「シロちゃん、シロちゃーん、どこですか?」
紫穂は、声掛けをしながら家中を歩き回る。
「やはり、外に出てしまったのかもね」
黒い宝石のペンダントを触りながら和颯が言う。
「シロちゃんはどんな猫ちゃんなのですか?」
「荒上先生のことが大好きでね。いつもべったりだよ。でも、たまに冒険心がうずくのかどこかに行ってしまうらしい」
「前に発見された時はどんな状態だったのですか?」
「十件先の家のご主人に撫でられてゴロゴロと言っていたよ」
「そのご主人って荒上先生にそっくりだったりします?」
「その通り。荒上先生にそっくりでね。しかも、荒上先生のお気に入りの香と同じ香が気に入っていらしたみたいでね、そのご主人も。荒上先生と同じ香りがした」
「なるほど……」
(この屋敷で、女中の方が探していないところはどこだろう?)
紫穂は考えなが、和颯と共に歩いて行く。
そして、庭へ二人で降りた。二人で縁の下をのぞくが、やはりいない。
「いませんね。……荒上先生のお着物はどこに保管されているのでしょう?」
気になっていたことを和颯に紫穂は訊ねた。
「箪笥にいつもは保管していると。そこも一応、開けてみたそうだ。……紫穂ちゃんは、シロちゃんが荒上先生を感じる場所にいるはずだと?」
「はい、そうかなって。前は荒上先生そっくりの方のところにいたみたいですし」
「そうだね。となると、あそこかも」
と和颯は物置を指した。
「物置ですか?」
「うん。鍵がかかっていて誰も侵入出来ないはずだけど。荒上先生の私物が入っているはずだから」
そう言いつつ、紫穂と和颯は物置へと向かう。
ぐるぐると物置の周りを回る。
「窓は閉め切っているからここからの侵入は不可。でも……」
和颯が急に立ち止まる。
そして、物置の下部分を指した。
「腐って穴があいている。小さな穴だが、小柄な猫一匹なら入れるかも」
「本当ですね。もしかしたら、ここにいるかも」 「荒上先生に鍵を借りてこよう」
そして、紫穂と和颯は応接間に戻ったのだった。荒上は、快く鍵を貸してくれた。
物置の鍵を和颯が開ける。
すると、「ニャア」という声が聞こえた。
幾枚もの着物が散らばった床から猫が這い出てくる。白猫は不思議そうにこちらを見ている。
「にゃ?」
「見つけた。シロちゃん、おいで」
紫穂は、かがみ込んでシロを呼ぶ。
シロは、あっさりとこちらへ向かってきて、紫穂にすりすりと身を寄せた。
(わ、可愛い!!)
紫穂は、シロの頭をなでると抱き上げた。シロは何の抵抗もしないどころか、ゴロゴロと喉を鳴らしたのだった。
★☆★☆
「いやあ、さすがだね。こんなにあっさりみつけてくれるとは。和颯くん、紫穂さん、助かったよ。ありがとう」
荒上の膝にシロは丸くなって穏やかに眠っていた。それを荒上は愛おしそうに、撫でた。
「また何かありましたらご連絡ください」
と和颯が微笑む。
「ああ、ありがとう。また何かあったら頼むよ。……無論、何もないようにこれまで以上に気をつける。何回も同じようなことを起こすのはどうかと思うしね」
少し恥ずかしそうに荒上が言った。
紫穂はそんな荒上を見ながら思う。
(荒上先生は小説家なんだよね。……もしかしたら、矢内静香さんのことを知っていたりしないかな? 矢内静香さんは小説を投稿していたみたいだし……)
もう終わった件だというのに紫穂の頭からは、斎藤キヨ、矢内静香、花山ミツという三人の亡くなった女性が離れないのだ。
「……荒上先生」
紫穂が荒上を呼ぶ。
「ん? 何かね?」
まさに好々爺というにふさわしい笑みを浮かべながら荒上が言う。
「荒上先生は複数の雑誌に連載しておられますか?」
「うん、しているよ」
「では、雑誌に投稿された小説をお読みになられますか?」
「もちろん。僕の人生の楽しみでもあるからね。すべて目を通しているよ」
(すべて……!)
