「それで……兄上」
和颯が真剣な眼差しになる。
「あの件ですが」
「いいのか? ここで言っても」
「かまいません。使用人たちは部屋にいませんし」
「わかった」
(あの件って……矢内静香さんのこと?)
紫穂の推測は正しかったらしい。
実は、
「矢内静香さんの件だが」
と話し始めた。
だが、とはぁっと弟へ向けてため息を一つする。
「お前、私をこき使うな」
「申し訳ありません、お忙しいのに」
「わかってて、お前は私に頼む……」
「あはは、すみません」
「申し訳ないと思ってないだろう?」
「そんなことは」
「……まあいい。『新しい情報』はある。河島夏乃さんの情報は正しい。お前が河島夏乃さんに聞いたあの件の子細を見つけた」
「なるほど……夏乃さんから聞いた話の子細ですか。……場所か、遺書か……。遺書かな? 場所より遺書の内容の方が曖昧だったし……遺書ですよね?」
「当たりだ。遺書の内容だ。『愛するリクヒトさんへ。大好きです、心から。あなたと一緒になりたいですが、私には婚約者がおります。あなたが私の手を取ったらどこにでも行けるのに』だ」
「それだけですか?」
「そうだ。そして、原稿用紙に書かれていた」
「そうですか……」
「自殺、ではないのか?」
「わかりません。それは。しかし頼まれた以上、調べます」
実は、和颯を少し見た後、「……そうか」とだけ言った。
そして、紫穂に目を向けて、
「紫穂さん。困った弟だが、頼む」
と変わらない表情の中に少し暖かなものを滲ませて言った。
「はい……ですが、私こそ和颯さんに助けられてばかりです」
紫穂の返事に実は微かに口角を上げた。
「そんなことはないだろうさ……。二人は良い夫婦になるだろう。改めてお祝い申し上げる」
★☆★☆
実が帰ったあと、紫穂と和颯は二人で昼食を取っていた。
実もどうか、と誘ったのだが、彼は午後から仕事であるらしい。
カツレツやコンソメスープ、白米といったメニューがテーブルには並んでいた。
和颯は珍しく無言だった。無表情じみたその顔は兄の実によく似ていた。
静香の件を考えているのだろうか。
(本当に自殺なのかな?)
考えてみるが、答えは出ない。
暖かなコンソメスープを飲みつつ、和颯を紫穂は見やった。
和颯は紫穂の視線に気づいたのだろう。
琥珀の瞳が紫穂をとらえる。
「困ったね。自殺か、他殺か、事故死か?」
「……本当に自殺なのかもしれません」
「そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。……でも、出来る限り調べたい」
その声音はひどく真剣で。依頼者の夏乃のこと、そして亡くなった静香のことを真剣に考えているのだろう。
(静香さんがもし誰かに殺されてたら浮かばれない……それにこの人の力になりたい……)
だから、紫穂は言った。
「私も協力します。……大したお力にはなれないとは思いますが……」
「紫穂ちゃんにそこまでしてもらわなくても大丈夫だよ?」
「いえ……私がしたいのです。和颯さんと一緒に調べたいです」
その紫穂の答えに和颯は一拍の間を置いたあと、笑った。
「わかった。よろしく頼むね」
「はい」
紫穂はそう力強くうなずいた。
★☆★☆
「自動車なんて久しぶりです……」
「ピピッ」
ナナを膝の上に乗せつつ、助手席に座る紫穂は感嘆する。
ナナの頭をなでなですると、彼はうっとりした表情になった。
運転手は和颯。
名家は運転手を雇うことが多いが、和颯は自ら運転していた。
紫穂としては、和颯は運転が出来たのか、と驚いていた。
「大丈夫? 酔わない?」
「大丈夫です。むしろ振動が心地いいくらいです」
「それなら良かった」
和颯が微笑む。
「宏美の家って、ちょっと遠いからね」
