「え? ミツさんが亡くなった?」
ミツには話をしておこうと、紫穂は矢内の屋敷へ向かうことにしたのだ。矢内の屋敷につくと、門前で掃き掃除をしていたのはミツでなく別の女中であった。そして、紫穂は彼女に声をかけた。『ミツさんの友人です。休憩時間に彼女と話をしたいので伝えておいてくれませんか?』と。
だが、女中は驚くべきことを言った。ミツは死んだ、と。
「そうだよ。ミツは三日前に死んじゃってね」
屋敷前で掃き掃除をしていた女中は、はっきりと言った。女中が敬語ではないのは、わざと紫穂が簡素な着物を着てきたためだ。
「……それはなぜです?」
震える声で紫穂は訊ねる。
「風邪こじらせちゃってね。……最近、ちょっと具合悪そうだったしね。気の毒だけど、女中なんて医者にかかれもしないし、薬もろくに買えないんだからそんなもんさ。……お嬢様が生きていらっしゃったら別だったろうがね」
「……そうなのですね。……ありがとうございました」
「いや、いいんだよ」
女中に頭を下げて、紫穂は来た道を戻る。
夕陽が影を長く伸ばす。
一つの影が紫穂の側へやって来る。
隠れていた和颯が現れたのだ。
紫穂の暗い表情に和颯は気づいたのだろう。
「どうしたの?」
と訊ねてきた。紫穂は、事情を話す。
「実は――」
「それは……。あの時、俺が医者を紹介すれば良かったね……」
「……まさか亡くなるなんて思いもしませんでした」
人はあっけなく死ぬのだ、と紫穂は思った。
和颯をちらりと見る。この人にも死の影があるのだ。
紫穂は沈んだ気持ちのまま、屋敷へと和颯と戻った。
★☆★☆
ふかふかのベッドに身を沈めながら紫穂は考える。
斎藤キヨ、矢内静香、花山ミツ。
そのうち二人とは面識がなかった。
しかし、ミツとは会ったことがある。だからだろうか。より、暗い気分になるのを感じた。
(私に出来ることは……)
きっと、もうないだろう。ミツとは一度会っただけの仲だが、彼女が死ななければ友人になれただろうか? と詮無き想いが浮かぶ。
紫穂は起き上がる。そして、目をつぶって無言で手を合わせたのだった。
しばらくそうしていると、部屋の外から聞き慣れた声がした。
「紫穂ちゃん、入っても?」
「……どうぞ」
紫穂が言えば、ドアが開いて和颯が入ってくる。
盆を持っている。盆の上にはティーポットとティーカップ。それを和颯はテーブルに置くと、ささっと注いでしまった。
「あ、和颯さん、私が」
「いいからいいから。俺がやりたいだけだからさ。……飲んでみてよ」
二人は椅子に座る。
紫穂はティーカップを持ち上げた。その途端、ふわりと香りが広がる。
「レモンですか?」
「レモンバームってやつだよ。ハーブティー」
「そうなのですね」
そっと紫穂は口をつける。すっきりとしていてのどごしがいい。
「美味しいです」
「良かった」
「ありがとうございます、和颯さん。私のこと、気遣ってくれて」
落ち込んでいた紫穂に何かしてやりたいと持ってきてくれたのだろう。
「いや、たまたまいいハーブが入ったから紫穂ちゃんと飲みたくてね」
優しく和颯が微笑む。
紫穂はその笑顔に胸が締め付けられ気持ちになる。彼も、そう経たないうちに紫穂の側から消えてしまうのだ。
でも、無理やり笑みを作り微笑み返したのだった。
「……和颯さん、ありがとうございます。私、幸せです」
和颯は、紫穂のぎこちない笑みを指摘することはなかった。
「礼を言われるほどのことじゃないよ」
と、だけ言ったのだった。
★☆★☆
翌日から、紫穂は普段通りに振る舞うことにした。
(上手く出来てるよね?)
