「さて、妖魔はどこかな……ナナ」
和颯がつぶやく。
和颯、紫穂、宏美の三人は、禍々しい気配が漂う大きな池の前にいた。宏美の屋敷から少し離れた場所にあり、自動車でここまで移動してきた。自動車は二台。和颯と宏美のもの。宏美の自動車は妖魔の死体を乗せるとかで、自動車の後ろが特別仕様になっているらしい。
「ピッ」
ナナが得意気に鳴いてから、パッと光につつまれ、大太刀に姿を変える。
「いつ見ても、いい妖刀ですね」
興味深そうに宏美が言う。彼もまた、刀を携帯していた。
「まあね。俺の自慢だから」
和颯がにやりと笑う。そして、その後、視線が紫穂に向く。
「……紫穂ちゃんは無理しないでね。まぁ、俺がいれば大丈夫だけど」
「はい……無理言ってすみません」
「いやいや、謝らなくていいよ。婚約者の勇ましい姿を見たいのは当然のこと」
冗談めかして、和颯が笑う。
(和颯さんに悪いことしてしまった……でも、見たいんだよね)
和颯は、宏美の頼みで妖魔を狩ることになっていた。
何でも最近、妖魔がこの辺りに出るのだが、すばしっこくなかなか捕まらない。妖魔が発見されてから被害は確認されていないが、未来のことはわからない。それに、過去に人を襲わなかったとは限らない。
なので、討伐してほしいという。
紫穂は、わざわざ和颯に頼むことを謎に思ったが、宏美は『実験材料にしたいので、ぐちゃぐちゃな形で討伐は避けてほしくて……。それをやれる人はあんまりいないですから。見たことない種類の妖魔だと思うので』と説明してくれた。
そして、紫穂は『私、和颯さんが狩るところを、見たいです』と思わず口に出してしまった。
しまった、と思ったものの和颯はにこりと笑って『当然いいよ』と述べたのだった。
「見たことない種類の妖魔か……気になるね。宏美さえ見たことない妖魔か」
「すばしっこくて、いまいち全容もつかめないんですよね。見たことあるやつなら、すぐわかると思うんですけど」
二人のやりとりを聞きつつ、紫穂は思案する。
「新種、でしょうか?」
「それもあり得るね、紫穂ちゃん。あとの可能性は……」
和颯が琥珀の瞳を前方の池に向ける。真剣な色を宿した瞳。
「……来た」
「え?」
紫穂が声を発した間に、何かの物体が大きな水しぶきを上げて、こちらに向かい、そして目の前に迫っていた。
「きゃっ!!」
(死ぬ……!!)
そう思って、目を閉じるが痛みはまったく、来ない。
「紫穂ちゃん、大丈夫だよ」
優しげな声音に、恐る恐る目を開く。
そこには血塗れの大太刀を持つ和颯。
そして、血を流し倒れる妖魔。胴体と首が離れていた。
(和颯さん、一瞬で妖魔を……?)
「ごめん、首やっちゃった」
「いえ、大丈夫です! ありがとうございます!」
宏美がそう言いつつ、すでに死んだ妖魔の周りをぐるぐる回る。
「これは……」
「何の妖魔?」
和颯の疑問に宏美が答える。
「ケルピーです、これは。実際に見たのは初めてです。本では読んだことありましたが」
紫穂は、妖怪を見つめた。黒い馬だった。立派なたてがみ。
しかし、異質な部分がある。
下半身が魚のようなのだ。
(……っ)
死んだ妖魔など初めて見たかもしれない。しかも首を切られて。
「ふぅ」
息を吸い込み、はく。
「紫穂ちゃん、大丈夫?」
和颯の言葉にうなずく。
「はい……」
(私が来たいと言ったのだから……)
それに、この目の前の妖魔に迫られたとき、死ぬかと思った。
だが、和颯が切ってくれた。
(退魔師って死と隣り合わせなんだよね……)
知識として知っていても実感したのは初めてだった。
そして、紫穂は倒れた妖魔を、しっかり見つめる。そして、気づく。
(あれ、たてがみに何かついてる?)
