「リクヒト、リクヒト、リクヒト……さん?」
紫穂はナナを頭に乗せつつ、名前を連呼する。屋敷の自室で、紅茶を飲みつつ考えにふける。
矢内静香の件を、考え続けていたのだが答えは出ない。
(リクヒトさんは何者なの?)
「ピピッ」
頭に乗っかるナナは、ガジガジと紫穂の髪の毛を噛んで遊んでいる。
「ナナちゃん、わからない……」
「ピッ」
「リクヒトさんなんて人は退魔師にもいないみたいだし、矢内静香さんの周りにもいなかったみたいだし……」
(リクヒト……リクヒトさん)
はあっと紫穂は机に突っ伏す。
相変わらず、ナナは髪の毛で遊び続けている。
「ナナちゃん……」
ナナを突っ伏したまま、撫でる。
(この体制のままナデナデすると腕が痛い……)
紫穂は起き上がる。
「うーん」
紫穂がうなっていると、ドアの外から声が聞こえた。
「紫穂ちゃん、入ってもいいかな」
和颯だ。
「もちろんです」
紫穂は立ち上がって、和颯を迎える。
和颯の手には何かの缶とメモ帳とペン。缶をテーブルに和颯は乗せた。そして、開く。
メモ帳とペンはテーブルの脇に置かれた。
缶の中には黒くて丸いお菓子。
「チョコレートクッキーですか?」
「うん、最近評判らしくて。もう三時だし、おやつなんてどうかなって」
「ありがとうございます」
そして、二人はクッキーをつまむ。サクサクした食感。軽めの歯ごたえのチョコレートクッキーはチョコレートの濃厚な味がした。
「美味しいです。どこのクッキーですか?」
「河島家が経営しているお店だよ。河島家は色々やってるからね。お菓子屋から貿易まで」
「やり手ですね」
「その通り……。そして、きみの妹は河島中尉の新しい婚約者候補らしい」
ピタリとクッキーをつまもうとした紫穂の手が止まる。
「婚約者候補ですか? 矢内静香さんが亡くなってそんなに経ってないのに」
「うん。河島家としてはこちらに非がないし、さっさっと新しい縁談を進めて問題ないという認識らしい」
「なるほど……しかしなぜ、百代に」
(柳家は河島家ほどの名家ではないはず。私が和颯さんの婚約者になったみたいに何か事情が?)
と紫穂は疑問を持ったが、すぐに気づく。
「白蝶の夢見鳥の巫女だからですか?」
「おそらくは」
和颯がうなずく。二人がそんなやりとりをしている間も、ナナは紫穂の髪の毛で遊んでいた。
それを見た和颯がとがめる。
「こら、ナナ」
「ふぅ!」
ナナが気に食わないと言わんばかりの声をあげる。
「あ、いいんです。このまま遊ばせてあげてください」
「そう? あんまり甘やかさなくていいよ」
「ピッ」
「大丈夫です」
紫穂は頭の上のナナを一撫でする。
「ピッ」
とナナは嬉しそうな声を上げた。
「……それで、矢内静香さんの件なのだけど」
和颯が言う。
「はい」
紫穂はピシリと姿勢を正す。
「思いついたことがある」
「思いついたことですか?」
「うん」
「ミツさんの名前は三番目に生まれた子だから三と言っていたよね。それに、家に帰ったあとに、ナナを見てナナの名前も数字絡みなのを思い出してね。もしかしたら『リクヒト』もミツさんやナナのように数字なのかもしれないと思いついた」
と、小鳥を和颯は指す。ナナの頭の羽がピョコンと揺れる。
「と、言いますと?」
和颯はメモ帳を開く。そして、ペンでサラサラと『リクヒト』と書いた。達筆だな、と紫穂はそんなことを思う。
「これは『ナナ』と、ある意味、同じ名前の由来かもしれない。日付という点で」
「え?」
和颯は『六一』と『リクヒト』の文字のすぐ下に書いた。
「漢字はこれなんじゃないかなと」
「名前の漢字ですか。確かに、六はリク、一はヒトとも読みますよね」
「それで、『六一』という名前なら一番真っ先に思いついたのが誕生日が六月一日なのではないかなということ。さすがに六十一番目の子どもということはないだろうから」
「リクヒトさんの誕生日は六月一日?」
「かもしれない。……そして、退魔師だろうね」
「それはなぜですか? 退魔師ではない可能性もあるのでは?」
「あるけど低い。あるとしてもすでに退魔師を引退したものだろう」
紫穂は和颯の言葉の意味を考える。ナナは、紫穂の髪の毛を、かじって遊んでいる。
(ナナちゃん……かじるの好きだね。……ってそうじゃなくて……あっ、いや、ナナちゃん? そうだ、ナナちゃんは妖魔で……)
