黒蝶の巫女と最強退魔師の婚約  死蝶は呪われた退魔師と謎を解く

「聞き込みをしようと思う」
「聞き込み、ですか?」

 いつもの朝食の席。今日は和風の献立。みそ汁に焼き魚、白米、緑茶と言ったメニューがテーブルに並ぶ。
 緑茶を一口飲んだところで、和颯(かずさ)がそんな事をいうので紫穂(しほ)は小首をかしげた。

「あ、矢内静香(やないしずか)さんのことですね」
「うん、その通り」

 なるほど、と紫穂は納得する。
 まだ、矢内静香の件は本当に自殺か、それとも他殺か事故か? 色々と判明はしていない。
 夏乃(なつの)に頼まれたのだから、調査は進めなくてはならない。

「聞き込みとは具体的にどのようなことを?」
「矢内静香さんの側仕えから『何か悩みがなかったか? 死にたいなどと口にしていなかったか? 婚約者の河嶋孝治(かわしまこうじ)中尉以外の男の影はなかったか?』とか色々訊きたい。この間、矢内の奥様に浄化してもらた時に多少、会話出来たが有用な話は聞けなかった。もっと探りを……出来れば矢内静香さんの側仕えからも話を聞きたい。どうも、矢内静香さんと側仕えの子は仲が良かったらしい」

 そう言ったあとに、和颯はうなる。

「でも、俺がこれ以上探りを入れると烏藤の坊っちゃんが何嗅ぎ回ってるんだ、なんて警戒されそうで。それに……どうも、矢内静香さんのそば付きだった女中、退魔師が好きではないようでね。そんな雰囲気を感じた」

 紫穂はその言葉を聞いて思う。

(和颯さんの役に立てる機会だ……!)

「私が聞き込みします。私、ずっと家にいましたから顔は割れてません。みんな、私がどこの誰か分からないはずです」

 和颯が目を丸くする。

「でも……」
「いえ、やらせてください。私がやりたいのです」

 と紫穂が言うと和颯は、

「わかった。悪いけど、お願いするね」

 と笑う。

「はい、まかせてください」

 紫穂は、これで少しでも和颯の役に立てたらと思うのだった。

★☆★☆

 質素な木綿の着物に着替え、帝都へ行く。

(久しぶりの感覚……変な気分)

 最近は良い着物や洋装が多かったから、安物の着物で出歩くのは変な気分だった。
 周りからみれば、紫穂は一人で買い物に来た女中、といったところだろうか。
 しかし、後ろからはひっそりと和颯が着いてきていた。
 だから、心配もなく街を歩ける。
 やがて、とある和風の邸宅の近くに到着した。
 矢内家の屋敷だ。

(誰もいない……でも、そろそろかな?)

 手持ち無沙汰に、少し待てば、一人の少女が屋敷から出て来た。
 手には箒。
 掃き掃除をするためだろう。
 少女の口元には、ホクロがあった。

(あの人が花山(はなやま)ミツさんだよね?)

 矢内家の女中で、矢内静香の身の回りの世話もしていたという。
 和颯から聞いた情報通り、口元にホクロがある。
 息を深く吸い込み、はく。

(よし……!)

 紫穂は一歩、踏み出す。

「あの……私、烏藤様に仕える女中なのです」

 そう言えば、ミツは箒から紫穂に視線を移す。
 ありがたいことに警戒の色はない。

「何でございましょう?」
「これを以前、落としませんでした?」

 と、紫穂が差し出したのは手巾。
 ミツが首をかしげる。少し、いぶかしげな色が瞳に浮かぶ。

「いえ、落としていませんけど」
「少し前に烏藤様が穢れが溜まった際に、こちらの夢見鳥の巫女の方に浄化をお願いしたのです。烏藤様いわく、その時にお付の女中か夢見鳥の巫女様が落としたのではないか? と。だから、私に届けるようにと」
「ああ……、そういえば。烏藤和颯様を奥様が浄化しましたものね。ですが、うちのものが落としたかまではわかりかねます。私が預かって、確認します。うちのものが落としたものではなかったら、お返ししますね」

 警戒の色はミツの瞳からは消えている。

(よし、会話の糸口は掴めた……!)