帝都の中心部から離れた場所。人気はなく、枯れ葉が落ちる道なき道を自動車は進んでいく。
帝都の郊外。住宅街から離れた枯れ野原。
その中を自動車で進めば、やがてこじんまりした和風住宅が見えてきた。
「汽車も通ってないからさ」
(新崎宏美さん……)
その彼の家に向かっているのだ。
人里離れた場所に住む人物。
妖魔について詳しいという。だから、話を聞きたいのだと和颯は言っていた。
紫穂の頭に『人間嫌いな老人』といった図が広がる。
(本当はどんな方かわからないけれど……緊張する……)
何となくそんな予想図が浮かんだのだ。
やがて、宏美の家に到着した。和颯の洋館と違い和風邸宅だ。
自動車が止まる。
和颯は、自動車のドアを開いて、手を差し伸べてくれた。
「ありがとうございます……!」
少しドキドキしつつ、手を取った。
が、和颯は特にそんな意識はしてなさそうな顔で、紫穂は自意識過剰すぎた、と反省した。あくまで彼は親切なだけなのだ。
「ピッ」
ナナは、飛んでぽんっと紫穂の頭に飛び乗る。わずかな重みを感じつつ、紫穂は自動車から降りた。
突然、家のドアが開く音がした。
自動車の音で誰かが来たのがわかったのだろう。
「……」
出て来た人物に紫穂は目を丸くした。
黒髪には癖がない。整った顔立ちは若かった。まだ二十代前半の青年だろう。
にこりと人懐っこい笑みを青年は浮かべた。
「わあ! いらっしゃいませ!」
紫穂は青年の予想外の反応にびっくりした。招かれざる客扱いされると思い込んでいた。
「和颯さんに……紫穂さんですよね?」
「はい、柳紫穂と申します。和颯さんの婚約者です」
「よろしくお願いいたしますね。僕、新崎宏美と申します。軍所属の研究者で退魔師です」
紫穂と宏美の二人は、ほぼ同時に頭を下げた。
「ちょっと驚いた?」
和颯が言う。紫穂は和颯に視線を向けてうなずく。
「少し……」
「あはは」
和颯の笑みに紫穂の胸にわざと言わなかったのか、と疑念が広がった。
少し恨みがましげに和颯を見やった。
「ごめんごめん。驚かせようとしたんじゃなくて、詳細を言うのを忘れてたよ」
「え? なんか変な風に思われてました、僕?」
宏美が目を丸くするので、紫穂は慌てて否定した。
「いえ! そんなことは……」
紫穂の反応で宏美は手を顎にやって、やや考えるような仕草をした後、言った。
「あー、もしかして。……こんな辺鄙なところに住んでるから人嫌いの偏屈野郎と思われた、とか?」
(そこまでは……)
口ごもる紫穂に宏美が、笑う。
「実は……当たりです」
「え」
紫穂は、思わず宏美をまじまじ見てしまう。人懐っこい笑みの青年。
人嫌いには見えない。
「ドロドロしているのは嫌いなんですよ。……ま、ここにいる理由はそれだけじゃないですが。妖魔や退魔具の研究の一端をここでしてるんです。人が密集する場所でそんなこと出来ませんからね」
笑みを浮かべつつ、宏美が「どうぞ!」と言って、屋敷の扉を開けてくれた。
そして、応接間に案内される。応接間は洋風で、どうやら見た目は和風だが中身は和洋折衷であったらしい。
女中が茶を持ってきてくれた。
「今日はありがとう、宏美。休日なのに時間を取らせてすまないね」
和颯が頭を下げる。宏美は焦ったように言う。
「いえいえ! 申し訳なく思う必要なんてゼロですよ! むしろ、来てくださって嬉しいですし!」
「そうか。ありがとう」
和颯が顔を上げて微笑む。
「……それにしても、驚きましたよ! 婚約だなんて……いつの間に恋人が」
「まあね」
「おめでとうございます。結婚式には呼んでくださいね」
宏美が、紫穂と和颯に向けて微笑む。
紫穂は曖昧に笑みを返した。
「ありがとうございます」
(契約結婚だし、式なんて挙げるのかな?)