そう思うものの、演技力に自信なんてない。
和颯は、それについて何も言わないからわからない。
薬指にした指輪を眺めつつ紫穂は、そんなことを考える。この指輪は和颯も同じものをつけている。
(斎藤キヨさんに、矢内静香さんに、ミツさん……)
最近、その三名の死のことが、頭にぐるぐる回ることが多かった。
(何だろう? 何かが引っかかるような?)
紫穂は、椅子にぼんやりと腰掛けながら考える。
(斎藤キヨさんと矢内静香さんは優秀な白蝶の夢見鳥の巫女で……ミツさんは静香さんの側仕えで……)
三人とも、退魔と関わりのある人物ではある。ミツは直接的に退魔と関わっていたわけではないが、矢内静香の側仕えだったから関わりは深いといってもいいだろう。
(何なのだろう? このもやもやは……)
人が何人も亡くなったのだから、晴れやかな気持ちにはならないのは当然だ。
しかし、それだけではないような。
(そして、犯人のリクヒトさんは亡くなっていた。矢内静香さんを殺してから一月も経たずに? 矢内静香さんを殺してから自殺したわけでもない。任務で亡くなった? 偶然なの? それとも……。偶然だとしても……)
「ああ、もう」
紫穂は立ち上がって、部屋から出た。
スカートを翻して階段を下りる。今日は、和颯から買ってもらった洋服を身に付けていた。
階段を下りれば、電話室から和颯が出てくるところだった。
「あ、紫穂ちゃん」
黒の宝石のペンダントをつけた書生じみた格好の和颯が紫穂に、声をかける。
「和颯さん、どなたですか?」
「先生……荒上先生という方だよ。小説家で、猫を飼っているのだが、また行方不明だとか」
「またですか」
『また』という言葉に紫穂は和颯が『何でも屋』の仕事で猫探しをしたこともあると言っていたことを思い出す。
「それで今から猫……シロちゃんという名前の白猫を探しに行こうと思ってね」
「私もいきます」
と紫穂は言う。和颯は、それを否定せずにうなずく。
「ありがとう。じゃ、準備が出来たら行こうか」
★☆★☆
荒上の家はこじんまりとしているが、整った和風邸宅だった。庭も整えられている。庭師や女中を雇っているのだろう。
その家の応接間に、紫穂と和颯はいた。女中に案内された部屋には一人の男が座っていた。
座布団が二枚、部屋には用意されていた。
「よく来てくれた。ありがとう。そちらは……?」
と紫穂に荒上は目を向ける。荒上は、八十は過ぎているのではないだろうかという老人だった。
自分で迷い猫を探すのは難しいだろう。
着物姿で、垂れ目の穏やかそうな顔をしている。
「柳紫穂と申します。和颯さんの婚約者です」
と紫穂は頭を下げた。
「おお、和颯くん、結婚するのか。二人ともおめでとう。優しそうなお嬢さんではないかね」
と荒上は穏やかな口調で言った。
「ありがとうございます、荒上先生。……それで、シロちゃんは昨夜から消えたということですね?」
「そうだね。昨夜から姿が見えなくて、家の中は女中の田中さんにも探してもらったのだが見つからず。この前のように外に出て迷子になってしまったのではないか? と思ってね。和颯くんは前も見つけてくれたから」
「前は十件先の家に転がりこんでいましたね」
「そうだったね。今回、田中さんに頼んでその家にも聞いてもらったのだが、来ていないらしくて。困った」
「わかりました、まずは家の再捜索をしても?」
「もちろん。どこでも見ておくれ」
「はい」
と、答えると和颯は立ち上がる。
紫穂も、続いて立ち上がった。
「和颯くん、紫穂さん、よろしく頼む」
「はい」
と紫穂はうなずく。それを見て、荒上は微笑むと、
「こう見ると実にお似合い夫婦だね」
と言った。
(お似合い夫婦……!)