赤い布の切れ端のようなものが、豪奢なたてがみに絡まっていた。
「たてがみに布が」
紫穂が指摘すると和颯がうなずく。
「この妖魔が誰かを襲った時に絡まったのかもね」
「……それなら誰か犠牲者が?」
「かもしれない」
紫穂は沈黙する。
(この妖魔が誰か襲った可能性が?)
「このケルピーは水辺に住む西の国の妖魔です。人を食い殺す危険な妖魔ですよ」
宏美はじっと、ケルピーを見ながら解説する。
「何で西の国の妖魔が……?」
紫穂が言うと、宏美が答えた。
「桜国は鎖国を辞めましたし。以前は限られた国、限られた場所しか他国との交流はありませんでしたが。今は色々な国と関わりがありますからね。色々な港町にも外国の貿易船やらが来ます。船やら何やらに乗って他国の妖魔が入り込むこともゼロではないのですよ」
「そうなのですね」
「とりあえず、正体がわかりましたから上に報告します……」
「じゃ、車に乗せようか」
和颯が言うと、宏美が「はい」と答えて、ケルピーの頭をためらいなく抱えて、自身の自動車へと運んでいく。
「ナナ、ありがとう」
和颯が言えば、ぽんっと大太刀が光につつまれ、オカメインコへと変化した。
それから紫穂の肩へと飛んできた。
「ナナちゃん、すごかったよ」
紫穂が褒めれば、ナナは自慢げな瞳で「ピピッ!」と鳴いた。
そして、今度はケルピーの胴体を和颯と宏美が抱えようとした。
「あの、私もお手伝いを」
と紫穂が言うが、二人に「大丈夫」と同時に断られてしまう。
かなり重いだろうに、さくさくと和颯と宏美はケルピーを運んでしまった。
(さすが鍛え上げてる退魔師のお二人……)
と紫穂は心の底から感心したのだった。
その後、屋敷に帰ってから和颯は穢れが溜まったからと夢見鳥の巫女に浄化してもらうと出掛けてしまった。
(私に夢見鳥の巫女としての力があったら……)
と思うものの、どうしょうもないことだった。
ベッドに突っ伏しながら笑って、
「呪いは祓えないけど穢れは祓えるからね。少し調査がてら、矢内家の夢見鳥の巫女に頼んでくるよ」
と言っていた和颯を思い出し、枕に顔を沈めた。
★☆★☆
「紫穂ちゃん、これ」
和颯が、新聞を紫穂に持ってきたのは、ケルピーを討ってから数日経ってからのこと。
紫穂はこの和颯の屋敷での生活にも慣れてきていた。
紫穂の部屋で二人は長椅子に腰掛けていた。
和颯が新聞を紫穂に渡す。
紫穂が新聞の文字を朗読した。
「白蝶の夢見鳥の巫女、斎藤キヨさんが発見される……? 西国の妖魔、ケルピーの仕業と判明……? 池の近くから斎藤キヨさんの靴も発見……?」
「そうなんだよ。斎藤キヨさんが最後に目撃された時の服装が、ケルピーに絡まっていた着物の切れ端、そして発見された靴と同じものだったらしい。着物も靴も特注品で、一点ものだから間違いないと」
「では、夏乃さんが言うように連続殺人事件などではなく……斎藤キヨさんは妖魔の仕業だったということでしょうか」
(だとしても、まだ矢内静香さんの件は……。本当に自殺なのかな? 何だろう。違う気もする)
斎藤キヨと紫穂は面識はない。
でも、心が暗くなる。行方不明なら生きている可能性はあるが今回、死が確定してしまったのだ。
(だけど……ずっと誰にも発見されず……妖魔に喰い殺されたことを誰にも知られないほうが……)
だが、これで供養はされるはずだ。
紫穂は見知らぬ斎藤キヨの冥福を祈り、そっと目を閉じて手を合わせたのだった。
和颯がつぶやく。
