「紫穂ちゃん、ちょっといいかな?」
翌日のことである。夕方、和颯が紫穂の部屋へとやってきた。
「もちろんです」
紫穂は、いつものように立ち上がって和颯を出迎える。
「あれ?」
紫穂は目を瞬く。いつもの黒の宝石のペンダントはしている。でも、ナナはそのペンダントの中にいるらしく肩や頭には乗っかっていない。
服装は中にシャツ、そして着物に袴といった書生のような服装を、よく彼はしているのだが屋敷の中にも関わらず今はスーツ姿であった。
「珍しいですね?」
「ちょっとね」
と、和颯は微笑む。
「少し話があってね。いいかな?」
「もちろんです」
二人はテーブルを挟んで椅子に腰掛ける。
「紫穂ちゃんに話したいことがあってね」
「はい」
「俺の呪いのことだよ」
紫穂が息を呑む。
(ずっと気になっていたけれど……聞いていいかわからなかった……)
「話さなくては……と思って」
「それは……どうしてですか?」
と紫穂は思わず聞いた。
和颯は、手に顎を当てて考えるような仕草をした。
「言語化するのは難しいのだけれど……。きみと過ごして、楽しかったし。こんなに楽しかったのはずいぶん久しぶりで。それに、この間、俺のために怒ってくれただろう。……たぶん、理由は一つではないのだけれどね。上手く説明出来なくてごめんね」
困ったように和颯は笑う。
「いえ」
紫穂はゆっくりと首を横に振る。
「和颯さん、教えてくださる気になってくださってありがとうございます。……教えてください、呪いのことを」
「うん」
和颯が少し遠い目になる。
「あれは十カ月くらい前、いやもう十一カ月近く前の話。……いや、烏藤家の話から始めたほうがいいかな。烏藤家は、昔、鵺に襲われ壊滅状態になった。その鵺はかなりの強さを誇っていた。……俺と兄上も死にかけたが両親が命懸けで守ってくれた。だから、助かった。結局、鵺は討伐されたものの烏藤の家に残されたのは師匠と俺たち兄弟だけになった。師匠……当時の烏藤のナナの契約者は御老体でね。もう退魔師を引退していた方で、すでに戦いからは遠ざかっていて、遠方に住んでいた。家が壊滅状態になってから師匠に俺たち兄弟は引き取られた。それから、数年して。ナナが俺を気に入ったから、俺がナナ譲り受け契約した。……その師匠はすでに亡くなり、今は烏藤の家は二人だけ」
たんたんとした口調で和颯は述べる。しかし、紫穂は辛いはずだと思う。
「和颯さん……」
出て来た言葉はそれだけであった。しかし、その名前を呼ぶ声音に何か和颯は感じるものがあったのだろう、安心させるような笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。……それで、十カ月というかもう十一ヶ月近く前の話なのだけれど」
和颯は一拍、置いてから再び話し始めた。
「有名だから知っているかもしれないが」
ふと、百代が話していたことを思い出した。
「連続孤児誘拐事件?」
「そう」
和颯が肯定する。その顔には笑みはない。
「あの事件は途中までは孤児ばかりを狙っていてね。だから、発覚するのが少し遅くなってしまった。……俺も気づかなかった」
和颯の言葉は暗い。どうも自責しているように聞こえて紫穂は言う。
「和颯さんのせいではないです」
「いや、俺のせいでもある」
「え?」
「なぜなら、孤児誘拐事件の犯人は俺の古くからの友人だったからだ。……俺は気づけなかった」
「……それは」
紫穂は言葉が見つからない。代わりに出て来たのは、とある疑問。
「途中までは孤児ばかり? ということは、途中からは違ったのですか?」
「そう。退魔師名家の子も誘拐された。だから発覚した」
「なぜ、そんな危険な真似をしたのでしょう」
「……友人が誘拐事件を起こしたのは弟の呪いを解くためだからね。途中から、解呪のために白蝶の夢見鳥の巫女に匹敵するほどの霊力を持つ人間が必要になったんだよ」
紫穂は前に和颯が言っていたことを思い出す。確か、呪いを解くには一年かけて十二人殺す必要があると。
和颯は、少し息を吐いてから話を続けた。
「それで俺は友人の秘密の地下室に足を踏み入れたのだが、結果的に呪いを受けた。友人は……俺が殺したが……その後に俺も気を失ってしまった。目が覚めた時は病院のベッドの上で、気づいたら星のような痣が首に出来ていた。そして痣だけでなく…⋯」
と、和颯は少し沈黙する。
(これは……前に話してくださったことの続きだ……)
和颯は前に似たようなことを言っていたではないか。それは彼の友人の話だったのだ。
紫穂は、胸が締め付けられた。
友人に呪われた上で自分の手で殺した。
「和颯さん、お辛かったですね……」
ようやく出てきたひと言はそんなものだった。
「……そうだね」
和颯が返した言葉も短い。でもそれで十分だった。
しばらく二人は無言になった。だが居心地の悪い沈黙ではなかった。
紫穂は、黙って和颯を見ていてとあることに気づく。
(そして痣だけでなく…⋯ってどういうことだろう?)