紫穂はその言葉に、動揺してしまった。
和颯は笑って、
「俺も我ながらそう思っていますよ。……では、シロちゃんを探してきます」
「うん、頼んだよ」
そして、二人は応接間を出たのだった。
ミツには話をしておこうと、紫穂は矢内の屋敷へ向かうことにしたのだ。矢内の屋敷につくと、門前で掃き掃除をしていたのはミツでなく別の女中であった。そして、紫穂は彼女に声をかけた。『ミツさんの友人です。休憩時間に彼女と話をしたいので伝えておいてくれませんか?』と。
だが、女中は驚くべきことを言った。ミツは死んだ、と。
「そうだよ。ミツは三日前に死んじゃってね」
屋敷前で掃き掃除をしていた女中は、はっきりと言った。女中が敬語ではないのは、わざと紫穂が簡素な着物を着てきたためだ。
「……それはなぜです?」
震える声で紫穂は訊ねる。
「風邪こじらせちゃってね。……最近、ちょっと具合悪そうだったしね。気の毒だけど、女中なんて医者にかかれもしないし、薬もろくに買えないんだからそんなもんさ。……お嬢様が生きていらっしゃったら別だったろうがね」
「……そうなのですね。……ありがとうございました」
「いや、いいんだよ」
女中に頭を下げて、紫穂は来た道を戻る。
夕陽が影を長く伸ばす。
一つの影が紫穂の側へやって来る。
隠れていた和颯が現れたのだ。
紫穂の暗い表情に和颯は気づいたのだろう。
「どうしたの?」
と訊ねてきた。紫穂は、事情を話す。
「実は――」
「それは……。あの時、俺が医者を紹介すれば良かったね……」
「……まさか亡くなるなんて思いもしませんでした」
人はあっけなく死ぬのだ、と紫穂は思った。
和颯をちらりと見る。この人にも死の影があるのだ。
紫穂は沈んだ気持ちのまま、屋敷へと和颯と戻った。
★☆★☆
ふかふかのベッドに身を沈めながら紫穂は考える。
斎藤キヨ、矢内静香、花山ミツ。
そのうち二人とは面識がなかった。
しかし、ミツとは会ったことがある。だからだろうか。より、暗い気分になるのを感じた。
(私に出来ることは……)
きっと、もうないだろう。ミツとは一度会っただけの仲だが、彼女が死ななければ友人になれただろうか? と詮無き想いが浮かぶ。
紫穂は起き上がる。そして、目をつぶって無言で手を合わせたのだった。
しばらくそうしていると、部屋の外から聞き慣れた声がした。
「紫穂ちゃん、入っても?」
「……どうぞ」
紫穂が言えば、ドアが開いて和颯が入ってくる。
盆を持っている。盆の上にはティーポットとティーカップ。それを和颯はテーブルに置くと、ささっと注いでしまった。
「あ、和颯さん、私が」
「いいからいいから。俺がやりたいだけだからさ。……飲んでみてよ」
二人は椅子に座る。
紫穂はティーカップを持ち上げた。その途端、ふわりと香りが広がる。
「レモンですか?」
「レモンバームってやつだよ。ハーブティー」
「そうなのですね」
そっと紫穂は口をつける。すっきりとしていてのどごしがいい。
「美味しいです」
「良かった」
「ありがとうございます、和颯さん。私のこと、気遣ってくれて」
落ち込んでいた紫穂に何かしてやりたいと持ってきてくれたのだろう。
「いや、たまたまいいハーブが入ったから紫穂ちゃんと飲みたくてね」
優しく和颯が微笑む。
紫穂はその笑顔に胸が締め付けられ気持ちになる。彼も、そう経たないうちに紫穂の側から消えてしまうのだ。
でも、無理やり笑みを作り微笑み返したのだった。
「……和颯さん、ありがとうございます。私、幸せです」
和颯は、紫穂のぎこちない笑みを指摘することはなかった。
「礼を言われるほどのことじゃないよ」
と、だけ言ったのだった。
★☆★☆
翌日から、紫穂は普段通りに振る舞うことにした。
(上手く出来てるよね?)