よくわからない。今はまだ『婚約』であるし、そんなことは考えたことはなかった。
「それで、電話でも少しお伺いしましたけど聞きたいことがあるんですよね?」
「ちょっとね。いくつか」
「何でしょう?」
「まず、一つ目」
和颯が指を一つ立てる。
「河嶋孝治中尉とは同級生だったよね? 同じ学校に通っていたよね?」
「はい」
「彼の婚約者は矢内静香さんだった。彼から静香さんのことを聞いたことは?」
「……矢内静香さん。あー、調べてるんですね? あの自殺した夢見鳥の巫女の子のことを」
「うん」
否定せず、あっさり和颯は認めた。
「そうですね」
記憶を探るように、少し黙ってから宏美は口を開いた。
「うーん。話したことは何回もあります」
「……河嶋孝治さんとお友達なのですか?」
紫穂の疑問に宏美を首を横に振る。
「友達ってほど仲いいかと言われるとそこまでではないです。でも、社交的な人だから。和颯さんも話したことは何回もあるでしょう? ……だって……あの任務も一緒に……」
宏美は、後半口ごもる。紫穂はなぜだが、分からず小首をかしげた。
が、紫穂の疑問をよそに和颯が話を進める。
「うん。でも、俺が知らないことを同級生のきみが知っている可能性もあるだろう? 矢内静香さんとも話したことはあるが、社交辞令的なものだけだ。河嶋中尉とも、幾度も喋ったことはある。ただし、表面的な会話だ」
「そうですね……」
宏美が真剣な眼差しで、記憶を探るように少し遠い目をする。
そして、申し訳なさそうな顔をした。
「重要なことは……。ただ、矢内静香さんに関しては『静香は優しい。身体の弱い妹にもよくしてくれる』『読書家で彼女のつむぐ言葉は美しい』。矢内静香さんについて河嶋孝治が話していたのはこのくらいですね」
「惚気話はあんまりしない方なのですね。矢内静香さんと河嶋孝治さんは両思いと聞いていますが」
『兄様と静香さんは愛し合っておりました』
夏乃の言葉が紫穂の脳裏に浮かぶ。
宏美が紫穂の言葉に反応して、「ああ、そういえば」とつぶやく。
「妹の夏乃さんの話はけっこうしてましたよ? 仲が良いらしくて。本当に可愛い妹なんだと、友達に語っているのをよく目撃しましたね」
「そうか。……それで二つ目の質問だ」
和颯が指で二を作る。
「はい」
「矢内静香さんの死因は霊力枯渇。霊力を吸い取れる妖魔は色々いるよね?」
(あ、そっか。妖魔に霊力を取られた可能性もあるんだ)
紫穂は意外な事実に気付かされた。
「色々ありますね。桜国の妖魔や大陸の妖魔や西の国の妖魔……本当、色々と。でも、自殺という調査結果が警察で出たのでしょう? 退魔師も協力していた。妖魔の仕業なら痕跡があります。彼らは禍々しい気配を残しますからね。それらがないということは自殺でしょう」
「気配を残さず人を殺せる妖魔はいない?」
「いません」
宏美はきっぱり、断言した。
「そうか……。予想が外れたかな。……宏美、教えてくれてありがとう」
和颯の言葉を宏美は否定する。
「いえ、気にしないでください。……それで、申し訳ないのですが妖魔の件ですけど」
「電話で聞いたやつね。池の? 河童でもないと?」
「ええ、見たことないやつでして」
「了解した」
(えーっと? 何の話?)
紫穂は一人、疑問に思ったのだった。
和颯が真剣な眼差しになる。
「あの件ですが」
「いいのか? ここで言っても」
「かまいません。使用人たちは部屋にいませんし」
「わかった」
(あの件って……矢内静香さんのこと?)
紫穂の推測は正しかったらしい。
実は、
「矢内静香さんの件だが」
と話し始めた。
だが、とはぁっと弟へ向けてため息を一つする。
「お前、私をこき使うな」
「申し訳ありません、お忙しいのに」
「わかってて、お前は私に頼む……」
「あはは、すみません」
「申し訳ないと思ってないだろう?」
「そんなことは」
「……まあいい。『新しい情報』はある。河島夏乃さんの情報は正しい。お前が河島夏乃さんに聞いたあの件の子細を見つけた」
「なるほど……夏乃さんから聞いた話の子細ですか。……場所か、遺書か……。遺書かな? 場所より遺書の内容の方が曖昧だったし……遺書ですよね?」
「当たりだ。遺書の内容だ。『愛するリクヒトさんへ。大好きです、心から。あなたと一緒になりたいですが、私には婚約者がおります。あなたが私の手を取ったらどこにでも行けるのに』だ」
「それだけですか?」
「そうだ。そして、原稿用紙に書かれていた」
「そうですか……」
「自殺、ではないのか?」
「わかりません。それは。しかし頼まれた以上、調べます」
実は、和颯を少し見た後、「……そうか」とだけ言った。
そして、紫穂に目を向けて、
「紫穂さん。困った弟だが、頼む」
と変わらない表情の中に少し暖かなものを滲ませて言った。
「はい……ですが、私こそ和颯さんに助けられてばかりです」
紫穂の返事に実は微かに口角を上げた。
「そんなことはないだろうさ……。二人は良い夫婦になるだろう。改めてお祝い申し上げる」
★☆★☆
実が帰ったあと、紫穂と和颯は二人で昼食を取っていた。
実もどうか、と誘ったのだが、彼は午後から仕事であるらしい。
カツレツやコンソメスープ、白米といったメニューがテーブルには並んでいた。
和颯は珍しく無言だった。無表情じみたその顔は兄の実によく似ていた。
静香の件を考えているのだろうか。
(本当に自殺なのかな?)