矢内静香を知っている可能性が高いのではないだろうか。筆名というものはあれど、雑誌に投稿するには本名で出す必要があるはずだ。
和颯は、何も言わず紫穂と荒上の会話を聞いていた。おそらく、すでに彼は紫穂が何を聞きたいかはわかっていただろう。
「お聞きしたいことが。……矢内静香さんという投稿者をご存知ではありませんか?」
「矢内静香さん?」
荒上が目をパチクリさせる。
「あー」
そして、つぶやく。
「いやしかし、なぜそんなことを?」
不思議そうに荒上が訊く。
「えっと……そのですね」
上手く言葉が出てこない紫穂に代わって和颯が言う。
「荒上先生、重要なことなのです」
「和颯くん。うーん。そうだね、きみにはお世話になっているし。だが投稿者のことを話していいものか」
「荒上先生、矢内静香さんは亡くなりました。なぜ、亡くなったのか? それは、わかったと思っていましたが……」
そして、ちらっと和颯は紫穂を見る。紫穂は、無言でうなずく。
「そうでもない可能性もあります。この件をまだ調べようと思っているのです。ですから、手がかりが欲しいのです」
「亡くなった……? 確かに毎回、必ず投稿していたのに今回は投稿してないと思っていたが……」
あからさまにびっくりした表情を荒上は浮かべる。
「そんなことになっていたとは。……わかった、何でも聞いておくれ」
「荒上先生、ありがとうございます」
そして、和颯は紫穂に視線を向ける。
紫穂は、和颯に少し頭を下げてから荒上に訊ねる。
「矢内静香さんという投稿者はいたのですよね?」
「うん」
「毎回、投稿していたのですね?」
「そうだよ」
「どのような小説を?」
「恋愛小説だよ」
「……恋愛小説?」
荒上は、女中の田中に声をかける。
「田中さん」
「はい」
一人の女性が部屋の襖を開ける。
「先々月の雑誌を持ってきてくれないかね?」
「はい、旦那様」
田中はすぐに雑誌を持って来た。
荒上は田中から雑誌を受け取ると、畳の上に置く。
「この雑誌なのだが、矢内静香さんが選ばれて掲載されたのだよ」
パラパラと荒上は雑誌をめくる。そして、とある項を開いた。
「これだよ。この短編だよ。主人公の女性が手紙を書くのだがね。その手紙の内容が書かれていなかったから、実際に手紙の内容を考えてみたらどうだろうか? と講評に書いたのだよ」
筆名は『シズ』となっている。
紫穂は、ざっと小説に目を通す。文字数はそれほど多くなさそうだ。
主人公の女性が、身分違いの恋に落ちる。しかし、相手の男性は主人公を諦め姿を消えてしまう。
主人公の女性は相手に手紙を書く。届かないとわかっていても。そのようなあらすじだった。
また主人公の一人称小説であり、主人公や相手役の名前は出てこなかった。
「紫穂ちゃん」
「はい……和颯さん」
二人は目を見合わせた。
「つまり、あの文は本物の恋文でも遺書でもなかったのですね。荒上先生の講評を見て書いてみたもの……。だから原稿用紙に書かれていたのですね」
和颯は眉間にしわを寄せたのだった。
紫穂は、声掛けをしながら家中を歩き回る。
「やはり、外に出てしまったのかもね」
黒い宝石のペンダントを触りながら和颯が言う。
「シロちゃんはどんな猫ちゃんなのですか?」
「荒上先生のことが大好きでね。いつもべったりだよ。でも、たまに冒険心がうずくのかどこかに行ってしまうらしい」
「前に発見された時はどんな状態だったのですか?」
「十件先の家のご主人に撫でられてゴロゴロと言っていたよ」
「そのご主人って荒上先生にそっくりだったりします?」
「その通り。荒上先生にそっくりでね。しかも、荒上先生のお気に入りの香と同じ香が気に入っていらしたみたいでね、そのご主人も。荒上先生と同じ香りがした」
「なるほど……」
(この屋敷で、女中の方が探していないところはどこだろう?)
紫穂は考えなが、和颯と共に歩いて行く。
そして、庭へ二人で降りた。二人で縁の下をのぞくが、やはりいない。
「いませんね。……荒上先生のお着物はどこに保管されているのでしょう?」
気になっていたことを和颯に紫穂は訊ねた。
「箪笥にいつもは保管していると。そこも一応、開けてみたそうだ。……紫穂ちゃんは、シロちゃんが荒上先生を感じる場所にいるはずだと?」
「はい、そうかなって。前は荒上先生そっくりの方のところにいたみたいですし」
「そうだね。となると、あそこかも」
と和颯は物置を指した。
「物置ですか?」
「うん。鍵がかかっていて誰も侵入出来ないはずだけど。荒上先生の私物が入っているはずだから」
そう言いつつ、紫穂と和颯は物置へと向かう。
ぐるぐると物置の周りを回る。
「窓は閉め切っているからここからの侵入は不可。でも……」
和颯が急に立ち止まる。
そして、物置の下部分を指した。
「腐って穴があいている。小さな穴だが、小柄な猫一匹なら入れるかも」
「本当ですね。もしかしたら、ここにいるかも」 「荒上先生に鍵を借りてこよう」
そして、紫穂と和颯は応接間に戻ったのだった。荒上は、快く鍵を貸してくれた。
物置の鍵を和颯が開ける。
すると、「ニャア」という声が聞こえた。
幾枚もの着物が散らばった床から猫が這い出てくる。白猫は不思議そうにこちらを見ている。
「にゃ?」
「見つけた。シロちゃん、おいで」
紫穂は、かがみ込んでシロを呼ぶ。
シロは、あっさりとこちらへ向かってきて、紫穂にすりすりと身を寄せた。
(わ、可愛い!!)