「和颯さん、そして痣だけでなくとは?」
「それは術を使って、普段は周りに見えないよう抑えている。……見たい?」
「……はい」
紫穂はやや、迷った挙句うなずく。
すると和颯は立ち上がり、呪言を唱えた。
すると、風が一陣吹く。
「これは……」
思わず、紫穂は言葉を失う。
和颯の身から蝶が生まれ、羽ばたいた。
しかも、その蝶は艷やかな黒を身にまとっていた。
大量の蝶は、部屋を飛び回る。
(私と同じ……)
かつて父の茂正が紫穂の黒蝶を見て『死の呪い』と言っていたことを思い出す。
「……黒蝶、ですか」
「そう。これが死の呪いのもう一つの証」
紫穂は迷う。これを言ったら和颯に嫌われるかもしれない。しかし、彼にこれ以上隠しておいていいのだろうか。
(いいわけないよね)
「……和颯さん。私も、話があります」
紫穂は、深呼吸してから言った。
「何だろうか」
紫穂の変化に和颯は気づいたのだろう。真剣な眼差しで紫穂を見た。
「私は蝶を顕現出来なかったわけではないのです。……ただ黒蝶を顕現させてしまったのです」
紫穂は、和颯の瞳孔がわずかに開いたのに気づく。
(和颯さんには嫌われたくない)
父の茂正、義母の多江、妹の百代の蔑んだ目を思い出す。そんな目を和颯にされたら。
考えるだけで恐ろしい。
が、急に紫穂は温もりを感じた。和颯に抱きしめられているのだと気づくのに時間がかかった。
「そっか。そうだったんだね。……俺に打ち明けてくれてありがとう」
「……」
紫穂は、何も言わず和颯の体温に身を任せたのだった。
ひどく幸せだ、と紫穂は思った。
しばらく、そうしていたが、紫穂は恥ずかしくなってきた。
(い、嫌なわけじゃないんだけど、は、恥ずかしい……!)
その心の内を察したのだろうか。和颯がそっと、紫穂を離す。名残惜しいと思いつつも、ホッとする。
「紫穂ちゃん」
「は、はい」
顔が赤くなってないか、心配だと紫穂は思う。
紫穂がそんな思考を巡らせていると和颯が突然ひざまずいた。いまだ、黒蝶たちが羽ばたく中で。
「え!?」
驚く紫穂を余所に和颯はスーツのポケットから何か取り出した。小さな箱だ。
その箱を和颯は開く。
中には指輪があった。銀のリングの紫色の宝石の指輪。アメジストだろうか、と思うものの確信はない。
(アメジスト? でも、私は宝石詳しくないし……違うような?)
「……和颯さん?」
戸惑う紫穂に和颯は、力強く言った。
「俺と結婚してください」
「え!?」
まさか求婚されるとは思わず紫穂は目を見開く。
(え? 結婚することはもう決まってるのに? 契約結婚するって? 何で改めて??)