考えてみるが、答えは出ない。
暖かなコンソメスープを飲みつつ、和颯を紫穂は見やった。
和颯は紫穂の視線に気づいたのだろう。
琥珀の瞳が紫穂をとらえる。
「困ったね。自殺か、他殺か、事故死か?」
「……本当に自殺なのかもしれません」
「そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。……でも、出来る限り調べたい」
その声音はひどく真剣で。依頼者の夏乃のこと、そして亡くなった静香のことを真剣に考えているのだろう。
(静香さんがもし誰かに殺されてたら浮かばれない……それにこの人の力になりたい……)
だから、紫穂は言った。
「私も協力します。……大したお力にはなれないとは思いますが……」
「紫穂ちゃんにそこまでしてもらわなくても大丈夫だよ?」
「いえ……私がしたいのです。和颯さんと一緒に調べたいです」
その紫穂の答えに和颯は一拍の間を置いたあと、笑った。
「わかった。よろしく頼むね」
「はい」
紫穂はそう力強くうなずいた。
★☆★☆
「自動車なんて久しぶりです……」
「ピピッ」
ナナを膝の上に乗せつつ、助手席に座る紫穂は感嘆する。
ナナの頭をなでなですると、彼はうっとりした表情になった。
運転手は和颯。
名家は運転手を雇うことが多いが、和颯は自ら運転していた。
紫穂としては、和颯は運転が出来たのか、と驚いていた。
「大丈夫? 酔わない?」
「大丈夫です。むしろ振動が心地いいくらいです」
「それなら良かった」
和颯が微笑む。
「宏美の家って、ちょっと遠いからね」
帝都の中心部から離れた場所。人気はなく、枯れ葉が落ちる道なき道を自動車は進んでいく。
帝都の郊外。住宅街から離れた枯れ野原。
その中を自動車で進めば、やがてこじんまりした和風住宅が見えてきた。
「汽車も通ってないからさ」
(新崎宏美さん……)
その彼の家に向かっているのだ。
人里離れた場所に住む人物。
妖魔について詳しいという。だから、話を聞きたいのだと和颯は言っていた。
紫穂の頭に『人間嫌いな老人』といった図が広がる。
(本当はどんな方かわからないけれど……緊張する……)
何となくそんな予想図が浮かんだのだ。
やがて、宏美の家に到着した。和颯の洋館と違い和風邸宅だ。
自動車が止まる。
和颯は、自動車のドアを開いて、手を差し伸べてくれた。
「ありがとうございます……!」
少しドキドキしつつ、手を取った。
が、和颯は特にそんな意識はしてなさそうな顔で、紫穂は自意識過剰すぎた、と反省した。あくまで彼は親切なだけなのだ。
「ピッ」
ナナは、飛んでぽんっと紫穂の頭に飛び乗る。わずかな重みを感じつつ、紫穂は自動車から降りた。
突然、家のドアが開く音がした。
自動車の音で誰かが来たのがわかったのだろう。
「……」
出て来た人物に紫穂は目を丸くした。
黒髪には癖がない。整った顔立ちは若かった。まだ二十代前半の青年だろう。
にこりと人懐っこい笑みを青年は浮かべた。
「わあ! いらっしゃいませ!」
紫穂は青年の予想外の反応にびっくりした。招かれざる客扱いされると思い込んでいた。
「和颯さんに……紫穂さんですよね?」
「はい、柳紫穂と申します。和颯さんの婚約者です」
「よろしくお願いいたしますね。僕、新崎宏美と申します。軍所属の研究者で退魔師です」
紫穂と宏美の二人は、ほぼ同時に頭を下げた。
「ちょっと驚いた?」
和颯が言う。紫穂は和颯に視線を向けてうなずく。
「少し……」
「あはは」
和颯の笑みに紫穂の胸にわざと言わなかったのか、と疑念が広がった。
少し恨みがましげに和颯を見やった。
「ごめんごめん。驚かせようとしたんじゃなくて、詳細を言うのを忘れてたよ」
「え? なんか変な風に思われてました、僕?」
宏美が目を丸くするので、紫穂は慌てて否定した。
「いえ! そんなことは……」
紫穂の反応で宏美は手を顎にやって、やや考えるような仕草をした後、言った。
「あー、もしかして。……こんな辺鄙なところに住んでるから人嫌いの偏屈野郎と思われた、とか?」
(そこまでは……)
口ごもる紫穂に宏美が、笑う。
「実は……当たりです」
「え」
紫穂は、思わず宏美をまじまじ見てしまう。人懐っこい笑みの青年。
人嫌いには見えない。
「ドロドロしているのは嫌いなんですよ。……ま、ここにいる理由はそれだけじゃないですが。妖魔や退魔具の研究の一端をここでしてるんです。人が密集する場所でそんなこと出来ませんからね」
笑みを浮かべつつ、宏美が「どうぞ!」と言って、屋敷の扉を開けてくれた。
そして、応接間に案内される。応接間は洋風で、どうやら見た目は和風だが中身は和洋折衷であったらしい。
女中が茶を持ってきてくれた。
「今日はありがとう、宏美。休日なのに時間を取らせてすまないね」
和颯が頭を下げる。宏美は焦ったように言う。
「いえいえ! 申し訳なく思う必要なんてゼロですよ! むしろ、来てくださって嬉しいですし!」
「そうか。ありがとう」
和颯が顔を上げて微笑む。
「……それにしても、驚きましたよ! 婚約だなんて……いつの間に恋人が」
「まあね」
「おめでとうございます。結婚式には呼んでくださいね」
宏美が、紫穂と和颯に向けて微笑む。
紫穂は曖昧に笑みを返した。
「ありがとうございます」
(契約結婚だし、式なんて挙げるのかな?)