紫穂は、シロの頭をなでると抱き上げた。シロは何の抵抗もしないどころか、ゴロゴロと喉を鳴らしたのだった。
★☆★☆
「いやあ、さすがだね。こんなにあっさりみつけてくれるとは。和颯くん、紫穂さん、助かったよ。ありがとう」
荒上の膝にシロは丸くなって穏やかに眠っていた。それを荒上は愛おしそうに、撫でた。
「また何かありましたらご連絡ください」
と和颯が微笑む。
「ああ、ありがとう。また何かあったら頼むよ。……無論、何もないようにこれまで以上に気をつける。何回も同じようなことを起こすのはどうかと思うしね」
少し恥ずかしそうに荒上が言った。
紫穂はそんな荒上を見ながら思う。
(荒上先生は小説家なんだよね。……もしかしたら、矢内静香さんのことを知っていたりしないかな? 矢内静香さんは小説を投稿していたみたいだし……)
もう終わった件だというのに紫穂の頭からは、斎藤キヨ、矢内静香、花山ミツという三人の亡くなった女性が離れないのだ。
「……荒上先生」
紫穂が荒上を呼ぶ。
「ん? 何かね?」
まさに好々爺というにふさわしい笑みを浮かべながら荒上が言う。
「荒上先生は複数の雑誌に連載しておられますか?」
「うん、しているよ」
「では、雑誌に投稿された小説をお読みになられますか?」
「もちろん。僕の人生の楽しみでもあるからね。すべて目を通しているよ」
(すべて……!)
矢内静香を知っている可能性が高いのではないだろうか。筆名というものはあれど、雑誌に投稿するには本名で出す必要があるはずだ。
和颯は、何も言わず紫穂と荒上の会話を聞いていた。おそらく、すでに彼は紫穂が何を聞きたいかはわかっていただろう。
「お聞きしたいことが。……矢内静香さんという投稿者をご存知ではありませんか?」
「矢内静香さん?」
荒上が目をパチクリさせる。
「あー」
そして、つぶやく。
「いやしかし、なぜそんなことを?」
不思議そうに荒上が訊く。
「えっと……そのですね」
上手く言葉が出てこない紫穂に代わって和颯が言う。
「荒上先生、重要なことなのです」
「和颯くん。うーん。そうだね、きみにはお世話になっているし。だが投稿者のことを話していいものか」
「荒上先生、矢内静香さんは亡くなりました。なぜ、亡くなったのか? それは、わかったと思っていましたが……」
そして、ちらっと和颯は紫穂を見る。紫穂は、無言でうなずく。
「そうでもない可能性もあります。この件をまだ調べようと思っているのです。ですから、手がかりが欲しいのです」
「亡くなった……? 確かに毎回、必ず投稿していたのに今回は投稿してないと思っていたが……」
あからさまにびっくりした表情を荒上は浮かべる。
「そんなことになっていたとは。……わかった、何でも聞いておくれ」
「荒上先生、ありがとうございます」
そして、和颯は紫穂に視線を向ける。
紫穂は、和颯に少し頭を下げてから荒上に訊ねる。
「矢内静香さんという投稿者はいたのですよね?」
「うん」
「毎回、投稿していたのですね?」
「そうだよ」
「どのような小説を?」
「恋愛小説だよ」
「……恋愛小説?」
荒上は、女中の田中に声をかける。
「田中さん」
「はい」
一人の女性が部屋の襖を開ける。
「先々月の雑誌を持ってきてくれないかね?」
「はい、旦那様」
田中はすぐに雑誌を持って来た。
荒上は田中から雑誌を受け取ると、畳の上に置く。
「この雑誌なのだが、矢内静香さんが選ばれて掲載されたのだよ」
パラパラと荒上は雑誌をめくる。そして、とある項を開いた。
「これだよ。この短編だよ。主人公の女性が手紙を書くのだがね。その手紙の内容が書かれていなかったから、実際に手紙の内容を考えてみたらどうだろうか? と講評に書いたのだよ」
筆名は『シズ』となっている。
紫穂は、ざっと小説に目を通す。文字数はそれほど多くなさそうだ。
主人公の女性が、身分違いの恋に落ちる。しかし、相手の男性は主人公を諦め姿を消えてしまう。
主人公の女性は相手に手紙を書く。届かないとわかっていても。そのようなあらすじだった。
また主人公の一人称小説であり、主人公や相手役の名前は出てこなかった。
「紫穂ちゃん」
「はい……和颯さん」
二人は目を見合わせた。
「つまり、あの文は本物の恋文でも遺書でもなかったのですね。荒上先生の講評を見て書いてみたもの……。だから原稿用紙に書かれていたのですね」
和颯は眉間にしわを寄せたのだった。