そう思うものの、演技力に自信なんてない。
和颯は、それについて何も言わないからわからない。
薬指にした指輪を眺めつつ紫穂は、そんなことを考える。この指輪は和颯も同じものをつけている。
(斎藤キヨさんに、矢内静香さんに、ミツさん……)
最近、その三名の死のことが、頭にぐるぐる回ることが多かった。
(何だろう? 何かが引っかかるような?)
紫穂は、椅子にぼんやりと腰掛けながら考える。
(斎藤キヨさんと矢内静香さんは優秀な白蝶の夢見鳥の巫女で……ミツさんは静香さんの側仕えで……)
三人とも、退魔と関わりのある人物ではある。ミツは直接的に退魔と関わっていたわけではないが、矢内静香の側仕えだったから関わりは深いといってもいいだろう。
(何なのだろう? このもやもやは……)
人が何人も亡くなったのだから、晴れやかな気持ちにはならないのは当然だ。
しかし、それだけではないような。
(そして、犯人のリクヒトさんは亡くなっていた。矢内静香さんを殺してから一月も経たずに? 矢内静香さんを殺してから自殺したわけでもない。任務で亡くなった? 偶然なの? それとも……。偶然だとしても……)
「ああ、もう」
紫穂は立ち上がって、部屋から出た。
スカートを翻して階段を下りる。今日は、和颯から買ってもらった洋服を身に付けていた。
階段を下りれば、電話室から和颯が出てくるところだった。
「あ、紫穂ちゃん」
黒の宝石のペンダントをつけた書生じみた格好の和颯が紫穂に、声をかける。
「和颯さん、どなたですか?」
「先生……荒上先生という方だよ。小説家で、猫を飼っているのだが、また行方不明だとか」
「またですか」
『また』という言葉に紫穂は和颯が『何でも屋』の仕事で猫探しをしたこともあると言っていたことを思い出す。
「それで今から猫……シロちゃんという名前の白猫を探しに行こうと思ってね」
「私もいきます」
と紫穂は言う。和颯は、それを否定せずにうなずく。
「ありがとう。じゃ、準備が出来たら行こうか」
★☆★☆
荒上の家はこじんまりとしているが、整った和風邸宅だった。庭も整えられている。庭師や女中を雇っているのだろう。
その家の応接間に、紫穂と和颯はいた。女中に案内された部屋には一人の男が座っていた。
座布団が二枚、部屋には用意されていた。
「よく来てくれた。ありがとう。そちらは……?」
と紫穂に荒上は目を向ける。荒上は、八十は過ぎているのではないだろうかという老人だった。
自分で迷い猫を探すのは難しいだろう。
着物姿で、垂れ目の穏やかそうな顔をしている。
「柳紫穂と申します。和颯さんの婚約者です」
と紫穂は頭を下げた。
「おお、和颯くん、結婚するのか。二人ともおめでとう。優しそうなお嬢さんではないかね」
と荒上は穏やかな口調で言った。
「ありがとうございます、荒上先生。……それで、シロちゃんは昨夜から消えたということですね?」
「そうだね。昨夜から姿が見えなくて、家の中は女中の田中さんにも探してもらったのだが見つからず。この前のように外に出て迷子になってしまったのではないか? と思ってね。和颯くんは前も見つけてくれたから」
「前は十件先の家に転がりこんでいましたね」
「そうだったね。今回、田中さんに頼んでその家にも聞いてもらったのだが、来ていないらしくて。困った」
「わかりました、まずは家の再捜索をしても?」
「もちろん。どこでも見ておくれ」
「はい」
と、答えると和颯は立ち上がる。
紫穂も、続いて立ち上がった。
「和颯くん、紫穂さん、よろしく頼む」
「はい」
と紫穂はうなずく。それを見て、荒上は微笑むと、
「こう見ると実にお似合い夫婦だね」
と言った。
(お似合い夫婦……!)
紫穂はその言葉に、動揺してしまった。
和颯は笑って、
「俺も我ながらそう思っていますよ。……では、シロちゃんを探してきます」
「うん、頼んだよ」
そして、二人は応接間を出たのだった。