和颯、紫穂、宏美の三人は、禍々しい気配が漂う大きな池の前にいた。宏美の屋敷から少し離れた場所にあり、自動車でここまで移動してきた。自動車は二台。和颯と宏美のもの。宏美の自動車は妖魔の死体を乗せるとかで、自動車の後ろが特別仕様になっているらしい。
「ピッ」
ナナが得意気に鳴いてから、パッと光につつまれ、大太刀に姿を変える。
「いつ見ても、いい妖刀ですね」
興味深そうに宏美が言う。彼もまた、刀を携帯していた。
「まあね。俺の自慢だから」
和颯がにやりと笑う。そして、その後、視線が紫穂に向く。
「……紫穂ちゃんは無理しないでね。まぁ、俺がいれば大丈夫だけど」
「はい……無理言ってすみません」
「いやいや、謝らなくていいよ。婚約者の勇ましい姿を見たいのは当然のこと」
冗談めかして、和颯が笑う。
(和颯さんに悪いことしてしまった……でも、見たいんだよね)
和颯は、宏美の頼みで妖魔を狩ることになっていた。
何でも最近、妖魔がこの辺りに出るのだが、すばしっこくなかなか捕まらない。妖魔が発見されてから被害は確認されていないが、未来のことはわからない。それに、過去に人を襲わなかったとは限らない。
なので、討伐してほしいという。
紫穂は、わざわざ和颯に頼むことを謎に思ったが、宏美は『実験材料にしたいので、ぐちゃぐちゃな形で討伐は避けてほしくて……。それをやれる人はあんまりいないですから。見たことない種類の妖魔だと思うので』と説明してくれた。
そして、紫穂は『私、和颯さんが狩るところを、見たいです』と思わず口に出してしまった。
しまった、と思ったものの和颯はにこりと笑って『当然いいよ』と述べたのだった。
「見たことない種類の妖魔か……気になるね。宏美さえ見たことない妖魔か」
「すばしっこくて、いまいち全容もつかめないんですよね。見たことあるやつなら、すぐわかると思うんですけど」
二人のやりとりを聞きつつ、紫穂は思案する。
「新種、でしょうか?」
「それもあり得るね、紫穂ちゃん。あとの可能性は……」
和颯が琥珀の瞳を前方の池に向ける。真剣な色を宿した瞳。
「……来た」
「え?」
紫穂が声を発した間に、何かの物体が大きな水しぶきを上げて、こちらに向かい、そして目の前に迫っていた。
「きゃっ!!」
(死ぬ……!!)
そう思って、目を閉じるが痛みはまったく、来ない。
「紫穂ちゃん、大丈夫だよ」
優しげな声音に、恐る恐る目を開く。
そこには血塗れの大太刀を持つ和颯。
そして、血を流し倒れる妖魔。胴体と首が離れていた。
(和颯さん、一瞬で妖魔を……?)
「ごめん、首やっちゃった」
「いえ、大丈夫です! ありがとうございます!」
宏美がそう言いつつ、すでに死んだ妖魔の周りをぐるぐる回る。
「これは……」
「何の妖魔?」
和颯の疑問に宏美が答える。
「ケルピーです、これは。実際に見たのは初めてです。本では読んだことありましたが」
紫穂は、妖怪を見つめた。黒い馬だった。立派なたてがみ。
しかし、異質な部分がある。
下半身が魚のようなのだ。
(……っ)
死んだ妖魔など初めて見たかもしれない。しかも首を切られて。
「ふぅ」
息を吸い込み、はく。
「紫穂ちゃん、大丈夫?」
和颯の言葉にうなずく。
「はい……」
(私が来たいと言ったのだから……)
それに、この目の前の妖魔に迫られたとき、死ぬかと思った。
だが、和颯が切ってくれた。
(退魔師って死と隣り合わせなんだよね……)
知識として知っていても実感したのは初めてだった。
そして、紫穂は倒れた妖魔を、しっかり見つめる。そして、気づく。
(あれ、たてがみに何かついてる?)