 自分に出来るかわからないが、どうにかこうにか彼女から話を聞き出さなくては。

「ええ、お願いいたします」

 紫穂はミツに手巾を手渡す。
 ミツが受け取ったのを確認すると紫穂は言った。

「静香様のこと、お悔やみ申し上げます」
「……」

 その紫穂の言葉にミツの表情が少し崩れた。

「大変優秀な夢見鳥の巫女でいらしたとか。それにお優しい方だったと聞いております」
「……ええ、本当に」
「私、直接はお会いしたことありませんが。ご評判は耳に届いておりました」

 そして、少し迷った挙句、紫穂は言った。
 ここまで言っていいものか、と思いながら。

「自害なさったとか……」
「違います!!」

 ミツが叫んだ。
 そして、すぐにハッとした表情になると、ミツは自身の口に手を当てた。

「すみません、つい」
「いえ……ですが、違うというのは?」
「その……」

 ミツが口ごもる。

「……私も、自殺かどうか怪しいと思っているのです」

 夏乃のことを思い出しながら、紫穂は言った。夏乃は矢内静香と親しかった。そして、ミツも矢内静香と仲が良かったという。その二人が自殺ではないという。
 本当に自殺であったのか怪しいものだ。

 ミツが、あからさまにびっくりした表情を浮かべながら紫穂をまじまじと見る。

「そんなことを言ってくれたのは……あなたが初めてです」

 そして、はあっとミツは深いため息をつく。

「旦那様も悲しんでいらっしゃるけれど、同時に怒っていらっしゃって……。婚約者もいるのに、矢内の娘なのに他の男と通じた上に自殺か! 我が家の恥と。お嬢様はそんなことをする方ではございません。奥様はお嬢様を否定しないのが救いですが……。それに、お嬢様の『自殺』が広まってからは恥知らずとまでお嬢様が言われて……。私、退魔師の方々がそう言うのを聞いてしまって……」

 そこで、ミツはポロリと涙をこぼす。
 紫穂は、懐から手巾を取り出すとミツに渡した。

「すみません、ありがとうございます……」 

 ミツが涙を拭う。

「いえ」
「自殺であるはずないと、警察や退魔師の方にはお伝えに?」
「ええ。ですが、一介の女中の話などまともに取り合ってもらえず。お嬢様の婚約者であらせられた孝治様にもお伝えしましたが、自殺で間違いないと言われてしまい……。とくに孝治様にはがっかりしました。お嬢様の婚約者であらせられて、仲が良ろしかったのに。旦那様もお嬢様を可愛がっていらしたのに、我が家の恥と罵って……。退魔師の方々はお嬢様を恥知らずと悪く言って……。警察も退魔師も信用なりません……!!」

 憤慨したように、語気を強めてミツは言う。

「でも……自殺ではないという証拠がないのです……。私が自殺ではないと思うだけでは証拠にはなりませんから……」
「ミツさん」

 紫穂は強い瞳で、ミツを見る。
 そして、深く頭を下げる。

「え?」

 ミツが戸惑ったような声を上げる。

「どうしたのですか、いきなり? 顔を上げてください」
「ごめんなさい。騙してました」
「え?」

 このまま、身分を偽ったまま、話を聞こうと思っていた。しかし、ミツと接してこれでいいのだろうか? と疑念が生じた。
 ミツは心の底から矢内静香を案じていた。
 その人を騙していいものか。

「私、女中ではないのです。私の名前は柳紫穂と申します。烏藤和颯さんの婚約者です」

 そう真実を言えば、あんぐりとミツは口を開いた。
 そして叫んだ。

「ええ!?」