紫穂はもしかしてと口を開く。
「妖魔と契約した退魔師の可能性が高いと? 身体から霊力を吸い取る妖魔は複数種類いるのですよね? なら、その妖魔と契約した退魔師……。そして、妖魔の痕跡が残っていなかったのは退魔師が消したから……?」
「俺も同じ考えだよ」
「でも、リクヒトさんなんて退魔師はいらっしゃらないんですよね?」
「うん」
「もしかして……本名ではない? いやでも、本名でないとしたら、なぜわざわざリクヒト? 六一で誕生日を名前にして呼ばせた意味がわかりません……」
和颯はクッキーを口に運んで、咀嚼してから述べた。
「良い味だね。……偽名というわけではないんじゃないかな。リクヒトという名前は本人が呼ばれ慣れた名前なのだと思う」
「あだ名ですか?」
「それか幼名じゃないかなと」
「なるほど」
紫穂は膝を打った。が、新たな疑問が浮かぶ。
「でも帝都の退魔師名家は子どものころから繋がりがあることが多いですよね。とくに儀式が終わる十二歳を過ぎたら。幼名なんて、知られてそうですが」
「地方出身なのではないかな?」
和颯の説に紫穂は納得した。
「それなら六月一日生まれの地方出身者を探せば……」
「と、言うことになるね。……兄上の方がこういったことは詳しいから、また兄上に頼ることになるだろうが。……怒るかな」
和颯はクッキーを口に放り込んだのだった。
★☆★☆
それから軍服姿の実が和颯の屋敷を訪れたのは数日後の夜のことだった。
「兄上、お待ちしておりましたよ。今日もご苦労様です。肩でも、もみましょうか?」
和颯が笑って言えば、あからさまに実は嫌そうな顔をした。
「変なおべっかを使うな。……まったく、人をこき使う」
「ありがとうございます、感謝しています」
「当然だ」
実はそう言ったあと、紫穂を見た。
「実さん、いらっしゃいませ。お疲れでしょうに、本日はありがとうございます」
紫穂は頭を下げてそう言った。
「いや。紫穂さん、大したことではない」
「なんか、俺との対応が違いますね、兄上」
「当然だろう」
そんなやりとりをしつつ、応接間に三人は向かった。
女中が珈琲を持って来たあとに、和颯は本題を切り出した。
「どうでした?」
「まったく。お前のために色々と私は聞いてきたんだぞ」
「ありがとうございます」
「……それでだが、いた。幼名がリクヒトという退魔師は。帝都出身ではない。斎藤キヨさんの捜索隊にも組み込まれていた男だ」
紫穂は息を呑んだ。
「やはり」
和颯がつぶやく。
「今、どこにいるのです?」
「あの世だ」
「あの世……すでに死人ですか」
(死んでる? 何で?)
紫穂は訊ねる。
「なぜお亡くなりに?」
「妖魔、大陸から貨物船か何かに乗って紛れ込んで我が国にやって来た火鼠という妖魔討伐の際に死んだ」
実の言葉に紫穂は無言になる。
(じゃあ、『犯人』はもうこの世にはいない……ってことだよね)
紫穂としては捕まって罪を償って欲しいと思っていた。それはもう不可能なのだ。
何とも言えない気持ちになる。
矢内静香がこのことを知ったらどう思うだろうか。
「そうですか。わかりました。兄上、ありがとうございました。……夕食はいかがされます? 食べていきますか?」
「いや、またこれから、軍での仕事が」
「相変わらずご苦労様です。……働きすぎで心配ですよ」
「私はこれでいいんだ」
「……働きすぎだとやはり思いますけどね。……兄上、この推測は伝えて置いてくれますか?」
「ああ」
「ありがとうございます、兄上」
実は、紫穂と目を合わせて言った。
「紫穂さん、弟に付き合ってくれてありがとう。……これからもよろしく頼む。世話がかかるだろうが」
「そんなことは。私こそ和颯さんにはお世話になっていますから」
紫穂は、笑って否定した。
そして、実は紫穂と和颯に別れを告げて屋敷を出ていった。
「はあ、こんな結末とはね」
和颯のボヤキに紫穂はうなずく。
「そうですね……」
紫穂は思う。矢内静香への弔いに少しでもなっただろうかと。自己満足であろうが。
紫穂はそっと、珈琲を一口飲んだのだった。
砂糖を入れた珈琲は甘苦い味がした。
紫穂はナナを頭に乗せつつ、名前を連呼する。屋敷の自室で、紅茶を飲みつつ考えにふける。
矢内静香の件を、考え続けていたのだが答えは出ない。
(リクヒトさんは何者なの?)