赤い布の切れ端のようなものが、豪奢なたてがみに絡まっていた。
「たてがみに布が」
紫穂が指摘すると和颯がうなずく。
「この妖魔が誰かを襲った時に絡まったのかもね」
「……それなら誰か犠牲者が?」
「かもしれない」
紫穂は沈黙する。
(この妖魔が誰か襲った可能性が?)
「このケルピーは水辺に住む西の国の妖魔です。人を食い殺す危険な妖魔ですよ」
宏美はじっと、ケルピーを見ながら解説する。
「何で西の国の妖魔が……?」
紫穂が言うと、宏美が答えた。
「桜国は鎖国を辞めましたし。以前は限られた国、限られた場所しか他国との交流はありませんでしたが。今は色々な国と関わりがありますからね。色々な港町にも外国の貿易船やらが来ます。船やら何やらに乗って他国の妖魔が入り込むこともゼロではないのですよ」
「そうなのですね」
「とりあえず、正体がわかりましたから上に報告します……」
「じゃ、車に乗せようか」
和颯が言うと、宏美が「はい」と答えて、ケルピーの頭をためらいなく抱えて、自身の自動車へと運んでいく。
「ナナ、ありがとう」
和颯が言えば、ぽんっと大太刀が光につつまれ、オカメインコへと変化した。
それから紫穂の肩へと飛んできた。
「ナナちゃん、すごかったよ」
紫穂が褒めれば、ナナは自慢げな瞳で「ピピッ!」と鳴いた。
そして、今度はケルピーの胴体を和颯と宏美が抱えようとした。
「あの、私もお手伝いを」
と紫穂が言うが、二人に「大丈夫」と同時に断られてしまう。
かなり重いだろうに、さくさくと和颯と宏美はケルピーを運んでしまった。
(さすが鍛え上げてる退魔師のお二人……)
と紫穂は心の底から感心したのだった。
その後、屋敷に帰ってから和颯は穢れが溜まったからと夢見鳥の巫女に浄化してもらうと出掛けてしまった。
(私に夢見鳥の巫女としての力があったら……)
と思うものの、どうしょうもないことだった。
ベッドに突っ伏しながら笑って、
「呪いは祓えないけど穢れは祓えるからね。少し調査がてら、矢内家の夢見鳥の巫女に頼んでくるよ」
と言っていた和颯を思い出し、枕に顔を沈めた。
★☆★☆
「紫穂ちゃん、これ」
和颯が、新聞を紫穂に持ってきたのは、ケルピーを討ってから数日経ってからのこと。
紫穂はこの和颯の屋敷での生活にも慣れてきていた。
紫穂の部屋で二人は長椅子に腰掛けていた。
和颯が新聞を紫穂に渡す。
紫穂が新聞の文字を朗読した。
「白蝶の夢見鳥の巫女、斎藤キヨさんが発見される……? 西国の妖魔、ケルピーの仕業と判明……? 池の近くから斎藤キヨさんの靴も発見……?」
「そうなんだよ。斎藤キヨさんが最後に目撃された時の服装が、ケルピーに絡まっていた着物の切れ端、そして発見された靴と同じものだったらしい。着物も靴も特注品で、一点ものだから間違いないと」
「では、夏乃さんが言うように連続殺人事件などではなく……斎藤キヨさんは妖魔の仕業だったということでしょうか」
(だとしても、まだ矢内静香さんの件は……。本当に自殺なのかな? 何だろう。違う気もする)
斎藤キヨと紫穂は面識はない。
でも、心が暗くなる。行方不明なら生きている可能性はあるが今回、死が確定してしまったのだ。
(だけど……ずっと誰にも発見されず……妖魔に喰い殺されたことを誰にも知られないほうが……)
だが、これで供養はされるはずだ。
紫穂は見知らぬ斎藤キヨの冥福を祈り、そっと目を閉じて手を合わせたのだった。
