだけれど、合計十二人の殺害が必要になる。霊力を搾り取るんだよ。そうすれば、解呪出来るだけでなく今まで以上に元気に過ごせるという。解呪というけれどもはや呪いだよ。……実際、呪われた自分の弟にそれを施したやつはいる。最初は霊力がたまたま高く生まれた孤児を捕まえてきていた。でも、そのうち解呪の段階が進むと霊力がさらに高い人間が必要になった。……退魔名家から、とある令嬢をさらって、その事件は発覚したのだけれどね。その令嬢は無事だった。彼女の兄が真っ先に見つけて救出したからね。俺が、誘拐犯の相手をしているうちに、その退魔師には救助を任せた』

「まさか……。そういえば、ミツさんはお菓子を夏乃さんから貰っていたと言っていたけれど。本当に夏乃さんからなの? 夏乃さん名義で届ければ、お菓子を食べるだろうと踏んでいたとしたら……? そのお菓子には妖魔の毒が入っていて……」

 次に先ほどの電話のやり取りが思い浮かんだ。
 
『その妖魔の毒を食べさせる。しかし、即死はさせない。病に見せかけて殺す、なんてことは可能かな?』
『……そうですね、出来ると思います。例えば(ヂェン)という妖魔がいます。強い毒を持ち、酒に羽を一枚つければ、その酒を一口飲んだだけで死にます。しかし、鴆毒にも弱点があるのです。犀角(さいかく)です。犀角は鴆毒に対抗できます。犀角と鴆毒の割合を調整して徐々に弱らせて殺すことは可能でしょう』
『そうか。しかも、妖魔の毒は普通の調査方法では検出されないはずだね?』
『はい、その通りです』

 また過去のミツの言葉を紫穂は思い出す。

『お嬢様は本がお好きで……それは皆様、ご存知でしたが。実はこっそり小説を書いていたのですよ。それで、小説雑誌に投稿されてました。私が郵便局まで持ってって。旦那様は、小説は低俗だとおっしゃる方なので、秘密にしていたのです。お嬢様が読書家……特に小説がお好きなのもよく思っていらっしゃらなかったのに、こっそり小説を書いて投稿していたと知ったらお嬢様は折檻されたかもしれません。……なので、それを知っているのは私と孝治様だけです』

(矢内静香さんが小説を執筆していたのを知っていたのは荒上先生や雑誌編集部を除けば……ミツさんと孝治さんだけ。もしあの『恋文』には孝治さんが助言した内容が含まれていたら? 孝治さんが『リクヒト』という名前がいいのでは? と提案したのかもしれない……)

 それに、(みのる)が言っていた。

『「妖魔、大陸から貨物船か何かに乗って紛れ込んで我が国にやって来た火鼠(かそ)という妖魔討伐の際に死んだ』

(大陸? 実さんはリクヒトさんが大陸からやって来た妖魔討伐の際に亡くなったと。また外国の妖魔……。斎藤キヨさんを襲ったケルピーも外国の妖魔だった。……確か、海外と繋がりがあるのは……河島家)

 さらに和颯と夏乃の会話が脳内で再生された。

『……そういえば河島中尉とは幾度も会ったことがあるが、夏乃さんと会うのは初めてだね。夏乃さんは身体が弱く屋敷から出ないようにしていると聞いていた』
『前はそうだったのです。ですが、今はすっかり元気でして。でも兄様は、まだまだ心配だから屋敷にいろと。ほとんど外出が出来ないのです』

(元気になった? ……呪いで死なないためには命が必要。そして解呪出来るだけでなく今まで以上に元気に過ごせるって和颯さんは言っていた……)
 
 紫穂はダイヤモンドの指輪を凝視する。

「孝治さんが呪いに侵された夏乃さんを助けるために……?」

 紫穂がつぶやくと、部屋の外から声がした。

「柳紫穂さん? いるよね?」

 びくっと紫穂の肩が揺れる。そして、咄嗟に紫穂はダイヤモンドの指輪を懐に入れた。

「誰ですか?」

 聞き慣れない男の声だった。
 部屋のドアが音もなく開く。現れたのは若い男だった。軍服を身に着けている。整った顔立ちは、どことなく夏乃に似ていた。彼はダイヤモンドの指輪をしていた。

「河島孝治さん……?」

 思わず名前を呼ぶと男は笑う。

「正解。……まったく。さんざん引っかき回してくれたね」

(まずい! まずい! どうしよう!)

 紫穂は逃げようと部屋の奥へ向かうがすぐに壁に当たってしまう。
 ゆっくりゆっくりと孝治は近づいてくる。そして、紫穂を追い詰める。
 吐息がかかりそうな距離で甘い香りをまとわせながら孝治は言う。

「さて、ひとまず眠ってもらおうか。……ザントマン」

 すると、老人のような妖魔がダイヤモンドから現れる。妖魔は、紫穂に砂を投げかけた。

「きゃ!」
 
 紫穂は急激に意識が遠のくのを感じた。

「和颯さん……」

 その一言を最後に紫穂は意識を手放したのだった。