よくわからない。今はまだ『婚約』であるし、そんなことは考えたことはなかった。
「それで、電話でも少しお伺いしましたけど聞きたいことがあるんですよね?」
「ちょっとね。いくつか」
「何でしょう?」
「まず、一つ目」
和颯が指を一つ立てる。
「河嶋孝治中尉とは同級生だったよね? 同じ学校に通っていたよね?」
「はい」
「彼の婚約者は矢内静香さんだった。彼から静香さんのことを聞いたことは?」
「……矢内静香さん。あー、調べてるんですね? あの自殺した夢見鳥の巫女の子のことを」
「うん」
否定せず、あっさり和颯は認めた。
「そうですね」
記憶を探るように、少し黙ってから宏美は口を開いた。
「うーん。話したことは何回もあります」
「……河嶋孝治さんとお友達なのですか?」
紫穂の疑問に宏美を首を横に振る。
「友達ってほど仲いいかと言われるとそこまでではないです。でも、社交的な人だから。和颯さんも話したことは何回もあるでしょう? ……だって……あの任務も一緒に……」
宏美は、後半口ごもる。紫穂はなぜだが、分からず小首をかしげた。
が、紫穂の疑問をよそに和颯が話を進める。
「うん。でも、俺が知らないことを同級生のきみが知っている可能性もあるだろう? 矢内静香さんとも話したことはあるが、社交辞令的なものだけだ。河嶋中尉とも、幾度も喋ったことはある。ただし、表面的な会話だ」
「そうですね……」
宏美が真剣な眼差しで、記憶を探るように少し遠い目をする。
そして、申し訳なさそうな顔をした。
「重要なことは……。ただ、矢内静香さんに関しては『静香は優しい。身体の弱い妹にもよくしてくれる』『読書家で彼女のつむぐ言葉は美しい』。矢内静香さんについて河嶋孝治が話していたのはこのくらいですね」
「惚気話はあんまりしない方なのですね。矢内静香さんと河嶋孝治さんは両思いと聞いていますが」
『兄様と静香さんは愛し合っておりました』
夏乃の言葉が紫穂の脳裏に浮かぶ。
宏美が紫穂の言葉に反応して、「ああ、そういえば」とつぶやく。
「妹の夏乃さんの話はけっこうしてましたよ? 仲が良いらしくて。本当に可愛い妹なんだと、友達に語っているのをよく目撃しましたね」
「そうか。……それで二つ目の質問だ」
和颯が指で二を作る。
「はい」
「矢内静香さんの死因は霊力枯渇。霊力を吸い取れる妖魔は色々いるよね?」
(あ、そっか。妖魔に霊力を取られた可能性もあるんだ)
紫穂は意外な事実に気付かされた。
「色々ありますね。桜国の妖魔や大陸の妖魔や西の国の妖魔……本当、色々と。でも、自殺という調査結果が警察で出たのでしょう? 退魔師も協力していた。妖魔の仕業なら痕跡があります。彼らは禍々しい気配を残しますからね。それらがないということは自殺でしょう」
「気配を残さず人を殺せる妖魔はいない?」
「いません」
宏美はきっぱり、断言した。
「そうか……。予想が外れたかな。……宏美、教えてくれてありがとう」
和颯の言葉を宏美は否定する。
「いえ、気にしないでください。……それで、申し訳ないのですが妖魔の件ですけど」
「電話で聞いたやつね。池の? 河童でもないと?」
「ええ、見たことないやつでして」
「了解した」
(えーっと? 何の話?)
紫穂は一人、疑問に思ったのだった。