「ピピッ」
頭に乗っかるナナは、ガジガジと紫穂の髪の毛を噛んで遊んでいる。
「ナナちゃん、わからない……」
「ピッ」
「リクヒトさんなんて人は退魔師にもいないみたいだし、矢内静香さんの周りにもいなかったみたいだし……」
(リクヒト……リクヒトさん)
はあっと紫穂は机に突っ伏す。
相変わらず、ナナは髪の毛で遊び続けている。
「ナナちゃん……」
ナナを突っ伏したまま、撫でる。
(この体制のままナデナデすると腕が痛い……)
紫穂は起き上がる。
「うーん」
紫穂がうなっていると、ドアの外から声が聞こえた。
「紫穂ちゃん、入ってもいいかな」
和颯だ。
「もちろんです」
紫穂は立ち上がって、和颯を迎える。
和颯の手には何かの缶とメモ帳とペン。缶をテーブルに和颯は乗せた。そして、開く。
メモ帳とペンはテーブルの脇に置かれた。
缶の中には黒くて丸いお菓子。
「チョコレートクッキーですか?」
「うん、最近評判らしくて。もう三時だし、おやつなんてどうかなって」
「ありがとうございます」
そして、二人はクッキーをつまむ。サクサクした食感。軽めの歯ごたえのチョコレートクッキーはチョコレートの濃厚な味がした。
「美味しいです。どこのクッキーですか?」
「河島家が経営しているお店だよ。河島家は色々やってるからね。お菓子屋から貿易まで」
「やり手ですね」
「その通り……。そして、きみの妹は河島中尉の新しい婚約者候補らしい」
ピタリとクッキーをつまもうとした紫穂の手が止まる。
「婚約者候補ですか? 矢内静香さんが亡くなってそんなに経ってないのに」
「うん。河島家としてはこちらに非がないし、さっさっと新しい縁談を進めて問題ないという認識らしい」
「なるほど……しかしなぜ、百代に」
(柳家は河島家ほどの名家ではないはず。私が和颯さんの婚約者になったみたいに何か事情が?)
と紫穂は疑問を持ったが、すぐに気づく。
「白蝶の夢見鳥の巫女だからですか?」
「おそらくは」
和颯がうなずく。二人がそんなやりとりをしている間も、ナナは紫穂の髪の毛で遊んでいた。
それを見た和颯がとがめる。
「こら、ナナ」
「ふぅ!」
ナナが気に食わないと言わんばかりの声をあげる。
「あ、いいんです。このまま遊ばせてあげてください」
「そう? あんまり甘やかさなくていいよ」
「ピッ」
「大丈夫です」
紫穂は頭の上のナナを一撫でする。
「ピッ」
とナナは嬉しそうな声を上げた。
「……それで、矢内静香さんの件なのだけど」
和颯が言う。
「はい」
紫穂はピシリと姿勢を正す。
「思いついたことがある」
「思いついたことですか?」
「うん」
「ミツさんの名前は三番目に生まれた子だから三と言っていたよね。それに、家に帰ったあとに、ナナを見てナナの名前も数字絡みなのを思い出してね。もしかしたら『リクヒト』もミツさんやナナのように数字なのかもしれないと思いついた」
と、小鳥を和颯は指す。ナナの頭の羽がピョコンと揺れる。
「と、言いますと?」
和颯はメモ帳を開く。そして、ペンでサラサラと『リクヒト』と書いた。達筆だな、と紫穂はそんなことを思う。
「これは『ナナ』と、ある意味、同じ名前の由来かもしれない。日付という点で」
「え?」
和颯は『六一』と『リクヒト』の文字のすぐ下に書いた。
「漢字はこれなんじゃないかなと」
「名前の漢字ですか。確かに、六はリク、一はヒトとも読みますよね」
「それで、『六一』という名前なら一番真っ先に思いついたのが誕生日が六月一日なのではないかなということ。さすがに六十一番目の子どもということはないだろうから」
「リクヒトさんの誕生日は六月一日?」
「かもしれない。……そして、退魔師だろうね」
「それはなぜですか? 退魔師ではない可能性もあるのでは?」
「あるけど低い。あるとしてもすでに退魔師を引退したものだろう」
紫穂は和颯の言葉の意味を考える。ナナは、紫穂の髪の毛を、かじって遊んでいる。
(ナナちゃん……かじるの好きだね。……ってそうじゃなくて……あっ、いや、ナナちゃん? そうだ、ナナちゃんは妖魔で……)