紫穂の疑問が顔に出ていたのだろう。
和颯が答える。
「契約結婚……としてではなく、俺はきみに側にいて欲しいと思った。だから、求婚する。……すぐに死ぬ男で申し訳ないが」
「そんな……申し訳ないなんて思わないでください! ……します! あなたと結婚します!」
紫穂は、そのまま和颯に抱きついたのだった。
翌日のことである。夕方、和颯が紫穂の部屋へとやってきた。
「もちろんです」
紫穂は、いつものように立ち上がって和颯を出迎える。
「あれ?」
紫穂は目を瞬く。いつもの黒の宝石のペンダントはしている。でも、ナナはそのペンダントの中にいるらしく肩や頭には乗っかっていない。
服装は中にシャツ、そして着物に袴といった書生のような服装を、よく彼はしているのだが屋敷の中にも関わらず今はスーツ姿であった。
「珍しいですね?」
「ちょっとね」
と、和颯は微笑む。
「少し話があってね。いいかな?」
「もちろんです」
二人はテーブルを挟んで椅子に腰掛ける。
「紫穂ちゃんに話したいことがあってね」
「はい」
「俺の呪いのことだよ」
紫穂が息を呑む。
(ずっと気になっていたけれど……聞いていいかわからなかった……)
「話さなくては……と思って」
「それは……どうしてですか?」
と紫穂は思わず聞いた。
和颯は、手に顎を当てて考えるような仕草をした。
「言語化するのは難しいのだけれど……。きみと過ごして、楽しかったし。こんなに楽しかったのはずいぶん久しぶりで。それに、この間、俺のために怒ってくれただろう。……たぶん、理由は一つではないのだけれどね。上手く説明出来なくてごめんね」
困ったように和颯は笑う。
「いえ」
紫穂はゆっくりと首を横に振る。
「和颯さん、教えてくださる気になってくださってありがとうございます。……教えてください、呪いのことを」
「うん」
和颯が少し遠い目になる。
「あれは十カ月くらい前、いやもう十一カ月近く前の話。……いや、烏藤家の話から始めたほうがいいかな。烏藤家は、昔、鵺に襲われ壊滅状態になった。その鵺はかなりの強さを誇っていた。……俺と兄上も死にかけたが両親が命懸けで守ってくれた。だから、助かった。結局、鵺は討伐されたものの烏藤の家に残されたのは師匠と俺たち兄弟だけになった。師匠……当時の烏藤のナナの契約者は御老体でね。もう退魔師を引退していた方で、すでに戦いからは遠ざかっていて、遠方に住んでいた。家が壊滅状態になってから師匠に俺たち兄弟は引き取られた。それから、数年して。ナナが俺を気に入ったから、俺がナナ譲り受け契約した。……その師匠はすでに亡くなり、今は烏藤の家は二人だけ」
たんたんとした口調で和颯は述べる。しかし、紫穂は辛いはずだと思う。
「和颯さん……」
出て来た言葉はそれだけであった。しかし、その名前を呼ぶ声音に何か和颯は感じるものがあったのだろう、安心させるような笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。……それで、十カ月というかもう十一ヶ月近く前の話なのだけれど」
和颯は一拍、置いてから再び話し始めた。
「有名だから知っているかもしれないが」
ふと、百代が話していたことを思い出した。
「連続孤児誘拐事件?」
「そう」
和颯が肯定する。その顔には笑みはない。
「あの事件は途中までは孤児ばかりを狙っていてね。だから、発覚するのが少し遅くなってしまった。……俺も気づかなかった」
和颯の言葉は暗い。どうも自責しているように聞こえて紫穂は言う。
「和颯さんのせいではないです」
「いや、俺のせいでもある」
「え?」
「なぜなら、孤児誘拐事件の犯人は俺の古くからの友人だったからだ。……俺は気づけなかった」
「……それは」
紫穂は言葉が見つからない。代わりに出て来たのは、とある疑問。
「途中までは孤児ばかり? ということは、途中からは違ったのですか?」
「そう。退魔師名家の子も誘拐された。だから発覚した」
「なぜ、そんな危険な真似をしたのでしょう」
「……友人が誘拐事件を起こしたのは弟の呪いを解くためだからね。途中から、解呪のために白蝶の夢見鳥の巫女に匹敵するほどの霊力を持つ人間が必要になったんだよ」
紫穂は前に和颯が言っていたことを思い出す。確か、呪いを解くには一年かけて十二人殺す必要があると。
和颯は、少し息を吐いてから話を続けた。
「それで俺は友人の秘密の地下室に足を踏み入れたのだが、結果的に呪いを受けた。友人は……俺が殺したが……その後に俺も気を失ってしまった。目が覚めた時は病院のベッドの上で、気づいたら星のような痣が首に出来ていた。そして痣だけでなく…⋯」
と、和颯は少し沈黙する。
(これは……前に話してくださったことの続きだ……)
和颯は前に似たようなことを言っていたではないか。それは彼の友人の話だったのだ。
紫穂は、胸が締め付けられた。
友人に呪われた上で自分の手で殺した。
「和颯さん、お辛かったですね……」
ようやく出てきたひと言はそんなものだった。
「……そうだね」
和颯が返した言葉も短い。でもそれで十分だった。
しばらく二人は無言になった。だが居心地の悪い沈黙ではなかった。
紫穂は、黙って和颯を見ていてとあることに気づく。
(そして痣だけでなく…⋯ってどういうことだろう?)
