友達以上。恋人以上になりたくて。

 あんなことがあった後だからと、母さんと姉ちゃんに早めに部屋へ追いやられた俺は、ベッドに横たわっていろんなことを考えていた。
 もうこれ以上、答えを保留するわけにはいかないだろう。俺も翠も限界だった。
 翠を好きなのは確かだ。
 だけど本当に恋愛対象としての好きなんだろうか?
 天井の壁紙の模様をぼーっと眺めながら自問自答する。
 そういえばあの時もよく悩んだな。
 中二の冬から中三の秋まで付き合った彼女に言われたセリフを思い出す。
『圭人はさー、私のこと好きだけど好きじゃないじゃん?別れよ?』
 意味がわからなかった。
 彼女のために、自分なりにデートやプレゼントに悩んだし、気を使ったし、大事にしていたつもりだった。
 それなのに困ったような顔で別れを告げられた。
 好きだったと思う。
 キスだって、それ以上の事だってしていたし、別にそれも自然な事だと思っていた。
 そのまま高校へ進学しても付き合っていくつもりだった。
 好きだけど好きじゃないってどういうこと?俺の好きって感情は、他人からしたら好きには足りないってこと?
 翠への気持ちも、好きだけど好きじゃないんじゃないの?
 ため息をついて、起き上がる。
 母さんが「脱水になると怖いから」と言って用意してくれた保冷ポットの水を飲んだ。
 ふと、スクバについた翠とお揃いのマスコットが目に入った。
 翠の喜ぶ顔が見たくて、楽しく選んだのはいい思い出だ。そういえばお弁当を作るのだって、楽しかった。翠の喜ぶ顔が見たくて好きそうなおかずを作った。悩むことすら楽しかった。
 ……あれ?
 思い返してみれば、翠のことを思って行動するのはすごく楽しくて。
 悲しい顔は見たくないし、ずっと一緒にいたい。
 彼女に対してそこまで思ったことあるか?
 別れる時だって、悲しくはあったけど仕方ないなって思って終わった。それだけだった。
 でも、今日翠に友達のままでいいって言われた時、突き放されたような気がして絶望した。
 ああ。俺、好きだけど、もうこれ、好きじゃないじゃん……。



「おはよう」
 教室の扉を開けて、翠を探す。
 まだ登校していないのを確認して、自分の席についた。
 自分の気持ちに気がついたら、伝えたくてしょうがなかった。早く顔が見たい。
「泉くん、おはよう。もう大丈夫?」
 俺を見つけた森本がそばにきて心配そうに覗き込む。
「サンキュ、もう大丈夫。まめに水分補給するよ」
「よかったよ、気をつけてね」
「ところで坂井と……、翠は?」
「ああ、二人ともさっき玄関であったからすぐ来るんじゃない?購買寄るって言ってたよ」
「そっか」
 話しながら2人を待つ。正直、森本には悪いけど頭の中は翠のことでいっぱいだった。しばらくして2人が同時に教室にやってきた。
「おはよ。圭人、調子はどう?」
「はよー泉。もう大丈夫か?」
 言いながら熱中症対策を謳ったキャンディを俺の机に置いた。
「とにかく無理すんなよ」
「圭人、昨日はよく休めた?」
 そっと頭を撫でられる。意識していつもと同じ態度でいるのがわかった。いつもよりも遠慮がちに触る手を掴んで、強引に髪を掻き回すように動かした。
 きっと俺の頭はぐしゃぐしゃになっているけど、それはどうでもよかった。
「え?何してんの?」
 驚く皆を見回す。
 多分こいつらは俺が翠に返事してもいつも通り変わらないだろう。
「いや、なんかめっちゃ撫でまわされたかっただけ。キャンディ、ありがとな」
「マジで大丈夫?いや、ある意味通常運転かな?」
 予鈴がなり、坂井と森本が去った後、席に戻ろうとする翠を呼び止めた。
「翠、放課後空いてる?」
「……空いてるよ」
「じゃあ、時間ちょうだい?」
「いいよ」
 翠の声は落ち着いていて、何を考えているのかわからなかった。



 放課後になり、クラスメイトが部活や帰宅と慌ただしくしてる中、俺は翠の席へ向かった。
「翠、行こ」
「うん。どこ行くの?」
 手を繋ぎたかったが、気恥ずかしくなってやめた。俺たちのスキンシップはもういつものことで、誰も何も言ってこない。
 でも変に意識してしまう。
「ついてきて」
 教室を出て廊下を突き当たりまで進み、階段を最上階まで上がる。
 屋上前の踊り場にたどり着いた。ちょっとした物置のように机や椅子が置かれていた。
「前に料理部の先輩に聞いたんだ。基本誰もこないし、机の陰になるから人目につきにくいって」
「こんなふうになってたんだ」
 屋上は出入り禁止のため、近づく生徒はほとんどいなかった。俺もここに来るのは初めてだ。
 それぞれ荷物を置いて、横に並んで座った。2人で座るには少しだけ狭くて手が触れる。
「翠、あのさ、返事してもいい?」
「うん」
 この体勢だと翠の表情は見えない。俺は触れた手に指を絡めた。翠の手が僅かに動いて、そしてそっと握り返してくる。
「俺、翠のこと好きだよ。でも恋愛として好きじゃない」
 意地悪な言い方かもしれない。
 でもずっと俺が悩み続けていたことだ。
「……そっか、ありがとう」
 俺は解かれそうになる手を、ぎゅっと握り込む。
「圭人?」
 声音に驚きが滲んでいた。でも俺はその手を離すつもりはない。
「もう翠のこと大事すぎて恋愛以上だよ。絶対離れないし離さないから!お前のせいだからな?」
 その瞬間、翠が反転しておい被さるようにキスをされた。
「圭人……大好きだよ」
 そして耳元で囁かれて抱きすくめられる。
「翠、待て」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど、お前ずるい!俺だってお前にめっちゃ触りたいのに!あー、俺、気づくの遅すぎ!今まで無駄に触って、無駄に触られてた気がしてもったいない気がする!」
「あはは、触っていいよ。これからいっぱい触ってよ」
 翠の顔を見た。
 泣き笑いみたいな表情で、愛おしそうに俺を見るその姿は、誰にも見せたくないくらいメロくてエロくてずるかった。
 俺は我慢できなくなってキスをする。
 首に手を回したまま、目を合わせて問い詰めた。
「そもそもお前さ、俺が距離近いの利用して、わざと急に距離詰めただろ!確信犯だよな?俺、翠がどういうつもりなのかメッチャ悩んでたのに!友達以上恋人未満って最初に言ったのは俺だけどさ、翠、それ利用してたよな?」
「俺は圭人が嫌がったら辞めるつもりだったよ。昨日も友達のままでいいって言ったでしょ?」
 翠の宥めるようなキスを受けて、ぎゅっと抱きしめた。愛おしくて仕方なかった。
 どうして俺は気づかなかったのだろう?
 こんなにも、失うことが怖いのに。
 こんなにも大切で仕方ないのに。
「嘘つけ!友達のままでよくないだろ!……責任取れよな」
「……責任取るよ。これからずっと一緒だよ」
「絶対だからな!」
 俺は翠の胸に顔を埋めたまま言った。俺をそっと包み込む翠の体温が優しくて、嬉しくて泣きそうだった。
「絶対に離さない」
 静かな翠の声が、心に溶けていく。
 友達以上、恋人未満だった俺たちの関係は、恋人以上になって、ずっとずっといつまでも続いていく。