紫穂はもしかしてと口を開く。
「妖魔と契約した退魔師の可能性が高いと? 身体から霊力を吸い取る妖魔は複数種類いるのですよね? なら、その妖魔と契約した退魔師……。そして、妖魔の痕跡が残っていなかったのは退魔師が消したから……?」
「俺も同じ考えだよ」
「でも、リクヒトさんなんて退魔師はいらっしゃらないんですよね?」
「うん」
「もしかして……本名ではない? いやでも、本名でないとしたら、なぜわざわざリクヒト? 六一で誕生日を名前にして呼ばせた意味がわかりません……」
和颯はクッキーを口に運んで、咀嚼してから述べた。
「良い味だね。……偽名というわけではないんじゃないかな。リクヒトという名前は本人が呼ばれ慣れた名前なのだと思う」
「あだ名ですか?」
「それか幼名じゃないかなと」
「なるほど」
紫穂は膝を打った。が、新たな疑問が浮かぶ。
「でも帝都の退魔師名家は子どものころから繋がりがあることが多いですよね。とくに儀式が終わる十二歳を過ぎたら。幼名なんて、知られてそうですが」
「地方出身なのではないかな?」
和颯の説に紫穂は納得した。
「それなら六月一日生まれの地方出身者を探せば……」
「と、言うことになるね。……兄上の方がこういったことは詳しいから、また兄上に頼ることになるだろうが。……怒るかな」
和颯はクッキーを口に放り込んだのだった。
★☆★☆
それから軍服姿の実が和颯の屋敷を訪れたのは数日後の夜のことだった。
「兄上、お待ちしておりましたよ。今日もご苦労様です。肩でも、もみましょうか?」
和颯が笑って言えば、あからさまに実は嫌そうな顔をした。
「変なおべっかを使うな。……まったく、人をこき使う」
「ありがとうございます、感謝しています」
「当然だ」
実はそう言ったあと、紫穂を見た。
「実さん、いらっしゃいませ。お疲れでしょうに、本日はありがとうございます」
紫穂は頭を下げてそう言った。
「いや。紫穂さん、大したことではない」
「なんか、俺との対応が違いますね、兄上」
「当然だろう」
そんなやりとりをしつつ、応接間に三人は向かった。
女中が珈琲を持って来たあとに、和颯は本題を切り出した。
「どうでした?」
「まったく。お前のために色々と私は聞いてきたんだぞ」
「ありがとうございます」
「……それでだが、いた。幼名がリクヒトという退魔師は。帝都出身ではない。斎藤キヨさんの捜索隊にも組み込まれていた男だ」
紫穂は息を呑んだ。
「やはり」
和颯がつぶやく。
「今、どこにいるのです?」
「あの世だ」
「あの世……すでに死人ですか」
(死んでる? 何で?)
紫穂は訊ねる。
「なぜお亡くなりに?」
「妖魔、大陸から貨物船か何かに乗って紛れ込んで我が国にやって来た火鼠という妖魔討伐の際に死んだ」
実の言葉に紫穂は無言になる。
(じゃあ、『犯人』はもうこの世にはいない……ってことだよね)
紫穂としては捕まって罪を償って欲しいと思っていた。それはもう不可能なのだ。
何とも言えない気持ちになる。
矢内静香がこのことを知ったらどう思うだろうか。
「そうですか。わかりました。兄上、ありがとうございました。……夕食はいかがされます? 食べていきますか?」
「いや、またこれから、軍での仕事が」
「相変わらずご苦労様です。……働きすぎで心配ですよ」
「私はこれでいいんだ」
「……働きすぎだとやはり思いますけどね。……兄上、この推測は伝えて置いてくれますか?」
「ああ」
「ありがとうございます、兄上」
実は、紫穂と目を合わせて言った。
「紫穂さん、弟に付き合ってくれてありがとう。……これからもよろしく頼む。世話がかかるだろうが」
「そんなことは。私こそ和颯さんにはお世話になっていますから」
紫穂は、笑って否定した。
そして、実は紫穂と和颯に別れを告げて屋敷を出ていった。
「はあ、こんな結末とはね」
和颯のボヤキに紫穂はうなずく。
「そうですね……」
紫穂は思う。矢内静香への弔いに少しでもなっただろうかと。自己満足であろうが。
紫穂はそっと、珈琲を一口飲んだのだった。
砂糖を入れた珈琲は甘苦い味がした。