「和颯さん、そして痣だけでなくとは?」
「それは術を使って、普段は周りに見えないよう抑えている。……見たい?」
「……はい」
紫穂はやや、迷った挙句うなずく。
すると和颯は立ち上がり、呪言を唱えた。
すると、風が一陣吹く。
「これは……」
思わず、紫穂は言葉を失う。
和颯の身から蝶が生まれ、羽ばたいた。
しかも、その蝶は艷やかな黒を身にまとっていた。
大量の蝶は、部屋を飛び回る。
(私と同じ……)
かつて父の茂正が紫穂の黒蝶を見て『死の呪い』と言っていたことを思い出す。
「……黒蝶、ですか」
「そう。これが死の呪いのもう一つの証」
紫穂は迷う。これを言ったら和颯に嫌われるかもしれない。しかし、彼にこれ以上隠しておいていいのだろうか。
(いいわけないよね)
「……和颯さん。私も、話があります」
紫穂は、深呼吸してから言った。
「何だろうか」
紫穂の変化に和颯は気づいたのだろう。真剣な眼差しで紫穂を見た。
「私は蝶を顕現出来なかったわけではないのです。……ただ黒蝶を顕現させてしまったのです」
紫穂は、和颯の瞳孔がわずかに開いたのに気づく。
(和颯さんには嫌われたくない)
父の茂正、義母の多江、妹の百代の蔑んだ目を思い出す。そんな目を和颯にされたら。
考えるだけで恐ろしい。
が、急に紫穂は温もりを感じた。和颯に抱きしめられているのだと気づくのに時間がかかった。
「そっか。そうだったんだね。……俺に打ち明けてくれてありがとう」
「……」
紫穂は、何も言わず和颯の体温に身を任せたのだった。
ひどく幸せだ、と紫穂は思った。
しばらく、そうしていたが、紫穂は恥ずかしくなってきた。
(い、嫌なわけじゃないんだけど、は、恥ずかしい……!)
その心の内を察したのだろうか。和颯がそっと、紫穂を離す。名残惜しいと思いつつも、ホッとする。
「紫穂ちゃん」
「は、はい」
顔が赤くなってないか、心配だと紫穂は思う。
紫穂がそんな思考を巡らせていると和颯が突然ひざまずいた。いまだ、黒蝶たちが羽ばたく中で。
「え!?」
驚く紫穂を余所に和颯はスーツのポケットから何か取り出した。小さな箱だ。
その箱を和颯は開く。
中には指輪があった。銀のリングの紫色の宝石の指輪。アメジストだろうか、と思うものの確信はない。
(アメジスト? でも、私は宝石詳しくないし……違うような?)
「……和颯さん?」
戸惑う紫穂に和颯は、力強く言った。
「俺と結婚してください」
「え!?」
まさか求婚されるとは思わず紫穂は目を見開く。
(え? 結婚することはもう決まってるのに? 契約結婚するって? 何で改めて??)
紫穂の疑問が顔に出ていたのだろう。
和颯が答える。
「契約結婚……としてではなく、俺はきみに側にいて欲しいと思った。だから、求婚する。……すぐに死ぬ男で申し訳ないが」
「そんな……申し訳ないなんて思わないでください! ……します! あなたと結婚します!」
紫穂は、そのまま和颯に抱きついたのだった。
